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見習い騎士だって大変ですよ!  作者: 先輩.


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19/22

第十七話 ラスピズの技術局長

挿絵(By みてみん)


迎賓館は、ラスピズ中央広場から少し離れた高台にあった。


白い石造りの建物。


青灰色の屋根。


正面の柱には、花と鳥、それから歯車の彫刻が施されている。


王都の建物ほど威圧感はない。


けれど、細部まで手が入っていて、見れば見るほど贅沢だと分かった。


「王都とはまた雰囲気違うね。」

私が思ったことを言う。


「王都は権威を見せるための建物。ここは人に見られるための建物って感じだ」

アレクの分析に、私は素直に頷いた。


シドは馬車から降りるなり、大きく伸びをした。


「とりあえず飯か」


「説明が先だ」

アレクが即答する。


「東空の副団長殿が待ってるんだろ」


「アルトレイ副団長よ」

私が小声で訂正する。


シドは笑って肩をすくめた。


本当にこの男はすぐに不安にさせる。


迎賓館の玄関では、先ほどの東空騎士団副団長、アルトレイ・ラーセンが待っていた。


白いマントを肩にかけ、背筋を伸ばしている。


その姿は、いかにも名門騎士団の副団長という感じだった。


隙がない。


礼儀もある。


でも、近寄りやすさはない。


「ワグナー伯爵。こちらへ」

アルトレイ副団長が一礼する。


「まずはローファル公爵閣下へご挨拶いただきます。

その後、随行騎士の方々には明日の警備配置についてご説明いたします」


ローファル公爵。


その名前に、私は少しだけ背筋を伸ばした。


アンドレアル・ローファル公爵。


東都ラスピズを治める大貴族。

王国東部に広大な領地を持ち、この国にわずか四人しかいない公爵の一人だ。


そして、東空騎士団の主でもある。


「分かった」

ワグナー伯爵は穏やかに頷く。


私達は伯爵の後ろに続き、迎賓館の中へ入った。


***


迎賓館の大広間は、思っていた以上に華やかだった。


高い天井。


壁に飾られた絵画。


床には磨かれた石。


天井から吊るされた灯りは、蒼霊銀の細工が施されているのか、淡く青白い光を放っていた。


その中央に、一人の貴族が立っていた。


黒髪に白髪が混じった短髪。


年齢は五十代後半くらいだろうか。


背筋は伸び、落ち着いた微笑みを浮かべている。


派手な装飾は少ない。


だが、仕立ての良い黒と深い青の礼服が、かえってその人の格を示していた。


穏やかそうに見える。


けれど、その場の空気は自然と彼を中心に回っていた。


この人が。


「ようこそ、東都ラスピズへ」

男は穏やかに言った。


「アンドレアル・ローファル公爵だ。ワグナー伯、遠路よく来てくれた」

ワグナー伯爵が一礼する。


「お招きいただき感謝いたします、ローファル公爵閣下」


「堅苦しい挨拶はほどほどでよい。明日は長い一日になる」

ローファル公爵はそう言って、私達の方へ視線を向けた。


「そちらが君の黒羊騎士団か」


一瞬で、背筋が伸びた。


見られている。


門衛やアルトレイ副団長の視線とは違う。


値踏みというより、見極め。


この人は、笑っていても人を見ている。


「アレク・ロートレックです」

アレクが一礼する。


「シド・ハーグリープスです」

シドも珍しく真面目に頭を下げた。


「マナ・カトレアです」

私も慌てて続く。


ローファル公爵は、シドの名を聞いた時に少しだけ目を細めた。


「君が、例の闇斬りを討った騎士か」


「一応、そうなります」

シドが答える。


ローファル公爵は小さく笑った。


「なるほど。噂より柔らかい男だ」


「よく言われます」


「それは褒め言葉として受け取っておくといい」


この人、掴みどころがない。


柔らかい。


でも軽くない。


アルトレイ副団長や東空騎士団の騎士達とは違う種類の圧がある。


ローファル公爵は続けた。


「明日の蒼関機車完成披露式典は、ラスピズにとって大きな節目になる。

文化の都は、古いものを守るだけでは生き残れん。

新しい技術を受け入れ、育て、国の形を変える。それがこの街の役目だ」

その声は穏やかだった。


でも、言葉には熱があった。


「蒼関機車は、未来そのものだ」


未来。


公爵の言葉を、私達は黙って聞いていた。


「ワグナー伯も出資者の一人だ。明日は共に、その未来の始まりを見届けよう」


「光栄です」

ワグナー伯爵が答える。


ローファル公爵は満足そうに頷くと、今度は私達へ微笑んだ。


