第三話 見習い騎士の静観。
雨音。
さっきまでの状況が嘘のように、静かに聞こえてくる。
相手の命乞いを聞く間もなく、斬り伏せた。
目の前の人を斬るのに、何も感じなくなった自分は、もう人ではないのかもしれない。
思い耽る暇もなく、私は夜の闇へと消えていく。
もう、闇の中で生きていくしか道はないのだから。
***
「緊急招集ね。何事かしら」
まだ夜が明けて間もない早朝から呼び出しがあり、私達は騎士団本部に向かっていた。
「隣町で貴族が殺されたみたいだな」
アレクは、もう情報を仕入れていた。
「そうなんだ……」
人が殺された。
そんな事件に出会ったことがない訳ではない。
それでも、言葉を続けることはできなかった。
「しかし、貴族が殺されたとはいえ、色々と動きが早い。これはひょっとすると……」
アレクが思索に耽っていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。行こう」
私達は足早に本部へ向かった。
***
騎士団本部の広間に、黒羊騎士団が集められていた。
黒羊騎士団は、合計で700名ほどの騎士団だ。
だが、ジョストンに駐在していない者達も多い。
今ここに集まったのは、100名ほどだった。
前には団長のハウザーと、この領地の主であるワグナー伯爵が立っていた。
「朝早くからご苦労」
ハウザー団長が、集まった騎士達に声をかける。
「もう聞いている者もいるかもしれないが、昨夜未明、領内男爵ログス卿が護衛の騎士と共に自宅で殺害された」
ログス男爵。
まだ若いが、有力貴族の一人として精力的に活躍されていたという話は聞いたことがある。
広間の空気が重くなる。
誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。
「犯人は現時点で不明。後ほど、現場に向かっている者から情報の共有がある。続報があるまで待機。それと、伯爵からお話がある。聞け」
団長の横にいたワグナー伯爵が前に出る。
「ログス卿は領地安泰のため、精力的に活動されていた。まだ若く、惜しい人材を亡くした」
伯爵の声は静かだった。
だが、その静けさの中に、はっきりと怒りが滲んでいた。
「人材を失うということ以上に、国家、そして領地にとっての損失はない。どうか、このようなことが二度と領内で起きないよう、力を貸してほしい」
それと、と伯爵は少し口ごもりながら言葉を続ける。
「今回の事件は、中央王都騎士団が指揮権を持つ。指揮官である守護騎士殿が、まもなく到着する運びになっている」
伯爵の言葉に、一瞬、空気が止まった。
その後、広間の騎士達がざわつき始めた。
「ちっ。中央かよ」
「やっぱり、そうきたか」
隣のシドとアレクもぼやく。
「静まれ!」
団長がざわめきを収める一声を放つ。
「伯爵。失礼しました」
静まり返った広間で、団長の声が響く。
伯爵は首を振りながら、言葉を続けた。
「よい。地方騎士団と中央騎士団に軋轢があることは、私も重々承知している。だが、彼らには彼らにしかない力がある。そして、それは私達にもある」
伯爵は、集まった騎士達をゆっくりと見渡した。
「どうか互いに協力し、ログス卿の無念を晴らしてほしい。私からは以上だ」
伯爵が一礼して下がる。
それに倣い、私達も頭を下げた。
団長が一礼で伯爵を見送った後、再び口を開く。
「伯爵からあった通りだ。我々は中央の指揮下に入る。中央の到着後、合同で対策を練る。各自、準備しておけ」
団長の言葉の後、騎士達は散り散りになっていった。
「この準備の早さ、中央介入は随分早く決まってたみたいだな」
アレクが顎に手を置いて呟く。
「中央が来るのは変なの?」
私がアレクに尋ねる。
「中央は確かに地方騎士団に介入してくることがある。だけど、いくら貴族が殺されたとはいえ、わざわざこんな辺境の地まで赴いてくるのはおかしい。まして、この速さだ」
アレクの目が細くなる。
「この事件、何か裏がある」
事件の裏。
そもそも中央王都騎士団と会うのが初めての私には、何も分からなかった。
「マナは中央との仕事は初だな」
「そうね」
シドの問いかけに返答する。
「嫌な思いするかもしれないけど、まぁ、そん時は飲んで忘れろ」
