第十四話 見習い騎士査問会にでる。
「具合はどうだ?」
医務室のベッドに横たわる黒羊の騎士に声をかける。
名前はシド・ハーグリープス。
闇斬りを討った騎士。
「余裕だよ」
横目に私の姿を見るだけで、体勢を変えることはしない。
ここに運び込まれた時、瀕死の重傷だったとは思えないほど回復している。
底知れない生命力だ。
「なんの用だよ。指揮官さん。見舞いって柄じゃないだろう」
見透かしたように言う。
ここを訪ねたのは、個人的興味だった。
中央暗部でも上位に位置する実力者であった闇斬りを倒すほどの力。
それだけの力を持った者が、なぜこの辺境にいるのか。
「闇斬りの討伐、ご苦労だった」
探るように声をかける。
「激励か」
「賞賛だ」
これは事実だった。
闇斬りほどの者を討てる騎士は、中央王都騎士団でも限られている。
「ふっ……あんた。スカウトでもしに来たのか?」
シドが体勢を起こし、こちらに向き直る。
「……その必要はないだろう。そんな事せずとも、いずれお前はこちらに来ることになる」
「なんでそう言える?」
私の言葉に、シドは動揺することなく返す。
「力を振るう場所が力を求め、力を持つ者は、それを振るう場所を求める」
「どうかな」
シドは納得していない表情だった。
「時代はここから加速する。その傾向は、より顕著になるだろう」
「これから何が起こるか分かった口ぶりだな」
「お前よりはな」
シドはその言葉に返してくることもなく、その場が無言に支配される。
私はその場を後にする。
「……仲間の事、すまなかったな。私に力があれば守れた」
「それは、俺も一緒だ」
去り際の言葉に、シドが返してくる。
「アルゼルさん。あんた偉そうに言ってるけど、その場所に居られるのか?」
シドが挑発するように言ってくる。
「ふっ……そのつもりだ」
互いに不敵な笑みを浮かべていた。
私はそのまま、部屋の扉を閉めた。
***
翌朝。
王都の宿で目を覚ました私は、しばらく天井を見つめていた。
綺麗な天井だった。
染みもない。
ひびもない。
古びた木の匂いもしない。
ジョストンの部屋とは違って、何もかも整っている。
けれど、不思議と落ち着かなかった。
「……眠れた気がしない」
私は小さく呟き、上半身を起こした。
今日は査問会の日。
アルゼル守護騎士が、闇斬りの情報を私達に開示した件について問われる。
そして私達は、その証言人として呼ばれている。
見たことを話す。
あったことを話す。
それだけでいい。
昨日、シオンさんにも言われた。
ハウザー団長にも言われた。
分かっている。
分かってはいるけれど、緊張しないわけがない。
私は顔を洗い、制服に着替えた。
胸元の黒羊の紋章を指でなぞる。
黒羊騎士団。
ワグナー伯爵領直属騎士団。
王都から見れば、地方の騎士団。
でも、私の所属する騎士団だ。
「よし」
私は頬を軽く叩いた。
痛い。
でも、少しだけ目が覚めた。
***
宿の入口には、すでにアレクがいた。
黒羊騎士団の制服をきちんと着て、壁に寄りかかっている。
相変わらず眠そうな顔をしているが、目だけはいつもより冴えていた。
「早いわね」
「寝心地が良すぎて眠れなかった」
「贅沢な悩みね」
「柔らかすぎる寝具は腰に悪い」
「王都の宿に文句言う人、初めて見た」
「王都だからって全部ありがたがる必要はない」
アレクらしい返答だった。
少し安心する。
「シドは?」
「まだ来てない」
「寝坊か」
嫌な予感がする。
シドはこれまで時間を守った事がない。
そう言ったところで、階段の方から足音がした。
「おはよーさん」
シドだった。
黒羊騎士団の制服を着ている。
ただし、襟元が少し曲がっている。
帯剣はしているが、どこかだらしない。
でも、顔色は昨日より少し良かった。
「シド、襟」
「ん?」
「曲がってる」
私は近づいて、襟を直した。
シドは少しだけ驚いたような顔をする。
「おっ、わりぃ」
「王都で黒羊が舐められたら嫌でしょ」
「おー、見習い騎士が言うねぇ」
「それに、シドがだらしないと私達までだらしなく見える」
