第十三話 見習い騎士王都に着く
馬車に揺られること三日。
途中の宿場町で二泊し、ようやく王都ヘイズヒルズの外壁が見えてきた。
「……凄い」
思わず声が漏れた。
窓の外に見える城壁は、ジョストンのそれとは比べものにならなかった。
灰白色の石で築かれた巨大な壁。
その上には、一定間隔で見張り塔が並んでいる。
さらに奥には、王城らしき尖塔がいくつも見えた。
白い壁。
青い屋根。
遠くから見ているだけなのに、圧がある。
街というより、一つの巨大な権力が形になったみたいだった。
「見てくれだけはいいんだけどな」
シドが窓の外を見ながら言う。
確かに、見る者を圧倒する存在感が外からでも伝わってくる。
「この大陸で、これ以上の街はないからな」
アレクが淡々と言う。
デュランディア王国は、周辺諸国を圧倒する大国だ。
その象徴である王都は、他国に目を向けても並ぶものがないらしい。
馬車は、王都へ向かう人や荷車の列に並んだ。
その先には巨大な門がある。
中央王都には、内部へ入るための大門が六つある。
有事の際にその門を守ることを任されている騎士を六門騎士といい、
騎士として最高の栄誉と呼ばれている。
巨大な門を先頭として、商人、旅人、貴族の馬車、荷を積んだ馬車、それを警護する騎士。
道には様々な人が溢れているのに、流れは妙に整っていた。
騒がしい。
でも、乱れていない。
ジョストンの市場とは違う種類の騒がしさだった。
「そろそろ通行審査だな」
アレクが鞄から書状を取り出した。
馬車が門に近づくと、紺色の外套をまとった騎士が数人こちらへ歩いてくる。
中央王都騎士団。
紺と銀。
磨き上げられた金属が、陽の光を受けて冷たく光っている。
「ワグナー伯爵領直属、黒羊騎士団です。中央王都騎士団本部から召喚状を頂き、参りました」
アレクが書状を差し出す。
中央騎士は封蝋と文面を確認し、私達を順に見る。
「証言人三名、確認しました。中央王都騎士団本部へ向かってください。案内を一名つけます」
「ありがとうございます」
アレクが淡々と返す。
中央騎士が、横に控えていた若い騎士に視線を送る。
その騎士は無言で軽く頭を下げ、馬車の横についた。
歓迎されている感じは、まったくなかった。
「……感じ悪い」
私は小声で呟いた。
「聞こえるぞ」
アレクが言う。
「聞こえないくらい小声で言ったわよ」
「お前の小声は大体聞こえる」
「じゃあ気をつける」
そんなことを話しているうちに、馬車は門をくぐった。
そして、私は言葉を失った。
王都の中は、まるで別世界だった。
広い石畳の大通り。
両側には高い建物が並び、店の看板も、屋根の装飾も、道を歩く人々の服も、
ジョストンとはまるで違う。
商人の声。
馬車の音。
遠くで鳴る鐘。
鎧の金属音。
香辛料の匂い。
焼き菓子の甘い匂い。
革と鉄と香水の匂い。
あまりにも色々なものが一度に押し寄せてきて、頭が追いつかない。
「……すごい」
それしか言えなかった。
「だろ?」
なぜかシドが得意げに言う。
「ここに無いものはないだろうな」
アレクの言葉に、私は思わず頷いた。
王都は、すごかった。
だけど、同時に少し怖かった。
建物も、人の数も、道の広さも、全部が大きい。
人の流れが整いすぎていて、自分がその流れから少しでも外れたら、
そのまま押し潰されそうな気がする。
「王都は大きく分けて、王城区、貴族区、騎士団区、商業区、職人区、外縁区に分かれてる」
アレクが説明する。
「今通ってるのは商業区寄りの大通りだな。このまま騎士団区へ向かう」
「ちょっと待って。いきなり情報量が多い」
「王都は情報量が多い場所だ。慣れろ」
無茶を言う。
私は窓の外に目を戻した。
大通りの店先には、見たこともない布や装飾品が並んでいる。
瓶詰めの香油。
色鮮やかな服。
繊細な髪飾り。
思わず目が奪われた。
「えっ。可愛い」
「買い物は後だぞ」
アレクが即座に言う。
「分かってるわよ」
とは言ったものの、視線をなかなか外すことができない。
あっ。
あの服、本で見たことある。
「……やれやれ」
アレクの小声にも、可愛い服に見惚れていた私は気づかなかった。
***
馬車は商業区を抜け、少しずつ人通りの雰囲気が変わっていった。
道幅はさらに広くなり、建物の装飾は控えめになる。
その代わり、石造りの大きな庁舎や訓練施設のような建物が増えていった。
歩いている人間も、商人や旅人より騎士の姿が多くなる。
