第18話:未知の魔物と『ゼロデイ攻撃』
静寂。
それは、王立騎士団が誇る「統合防衛スイート・Ver 4.0」が、自身の管理プロセスに埋もれて身動きが取れなくなった、完全なフリーズ状態を意味していた。
「報告しろ! なぜ結界が再起動しない! 魔力は供給されているはずだぞ!」
エルザ大隊長が、沈黙した制御盤を拳で叩く。
工兵たちは青ざめた顔で、分厚いマニュアルを捲る指を震わせていた。
「だ、大隊長! 王都のメインサーバーとの同期がタイムアウトしています! 通信が復旧するまで、安全装置が働いて全機能をロックしているようです!」
「……だから言っただろ。辺境の不安定な回線で、常時同期なんて設計にするからだ」
サトウは暗闇の中、予備の魔石ランタンを灯しながら冷淡に言い放った。
エンジニアにとっての地獄。それは、自分の預かり知らない「外部API」の停止によって、目の前のシステムが道連れになることだ。
その時だった。
村の境界線、かつて結界があった場所の空気が、ガラスが割れるような音と共に「パリン」とはじけ飛んだ。
「ギ、ギギッ……ギギギ……」
闇の中から現れたのは、これまでの魔狼や魔熊とは明らかに異質な存在だった。
実体のない影のような身体に、無数のノイズが走る奇怪な魔物。
それは、物理的な牙ではなく、術式の「隙間」を突いて内部に侵入する変異種――『位相を喰らう者』。
「な、なんだあの化け物は!? 鑑定魔術に反応しないぞ!」
「……当然だ。あいつは既存の図鑑に載っていない新型……いわゆる『ゼロデイ攻撃』を仕掛けてくるタイプだ」
サトウのコンソール(石板)が、激しい警告を吐き出す。
その魔物は、王立騎士団が「伝統」として守り続けてきた古い術式の脆弱性を的確に突き、防御網を潜り抜けていた。
「迎撃しろ! 王立標準術式、第一階梯『聖なる矢』を放て!」
工兵たちが一斉に魔法を放つ。
だが、放たれた光の矢は、魔物の身体をすり抜け、逆に魔物のノイズに触れた瞬間に「霧散」してしまった。
「……無駄ですよ。そいつは『標準規格』の術式を学習済みだ。決まった手順の攻撃は、すべてパケットフィルタリングで弾かれる」
「な……貴様、なぜそれを!?」
「……前世で嫌というほど見たからですよ。セキュリティソフトが対応する前の、新型ウイルス(マルウェア)をな」
魔物が村の広場へと侵入を開始する。
王立騎士団の「公式システム」は、未知の脅威を検知できず、依然として『Status: Normal』と虚偽の報告を出し続けている。
「ひ、ひぃぃ! サトウ! 助けてくれ! このままじゃ村が喰われる!」
バザル村長がサトウの足元に転がり込んでくる。
エルザもまた、自分の信じてきた「公式」が役に立たない現実を前に、剣を握る手を震わせていた。
「……エルザ大隊長。まだ『仕様書』に頼るつもりですか? それとも、俺の『非公式なパッチ』に村の全権限(ルート権限)を返してくれますか?」
サトウが石板を掲げる。
その画面には、バックアップから復旧を待つ、青い「独自OS」の起動待機画面が光っていた。




