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見習い騎士だって大変ですよ!  作者: 先輩.


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12/22

第十一話 見習い騎士の休息


朝。


いつもの決まった時間に目が覚めた。

今日は久しぶりの休暇なので、ゆっくり寝ようと思っていた。

けれど、染みついた習慣がそうはさせてくれない。


アレクと一緒にシドのお見舞いへ行く約束をしていたが、待ち合わせの時間まではまだある。

最近は闇斬り事件の影響で徹夜続きだった。

疲労は溜まっているはずなのに、一度覚醒してしまうともう一度眠れそうにない。


私は顔を洗って、鏡の前に座る。

そして、顔にオイルを塗った。


「肌荒れ……ヤバい」

思わず声が出てしまった。

騎士の激務で、肌の手入れもろくに行き届いていない。

若さにかまけていると、すぐにガタが来てしまう。

休みの日くらい、しっかり労わってあげなければ。

私はそのまま躍起になって肌のメンテナンスを行い、部屋の掃除をしてから、アレクとの待ち合わせに向かうことにした。


***


待ち合わせの店に早めに着いた私は、先に紅茶を飲んでいた。

紅茶のいい香りがして、気持ちが和らぐ。

こんなにゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりだった。


石畳は雨を少しだけ残していて、ところどころ水たまりが光っている。

市場の方からは、商人の呼び声が聞こえる。

パン屋の煙突からは白い煙。

鍛冶屋の方からは、金属を叩く音。

子供達が木剣を持って走り回り、その後ろを母親らしき女性が怒鳴りながら追いかけている。

いつもの街だった。


何もなかったみたいに、街は動いている。


事件が起きて。

中央騎士団が来て。

連日調査に追われ、徹夜で夜警をして。

仲間が襲われて。

シドが闇斬りを討った。

そんな日々が、遠い日のように思えてくる。


「……なんか、変な感じ」

私は思わず呟いた。


「何がだ?」

不意に声がした。


「びっくりした。急に現れないでよ」

声の主はアレクだった。

相変わらず眠そうな目をしながら、私の目の前の席に座る。


「先輩差し置いて先に紅茶か。いい身分だな」

嫌味だが、怒っている様子はまったくない。


「早く目が覚めちゃったの」


「ふーん。あっそ」

アレクは興味なさそうに私の話を聞き流すと、店員さんに注文をした。


「お前、いつも緑の服だな」

アレクが私の服を見ながら言う。


「緑好きなの。私の目の色と一緒。覚えといて」


「なんで?」

心の底からの、なんでだった。


「贈り物とかする時のためよ」


「なんでお前に贈り物しなきゃいけないの? むしろ先輩である俺にするべきだろ」

……これだからモテない男は。


私は紅茶に意識を向ける。


「お待たせしました」

店員さんが、アレクの前に焼いた肉を薄いパンで包んだものを置いた。


香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


……美味しそう。


お腹が鳴った。


「一個食うか?」


「……食べる」

モテないし、冷たい。

でも、たまに優しいところもあったりする。


熱々のパンを受け取ると、手のひらが温かくなる。


一口かじる。


肉汁がじゅわっと広がった。


「……おいしい」


「だろ。これが一番うまい」


しばらく黙って食べた。

何も話さない時間が、少しだけ心地よかった。


「シドにも持っていってあげる?」

今日はお見舞いなので、提案してみる。


「そうだな。ろくなもん食ってないだろうし」

アレクはパンを飲み込んでから答えた。


「そうと決まれば。すいませーん!」

私は店員さんを呼ぶ。


「何? 奢り?」


「そうよー。お世話になってる先輩に贈り物。こんな後輩いないんだから、大事にしなさいよ」


アレクの「はいはい」という返事を無視して、私はシドの食べ物をたくさん店員さんにお願いした。


***


「なんか揉めてるぞ」

騎士団本部に向かう途中の市場で、アレクが何かを見つける。

私がアレクの視線を辿ると、男二人が何やら揉めていた。


その周囲には野次馬が集まり、なぜか賭けまで始まっている。


「アレク、どうする?」

私は様子を伺う。


「お前がやれ」

アレクが即答する。


「なんでよ」


「えっ、俺休暇だから」


「私もよ!」


「なんだよ。見習いなんだから経験積んでけ。正騎士になれないぞー」

また、いつもの煽りだ。


「はぁ。なんかあったら助けなさいよ」


私はため息をついて、揉めている二人の前に立った。


「はいはい! そこまで! 黒羊騎士団です!」

私は携帯していた騎士団の紋章を見せながら、大きめの声を出す。


二人がこちらを見る。


「んだー! ねぇちゃん」

揉めていた片方が絡んでくる。


酒臭っ!

