第二話 見習い騎士帰還。
ワグナー伯爵領ジョストン。
領内で一番栄えた街であり、私達が所属している黒羊騎士団の本部がある。
つまり、私達の本拠地だ。
石畳の大通りには行商人の荷馬車が行き交い、鍛冶屋の煙突からは黒い煙が上がっている。
夕方前だというのに、通りにはまだ人の声が溢れていた。
その中でも、黒羊騎士団本部の周囲だけは少し空気が違う。
任務帰りの騎士、夜警に向かう騎士、書類を抱えて走る事務員。
剣と鎧の音に混じって、怒号と報告の声が飛び交っている。
騎士団本部というより、兵舎と役所を無理やりくっつけたような場所だった。
私達は、先ほどの件を本部に報告するため帰還していた。
「グランドライガを討伐した!?」
アレクの報告書を読んだグアルダ隊長が、大声を上げる。
グアルダ隊長は、私達のような若手騎士や見習い騎士の任務管理を担当している現場隊長だ。
豪快というより、いつも何かに怒っている印象が強い。
「はい。なので、事後処理班の派遣をよろしくお願いします」
アレクは対照的に、冷静かつ事務的に答える。
「あのなー! そんな化け物斬ってどうすんの! 逃げなさいよ! 事後処理大変なのよ!」
上司の大声に、私は思わず身をすくめる。
シドとアレクは慣れっこなのか、平然としていた。
「いえ! 全然逃げられませんでした!」
シドが負けない大声で言い返す。
「嘘つくな! お前はグリフォン討伐した時も戦闘で村を半壊させたり、盗賊団とやり合った時も街の真ん中で大立ち回りしたり、派手にやり過ぎなんだよ! だいたいお前はなー!」
「おっ、また若いのがなんかやらかしたか」
隊長の大声を制するように聞こえた声に、私は思わず身構える。
「お疲れ様です。ハウザー団長」
「おう。お疲れ」
色黒でがっしりした体躯。
立っているだけで威圧感を放つ男。
黒羊騎士団団長、ハウザー・クロード。
私達のボスだ。
「状況は?」
隊長から受け取った報告書に目をやりながら、団長が聞いてくる。
「セーニャ村にて開拓任務に当たっていた際、子供が魔物生息地区に迷い込んだとの報告があり探索。そこでライガの群れに遭遇。これを殲滅いたしました。以上です」
アレクが報告書の通りに報告する。
「そして、グランドライガをぶった斬ったってわけか」
三人共、団長の言葉に沈黙する。
「そうなんです! グランドライガクラスの魔物は、本来なら討伐の是非を協議し、討伐隊を組んで対応するものです。団長からもご注意を!」
隊長が矢継ぎ早に続ける。
「構いやしない。こいつが、化け物を狩る化け物だった。それだけの話だ」
隊長の言葉に、団長がにやりと笑いながら返す。
「しかし、シド。お前みたいなやつが、なんでこんな辺境の騎士団にいるんだ?」
「採用試験に合格したからです!」
そりゃそうだろ。
「そりゃそうだが」
団長が私と同じことを言っている。
「お前みたいな化け物。品位も求める中央からはお声が掛からないのも分からなくもないが、黒狼あたりは放っておかなさそうだがな」
黒狼騎士団。
三大騎士団の一つ。
西の都リビットシュタインを守護し、圧倒的実力主義を敷いていると聞いている。
「俺は黒羊ですよ」
シドの返答に、団長は「そうか」と笑って追及をやめた。
「三人共、ご苦労様。次の任務があるまで、ゆっくり休んでくれ。あと、会計係に行って報奨金の手続きも忘れずにな」
団長は報告書を隊長に返すと、そう告げた。
踵を返す団長に、私達は頭を下げる。
***
「よし、飲みに行くぞ!」
騎士団本部を出た直後に、シドが言う。
「嫌よ! 任務から帰ってきて疲れてんのよ」
どこにそんな元気があるのか。
私はもうヘトヘトだ。
「なんだよ! マナ、先輩の誘い断んのかよ!」
ブーブー言っている。
「先輩のくせに毎回誘うな! アルハラで訴えるぞ!」
「だって、寂しいんじゃん! お前がいないと!」
うっ。
シドが真っ直ぐな目で言ってくる。
この裏のない言葉に私は断れず、結局毎回飲みに行っている。
「マナ、今日は飲みに行くぞ」
珍しい。
いつも何も言ってこないアレクが誘ってきた。
どういう風の吹き回しだ。
「今日は、お前の記念日だからな」
記念日?
「マナがその剣で初めて守った。騎士として。その記念日」
あっ、そっか。
私、今日守ったんだ。
この剣で。
騎士として。
胸にある黒羊の紋章に触り、少し目を閉じた。
目を開いた先には、不器用な笑みを浮かべている先輩騎士が二人いた。
私は観念したように歩き出す。
今日はとことん飲んでやる。
「記念日っていうくらいなんだから奢りなさいよ。前みたいに割り勘お断りだからね!」
「それはお前が高い酒ばっか飲んで、俺の手持ちがなくなったんだよ!」
「飲め飲め言ってたじゃない! お金ないなら止めなさいよ!」
「早く行こうぜー。いい店埋まるぞー」
ジョストンの街が夕暮れに染まっている。
石畳の道に、三人分の影が長く伸びていた。
気づけば、体に残っていた疲労が少しだけ軽くなっていた。




