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見習い騎士だって大変ですよ!  作者: 先輩.


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20/22

第十八話 式典前夜


迎賓館へ戻ると、玄関広間は昼間よりもさらに賑やかになっていた。


式典に招かれた貴族や商会関係者が、次々と到着しているらしい。


上質な外套。


磨かれた靴。


宝石のついた杖。


香水の匂い。


柔らかな笑い声。


さっきまで油と鉄の匂いに包まれていたせいか、余計に別世界に感じた。


「随分華やかになってきたね」

私が呟くと、アレクが頷いた。


「工房が未来を作る場所なら、ここは未来に名前を刻みたい連中の場所だな」


「言い方気をつけて」

皮肉屋のアレクに釘を刺す。


「金持ちばっかだなー」

シドが辺りを見回しながら言う。


「あんたも!」

私が睨むと、シドは肩をすくめた。


その時だった。


広間の奥から、聞き覚えのある声がした。


「機密区画の確認は予定通り終了した。記録はシオンが持っている」


私は思わず振り返った。


金髪。


青い瞳。


紺と銀の中央騎士装備。


背筋の伸びた立ち姿。


「アルゼル守護騎士」

声が漏れた。


私の声に、シドとアレクも反応する。


そこにいたのは、アルゼル・ユーシュタイン守護騎士だった。


王都の査問会以来だった。


隣には、黒髪を整えた中央騎士の女性。


シオンさんもいる。


「君たちか」

アルゼル守護騎士も私達に気づき、声をかけてくる。


いつも通り、表情は大きく変わらない。


「まさか、ここで再会するとは思わなかった」


「私達もです」

私は慌てて頭を下げる。


「お久しぶりです、アルゼル守護騎士。シオンさん」


「久しぶりね」


シオンさんが静かに言う。


相変わらず表情は冷たい。


でも、王都で会った時より少しだけ柔らかく見えた。


「元気そうで何より」


「はい。シオンさんも」


「査問会では助かったわ」


「いえ、私達は何も」


私が二人と話していると、シドが軽く手を上げて会話に入ってきた。


「よぉ、守護騎士さん」


「シド・ハーグリープスか」


アルゼル守護騎士の視線が、シドに向く。


「体調は戻ったのか」


「まあな。酒も飲めるくらいには」

復活したシドが、妙なところでアピールする。


アレクが一礼した。


「中央王都騎士団は、技術機密管理で来られているんですか」


「ああ」


アルゼル守護騎士が頷く。


「蒼関機車は、王国の発展に大きく寄与する可能性があると中央の上層部も注目している。どういったものなのか、実状を把握する必要がある。そのため、中央からも要人が多数来ている」

