第27話:利用規約(神託)への同意
サトウが放った「Mana-OS v2.0」のパッチは、地脈を伝う光の洪水となって世界中を駆け巡った。
王都の神殿、帝国の研究所、異国の市場。
あらゆる場所に設置された古い魔導具や祈祷台の前に、突如として青白く光る「半透明の板」が出現したのだ。
「……な、なんだこれは!? 神託か? 神の啓示が降りたのか!」
王都の大司教が、震える手でその光る板を仰ぎ見る。
そこには、数万行に及ぶ微細な文字が、延々とスクロールされながら表示されていた。
『Mana-OS v2.0 Global-Edition: End User License Agreement (EULA)』
『第1条:本プラットフォームの使用により、ユーザーは既存の独占的魔力権益を放棄し……』
『第128条:システム維持のため、余剰魔力の5%をナノハ村中央リポジトリへ自動献上することに同意し……』
『第512条:本システムを利用した戦争行為、および未承認のウイルス作成を禁じ……』
「……サトウさん、これ……文字が多すぎて誰も読めませんよ」
ナノハ村の管制室で、リーナが呆然と画面を眺めていた。
サトウが書き上げた「利用規約」は、法律家が一生をかけて読み解くような、緻密で冷徹な論理の壁だった。
「……いいんだ。どうせ誰も読まない(TL;DR)。……でも、この『同意する(Accept)』を叩かない限り、世界中の魔導具は二度と動かないし、結界も張れない。……いわゆる、強制アップデートだ」
世界中でパニックが起きた。
魔力という「神の恵み」が、突如として「ソフトウェアのライセンス」に形を変えたのだ。
大司教も、国王も、農夫も、目の前の光る板にある『同意する』のボタンを押さなければ、お湯を沸かすことも、外敵を防ぐこともできない。
「……ふざけるな! 我ら王家の血筋が、どこの馬の骨とも知れぬ『利用規約』に縛られるというのか!」
激昂した王都の貴族が、剣で光る板を切り裂こうとした。
だが、板は霧のように刃を透かし、無慈悲にメッセージを表示し続ける。
『Error: Agreement required to access Mana-Stream. Please click "Accept" to continue.』
「……結局、みんな押すことになる。……便利さを一度知った人間は、その裏にある『制約(規約)』から逃げられないからな」
サトウは冷めたコーヒーを啜り、石板に次々と届く「同意ログ」を眺めていた。
『User "Empire_South_Gate" Accepted.』
『User "Holy_Palace_Kitchen" Accepted.』
『User "Mercenary_Guild_HQ" Accepted.』
世界が、サトウの作った「ルール」に次々とサインしていく。
それは信仰による統一ではなく、「インフラの独占」による世界の平定だった。
「……よし。これで世界中のデバイスが、俺の『管理下』に入った。……これからは、戦争を起こそうとする奴がいれば、リモートでそいつの『魔法使用権限』を凍結するだけで済む」
サトウの不敵な笑みが、暗い管制室に浮かび上がる。
エンジニアが神の座に代わって、世界の「管理者」になった瞬間だった。
「……さて、リーナさん。次は『プライバシーポリシー(監視体制)』の説明だ。……世界中のログが、ここに集まるようになるからな」




