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見習い騎士だって大変ですよ!  作者: 先輩.


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第十五話 見習い騎士の新たな任務。

挿絵(By みてみん)


「奴だ。間違いない」

アレクはポケットから取り出した似顔絵を確認して、そう呟いた。


私も、酒場で酒をあおっている人物の顔と見比べて頷く。


「よし。マナ、行け」


「また私!?」

思わず大きな声が出てしまう。


「何事も経験だ。早くしろ」

またこれだ。

いつもこれだ。

何かにつけて、これだ。

早く正騎士になって独り立ちしなければ、ずっとこの扱いを受けることになるのだろう。


私は意を決して、カウンター席に座る男の横へ座った。


「ヒューズさんですね」


「えっ」

私が声をかけると、男の酒をあおる手が止まった。


「黒羊騎士団です。要件は分かっていますね」

酒で赤くなっていた顔が、みるみる白くなっていく。


そして。


ガシャン!


男は勢いよく席を立ち、逃亡を図ろうとした。


「シド! 行ったわよ!」


「はいよー!」

男は、シドが待ち構えていた別の出入口へ向かった。


「ちっ! どけ!」

男はシドを躱そうとする。


だが、シドは首根っこを掴み、そのまま壁へ軽く押しつけて拘束した。


「いでっ!」


「はい、確保」


「頼む。見逃してくれぇ」

男は情けない声で懇願する。


「そうはいかないなー。」

シドが笑顔で言った。


私は男の前に立つ。


「喧嘩して家出したあなたを連れ戻せと、奥様から依頼が出ています。私達と一緒に来てもらいます」


そう。


これは家出者の捜査だ。


……大の大人の。


「いやだ。家に帰っても、かみさんに働かないことをグチグチ責められるだけだ。俺は帰らない」

いや、働け。

こんな所で飲んでいる暇があるなら。


「そうはいかない。こっちも仕事だ」

アレクが冷たく言う。


「いやだぁ」

まだ駄々をこねている。


大の大人が。


「あのねぇ。あんたが飲んだくれてる間も、奥さんは頑張って働いて家を守ってるの! 

