第19話:サンドボックスでの隔離実験
「ひ、引き金を引け! 聖なる矢を放ち続けろ!」
エルザ大隊長の悲鳴に近い怒号が響くが、騎士たちの放つ魔法は『位相を喰らう者』のノイズに触れた瞬間、パシャリと水泡のように消えていく。
魔物は実体を持たず、王立標準術式の「定義」をすり抜けて、村のメインノードへと着実に這い寄っていた。
「ダメです、大隊長! 攻撃が『未定義のオブジェクト』として認識され、すべて無効化されています!」
「くっ……! 聖典にない事象だと!? そんな馬鹿なことが……!」
混乱する騎士たちを余所に、サトウは冷徹にコンソール(石板)のキーを叩いていた。
彼の視界には、魔物が術式のコードを書き換え、侵食していく「汚染ログ」がリアルタイムで流れている。
「……慌てるな。既存のシグネチャ(攻撃パターン)にないなら、今ここで『動的解析』をかけるだけだ」
「な……サトウ、何をしている! 早く逃げろ、そいつに触れれば魂までバグらされるぞ!」
「触らせませんよ。……展開。仮想隔離領域」
サトウが指を弾くと、魔物の周囲に半透明の立方体が出現した。
魔物が外へ出ようと壁を叩くが、今度はすり抜けることができない。
空間そのものが「実行権限のない一時フォルダ」として定義され、外部との接続を遮断されたのだ。
「……よし、トラップ成功。これでこいつの挙動を観察できる」
「な、なんだこれは!? 化け物を閉じ込めたのか!?」
「ええ。本番環境(村)に影響が出ないように、使い捨ての仮想マシン(ダミー空間)に放り込んだだけです。……さて、こいつの脆弱性を探すとしよう」
サトウは石板の画面を高速でスクロールし、隔離領域内の魔物のデータを解析していく。
「……なるほど。こいつ、王立術式の『特定のヘッダ(開始合図)』を検知して、自分を透過させる処理を走らせてるのか。……だったら、ヘッダを書き換えてやればいい」
サトウは魔導ペンで、空中に新たなコードを記述した。
それは騎士団が守る「標準」とはかけ離れた、泥臭くも合理的で、極めて攻撃的な「非公式パッチ」だった。
「エルザ大隊長。あんたたちの『聖なる矢』の先っちょに、この術式を上書き(フック)して放ってください。属性を『聖』から『ただの物理質量(RAWデータ)』に変更します」
「な……神聖な術式を汚せと言うのか!?」
「意地を張って全滅するか、仕様変更(仕様変更)を受け入れるか、二つに一つですよ」
サトウの冷徹な目に、エルザは唇を噛み締め、工兵たちに命じた。
「……全員、サトウの術式を同期させろ! 撃てッ!!」
放たれた矢は、もはや美しい光を失い、どす黒い鉄のような質感に変わっていた。
だが、その「美しくない」矢が魔物のノイズに触れた瞬間――。
「ギ、ギギガガガッ!!?」
魔物の身体が、初めて実体を伴って激しく震動した。
透過処理が間に合わない「想定外のデータ形式」に、魔物のシステムが致命的なエラー(セグメンテーション・フォルト)を起こしたのだ。
「……よし、例外処理完了。あとはゴミ箱に捨てるだけだ」
サトウが「Delete」に相当する術式を振り下ろすと、隔離領域ごと魔物は粉々に砕け散り、魔力の塵となって消滅した。
静寂が戻る。
王立騎士団の面々は、自分たちの最強の術式が通じなかった怪物を、名もなき技術者が「仕様変更」だけで片付けた光景に、言葉を失っていた。
「……ふぅ。さて、エルザ大隊長。壊れた『公式システム』の復旧費用、見積もり出しておきましょうか?」
サトウは、冷めたコーヒーの代わりに、空になった水筒を軽く振った。