「急に辛辣」
「事実よ」
アレクが小さく笑った。
「マナも王都に来てから、事実って言葉の便利さを覚えたな」
「便利ね」
「だろ」
シドは不満そうにしながらも、直された襟には触れなかった。
「行くか」
アレクが言う。
私は頷いた。
中央王都騎士団本部。
査問会場。
考えるだけで胃が痛い。
でも、行くしかない。
私達は宿を出た。
***
中央王都騎士団本部は、昨日見た時と変わらず、巨大で冷たい建物だった。
朝の光を受けて、白と灰色の石壁が静かに輝いている。
中庭では、すでに中央騎士達が訓練を始めていた。
剣を振る音。
足を踏み込む音。
号令。
どれも整っている。
朝からこの空気か。
私は少しだけ息が詰まった。
入口で召喚状を見せると、昨日とは別の事務官が私達を迎えた。
「証言人の方々ですね。こちらへ」
無駄のない案内。
無駄のない歩調。
無駄のない言葉。
ここにいると、自分の呼吸すら少し乱れている気がしてくる。
「……なんか、歩き方まで見られてる気がする」
私が小声で言うと、シドが小さく笑った。
「見せとけ見せとけ。黒羊の歩き方を」
「それ、大丈夫なやつ?」
「知らん」
「知らんじゃ困るのよ」
そんなやり取りをしているうちに、私達は大きな扉の前に案内された。
扉の前には、中央騎士が二人立っている。
紺と銀の鎧。
表情の動かない顔。
その場にいるだけで、ここから先は別の空気だと告げているようだった。
「この先が査問会場です」
事務官が言う。
「証言人の方々は、入室後、右手側の席へお進みください。
発言は求められた時のみ。着席後は静粛にお願いします」
「承知しました」
アレクが答える。
私は小さく息を吸った。
喉が乾いている。
手のひらも少し汗ばんでいた。
中央騎士が扉を開ける。
重い音がした。
私達は、査問会場へ足を踏み入れた。
***
査問会場は、思っていた以上に広かった。
高い天井。
磨かれた石の床。
壁には中央王都騎士団の紋章と、デュランディア王国の旗。
正面には、長い机が置かれている。
その奥に、数名の高位騎士と監察官らしき者達が座っていた。
左右には傍聴席があり、中央騎士達が静かに並んでいる。
誰も無駄話をしていない。
咳払い一つすら許されないような空気だった。
その中央に、アルゼル守護騎士が立っていた。
金髪。
青い瞳。
紺と銀の中央騎士装備。
背筋は真っ直ぐで、表情はいつも通り冷静だった。
アルゼル守護騎士はこちらに視線を向けた。
ほんの一瞬だけ。
それから、軽く目礼した。
私も慌てて小さく頭を下げる。
「証言人三名、入室しました」
案内役の中央騎士が告げる。
「着席を」
低い声が会場に響いた。
私達は指示された右手側の席に座る。
椅子に座った瞬間、背筋が勝手に伸びた。
その時だった。
会場の奥の扉が開いた。
「あー、忙しいねぇ」
場違いなほど自然な声が響いた。
入ってきたのは、黒髪短髪の男性騎士だった。
中央王都騎士団の紺と銀の装備。
無駄のない立ち姿。
鋭い目。
片手には分厚い書類束。
もう片方の手には羽根ペンと封筒をまとめた革挟み。
後ろには書記官らしき者が二人ついている。
威圧的というより、処理能力そのものが人の形をして歩いているようだった。
「エルガー・ハイドラン王衛騎士、入室」
書記官が告げる。
会場の空気が、さらに引き締まった。
エルガー・ハイドラン。
中央王都騎士団、第二軍団長。
今回の査問会を取り仕切る人物。
その名を聞いた瞬間、私は無意識に息を止めていた。
王衛騎士。
騎士としての位では上から二番目。
その上には、この国で一人しかいない聖騎士だけだ。
つまり、この国の騎士達の中でも、間違いなく中心にいる人物。
エルガー王衛騎士は、正面の席に座るなり書類を机に置いた。
「形式的な挨拶は省略するよ。時間がないからね」
最初の一言がそれだった。
会場の誰も異を唱えない。
「本件は、アルゼル・ユーシュタイン守護騎士が、
闇斬りに関する国家機密を地方騎士団へ開示した件についての査問である、と」
エルガー王衛騎士は書類を一枚めくる。