「若い騎士達も、よく見ておくといい。剣だけが国を変えるわけではない。

時に一つの発明が、千の剣より大きく国を動かす」


私は思わず頷いた。


蒼関機車。


まだ実物をちゃんと見ていないのに、その名前だけがどんどん大きくなっていく。


新しい移動手段。


そんな簡単なものではないのだと、ここに来てようやく分かってきた。


「アルトレイ」

ローファル公爵が視線を向ける。


「彼らをメネズの所へ案内してやりなさい。明日の警護をするなら、蒼関機車を見ておいた方がいい」


「承知しました」

アルトレイ副団長が一礼する。


「メネズは蒼関機車の開発責任者だ。ここラスピズが誇る天才発明者だ。

蒼関機車については彼から説明を受けるといい」


まあ、少し変わり者ではあるが。


そう付け足したローファル公爵の口元が、わずかに緩んだ。


メネズ。


蒼関機車の若き発明者。


どうやら、かなり変わった人らしい。


***


迎賓館での挨拶を終えた後、私達はアルトレイ副団長の案内で技術区画へ向かった。


ワグナー伯爵は迎賓館に残り、ローファル公爵や他の出資貴族との挨拶に回るらしい。


つまり、私達だけで工房見学だ。


「式典会場の警備説明は後ほど行います」

アルトレイ副団長が前を歩きながら言う。


「まずは蒼関機車そのものを確認してください。明日、何を守るのか理解しておく必要があります」


その言い方は少し硬い。


私達は細い石橋を渡り、工房街へ入った。


街の雰囲気がまた変わる。


劇場や香油店、絵画の店が並ぶ通りとは違い、ここには工房が多かった。


金属を叩く音。


歯車が回る音。


蒸気のような白い煙。


油の匂い。


焼けた鉄の匂い。


そして、時折ちらつく青白い光。


華やかなラスピズの裏側に、こんな場所があったのか。


私は思わず足を止めた。


綺麗ではない。


でも、生きている。


人が何かを作り出している場所の熱があった。


「ラスピズ機関工房です」


アルトレイ副団長が説明する。


「蒼関機車の開発拠点であり、明日の式典前の最終調整もここで行われています」


工房の門をくぐると、広い作業場が現れた。


そこに、蒼関機車があった。


近くで見ると、想像していたよりもずっと大きい。


黒い車体。


銀の補強材。


側面を走る蒼霊銀の導線。


車輪は馬車のものとはまるで違い、分厚く、鉄の輪のようだった。


下には二本の軌道。


車体の前方には、丸い機関部。


そこから微かに青白い光が漏れている。


まるで、大きな獣が眠っているみたいだった。


「……これが、蒼関機車」

声が勝手に小さくなる。


シドも珍しく真面目な顔で見ていた。


「こんなデカいのが動くのか」


その横で、アレクも無言で蒼関機車を見つめている。


その時。


向こうの方から、声がした。


「違う違う違う違う。第七共鳴軸の固定角が半分ズレてる。これで回したら速度は出るけど、二十七秒後に軌道から嫌われる」

早口の男に、作業員らしき男性が慌てて声を返す。


「局長、図面通りです!」


「図面が古い!」


「昨日の図面です!」


「だから古い!」


局長と呼ばれた男は、若い男だった。


髪はぼさぼさ。


顔には油汚れ。


袖はまくり上げられ、指先は黒く汚れている。


片手には工具。


もう片方には、折れ曲がった設計図。


年齢は、私達より少し上くらいに見えた。


二十代前半。


若い。


その若さで、この巨大なものを作ったのか。


男は私達を見た。


いや、正確には私達を見ていなかった。


視線は、私達の後ろにある蒼関機車の車輪に向いている。


「副団長殿。今忙しい」


「見れば分かる」


アルトレイ副団長が冷静に答える。


「ワグナー伯爵の随行騎士だ。明日の式典警備のため、試験機周辺の確認に来ている」


「随行騎士?」


男はようやくこちらを見た。


そして、一瞬で興味を失ったように設計図へ視線を戻す。


「近づいてもいいけど壊さないでくれよ。君たち騎士は手荒いのが多いから」


「私達、そんなことしません」

思わず言うと、男は顔を上げた。


「どうだかねー。あっ、そうそう。ミスリルの剣を持ってるなら近づけないで。共鳴して暴走するかもしれないから」


蒼関機車に近づいていたシドが、慌てて距離を取る。


「メネズ」


アルトレイ副団長が低く言う。


「挨拶を」


「ああ」


男は工具を持ったまま、こちらへ半歩近づいた。


「メネズ・フェリオ。ラスピズ技術局局長。蒼関機車の開発責任者。発明者って言われるけど、まだ完成してないから発明者と呼ぶのは正確じゃない。実用走行が成功してからにして」