そんな奥さんが、あんたを探してくれてるこの状況に感謝しなさい!」

この混沌とした状況に、思わず声が大きくなってしまう。


「それに、奥さんも怒りすぎないように気を付けるって言ってたわ」


「本当に?」

私の言葉に、男は駄々をこねるのをやめる。


「えぇ。夫婦なんだから。話し合えないわけないわ」

私の言葉に納得したようで、男は大人しくシドに連れられていった。


「あの怖そうな奥さんが、そんなこと言ってたか?」

アレクが小声で耳打ちしてくる。


「言ってないわ」

私がさらりと返す。


「女は嘘つくのがうまいな。」

アレクが笑みを浮かべながら、小声で呟いていた。


***


王都ヘイズヒルズでの査問会から、一か月が過ぎた。


ジョストンは、今日も相変わらずだった。


朝から牛が逃げる。


昼には住民同士の揉め事が起きる。


夕方には報告書が積み上がる。


夜になれば夜警がある。


つまり、平和だった。


平和ではあるが、暇ではない。


「……騎士って、もっとこう、剣を振るう仕事だと思ってた」

私は、先ほどの男が奥さんに締め上げられているのを見ながら呟いた。


「今さらだな」

隣でアレクが眠そうに言う。


「俺達が剣を使わなくていいってことは、平和な証じゃないか」

少し離れた柵の上に座っていたシドが笑った。

ついこの間、死にかけたとは思えないほど元気になっている。


「平和か。そっか。じゃあ良いのかな」

士官学校時代に思っていた騎士の日々とは違う。

でも、こうやって剣を使わずとも誰かのために働く。

そんな日々を、尊ぶべきなのかもしれない。


「……なぁ、そろそろ止めなきゃやばくない?」

シドが指さす。

先ほどの男が締め上げられすぎて、顔が青くなっていた。


「そうだな。家出捜査が殺人事件になったら手間だ」

アレクが冷静に言う。


「よし、マナ。行け」


「だー! そう来ると思ってたわよ!」

アレクの命令に、すぐさま反応する。


「分かってたなら、言われる前にや……」


アレクの言葉は最後まで聞かなかった。


いよいよ旦那さんの安否が危ぶまれる夫婦のもとへ、私は足を進めていた。


***


「失礼します」

声をかけて、騎士団本部会議室の扉を開ける。


「おう。お疲れ」

私達三人を、ハウザー団長が迎えた。


「話ってなんですか」

アレクが切り出す。

私達は呼び出しを受けて、今ここにいる。


「まぁ、なんだ。とりあえず座ってくれ」

ハウザー団長に言われ、私達三人は席に着いた。


黒羊騎士団本部の会議室には、すでに何人かの騎士が集まっていた。


ハウザー団長。


セルジュ副団長。


それに、普段はあまり会議室に顔を出さない事務方の騎士達までいる。


空気が少しだけ硬い。


私はアレクの隣に座った。


シドは私の反対側に座り、早速背もたれに体を預けている。


「実は、お前達に東都ラスピズへ行ってほしい」


会議室が静かになる。


ラスピズ。


その名前に、私は思わず顔を上げた。


ラスピズは、西都リビッドシュタインと並び立つ大都市の一つだ。

王都ヘイズヒルズが政治と軍事の中心なら、リビッドシュタインは商業の都。

そしてラスピズは、文化と技術の都と呼ばれている。


「ラスピズか……」

思わず声が漏れる。


セルジュ副団長がこちらを見て、少しだけ笑った。


「マナちゃん、目が輝いたわね」


「そ、そんなことありません」


「嘘が下手ねぇ」

私は咳払いをした。


確かに少しだけ楽しみになった。


少しだけ。


「なんで俺達が東都に?」

アレクが質問する。


「護衛だ」

ハウザー団長が答える。


「ワグナー伯爵が、ラスピズで行われる蒼関機車の完成披露式典に参加される。

お前達はこれに同行し、護衛の任務を果たしてほしい」


蒼関機車。


聞き慣れない言葉に、私は首を傾げる。


「蒼関機車って何ですか?」

私が尋ねると、セルジュ副団長がにこりと笑う。


「ラスピズで開発されている新型の大型移動機関よ。

蒼霊銀の共鳴と機関技術を組み合わせ、軌道上を走らせるらしいわ」


「軌道上?」


「馬を使わず、決められた道の上を走ることのできる車両」


馬なしで走る車両。


想像しようとしたが、うまく形にならなかった。


「なんか、凄そう」


「凄いどころじゃない」

アレクが静かに言った。


「完成すれば、人と物の移動速度が変わる。物流、軍事、商業、貴族の移動、全部に影響が出る」


「全部?」


「全部だ」


アレクの声が少しだけ真面目になる。


「王国の街と街の距離感が変わる。今まで三日かかっていた移動が一日になるかもしれない。輸送量も変わる。兵を動かす速度も変わる。つまり、金と権力の流れも変わる」


私はようやく理解した。


これはただの便利な乗り物ではない。


王国そのものの形を変えるかもしれないものだ。


「蒼関機車の開発には、王国中の貴族や商会が出資している」


ハウザー団長が言う。


「ワグナー伯爵も出資者の一人だ。そのため、完成披露式典に招かれた」


なるほど。

だから伯爵が行く。

そして伯爵が行くなら、護衛が必要になる。


「でも、なんで私達なんですか?」

素朴な疑問を団長達にぶつける。


「団長ちゃんも私も職務が立て込んでいて、ここを離れられないし、

若い人に色々と見せてあげたいっていう伯爵の意向があってね」

セルジュ副団長がにこにこと答える。


「それで三人を推薦したの。

シドちゃんがいれば護衛としての実力は問題ないし、

アレクちゃんも色々頼りになるし。マナちゃんは香油買ってきてくれるしねー」


「あははー。なるほど」

セルジュ副団長のきらきらした顔を見ながら、私は乾いた声を上げる。


「ラスピズはいい街よ。文化の都。服も香油も工芸品も一流」


「香油も?」


「ええ。特に花精油の調合は、王都より繊細って言われてるわ」


「……へぇ」

私は平静を装った。


装ったつもりだった。