あれだけの発明を、王国の中枢が無視するはずがないということか。


「蒼関機車の視察と、中央要人の護衛がアルゼル守護騎士の任務ですか?」

アレクがさらに質問をする。


「その通りだ」

アルゼル守護騎士の言葉に、アレクが納得したように頷く。


その時、広間の別方向からアルトレイ副団長が近づいてきた。


「アルゼル守護騎士。明日は改めてよろしくお願いします。彼らと知り合いだったんですね」


中央の騎士と地方騎士団員が親しげに話していることに、アルトレイ副団長は少し困惑しているようだった。


「以前、事件で」

アルゼル守護騎士は短く答える。


「そうでしたか。……アルゼル守護騎士」

アルトレイ副団長が、あらためてアルゼル守護騎士を見る。


「明日の指揮権は私にあります。貴方は少し窮屈な思いをされるかもしれませんが、ここはラスピズ。どうかご容赦ください」


その声は丁寧だった。


でも、わずかに棘がある。


中央には好きにさせない。


そう言っているようにも聞こえた。


アルゼル守護騎士は表情を変えない。


「承知しています。何も起こらなければ、中央が指揮権を行使することはないかと」


何か起きた時は分からない。


そう含ませているように聞こえた。


「それなら結構です」


アルトレイ副団長がその場を離れる。


空気が少し冷たい。


王都で感じた中央の冷たさとはまた違う。


東空騎士団の誇りと、中央王都騎士団への対抗心。


その間に、私達黒羊騎士団が立っている。


……なんで毎回こういうところに放り込まれるのだろう。


シオンさんが資料を閉じながら、私達へ視線を向けた。


「貴方達はもう蒼関機車を見たの?」


「はい。メネズさんにも会いました」

私が答えると、シオンさんは一瞬だけ目を細めた。


「そう。会話は成立した?」


「半分くらいは……」


「なら上出来ね。私はほぼ会話にならなかったわ」

確かに、シオンさんとメネズさんの会話が盛り上がる絵がまったく思い浮かばない。


「メネズ・フェリオは、王国でも有名な発明家だ。ただ、発明にしか興味のない男だと聞いている」

アルゼル守護騎士の言う通りだと思う。


彼は蒼関機車のことしか考えられない、といった様子だった。


「だが、そんな彼だからこそ、誰にも成し得ない発明が可能なのかもしれないな」


蒼関機車は未来だと言った。


会いたい人に、いつでも会える未来。


それはメネズさんが、他の全てを投げ打ってでも情熱を注げるものなのだろう。


その時、アルゼル守護騎士が私の方を見た。


「マナ・カトレア」


「はい」


「君達は、ワグナー伯爵の近接警護だな」


「はい」


「明日は人が多い。華やかな場所ほど、死角が増える。目に見える危険だけを追うな」


その言葉に、背筋が伸びる。


「はい」


「それと」


アルゼル守護騎士は、少しだけ言葉を置いた。


「王都での証言、改めて感謝する」


不意に言われて、私は目を瞬かせた。


「い、いえ。私達は、見たことを話しただけです」


「それが必要だった」


アルゼル守護騎士は静かに言った。


シオンさんも小さく頷く。


「貴方達の証言がなければ、あの場はただの処分で終わっていたかもしれない」


私は何と返せばいいか分からなかった。


シドが横から口を挟む。


「まぁ、まだ力を振るう場所に居られるんだろ?」


アルゼル守護騎士はシドを見る。


「ああ」


「ならよかったじゃん」


軽い言い方だった。


でも、その声は不思議と優しかった。


アルゼル守護騎士は、ほんのわずかに表情を緩めた。


「そうだな」


その短いやり取りだけで、私は少し安心した。


王都の査問会は、終わった。


完全に全部が変わったわけではない。


でも、少なくとも何かは繋がっている。


そう思えた。


その時、迎賓館の係員が近づいてきた。


「皆様」


係員は丁寧に一礼する。


「間もなく、式典前夜のセレモニーが始まります。ローファル公爵閣下、東空騎士団団長マルス様も到着されております。皆様、セレモニー会場にお集まりください」


貴族。


商会。


騎士団。


技術者。


「我々も向かいましょう」


シオンさんがアルゼル守護騎士に声をかける。


明日の式典に向けて、役者は少しずつ揃い始めていた。


***


華やかに装飾されたセレモニー会場には、多くの人が集まっていた。


壁際には東空騎士団の騎士達が立ち、入口付近には中央王都騎士団の騎士が控えている。


貴族達は小さな輪を作って話し、商会の代表らしき人達は笑顔で互いに挨拶を交わしていた。


その笑顔が、本当に楽しそうなのか。


それとも、計算されたものなのか。


私には分からない。


広間の中央には、ローファル公爵がいた。


その隣にはワグナー伯爵。


そして、少し離れた場所に、立派な騎士装束の男性が立っていた。


白と青灰色を基調にした鎧。


肩にかかる白いマント。


年齢は四十代半ばくらい。


鍛えられた体つきで、姿勢も良い。


ただ、その表情にはどこか誇り高さが滲んでいた。


「あの人は?」


私が小声で聞くと、アレクが答えた。


「東空騎士団団長、マルス・オルドラン。

六門騎士の一人だ」


「六門騎士……」


思わず息を呑む。


王都の六つの大門を守る者。


王国に六人しかいない、騎士にとって最高級の名誉。


その一人が、目の前にいる。


マルス団長は、ローファル公爵の言葉に頷きながら、時折周囲を見渡していた。


そして、ローファル公爵が前に用意された壇上に上がる。


広間のざわめきが、少しずつ収まっていく。


「皆、遠路よく集まってくれた」


ローファル公爵の声が、大広間に響く。


大きな声ではない。


けれど、不思議と全員の耳に届く。


「明日、東都ラスピズは新しい一歩を踏み出す。蒼関機車完成披露式典は、ただの催しではない。これは、王国の道を変える日だ」


王国の道を変える日。


その言葉に、メネズさんの声が重なる。


人は道を通る。


でも蒼関機車は道そのものを作る。


「この計画には、多くの者が力を尽くしてくれた。技術者達。工房の職人達。出資者である商会と貴族達。そして警備に当たる騎士達。皆の力があって、明日を迎えることができる」