酔っ払いがいるから、騒ぎが大きくなっているのか。

私はその匂いに、思わず一歩下がってしまう。


「そもそも、あんたみたいな小娘、本当に騎士かぁー?」

男がジロジロ見てくる。


野次馬も見る。


急に視線を浴びて、少し緊張した。


でも、剣を抜く必要はない。


声を張ればいい。


「市場規定により、通路を塞ぐ行為は禁止です! 揉めるならまず屋台を下げてください! 話はそれから聞きます!」


自分でも驚くくらい、声が出た。


その気迫に少し押されたのか、酔っ払いが黙る。


ここだ。

一気に押し返す。


「それでも聞けないって言うなら、本部に連行します。私、連勤続きで肌もボロボロで、

やっと貰えた休暇中なんですよね。なので取り調べはかなり激しくなると思いますけど。どうします?」


魚屋と野菜売りは顔を見合わせた後、渋々屋台を下げ始めた。


アレクが後ろで小さく笑った。


「やるじゃん」


「褒めるなら手伝って」


「はいはい」


アレクは口こそ出さなかったが、私の背後で野次馬が近づきすぎないように立っていた。


その後、私達は場所取りの申請札を確認し、周囲の証言を聞き、酔っ払っていた魚屋に水を飲ませ、野菜売りには余計な挑発をしないよう注意した。


結果、喧嘩は収まった。


剣は一度も抜かなかった。


でも、終わった頃には妙に疲れていた。


「……魔物より面倒かもしれない」


「人間相手の方が大抵面倒だぞ」


アレクが当然のように言う。


「こんな大声ばっかり出してたら、声も枯れちゃう」

肌もボロボロだし。


「騎士なんて枯らしてなんぼだ」

それだけ言って、アレクはまた歩き出す。


私はその後を追った。


事件が終わっても、騎士の仕事は続いていく。


悲しいことがあっても。


失った人がいても。


街は動き続ける。


そして、その街の中で誰かが困っているなら、私達はそこへ向かう。


それが、私が選んだ騎士という仕事なんだ。


少なくとも、今の私はそう思う。


***


騎士団本部の医務室に着くと、シドは寝ていなかった。


いや、寝ていないどころか、外套を羽織ろうとしていた。


「何してんのよ」


病室の扉を開けた瞬間、私はそう言った。


シドはベッドの上で上半身を起こし、片手に外套、もう片方の手に財布を持っていた。


「散歩」


「あんた絶対安静なんでしょ」


「もー治ったって」


「顔、白いわよ」


シドの顔色は良くなかった。

それはそうだ。

一歩間違えれば命を落としていた。

いくら化け物じみた生命力を持っているシドとはいえ、

ここに運び込まれた時は生死の境を彷徨っていた。


それだけ、闇斬りは強大な相手だったのだろう。

でも、シドは勝った。

そして、帰ってきてくれた。


「はい。これ」

観念してベッドに戻ったシドに、先ほどのパンを渡す。


「おっ。うまそう」

中身を確認して、シドが喜ぶ。

その顔を見て、私も嬉しくなる。


「これ、ジアルさんも好きだったよな」

シドが食べながら、ジアルさんの名前を出す。


「そうだな」

アレクが相槌を打つ。


「あの人には色々教えてもらったな。美味い飯、美味い酒」


「…他にもあるだろ」

アレクが呆れながら言う。


「女の口説き方?」


「じゃあ、なんで俺たちに彼女がいない」


「違いねぇ。あんま参考になんなかったな」

シドは楽しそうに笑った。

それは、あんた達にも問題があると思ったが、言葉にはしなかった。


「あの人に教えてもらったものは、俺たちの中にたくさん残ってる」


我らが剣を取る限り、

汝もまた、騎士としてここに在る。


私はシドの言葉を聞いて、騎士送りの言葉を思い出す。


シドとアレクの中には、ジアルさんが生き続けている。

そして、その二人から教えを受ける私の中にも。


「シド」


「ん?」


「早く治しなさいよ」


「おう。治ったら飲みに行くぞ」


「奢りね」


「なんでだよ! 快気祝いだから俺が奢られる側だろ!」


「いいじゃない! 今日贈り物したんだから、そのお返し」


「贈り物? こんな安いパンで済ますな!」


「…おいおい。ジアルさんの好物ディスんなよ」


医務室は騒がしかった。


シドが早く元気になるといい。


ジアルさんが、どこかで見ていてくれるといい。


そして、このどうしようもない先輩達と、またくだらないことで言い合える日が続けばいい。


そう思いながら、私は医務室の窓から見える青空を見上げた。


挿絵(By みてみん)

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