メネズは早口で自己紹介をする。


「マナ・カトレアです。黒羊騎士団の見習い騎士です」


「見習い」


メネズさんは私を見る。


今度は少しだけ、ちゃんと見た。


「いいね。見習いは固定観念が少ない」


「え?」


「完成品を見ていない人間の方が、間違った前提を持っていない。君、これを見て何だと思った?」


突然聞かれた。


私は蒼関機車を見る。


黒い車体。


蒼い光。


鉄の軌道。


大きな車輪。


「……大きな、馬なし馬車?」


メネズさんの目が、少しだけ輝いた。


「惜しい。馬車じゃない。馬車の代替として見ると間違える。これは軌道上を走る移動機関で、馬の代わりではなく、道の概念を変えるものだ」


「道の概念……?」


「人は道を通る。でも蒼関機車は道そのものを作る。軌道がある場所に街が繋がる。街が繋がれば、時間の価値が変わる。時間の価値が変われば、商売も戦争も生活も変わる。だからこれは車両じゃなくて、未来の骨格なんだ」

一気に言われた。


「難しいですね」

言っていることの半分くらいしか分からなかった。


「じゃあ、もっと単純に」

メネズさんは、少しだけ考えるように視線を上げた。


「君には、好きな人や大切な人はいるか?」


「えっ?」

その質問に一瞬止まる。


好きな人。


それは恋愛的な意味で?