紺と銀の鎧。
磨かれた剣。
整った足並み。
ここに来るまでにも何人か見たが、騎士団区に入るとその数が一気に増えた。
「……空気が違う」
私は呟いた。
「中央の本拠地だからな」
アレクが答える。
道を歩く中央騎士達は、私達の馬車に描かれた黒羊の紋章を見て、わずかに視線を向ける。
その視線は、好奇心。
値踏み。
あるいは、無関心。
どれも少しずつ混ざっているように感じた。
ジョストンで黒羊の紋章を見れば、住民は安心した顔をすることが多い。
でも、ここでは違う。
黒羊の紋章は、部外者の印だった。
「地方騎士団が珍しいのかな」
「珍しいというより、場違いなんだろ」
アレクが言う。
「もっと言い方ないの?」
「事実だ」
「事実って便利な言葉ね」
「便利だぞ」
私はため息をついた。
その時、シドが窓の外を見ながら低く言った。
「やるな」
「え?」
「そこの訓練場の奴ら」
シドの視線を追うと、大きな訓練場が見えた。
数十人の中央騎士が、整然と剣を振っている。
号令は少ない。
だが、動きが揃っている。
剣を振る音。
足を踏み込む音。
息を吐く音。
それが奇妙なくらい揃っていた。
黒羊騎士団の訓練とは違う。
黒羊の訓練はもっと泥臭くて、怒号が飛んでいて、個人差も大きい。
ここの訓練は、まるで一つの巨大な機械のようだった。
「……気持ち悪いくらい揃ってる」
「中央はそういう場所だ」
アレクが言う。
「無駄を削って、規律を叩き込む。個人の癖より、組織の速度と正確さを優先する」
私は中央騎士達を見た。
無駄のない、揃った綺麗な動き。
でも、その綺麗さに少し息苦しさを感じた。
そして、王都の街並みに目をやる。
その綺麗さを保つために、何かを削り落としているような気がした。
***
馬車が止まった。
顔を上げると、目の前には巨大な建物があった。
王城ではない。
だが、それに並ぶほどの威圧感がある。
白と灰色の石で造られた巨大な庁舎。
高い門。
紺色の旗。
銀色の騎士紋章。
中央王都騎士団本部。
その名にふさわしい、圧倒的な建物だった。
「……ここが」
思わず息を呑む。
ジョストンの黒羊騎士団本部は、兵舎と役所を無理やりくっつけたような場所だった。
あれはあれで落ち着く。
騒がしいし、書類は多いし、誰かしら怒鳴っているけど。
でも、ここは違う。
建物そのものが、王国の命令を形にしたようだった。
「着いたな」
アレクが言う。
馬車を降りると、中央本部の空気が肌に触れた。
中庭を歩く騎士達は、こちらを見ても足を止めない。
でも、見ていないわけではない。
ちらりと視線を向け、すぐに外す。
その一瞬で、地方騎士団の証言人、と判断されている気がした。
「ワグナー伯爵領、黒羊騎士団の方々ですね」
紺色の制服を着た事務官らしき男が近づいてきた。
鎧ではなく、きっちりとした制服。
年は三十代くらいだろうか。
「はい。召喚状により参りました。
シド・ハーグリープス、アレク・ロートレック、マナ・カトレアの三名です」
アレクが代表して答える。
「確認しました。これより証言人控室へご案内します。
査問会は明日の第二区分、午前十時より開始予定です。
本日は証言内容の確認と、宿舎の説明を行います」
早い。
説明が早い。
聞き逃したら置いていかれそうだった。
「ご案内します」
私達はその後に続いた。
中央王都騎士団本部の廊下は、驚くほど静かだった。
「思ったより、ごちゃごちゃしてないのね」
王国で一番の人数を抱える騎士団の本部にしては意外だった。
「中央は王国全土の治安維持を任としている。各地に派遣されてる団員も多いんだろ」
私の言葉にアレクが答える。
私達は領内から出ることはほぼないが、中央騎士団は王国全土を守護している。
だから、そうはいかないのか。
「こちらです」
案内された控室は、綺麗で無機質だった。
余計なものが一つもない。
「こちらでお待ちください。後ほど担当の者が参ります」
事務官はそれだけ言うと、静かに扉を閉めた。
部屋に沈黙が落ちる。
「……息が詰まる」
私が言うと、シドが椅子に座り込んだ。
「同感だねー」
欠伸をしながら答える。
アレクは窓の外を見ていた。
その表情は、いつもより少しだけ険しい。
「どうしたの?」
「いや」
アレクは短く答える。
「ここじゃ、下手なことは言えないなと思ってな」
その言葉に、私は背筋が少し冷えた。
そうだ。
ここは王都。
中央王都騎士団本部。
