第5話:ロールバック不可! 結界の結末
「あ……あわわ、結界が……我らの聖なる守りが、完全に消えてしまった……!」
バザル村長が、火花を散らす基石の前でへたり込む。
広場を覆っていた安心感のある青い光は霧散し、代わりに森の奥から湿った死の臭いが流れ込んできた。
「父上! 早く、早く直してください! さっきの儀式をもう一度……!」
「無理だ、ギル! 基石が熱を持って、魔力を一切受け付けん! 物理的に焼き付いておる……!」
オーバークロックによる熱暴走。
冷却も考えずに無謀な負荷をかけた結果だ。
前世でも、無能な上司の指示でサーバーラックを燃やした現場を見たことがあるが、まさか異世界でも拝めるとは思わなかった。
ズゥゥゥゥン……!
地響きと共に、森の木々をなぎ倒して「それ」が現れた。
体長五メートルを超える、双頭の魔熊。
この辺域の生態系における「バグ」のような存在だ。
本来、結界が正常なら近寄ることすらできないはずの災厄が、防衛網の消失を検知して『ゼロデイ攻撃』を仕掛けてきたのだ。
「ひ、ひぃぃぃ! くるな、くるなぁぁ!」
ギルが腰を抜かして後ずさりする。
魔熊が大きく咆哮し、丸太のような腕を振り上げた。
その一撃で、村の門は紙細工のように粉砕される。
「サトウさん……!」
リーナが震える声で俺を呼ぶ。
俺はゆっくりと、最後の一口のコーヒーを飲み干した。
「……村長。言いましたよね。パッチを剥がせば、こうなるって」
「サ、サトウ! お前の邪法でもなんでもいい! 早く、早くあの怪物を追い払ってくれ! 金なら出す、村の宝もやる!」
「金や宝なんていりませんよ。その代わり、条件があります」
俺はコンソール(石板)を起動した。
画面には真っ赤な警告ログが埋め尽くされているが、俺の指は迷わない。
「今から俺が、この結界を『フルリプレイス』します。つまり、あんたたちの『伝統』や『儀式』をすべて破棄し、俺の設計に完全に移行する。……以後、俺のシステム管理に一切の口出しをしないと誓えますか?」
「誓う! 誓うとも! だから早くしろ!」
「……契約成立ですね。ログに記録しましたよ」
俺は基石へと歩み寄った。
熱を帯びた石碑は、素手で触れれば火傷するほどだ。
だが、俺は魔導ペンを走らせ、物理的な接触を介さずに深層ディレクトリへ潜り込む。
「さて。壊れたレガシー(旧システム)の修復は諦める。……これより、全プロセスの強制終了、および初期化を開始する」
「なっ、初期化だと!? 先祖代々の記録が――」
「うるさい。黙ってて。……実行」
俺が石板を強く叩いた瞬間、基石から黒い煙が噴き出した。
それと同時に、村中に張り巡らされていた古い魔導回路が、断線するようにパチンと弾けて消える。
魔熊が目の前まで迫り、巨大な爪を振り下ろす。
村人たちが悲鳴を上げ、目を背けた。
「……間に合えよ」
俺の視界には、再構築される光のグリッド線が見えていた。
古い回路を捨て、最短距離で最適化された新しいインフラ。
キィィィィィン!!
鼓膜を劈くような、澄んだ音が響いた。
魔熊の爪がサトウの鼻先数センチで止まる。
そこには、以前のような半透明の膜ではなく、六角形の幾何学模様が重なり合う、ダイヤモンドのように硬質な『高密度装甲結界』が展開されていた。
「ステータス:オールグリーン。……リブート(再起動)完了。これからは俺が、この村の『ルート権限』を握らせてもらいますよ」
サトウの瞳に、コンソールの青い光が冷徹に反射した。