「あー、それにしても忙しい。この後三件の決裁案件、二件の派遣命令、貴族院からの照会が一件。
あまり時間はかけられないなぁ」
エルガー王衛騎士は、こちらを見ることなく書類を整えた。
「争点は三つっと」
指を一本立てる。
「第一に、当該情報が国家機密であったか」
二本目。
「第二に、アルゼル守護騎士がそれを認識した上で開示したか」
三本目。
「第三に、その開示が現場判断として妥当だったか」
迷いのない説明だった。
でも、分かりやすい。
「第一、第二については、ほぼ争いはない。情報は国家機密であり、
本人も認識していた。問題は第三だ」
エルガー王衛騎士の視線が、アルゼル守護騎士に向く。
「アルゼル・ユーシュタイン守護騎士」
「はい」
アルゼル守護騎士が静かに答える。
「君は、闇斬りが元中央王都騎士団暗部所属の騎士であること。
その名がピアーズ・ロゾナンスであること。
闇のエレメントを用いることを、黒羊騎士団へ開示した。相違ないか」
「相違ありません」
「その情報が、国家機密に該当することは認識していたか」
「認識していました」
「開示権限が自身にないことは」
「承知していました」
会場が静まり返る。
アルゼル守護騎士は、一切の反論をしない。
「結構。では確認する」
エルガー王衛騎士は手元の書類を見た。
「なぜ開示した」
部屋の空気が、さらに重くなった。
アルゼル守護騎士は、一拍置いてから答えた。
「現場戦力のみで闇斬りに対応するためには、情報開示が必要だと判断したためです」
「具体的に」
「敵の能力、出自、行動傾向、関連組織の可能性を把握しないままでは、
地方騎士団との連携が成立しませんでした。
黒羊騎士団は領内の地理、裏組織、貴族関係に精通していましたが、
闇斬りに関する情報を持っていなかった。
中央は闇斬りの情報を持っていましたが、現地情報を持っていなかった」
アルゼル守護騎士の声は、落ち着いていた。
「双方の情報を接続しなければ、敵の所在に辿り着けないと判断しました」
「結果として、敵の所在に辿り着いた」
「はい」
「闇斬りは討伐され、ミドローノ子爵およびガスベル・グラジェノ率いる武器密輸組織も拘束された」
「はい」
「だが」
エルガー王衛騎士の声が、わずかに低くなる。
「結果が出たことと、命令違反が正当化されることは同義ではない」
胸が少し詰まった。
その通りだ。
でも、それだけではないはずだ。
アルゼル守護騎士は、表情を変えずに答える。
「承知しています」
「処分を受ける覚悟はあると?」
「あります」
エルガー王衛騎士は、しばらくアルゼル守護騎士を見ていた。
「なるほど」
そう言って、書類を一枚めくる。
「では、証言人に確認する」
ついに来た。
心臓が跳ねる。
「黒羊騎士団、アレク・ロートレック正騎士」
「はい」
アレクが立ち上がる。
いつもの眠そうな顔ではある。
けれど、声はしっかりしていた。
「君には、情報開示前後における捜査状況の変化について証言してもらう」
「承知しました」
エルガー王衛騎士は短く頷いた。
「簡潔に。時系列を崩すな」
「はい」
アレクは一礼し、静かに口を開いた。
「情報開示前、我々黒羊騎士団は、犯人が高位戦闘者であることまでは推測していました。
しかし、闇斬りという存在、元中央暗部所属であること、
闇のエレメントの特性については把握していませんでした」
会場に、アレクの淡々とした声が響く。
「そのため、夜警および貴族護衛において、敵の能力に応じた警戒配置を取ることができず、
結果としてギャレッジ子爵邸で騎士一名が死亡、一名が重傷を負いました」
ジアルさん。
ルィン。
その言葉は出なかった。
でも、私の胸には二人の顔が浮かんだ。
「情報開示後、我々は闇斬りが単独で動いているのではなく、
裏組織や権力者の支援を受けている可能性を前提に調査を開始しました。
黒羊騎士団は領内の裏組織の動向を日常的に把握していたため、
武器密輸組織ガスベル一派の活動を特定できました」
エルガー王衛騎士は表情を変えず、書記官に記録を取らせている。
