第4話:非効率な『聖なる儀式』への異議
「き、貴様ァァァ!! 聖なる基石になんて真似を!」
魔狼の群れが消え去り、静寂が戻った広場。
そこに響き渡ったのは、感謝の声ではなく、バザル村長のヒステリックな怒声だった。
彼は震える指で、サトウが書き換えたばかりの基石を指差している。
「何をした! 結界の色が変わり、おまけに……おまけに、わしの部屋の暖房が止まったではないか!」
「……ああ、それ。無駄な常駐プロセス(バックグラウンド・タスク)だったのでキルしました。リソースの私的流用、いわゆるシャドーITですよ。コンプライアンス的にアウトです」
サトウは耳をほじりながら、淡々と答えた。
前世でもいた。社内の共有サーバーで勝手に私的なシミュレーションを回したり、マイニングをしたりする重役が。
そういう手合いは、決まって「自分の特権」だと思い込んでいる。
「こ、こんぷらい……? わけのわからん呪文を吐くな! この結界はな、代々の村長が『聖なる儀式』によって維持してきた神聖なものだ。それを勝手に書き換えるとは、神への冒涜だぞ!」
「父上の言う通りだ、サトウ!」
腰を抜かしていたはずのギルが、魔物がいなくなったと知るや否や、勝ち誇った顔で立ち上がった。
「さっきのは、たまたま運が良かっただけだ。お前が変な細工をしたせいで、結界の『霊験』が薄れたらどうするんだ! さあ、今すぐ元に戻せ! そして村長室の暖房も最優先で再起動しろ!」
元に戻せ(ロールバックしろ)、か。
サトウは深く、深いため息をついた。
「いいですか。今の結界は、俺が当てたパッチで辛うじて動いている状態です。これを元に戻せば、またさっきみたいに魔力漏れ(メモリリーク)を起こして、数分でダウンしますよ。そうなれば、今度こそ村は落ちます」
「黙れ! 儀式の手順書(聖典)には、こう書いてある。『祈りを捧げ、聖水を注ぎ、石を磨け』とな! お前がやったような、空中に文字を書き殴る不気味なやり方など、一文字も載っておらん!」
サトウは天を仰いだ。
手順書至上主義。たとえその手順が時代遅れで、システムを壊す原因になっていたとしても、彼らは「昔からの決まり」を変えることを極端に恐れる。
「……わかりましたよ。そこまで言うなら、好きにしてください」
サトウは肩をすくめ、コンソール(石板)を懐にしまった。
エンジニアとして、最悪のアドバイスを無視するクライアントには、一度「地獄」を見せてやるのが一番の教育だと知っている。
「ただし。パッチを剥がした瞬間に何が起きても、俺は責任を取りませんから。バックアップも取ってませんよ(嘘だが)」
「ふん、余計なお世話だ! ギル、自警団を呼べ! 今こそ伝統の『聖なる儀式』で、この穢れた結界を清めるのだ!」
バザルの号令で、疲弊した自警団が集められた。
彼らはサトウが最適化した「効率的な魔法回路」の上に、無理やり大量の魔石(物理リソース)を積み上げ、古臭い聖歌を歌い始める。
サトウはその様子を、少し離れた切り株に座って眺めていた。
リーナが心配そうに隣に寄ってくる。
「サトウさん……。本当に大丈夫なんですか? あの結界、さっきより変な音がしてますけど……」
「……ああ、あれね。ハードウェアの限界を超えて、無理やりクロック数を上げてる音ですよ。いわゆるオーバークロック。空冷ファン(冷却魔法)も回さずにそんなことしたら、どうなるか……」
サトウは懐から、少し冷めたコーヒーの入った水筒を取り出した。
「三、二、一……。はい、システムダウン(熱暴走)」
直後。
村の中央に据えられた巨大な基石が、バチバチと赤黒い火花を散らし、凄まじい爆鳴を上げた。
歌っていた自警団が衝撃波で吹き飛ばされ、村を覆っていたドーム状の光が、ガラスが割れるような音と共に、完全に消失した。
広場に、これまでにない「死の静寂」が訪れる。
「あ……あ……結界が……消えた……?」
バザルが呆然と膝をつく。
そして、村の境界線の向こう側。森の奥から、先ほどよりも遥かに巨大な、文字通り「ボス級」の魔力が急激に膨れ上がるのを、サトウのコンソールが冷酷に感知した。
『Critical Error: System Down.』
『Status: Defense Zero. Incoming Threat: Level Disaster.』
「……だから言ったのに。さて、再起動は高くつきますよ、村長」




