第十二話 王都からの召喚状
「……王都?」
グアルダ隊長の口から出たその言葉に、私は思わず聞き返した。
黒羊騎士団本部の会議室。
そこには、ハウザー団長、セルジュ副団長、グアルダ隊長、シド、アレク、そして私がいた。
机の上には、一通の書状が置かれている。
白い厚紙。
金色の縁取り。
封蝋には、中央王都騎士団の紋章。
黒羊騎士団の書類とは、明らかに違う。
紙質からして偉そうだった。
「王都って、あの王都ですか?」
「この国に王都がいくつもあってたまるか」
グアルダ隊長が即座に返す。
中央王都ヘイズヒルズ。
デュランディア王国の中枢。
王城があり、王国議会があり、貴族院があり、そして中央王都騎士団本部がある場所。
士官学校では何度も名前を聞いた。
地図の上でも知っている。
教科書の中でも知っている。
でも、私にとっては今まで、どこか遠い世界の街だった。
「王都ヘイズヒルズは、ここジョストンから王都街道を通って馬車で二日半から三日。
早馬を飛ばせば一日半から二日といったところだ」
グアルダ隊長は書状を指で叩きながら言う。
「ヘイズヒルズに比べたら、ここがどれだけ辺境か思い知るぞ」
「ジョストンも大きい街なのにね……」
私は思わず呟いた。
ワグナー伯爵領ジョストン。
領内最大の街であり、私達が所属する黒羊騎士団の本部がある場所。
私にとっては十分大きな街だ。
市場もある。
酒場もある。
騎士団本部もある。
牛もいる。
いや、牛は別に都会感とは関係ないけれど。
「まぁ、この国は王都に全ての力を集中させてるからな。
だから、ただの王都じゃなくて“中央王都”なんて呼ばれてる」
アレクが眠そうな顔のまま言う。
「で、その王都から何の用ですか?」
シドが椅子にもたれながら言う。
顔色は前より良くなった。
けれど、まだ本調子にはほど遠いのだろう。
それでも口だけは元気だった。
「まさか、俺に爵位でもくれるのか?」
「ふん。中央がそんな粋なことするか」
グアルダ隊長が低い声で返す。
ハウザー団長が、机の上の書状を手に取った。
「中央王都騎士団本部より正式通達」
会議室の空気が変わった。
「ログス男爵殺害、および闇斬り討伐に関する査問会を開く。ついては、当時現場に居合わせた黒羊騎士団員三名を証言人として王都へ召喚する」
査問会。
証言人。
王都へ召喚。
嫌な単語が並びすぎて、頭が追いつかなかった。
「査問会って……アルゼル守護騎士の件ですか?」
アレクが静かに尋ねる。
団長は頷いた。
「闇斬りに関する国家機密を、地方騎士団である俺達に開示した件が問題になっている」
「でも、あれがなかったら事件は解決できなかったじゃないですか」
思わず声が出た。
あの時、アルゼル守護騎士が情報を開示してくれなかったら。
私達は闇斬りの正体も、能力も、裏組織との繋がりも分からなかった。
黒羊騎士団と中央王都騎士団が同じ方向を向いて動けたのは、あの情報があったからだ。
「確かに、私達は助かったけどね」
セルジュ副団長が短く言う。
「でも、闇斬りを秘密裏に処理することが彼の任務。それを破ったのは、明らかな命令違反ね」
その言葉に、私は何も言い返せなかった。
「それに、彼みたいに若くて有能な男は色々妬まれるものよ」
「アルゼル守護騎士を、中央が陥れようとしてるの?」
「そーね。彼、不器用そうだから。政治は苦手そう」
私の質問に、セルジュ副団長が答える。
政治か。
私達の日常には、あまり縁のない言葉だ。
「で、俺達がエリート騎士にとどめを刺す証言人って訳か」
アレクが呟く。
「中央をよく思ってない地方騎士なら、不利な証言をすると思ってるんだろうなー」
シドが椅子をギイギイ音を立てて上下させる。
「行儀悪いわよ」
私が小声で言うと、シドは肩をすくめた。
「緊張をほぐしてんだよ」
「余計に緊張するわ」
「とにかく、中央の命令には逆らえない」
ハウザー団長の声で、私達は姿勢を正した。
「お前達はこの後支度を済ませたら、王都へ向かえ」
ハウザー団長の命令で、私達の王都行きが確定した。
「団長。俺達は何を言えばいい?」
アレクがハウザー団長に尋ねる。
確かにそうだ。
査問会など人生で経験がない。
まして中央王都騎士団の面々の前で何を話せばいいのか、想像もできなかった。
「あったことを話せばいい。現場で何が起きたか。アルゼル守護騎士が何を判断したか。
その判断で何が変わったか」
ハウザー団長の言葉を、私達は黙って聞く。