広間の人々が、静かに聞いている。


その中で、何人かの商会代表が誇らしそうに顎を上げた。


貴族達も満足そうに微笑む。


誰もが、この未来に自分の名前を刻みたいのだろう。


「明日は多くの民が集まる。歓声も上がるだろう。だが、同時に混乱も生まれやすい。各騎士団には、万全の警備を頼む」


ローファル公爵の視線が、東空騎士団へ向いた。


「東空騎士団」


マルス・オルドラン団長が一歩前へ出る。


「はっ」


「ラスピズの空と秩序は、君達に託す」


「お任せください、公爵閣下」


マルス団長の声はよく通った。


自信がある。


それは確かだった。


「この東都において、我ら東空騎士団が不覚を取ることはありません」


その言葉に、周囲の東空騎士団員達の背筋が伸びる。


誇り。


自負。


そんなものが混ざっているように感じた。


ローファル公爵は頷き、言葉を続ける。


「明日は皆で協力し、是非、民と共に未来を見よう。よろしく頼む」


ローファル公爵の言葉が終わると、会場は拍手に包まれた。


拍手を背に、ローファル公爵は壇上から降りる。


拍手が鳴り止んだタイミングで、マルス団長がアルゼル守護騎士に近づいた。


「中央王都騎士団には、遠方よりご足労いただき感謝している。とはいえ、ここはラスピズ。我ら東空騎士団の街です。警備の主導は我々が執ります」


「承知しています」


アルゼル守護騎士は表情を変えない。


「君も相当優秀だと聞き及んでいるが、アルトレイもあの年で私の右腕になった男。ここは奴に任せてやってくれ」


「そのつもりです」


「なら結構」


マルス団長は満足そうにその場を去る。


笑顔。


丁寧な言葉。


でも、温かくない。


私は思わず、隣のアレクを見る。


アレクは小さく息を吐いた。


「始まったな」


「何が?」


「名門同士の縄張り確認」


「うわぁ……」


面倒くさい。


シドは少し楽しそうに見ている。


「喧嘩か?」


「やめなさい」


茶化すシドを私が諫める。


中央王都騎士団と東空騎士団との間には、地方騎士団以上に深い溝があるらしい。


私は明日が平穏に終わることを、心の中で祈っていた。


***


セレモニーが終わる頃には、外はすっかり夜になっていた。


迎賓館の窓から見えるラスピズの街には、無数の灯りが点っている。


水路に映る灯り。


広場に並ぶ屋台の灯り。


工房街から漏れる青白い光。


そして遠くから、まだ楽器の音が聞こえていた。


「マナ・カトレア」

声をかけられて振り返ると、シオンさんが立っていた。


「はい」


「明日、貴方はワグナー伯爵の近くにいるのね」


「はい。その予定です」


「なら、よく見ておきなさい」


「何をですか?」

シオンさんは少しだけ間を置いた。


「人の顔よ」


「顔?」


「新しいものが生まれる時、人は色々な顔をする。期待する顔。恐れる顔。奪おうとする顔。壊したがる顔」


その言葉に、私は息を呑んだ。


シオンさんは静かに続ける。


「剣を抜く者だけが敵とは限らないわ」


王都での出来事が、一瞬だけ頭をよぎった。


見えていたもの。


見えていなかったもの。


気づけなかったもの。


「……はい」

私が頷くと、シオンさんは小さく息を吐いた。


「まあ、貴方の場合は顔に出やすいから、相手より先に自分を隠す練習も必要ね」


「最後に急に刺してきますね」


「事実よ」


やっぱり少し怖い。


でも、その怖さは嫌ではなかった。


少し離れたところでは、アレクが壁際で明日の配置図を確認していた。


アルトレイ副団長は、東空騎士団の騎士達へ細かく指示を出している。


マルス団長は、ローファル公爵と短く言葉を交わしていた。


皆、それぞれの明日に向けて動いている。


私は窓の外へ目を向けた。


水路の向こう。


工房街の方角に、青白い光がちらついている。


あの中に、蒼関機車がある。


メネズさんは、まだ作業をしているのだろうか。


歯の裏がざらつく音。


嫌な感じがしたら教えて。


その言葉が、また胸の奥で引っかかった。


明日は、きっと大きな一日になる。


ラスピズにとって。


王国にとって。


そして、私達にとっても。


私はそう思いながら、夜の街に浮かぶ青白い光を見つめていた。


***


その夜。


ラスピズの華やかな灯りが届かない場所で、別の準備が進んでいた。


闇の中で声がする。


「どうだ?」


「大丈夫」


声は二つ。


一つは男。


もう一つは女だった。


「核は仕組みが複雑だけど、軌道の方はそんなに難しくない」


女の声は、作業を続けながら返答する。


「そうか。流石だな」


男の声が軽く答えた。


「さて、明日はパーティだ」


男は薄焼きパンを頬張りながら言う。


女は手を止めない。


青白い光が、闇の中で小さく震えた。


王国の未来を変える発明。


それを取り巻く陰謀が動き始めていた。

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