「その情報と、中央王都騎士団が保有していた貴族間の敵対関係を照合した結果、
ミドローノ子爵への嫌疑が強まり、拘束作戦に至りました」
アレクはそこで一度言葉を切る。
「つまり、情報開示がなければ、黒羊騎士団の持つ現地情報は作戦に接続されませんでした。
闇斬りの所在にも辿り着けなかった可能性が高いと考えます」
静かだった。
でも、強い証言だった。
感情ではない。
事実として積み上げる。
「以上です」
アレクは一礼して座る。
私は思わず小さく息を吐いた。
すごい。
アレクはやっぱり、こういう時に頼りになる。
「次」
エルガー王衛騎士が書類を見た。
「マナ・カトレア見習い騎士」
「はい!」
声が少し大きくなった。
会場中の視線が、私に集まる。
一気に喉が乾いた。
私は立ち上がる。
足が少し震えていた。
でも、立てた。
「君は、ギャレッジ子爵邸襲撃時、現場に到着した騎士の一人だな」
「はい」
「現場の状況を述べろ。難しい言葉は不要だ。見た順に話せ」
「はい」
私は息を吸った。
見たことを話す。
あったことを話す。
それだけ。
「私達は夜警中、ミスリルの共鳴反応を確認しました。
近隣の貴族邸でエレメントが使用された可能性があると判断し、
近くにあったギャレッジ子爵邸へ急行しました」
声が少し震える。
でも、止まるわけにはいかない。
「私が到着した時、護衛にあたっていたジアル・フォルシア正騎士とルィン見習い騎士が倒れていました。ジアルさんは……すでに亡くなっていて、ルィンは重傷でした」
言葉にすると、あの光景が蘇る。
血溜まり。
雨の音。
ルィンのかすれた声。
「私はルィンの治療補助に入りました。アレクが初期止血をしていて、
後から来た治療騎士に引き継ぎました」
「その時点で、闇斬りに関する情報は開示されていたか」
エルガー王衛騎士が問う。
「いいえ」
「では、敵の能力は把握していなかった」
「はい」
「情報開示後、現場の対応に変化はあったか」
私は少し考えた。
難しい言葉はいらない。
自分が見たことを話す。
「ありました」
私は答える。
「それまでは、何を相手にしているのか分からないまま警戒していました。
でも情報が開示されてから、闇斬りがどういう相手なのか、どんな能力を使うのか、
誰と繋がっている可能性があるのかを考えられるようになりました」
会場が静かに聞いている。
「黒羊騎士団の団員達も、中央騎士団の方々も、同じ情報を見て動けるようになりました。
それまでは、別々に動いていた感じがありました。
でも、情報が開示されてからは、同じ敵を追っているんだと分かりました」
言っているうちに、少しずつ言葉が出てくる。
「私には、難しい規則や機密のことは分かりません。
でも、あの時、情報を知らないままだったら、また誰かが死んでいたと思います」
会場が静かになる。
「アルゼル守護騎士の判断がなければ、私達は動けませんでした。少なくとも、私はそう感じています」
言い終えると、手が震えていることに気づいた。
でも、言えた。
私が見たことを。
私が感じたことを。
「以上です」
私は頭を下げ、席に座る。
心臓がまだ速い。
でも、安堵が少しだけ体を包んでいた。
「次」
エルガー王衛騎士が書類をめくる。
「シド・ハーグリープス正騎士」
シドが呼ばれて立ち上がる。
「君は闇斬り、ピアーズ・ロゾナンスを討伐した本人だな」
「はい」
「戦闘時の状況を述べろ」
シドは少し考える。
「うーん。一生懸命だったので、あんまり覚えてないです」
会場の空気が一瞬止まった。
アレクが目を閉じた。
私は頭を抱えそうになった。
エルガー王衛騎士だけが、表情を変えなかった。
「では、アルゼル守護騎士の情報は戦闘を有利にしたか?」
「あんまりかな。闇のエレメントとは分かっても、発現する能力は人によって違うので」
シドの言う通り、エレメントは同じでも、使い方や発現する能力は人によって違う。
書記官が記録を取る音が響く。
「では、何故勝てた?」
エルガー王衛騎士の声色は変わらないが、目元が少し鋭くなる。
「ジアルさんのお陰かな」