シドが横から覗き込んでくる。


「行く気満々じゃん」


「任務だから」


「今の顔、完全に買い物だったぞ」


「任務だから」


「二回言っても駄目だぞ」


「うるさい」


ハウザー団長が咳払いをした。


一瞬で会議室の空気が戻る。


「出発は明朝。伯爵家の馬車に同行する。道中は通常の護衛任務だが、

式典には各地の貴族、商会、騎士団関係者が集まる。気を抜くな」


「はい」

私達は答えた。


「向こうの仕切りは東空騎士団がやる」


東空騎士団。

ラスピズを中心とした東部地方一帯を守護する大騎士団。

団員数は中央王都騎士団に次いで多く、三大騎士団の一つに数えられている。


「こりゃまた厄介な」

シドが面倒くさそうな顔をする。


「そうなの?」

もちろん、私は東空騎士団と関わったことなど一度もない。


「あぁ。名門騎士団の名は持っているが、戦力的に中央にはどんどん差をあけられ、

西の黒狼騎士団にも今じゃ敵わないと言われている。

プライドと嫉妬に囚われてる奴が多いってイメージだ」


「こらアレクちゃん。そんな事、向こうで言っちゃ駄目よ」

辛辣なアレクを、セルジュ副団長が諌める。


「セルジュの言う通りだ。お前達は伯爵の同行人でもある。

気に入らない者がいたとしても、揉め事などは起こさないように」

団長の言葉に、三人とも返事をする。


東空騎士団。


面倒くさそうな名門騎士団。


そして、うちにはシドとアレクがいる。


……揉めない未来が、あまり見えなかった。


***


会議室を出て、私達は廊下に出た。


窓の外では、夕方の光が黒羊騎士団本部の中庭を照らしている。


王都から戻って一か月。


ようやく日常に戻ったと思っていた。


牛を追い、夜警をし、報告書を書き、住民の揉め事を止める。


それが黒羊騎士団の日常だ。


でも、その日常はまた少し遠くへ連れていかれるらしい。


今度は東都ラスピズ。


文化と技術の都。


蒼関機車。


東空騎士団。


考えることが多すぎる。


「難しい顔してるな」

シドが言った。


「ラスピズってどんな街なのかなって思っただけ」


「文化の都だろ。飯もうまそうだ」


「また食べ物」


「東都は水運と工芸が強い。王都よりも職人街が多いはずだ。

劇場や学院もある。道は入り組んでいるらしいな」

アレクがいつもの豆知識を披露する。


「飯は? 名産は?」


「知らん」


「使えねー。お前は昔から無駄な事ばっかり覚えて」

シドの言葉に、アレクがむっとする。


「あっ。ごめんなさい」

シドが反射的に謝る。


私はそのやり取りを聞きながら、少しだけ笑った。


不安はある。


けれど、この二人と一緒なら何とかなる気もする。


王都でもそうだった。


ギャレッジ子爵邸でも。


闇斬りの事件でも。


怖いことはたくさんあった。


でも、一人ではなかった。


「マナ」

アレクがこちらを見る。


「明日の準備、忘れるなよ」


「分かってる」


「買い物の準備じゃないぞ」


「分かってるわよ!」


本当に分かっている。


任務だ。


護衛任務。


でも。


ラスピズの香油店の話だけは、後でセルジュ副団長に詳しく聞いておこうと思った。


***


翌朝。


まだ朝靄の残るジョストンの街門前に、ワグナー伯爵家の馬車が停まっていた。


黒塗りの馬車。


車体の側面には、ワグナー伯爵家の紋章。


周囲には伯爵家の従者と護衛騎士が並んでいる。


いつもの黒羊騎士団の荷馬車とは違う。


明らかに高そうだ。


触るのが少し怖い。


「……高そう」

私が呟くと、シドが馬車を覗き込みながら言った。


「壊したら給金何年分だ?」


「そういうこと考えないで」


「現実的だろ」


「不吉なのよ」


アレクは荷物を確認している。


地図。

携帯食。

筆記具。

予備の手袋。

薬。

水筒。

準備が細かい。


「アレクって、遠出の時だけ頼もしく見えるわね」


「おい。普段も頼もしいだろ」


「東都まで何日だっけ」

シドが欠伸をしながら聞く。


「馬車で四日」

アレクが答える。


「長ぇな」


「王都より遠いからな」


私は二人のやり取りを聞きながら、自分の荷物を握り直した。


その時、伯爵家の従者が道を開ける。


ワグナー伯爵が姿を現した。


五十代半ばの男性。


穏やかな顔立ちだが、歩く姿には自然な品がある。


派手な装飾はない。


けれど、上質な外套と仕立ての良い服だけで、貴族であることが分かる。


「今回の護衛、よろしく頼む」

伯爵は私達へ向かって言った。


「はっ!」

私達は敬礼する。


「ハウザーから話は聞いている。君達がいれば心強いな」


その言葉に、私は少し背筋が伸びた。


私達は、伯爵直属の黒羊騎士団。


この人を守るのが、私達の仕事だ。


「傷は癒えたか?」

ワグナー伯爵がシドに声をかける。


「もう大丈夫です」

シドの返答に、伯爵が頷く。


「君にはまだ礼を言っていなかったな。ログス男爵の仇を討ってくれてありがとう。

君のような優秀な騎士がいると、私も鼻が高いよ」


「光栄です」

ワグナー伯爵は嬉しそうに微笑む。


「ラスピズは美しい街だ」


伯爵は馬車に乗る前に、ふと東の空を見た。


「文化と技術が同じ石畳の上に並ぶ。あの街で生まれるものは、時に王都の決定よりも国を動かす」


その言葉は、少し不思議だった。


王都よりも国を動かすもの。


それが、蒼関機車なのだろうか。


「ぜひ、色々な物を見て自身の糧にしてくれ」


「はい」


私達の返事を聞いて、伯爵が馬車へ乗り込む。


号令がかかった。


馬が進み始める。


車輪がゆっくりと動く。


ジョストンの街門が、少しずつ後ろへ離れていく。


こうして私達は、伯爵の護衛として東都ラスピズへ向かうことになった。


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