私達は証言人として呼ばれている。
でも、証言一つで、アルゼル守護騎士の今後が変わるかもしれない。
そして、黒羊騎士団への見方も。
「……緊張してきた」
「今さらか」
シドが笑う。
「失礼します」
声と共に、規則正しいノック音が聞こえる。
扉が開いた。
「お久しぶりです。皆様」
「あんたは、アルゼルの副官」
現れた人物に、シドが言う。
そこにいたのはシオンだった。
「お久しぶりです。シオンさん」
私の返事に、シオンは冷たい表情のまま会釈する。
「明日の査問会。よろしくお願いしますね」
「俺達を呼んだのは、あんた達側?」
アレクがシオンに尋ねる。
私はアレクの質問の意味が、すぐには分からなかった。
シオンもすぐには答えず、アレクをじっと見ている。
「査問会なんて中央内のゴタゴタに、わざわざ俺達みたいな外部の騎士を呼ぶなんて普通はしない。
つまり、これは異常事態」
そうなんだ。
今の私達みたいな状況は、あまり起こり得ない状況なのか。
「恐らく、あんたみたいにアルゼル側の人間か、その逆、アルゼルを陥れたい人間が、
利になると思って呼んだとしか考えられない」
私達の証言が利になると踏んで、その人間の思惑によって特例的に召喚されたということか。
「その質問に答えるなら、どちらでもないとしか言えないわ」
シオンが答える。
アレクは無言で、言葉の続きを待つ。
「確かに貴方の言う通り。アルゼル守護騎士を擁護する者と、糾弾する者に分かれています。
それぞれの思惑があるのも事実です」
若くして台頭しているアルゼル守護騎士を庇護する者と、危険視する者に分かれているというのは、
アレクの読み通りだった。
「ただ、アルゼル守護騎士の後ろ盾になってくださっている方は、
このような政治的なことに興味がない方でして。積極的に助力するようなこともせず、
旧知の友人にこの件を預けられました」
アルゼル守護騎士の味方が、面倒くさがっているだけでは?
私は疑問を口に出すことはせず、続きを待った。
「その方が、今回の査問会を取り仕切ります。その方の立場は紛れもなく中立。
その方が公平に今回の件を判断するために、貴方達を召喚しました」
「なるほど。どちらの思惑にも関係なく、俺達は呼ばれたって訳か」
アレクは納得したようだ。
「つまり、俺達が何を言うのも自由って訳だ」
シドも続く。
「そうね。この状況において、偽証や小細工はかえって心証を悪くする。あなた達は事実を話せばいい」
シオンの表情は冷たいままだ。
「それで、今回の査問会。誰が取り仕切る?」
アレクがシオンに投げかける。
「エルガー・ハイドラン王衛騎士」
シオンは静かに告げた。
「中央王都騎士団、第二軍団長でもある方よ」
王衛騎士。
軍団長。
聞き慣れない言葉に、一瞬思考が止まる。
「これはまた、大物だな」
アレクが苦笑する。
王衛騎士は、騎士としての位では上から二番目。
その上には、この国で一人しかいない聖騎士だけだ。
そして、中央騎士団は四つの軍団に分かれている。
その一つの軍団長を務めている人物。
間違いなく、中央騎士団の中心人物だ。
「本来、一騎士の査問会に出てくるような人じゃないな」
「そうね。それを含めて、この査問会は何もかもが異常。でも一番の異分子は、貴方達」
シオンがこちらに向き直る。
「貴方達に、アルゼル守護騎士を救ってとは言えない。
でも、この異常な状況だからこそ、アルゼル守護騎士はそこに勝機を見出すはず。
だから、貴方達は貴方達の役割を果たしてください」
それだけ告げると、シオンは部屋から出ようとする。
「そういえば」
シオンがシドの方を見る。
「闇斬りを倒した後、アルゼル守護騎士と何を話していたの?」
「別にー。あっ、恋バナじゃないぞ」
シドのふざけた回答に、シオンの表情が少し崩れる。
「……あの人と一緒で、教えてくれないのね」
「なんか言ったか?」
「大通りにある宿を用意しています。そこで今日はお休みを」
シオンはいつもの冷たい表情に戻ると、それだけ告げて部屋を出ていった。
部屋に、再び静けさが戻る。
「さて」
シドが椅子から立ち上がる。
「こんな辛気臭いところ出て、王都散策しようぜ」
「じゃあ、私はさっきの商業区に用があります!」
さっきの服を、是非もう一度見てみたい。
「じゃあ、俺はちょっと酒場に……」
「駄目だっつの!」
シドをドクターストップして、私達は中央王都騎士団本部を後にした。