シドは淡々と言う。
「闇斬りとの能力差は無かったと思います。どっちが死んでもおかしくなかった。
俺が生きてるのは、ジアルさんが命を賭けて与えた一撃。
それが最後の命のやり取りの中で、勝負を分けた」
会場が静かになる。
シドの声には、いつもの軽さがなかった。
「ジアル正騎士の死亡に関して、アルゼル守護騎士の責任を君はどう考えている?」
エルガー王衛騎士から鋭い質問が飛ぶ。
「責任はあると思います」
空気が変わった。
私は息を呑む。
アルゼル守護騎士は表情を変えない。
シドは続ける。
「でも、それは俺も一緒です。……俺にも力があれば守れた」
シドの言葉に、私は思わず顔を上げた。
そっか。
そうだったんだ。
あの雨の日から、シドは自分を責めていたんだ。
自分の大切な人を守れなかったことを。
誰のせいにするでもなく。
シドはエルガー王衛騎士を見る。
「俺が証言できるのは、それだけです」
静かだった。
荒くない。
怒鳴ってもいない。
でも、シドらしい証言だった。
雑で。
真っ直ぐで。
逃げない。
「なるほど、理解した」
エルガー王衛騎士の言葉を受けて、シドが座る。
私は、思わず息を吐いた。
エルガー王衛騎士は、三人分の証言を確認するように書類を見た。
そして、アルゼル守護騎士へ視線を戻す。
「アルゼル・ユーシュタイン守護騎士」
「はい」
「証言を踏まえ、改めて問う。君は自身の判断を、今も妥当だったと考えるか」
アルゼル守護騎士は一歩前に出た。
「はい」
迷いのない声だった。
「私は、現場指揮官として必要な判断を下しました。
命令系統を逸脱した責任は私にあります。処分が下るのであれば受けます」
アルゼル守護騎士は、真っ直ぐにエルガー王衛騎士を見る。
「しかし、同じ状況であれば、私は同じ判断をします」
強い。
この人は、やっぱり強い。
剣だけではない。
自分の判断を背負う強さだ。
エルガー王衛騎士は表情を変えなかった。
ただ、書類に何かを書き込む。
「あー忙しいね。」
小さく、いつもの口癖のように呟いた。
「結論を述べる」
会場の空気が張り詰める。
「本件、アルゼル・ユーシュタイン守護騎士による国家機密の無断開示は事実である。
規定違反であり、看過はできない」
心臓が嫌な音を立てた。
「ただし」
エルガー王衛騎士は続ける。
「現場状況、敵性戦力の危険度、中央本部からの追加支援の遅延、
地方騎士団との情報接続による作戦進展、
ならびに結果として闇斬り討伐および関連組織の拘束に至った点を踏まえ、
開示判断そのものは現場指揮官として一定の合理性を有していたと認める」
合理性を認める。
それは、少なくとも完全な否定ではない。
「よって、本件は重罰相当とはしない」
エルガー王衛騎士の声はまだ続く。
「ただし、機密運用規定への違反は明白である。
アルゼル守護騎士には、三か月間の昇任審査停止、
および国家機密運用に関する再教育課程の受講を命じる」
昇任審査停止。
再教育課程。
処分は処分だ。
でも、騎士としての立場を失うようなものではない。
「お待ちください。エルガー王衛騎士」
向かい側に座る中央王都騎士が声を上げる。
「如何した?」
エルガー王衛騎士が即座に返す。
「処分が軽すぎるのではありませんか」
エルガー王衛騎士は黙ったまま言葉を待つ。
「この処分では、ほぼ不問にすると言っているようなものです。
これでは今までの判例に反すると言われても仕方ありません。
彼が優秀な人材だと言うのは重々承知していますが、どうか、王国の伝統に沿ってご判断ください」
「なるほど。貴方は私が、アルゼル守護騎士がアカデミー主席の有望株だから、贔屓していると」
「いえ、そういう訳ではありませんが」
中央王都騎士の言葉が詰まる。
「ならば話しておく。私は旧知の友に今回の件を頼まれた。
そして、彼がアルゼル守護騎士を買っているのは事実だ」
エルガー王衛騎士は書類を一枚机に置く。
「だが、彼に言われたのは『公正な判断を下してくれ』だけだった。
守るようなことはしなくていい。ここで駄目なら、そこまでの男だと」