「そんなオヤジみたいなことしたくない! 大体そんなに仲悪いの?」
私の問いに、シドは顔をぐんと寄せて答える。
「悪いに決まってる。あいつらは俺らを騎士なんて思ってない。街の自警団、もしくは自分達の手足くらいにしか考えてない。すげー態度悪いぜ」
中央王都騎士団。
唯一の国家直属の騎士団であり、一握りの者しかその門を叩くことはできない。
その他騎士団に対して一方的に指揮権を持つことのできる、圧倒的権力を持った組織。
デュランディア王国にある数多の騎士団の頂点に君臨している。
確かに、そこに属することになったら、地方騎士団に対して優越感を持つのも分からなくはない。
「なんだか気が重くなってきた」
私の気分に呼応するように、空にも重い雲がかかっていた。
***
時間は昼前だった。
噂の中央所属の守護騎士様が到着したとあって、私達は再度、広間に集められていた。
「予定より早いな」
アレクが呟く。
「そうね。もっと遅くなるって聞いてたけど」
その間、私達は他の騎士達から情報を聞いたりしながら、空き時間を過ごしていた。
「動きも早い。元々、介入の準備はしてたかもな」
アレクの分析と共に、広間に中央王都騎士団の面々が入ってくる。
数は数十人。
この国で最も高位な色と言われる紺色を身に纏い、光沢を放つシルバーメイルが、広間の空気を一変させる。
あれが、中央王都騎士団。
誰も大声を出していない。
剣を抜いてもいない。
ただ入ってきただけなのに、広間が少し狭くなったように感じた。
私達の前方に鎮座した中央王都騎士団の横で、ハウザー団長が言葉を発する。
「今回の指揮官を務められる、アルゼル・ユーシュタイン守護騎士だ」
紹介された男は、中央の隊列の真ん中に立っていた。
年は若く、20代前半。
ブロンドの髪に、青い瞳。
見た目は若いが、姿勢に隙がない。
整った顔立ちの奥に、武人のような硬さを持ち合わせていた。
「あの年で守護騎士なの?」
私が小声でアレクに聞く。
守護騎士は、正騎士の一つ上の位であり、主に地方都市の警備や治安維持を統括する。
ほとんどの騎士は正騎士で人生を終えるので、守護騎士はかなりの出世頭だ。
うちの騎士団だと、ハウザー団長でやっと守護騎士の位を持っている。
「中央は出世が早いからな。そうは言っても、あの年齢だとだいぶ早い。おそらく世代のトップ層。将来の中枢候補生だな」
ふーん。
シド達と年は変わらなそうなのに。
世界は広いな。
「アルゼルです。よろしくお願いします」
私が指揮官を見ていると、彼が口を開いた。
「早速ですが、事件の情報を共有してほしい。ハウザー団長、始めてください」
手短に挨拶を済ませると、アルゼルは団長に指示を出した。
「現場の情報から共有しろ」
ハウザー団長の指示で、現場を調査していた騎士団員から情報共有が始まる。
「現場はジョストンより南東、ドラグの街にあるログス卿の住居。犠牲者はログス卿の他に、警護にあたっていた護衛二名です。三人共剣で斬りつけられており、そちらが致命傷となっております。切り口や戦闘の痕跡からして、犯人は単独犯だと思われます」
ログス卿と護衛二名。
合計三人を一人で相手にするなんて、一般人にはできない。
「プロの犯行だな。殺し屋か……もしくは騎士か」
アレクの言葉に、私も同意した。
「現場付近は連日の雨で痕跡がほとんどなく、また、時間も真夜中だったため目撃証言もありません」
つまり、ほとんど手がかりなしか。
以上の報告を聞いて、アルゼルは少し考えた後に言葉を発する。
「わかりました。指示を伝えます。これから領内の貴族の護衛を強化してください。街を中心に巡回を強化。不審人物がいた場合は捕縛して取り調べを。あと、私達中央王都騎士団が調査する際は、同行して道案内をよろしくお願いします。割り振りは、この後ハウザー団長から伝えてもらいます。以上」
アルゼルの言葉を聞いて、騎士達がわらわらと動き出す。
第二の犠牲者が出ないように、人海戦術で守りを固めるってことか。
「これはしばらく休みないな」
シドが体を伸ばしながら言う。
私はこの後の自分の係と――。
この事件、何か裏がある。
今も思案に沈んでいるアレクの言葉が気になっていた。




