第3話:暫定パッチ(Hotfix)の適用
「き、貴様ッ! その石板で何をしている! 聖なる基石に触れるなと言っているだろうが!」
バザル村長の怒声が背後で響くが、俺の耳には届かない。
コンソール(石板)を通じて俺の視界に展開されているのは、地脈から吸い上げられた魔力が、複雑怪奇に絡み合った『魔導回路』の奔流だ。
「……ひどいな。ネスト(入れ子構造)が深すぎて、どこで例外処理を吐いてるのか追い切れないぞ」
俺の指先が、空中に浮かぶ不可視のキーボードを高速で叩く。
周囲の村人たちには、俺が虚空を狂ったように掻いているように見えているだろう。
だが、俺の指が動くたびに、石碑に刻まれた古代文字がチカチカと明滅し、書き換えられていく。
「おい、サトウ! 結界の色が……青からどす黒い紫に変わってるぞ! 何をしたんだ!」
ギルが震える指で空を指差す。
確かに、村を覆うドーム状の光が、不気味な色に変色し、激しく脈動を始めていた。
「ああ、それ、今『デバッグモード』で全プロセスを一時停止させてる最中ですから。……あと十秒、黙ってて。今、一番ヤバい無限ループをキルしてるんだから」
頭の中に、前世のデスマーチの記憶が蘇る。
納品五分前。
原因不明のセグメンテーション・フォルト。
背後に立つ、何もわかっていないくせに急かすクライアント。
それに比べれば、迫りくる魔物の咆哮なんて、ただの『騒音』に過ぎない。
「よし、まずはここだ。不要な『暖房機能』と『村長室への魔力転送』のプロセスを強制終了。……空いたリソースをすべて、第一層の物理防御スタックへ再配分」
俺がコンソールを強く叩いた瞬間、村全体を激しい震動が襲った。
直後、消えかかっていた結界が、かつてないほどの輝きを放ち、一気に分厚くなる。
「な、なんだ!? 結界が……戻ったのか?」
バザルが呆然と口を開けて空を見上げた。
だが、俺の作業は終わっていない。
「いや、まだ『暫定パッチ(ホットフィックス)』を当てただけだ。根本的な解決には時間がかかる。……とりあえず、今来てる連中を『ドロップ』するぞ」
村の入り口から、三頭の魔狼が牙を剥いて突っ込んできた。
自警団が悲鳴を上げて逃げ出す。
俺は冷静に、魔導ペン(入力デバイス)で空中に一条の線を引いた。
「ターゲット指定。処理内容:パケット破棄。実行」
突進していた魔狼たちが、サトウが引いた「見えないライン」に触れた瞬間――。
爆発も、断末魔もなかった。
まるで描いた絵を消しゴムで消すように、魔物の体が頭の先からスッと消失し、ただの魔力の霧となって霧散したのだ。
「……は?」
ギルが間抜けな声を漏らす。
魔狼は「死んだ」のではない。このエリア内の存在権限を、サトウによって「不適切なデータ」として無効化されたのだ。
「ふぅ……。とりあえず、今いるトラフィック(魔物)の処理は完了。あとは再発防止策を練らないとな」
俺はコンソールを閉じ、傍らに置いていた冷めたコーヒーを一口すすった。
周囲は静まり返っている。
自警団も、村長も、逃げ遅れた村娘のリーナも、何が起きたのか理解できずに石像のように固まっていた。
「サ、サトウさん……。今のは、一体……?」
リーナがおずおずと問いかけてくる。
「ああ、ただの『入力値バリデーション』ですよ。許可されていない不正なパケット……じゃなくて、魔物が村の境界を通ろうとしたから、エラーとして処理しただけです」
「……えらー?」
「簡単に言えば、門番に『怪しい奴は通すな』って教育し直したってことです」
俺は立ち上がり、膝についた泥を払った。
さて、これで騒ぎは収まったはずだ。
俺は自分の静かな隠居部屋に戻って、本格的に寝る準備をしたいのだが。
「き、貴様ァァァ!!」
案の定、一番うるさい『未対応の不具合(バザル村長)』が、顔を真っ赤にしてこちらへ走り寄ってきた。