会場が静まる。
「彼の名前はレイド・アルカナン王衛騎士。皆様ご存知、力しか求めないシンプルな男だよ」
エルガー王衛騎士の言葉に、会場がざわつく。
私も名前を聞いたことがある。
中央王都騎士団第一軍団長であり、
血染めのレイドと呼ばれていて、戦闘において苛烈な騎士だという噂だ。
「そしてもう一つ。私が今回の件を受けたのは、旧知の友の頼みというのもあったが、
それ以上に、この査問会は中央王都騎士団が地方騎士団と情報をどう共有するか、
現場指揮官にどこまで裁量を認めるか。その議論を大きく前進させると思ったからだ」
エルガー王衛騎士は、反論した騎士を真っ直ぐに見据える。
「つまり、私は貴方の言うような、王国の伝統に沿っただけの判断に価値を見出していない。
未来を作る判断に価値を見出す。未来を作るのは、今を生きている私達の使命だ」
反論していた中央騎士は、何も言い返せずにいた。
レイド王衛騎士の力しか求めないという性質と、
エルガー王衛騎士の未来のための判断という言葉には、確かに説得力があった。
その騎士の様子を見て、エルガー王衛騎士は書類を閉じた。
「終わりかな。私は忙しいから、そろそろ失礼したいんだけど」
エルガー王衛騎士の言葉に、事務員が慌てて木槌を手に取る。
「以上。査問を終了する」
木槌の音が、会場に響いた。
終わった。
本当に、終わったのだろうか。
私は椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。
全身の力が抜けていた。
「マナ」
アレクが小さく呼ぶ。
「大丈夫か?」
「……うん。たぶん」
「よく喋れてた」
「本当?」
「あぁ」
アレクがそう言うなら、本当なのだろう。
シドも立ち上がりながら言う。
「新米にしては、上出来だったな」
「それ褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
「なら言い方を考えなさいよ」
そう返すと、シドは笑った。
私達がそんなやり取りをしていると、前方にいたアルゼル守護騎士がこちらへ歩いてきた。
「三名とも、証言感謝する」
アルゼル守護騎士は静かに頭を下げた。
中央王都騎士団の守護騎士が、地方騎士団の私達に頭を下げている。
その光景に、少し驚いた。
「見たこと話しただけです」
アレクが答える。
「そうか」
アルゼル守護騎士は表情を変えずに言う。
「処分、思ったより軽くなりそうで良かったですね」
「あぁ。お陰で、まだ力を振るう場所に居られそうだ」
私の言葉に、アルゼル守護騎士はシドの方を見て言った。
「それは、良かったですねー」
シドが感情のない声で返答する。
その様子を見て、アルゼル守護騎士はほんのわずかに表情を緩めた。
「では、失礼する」
アルゼル守護騎士は一言残すと、その場を去って行った。
「この査問会で何か変わるのかな」
アルゼル守護騎士の背中を見送りながら、私は呟く。
先ほどのエルガー王衛騎士の言葉が気になっていた。
「どうかな。今まで変わらなかった王国の伝統とやらが、
そんなにすぐには変わらないとは思うけどな」
アレクが言葉を返す。
確かに、アレクの言う通りだ。
今までそれで良かったのだから、無理に変える必要はないという意見が大半なのだろう。
「でも、良くなっていけばいいね」
中央王都騎士団と地方騎士団の関係性も、今より良くなる未来がこれから来ればいいと思った。
「さぁ、帰るか」
アレクが言う。
「そうね。商業区にもう一回寄ったらね」
「また行くのかよ? 行っても服買わないじゃん!」
私の呟きに、シドが大声で突っ込む。
「あんな高いの買える訳ないじゃない!」
昨日見に行ったが、とても太刀打ちできる値段じゃなかった。
「じゃあ何しに行くんだよ」
シドが面倒くさそうに頭を掻く。
「見にいくだけよ。しっかり目に焼き付けるの」
私の意気揚々とした顔を見て、二人はどこか諦めたような顔つきだった。
私の初めての王都任務での収穫は、新作のオイルと、
未来へのちょっとした希望だった。