「まぁ、個人的な心情でいえば、味方してやりたい気持ちもある。
アルゼル守護騎士は有能だ。面子や思惑より、現場での合理的判断を優先する。
中央でも珍しいタイプの指揮官だ」
確かに、冷たい人だとは思った。
けれど、王都からの思惑や制限がある中で、事件解決のための判断をしていたのだと思う。
「だからといって、無理に庇い立てする必要もない。
この状況はアルゼル守護騎士も承知の上だろう。
お前達は、アルゼル守護騎士と捜査した者として、必要なことだけ話して帰ってこい」
王都への呼び出しに憂鬱になっていた私だが、ハウザー団長の言葉で少し肩の荷が下りた。
あったことを話す。
ギャレッジ子爵邸で見たもの。
ルィンの血。
ジアルさんの死。
情報が開示された後、黒羊と中央が同じ敵を追い始めたこと。
難しいことは分からない。
でも、それなら私にも話せる。
「マナちゃん。王都は初めて?」
セルジュ副団長に耳打ちされる。
「そうですね。はい」
士官学校も地方だった私は、王都に今まで縁がなかった。
「王都には可愛い服も、いいオイルもいっぱいあるわよ。お金多めに持って行きなさい」
セルジュ副団長の言葉で、私の心は踊った。
何もかもが集まる王都だ。
乙女の心をくすぐる物も沢山あるはずだ。
「いいのあったら、副団長のも買ってきますね」
私は小声で言葉を返す。
「あら。楽しみ」
セルジュ副団長は楽しそうに笑う。
「三人とも」
ハウザー団長があらためて私達の方を見る。
「証言人として呼ばれてるとはいえ、相手は中央だ。
言葉一つで足元をすくわれることもある。感情だけで喋るな。だが、媚びる必要もない」
団長の声が、少しだけ低くなる。
「黒羊として舐められるなよ」
「はい」
団長の言葉に、私達は声を揃えて返事をした。
***
騎士団本部の前には、王都行きの馬車が用意されている。
王都ヘイズヒルズまでは、馬車でおよそ二日半から三日。
途中の宿場町で二泊し、三日目の昼過ぎには王都へ入る予定だ。
「馬車出してくれるなんてな。随分見栄張ったな」
シドが馬車を見ながら言う。
「まぁ、王都に行くんだからな。舐められるわけにもいかないだろ」
アレクが言葉を続ける。
「良かったじゃない。シドも本調子じゃないしね」
乗馬での移動は体に響くだろうし、そのあたりの配慮もあったのかもしれない。
馬車に荷物を積んでいく。
荷物は最低限。
制服。
武器。
証言に必要な資料。
「はい。持ち物チェック!」
私がシドの持ち物を抜き打ち検査する。
「なにすんだよ!」
シドの制止を振り切って、鞄から小瓶を取り出す。
「これなーんだ?」
シドに問いかける。
「ワカリマセン」
シドが異国人になる。
「嘘つけ! お酒でしょ!」
シドは目を逸らした。
医者からお酒は止められてるのに。
全くこの男は油断も隙もない。
「没収」
「何すんだよ! マナもお金多めに持ってきて、王都で買い物する気だろ!」
ちっ。
この男、聞き耳を立ててやがったか。
「シリマセン」
私も異国人になる。
「はいー。見習い騎士が遠足気分ですかー?」
シドがニタニタしながら詰め寄ってくる。
「何やってんだよ。早く乗れよ」
アレクが急かす。
「アレクさーん。この子がー。王都で買い物しようとしてます!」
シドが告げ口する。
この男……何がキャー言っちゃっただ。
「買い物くらいするだろ。せっかく王都行くんだから」
アレクが当然のように答え、シドが唖然とする。
「じゃあ! 俺の酒もいいだろ!」
シドが抵抗する。
「駄目だろ。医者に止められてんだから」
また当たり前のように言うアレクに、シドは何も言い返せなかった。
「まっ。マナもお前のこと心配して言ってんだからさ。汲んでやれよ」
「そうなの?」
シドが呆然とした顔で見てくる。
「ベー」
私は舌を出して、シドを挑発した。
「この女! やっぱ心配してないじゃんかよ!」
シドはそのまま馬車に勢いよく乗り込む。
馬車に乗り込む前、私はジョストンの街を振り返った。
石畳の道。
遠くから声が聞こえる市場。
黒羊騎士団本部。
牛の乳搾りから始まった、私の騎士生活。
その私が、今度は王都へ向かう。
「マナ、行くぞ」
アレクが声をかける。
「うん」
私は馬車に足をかけた。
中央王都ヘイズヒルズ。
中央王都騎士団本部。
そして、アルゼル守護騎士の査問会。
騎士の仕事は、私の心を休ませてくれない。
私はそう思いながら、馬車へと乗り込んだ。




