第8話:平穏な朝と、余った魔力の使い道
ナノハ村の朝は、かつてないほど「静か」だった。
以前の村なら、夜明けとともに自警団の怒鳴り声や、結界の維持に奔走する祈祷師たちの悲鳴が響いていたものだが、今は違う。
サトウが再構築した新システムは、何事もなかったかのように、背景プロセス(バックグラウンド)で淡々と村を守り続けている。
「……計算通り。魔力消費効率は、旧システムの八百パーセント向上か」
サトウは村の中央広場にあるベンチに座り、コンソール(石板)を叩いていた。
昨日の魔熊襲撃を「リダイレクト」で処理して以来、村の魔力タンクには、かつてないほどの「余剰リソース」が蓄積されている。
「サトウさん、おはようございます!」
リーナが、湯気の立つスープの入ったボウルを持ってやってきた。
「これ、お礼です。サトウさんが結界を直してくれてから、夜の見張りが交代制じゃなくなったって、みんな喜んでて」
「……ああ、オートメーション(自動化)の恩恵ですよ。人間が二十四時間モニターを見続けるなんて、コストの無駄ですから」
サトウはスープを受け取り、口にする。
温かい。
だが、エンジニアの目は、リーナの背後にある「村の井戸」へと向けられていた。
「リーナさん。あの井戸のポンプ……さっきから変な音がしてませんか?」
「え? 井戸ですか? いつもあんな感じですよ。『キィキィ』って鳴るのが、動いてる証拠だって村長も言ってますし」
「……いや、あれはベアリングの摩耗じゃない。魔力回路の『同期ズレ(ジッタ)』だ」
サトウはコンソールをスワイプし、村の生活インフラ図(ネットワーク構成図)を展開した。
そこには、恐ろしい事実が映し出されていた。
「……おいおい、冗談だろ。井戸のポンプ、街灯の着火装置、共同浴場の給湯器……これ、全部ひとつの『魔力中継石』に直列で繋がってるのか?」
「ええと、難しいことは分かりませんけど……村の魔導具は全部、あの広場の下にある大きな石から枝分かれしてるって聞いてます」
サトウはこめかみを押さえた。
単一障害点(Single Point of Failure)。
その「大きな石」が物理的に壊れるか、あるいは過負荷でダウンした瞬間、この村の全インフラは停止する。
「……脆弱すぎる。防衛を固めても、インフラ(基盤)がこれじゃ、いつ『サービス停止(全滅)』してもおかしくない」
「サービス……? でも、今までこれで動いてましたし……」
「それは、たまたま運が良かっただけです」
サトウが立ち上がろうとした、その時だった。
広場の中央で、バザル村長と息子ギルが、何やら怪しげな「増設工事」を始めているのが見えた。
「よぉし、ここに魔力をバイパスさせて……。これでわしの屋敷に、特大の魔導冷房を新設できるぞ!」
バザルが手に持っているのは、どこからか買ってきた安物の「魔導バイパス・ケーブル」だった。
サトウの目が、コンソールに表示された急激な「トラフィック増加」を捉える。
「……ちょっと待て。あのジジイ、本番環境の基幹回線に、無許可で野良デバイスを直結しようとしてるのか?」
エンジニアが最も恐れる事態――「現場の無知によるシャドーIT」の襲来だった。