だとしたら、今はいないかな。


大切な人は。


「家族ですかね」

故郷の家族の顔を思い浮かべながら答えた。


「そうか。この発明は、人が大切な人と会うために一番の障害になる時間と距離を無くす。人を幸せにする発明だよ」

メネズさんは、表情の変化は分かりづらいが、少し嬉しそうにしながら答えた。


人を幸せにする発明。


大切な人と会うための時間と距離を無くす。


「凄い発明ですね」

私は、最初の説明より理解できた気がした。


「凄いのはまだ早い。今はまだ未完成」


「そこは謙遜するんですね」


「謙遜じゃない。事実」


シドが蒼関機車を見ながら口を挟む。


「で、これ、どれくらい速いんだ?」


メネズさんは初めてシドを見た。


「君たち、ラスピズまで来るのに何日かかった?」


「馬車で四日だな」


「蒼関機車が完成したら、一日もかからなくなる」


その言葉に衝撃を受けた。


この長い旅路が、一日もかからなくなる。


未来と言っていた言葉の意味が、少し分かった気がする。


「馬より速く。馬より長く走り。馬より文句を言わない」


「最後大事だな」


「大事。馬は疲れる。機関は疲れない。壊れるだけだ。だから直せば、また走る」


「馬に嫌われそうな発言だな」


「馬には興味ない」


「だろうな」

シドが楽しそうに笑う。


「とは言っても、今はまだ試作段階。そんなに速度を出して走ることは出来ない。でも、実は……」


「メネズ。式典前だ。あまり余計なことは話すな」


アルトレイ副団長が遮る。


「余計なこと?」

メネズさんは心底分からないという顔をした。


「蒼関機車に余計なことはない」

メネズさんは再び蒼関機車の方へ歩き出す。


「見たいなら見ていい。ただし、青い線には触らないで。共鳴導線だから。触ると痺れる。強く触ると倒れる。運が悪いと髪が逆立つ」


「共鳴導線?」

聞き慣れない言葉を聞き返す。


「蒼関機車に蒼霊銀の力を伝える線のこと。蒼関機車はミスリルの共鳴という仕組みを利用して走る。横を見てみて」


私は蒼関機車の側面に近づいた。


青白い線が、車体の側面を細く走っている。


光は弱い。


でも、近づくと小さく震えているように見えた。


「蒼霊銀……」


「正確には蒼霊銀加工導線。純度を落として柔軟性を上げてる。純ミスリルだと硬すぎるし、値段も高い。出資者が顔をしかめる」

メネズさんが早口で言う。


「出資者って、公爵様とか?」


「ローファル公爵は顔をしかめない。一番の出資者だ。必要なら金を出す。あの人は分かってる」


意外だった。


メネズさんの口調に、少しだけ信頼のようなものが混じっている。


「公爵様のこと、信用してるんですか?」


「少なくとも、蒼関機車に金を出す理由を分かってる。見栄じゃない。あの人は、これが街を変えることを理解してる」


「じゃあ、良い人なんですね」


「良い人かは知らない」


即答だった。


「発明に金を出す人だ」


「判断基準が偏ってる……」


アレクは蒼関機車の軌道を見ていた。


「式典当日は、この軌道を走るのか?」


「広場外周を一周。その後、北側試験線へ入る。予定ではね」


メネズさんが答える。


「予定では?」


アレクが聞き返す。


「壊れることもある。だから予定」


「不吉なことを言うんだな」


アルトレイ副団長が低い声で言う。


「明日はラスピズにとって重要な日だ。余計な不安を煽るな」


「不安じゃない。確認事項」


メネズさんは設計図をひらひらと振った。


「まあ、問題が起きないように、ここの連中は家にも帰らず仕事をしている。その頑張りがあるから、そう悪いことは起こらないよ」


確かに、メネズさんの目の下にはくまが出来ていた。


「現在、警備上の問題はありません」


アルトレイ副団長が私達へ向き直る。


「式典は予定通り行われます。明日は東空騎士団が会場全体を管理し、中央王都騎士団が機密区画と警備補佐を担当します。黒羊騎士団の皆様には、ワグナー伯爵の近接警護をお願いします」


「中央王都騎士団も来てるんですか?」

私が聞くと、アルトレイ副団長は頷いた。


「技術機密の管理です。蒼関機車の設計情報は国家的重要機密に指定されています。それに王都からも来賓がありますので」


国家的重要機密。


その言葉に、王都での査問会を思い出した。


あの時とは違う事件のはずなのに、どこか繋がっているような気がする。


メネズさんは興味なさそうに蒼関機車の下へ戻ろうとしていた。


その時、ふと足を止める。


「そうだ」


彼は私達を振り返った。


「明日、もし音が変だったら教えて」


「音?」


「蒼関機車は走る前に低く鳴る。正常なら、胸の奥で響くみたいな音がする。変な時は、歯の裏がざらつく音になる」


「分かりづらいです」


「分かれば分かる」


「分からないから言ってます」


メネズさんは少し考えた。


「じゃあ、嫌な感じがしたら教えて」


それなら分かる。


たぶん。


私は頷いた。


「分かりました」


「見習いのそういう感覚を馬鹿にしない方がいい。理屈が凝り固まってない分、体が先に違和感を拾うことがある」

その言葉だけは、不思議と真っ直ぐ胸に残った。


メネズさんはそれだけ言うと、今度こそ蒼関機車の下へ潜り込んだ。


「第七共鳴軸! 固定角を戻して! 図面は捨てて! 頭を使って!」


「局長! 了解しました!」


作業員達が慌てて動き出す。


アルトレイ副団長が深く息を吐いた。


「……では、戻りましょうか」


***


工房を出る頃には、夕方の光が街を橙色に染めていた。


広場の方からは、まだ人々の声が聞こえる。


屋台の匂い。


楽器の音。


水路を行く船の音。


ラスピズは、明日の式典を前に浮き立っていた。


迎賓館へ戻る道すがら、私はもう一度だけ工房を振り返った。


あの中に、蒼関機車がある。


そして、明日。


あれが大勢の人の前で動く。


「どうした?」


アレクが私を見る。


「ううん。なんか、すごいものを見たなって」


「語彙が死んでるぞ」


「仕方ないでしょ。本当にすごかったんだから」


アレクが静かに言う。


「すごいものには、人が集まる」


「うん」


「人が集まるところには、金も集まる。名誉も、嫉妬も、欲も集まる」


私はアレクを見る。


「……明日、何か起きると思う?」


「起きない方がいい」


「そういう答え方する時、大体起きるのよ」


シドが笑う。


「じゃあ明日は忙しくなるな」


「やめてよ」


私はそう言いながら、広場の方を見た。


華やかな音。


明るい灯り。


笑い声。


その全部が、今は綺麗に見える。


でもその奥で、何かが静かに軋んでいる。


そんな気がした。


そして、その音が。


メネズさんの言っていた、歯の裏がざらつくような音に少しだけ似ている気がした。


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