第16話:高額なライセンス料とレガシー術式
「……これが、王立魔導工兵大隊が推奨する『統合防衛スイート・Ver 4.0』の導入要件(システム要件)ですか」
サトウは提示された分厚い羊皮紙の束をめくり、思わずこめかみを押さえた。
隣ではバザル村長が、騎士団の権威に圧倒され、揉み手をしながらエルザ大隊長に媚を売っている。
「サトウ! ありがたく拝見しろ。国が直々にメンテナンスしてくれるというのだ、これ以上の名誉はないぞ!」
「名誉、ね。……村長、これの『導入コスト』の項目、読みましたか?」
サトウが指差した先には、耳を疑うような数字が並んでいた。
初期導入費用: 村の年間予算の半分に相当する魔石。
月額維持費: 毎月、地脈から抽出される魔力の四割を「王都サーバーへの同期ログ送信」に使用。
技術サポート: 王都からの魔導通信一回につき、金貨三枚。
「……高すぎる。ぼったくりバーかよ」
「無礼な! これは王国の安全保障を維持するための適正な『ライセンス料』だ」
エルザが不機嫌そうに声を荒らげる。
「ライセンス料に見合う性能なら文句は言いませんよ。……でも、このVer 4.0、基本設計が十年前の『シングルスレッド処理』じゃないですか。同時多発的な攻撃が来たら、処理待ち(キューイング)が発生して、結界が物理的に間に合わなくなりますよ」
「……処理待ちだと? そんな報告は王都のテスト環境では一度も上がっていない」
「それは、テスト用のきれいな魔力源しか使ってないからですよ。この辺境の地脈はノイズだらけだ。こんなデリケートで古臭い術式、一日も持ちませんよ」
サトウの指摘は、まさに前世で「現場を無視したパッケージ製品」を導入させられた時の不満そのものだった。
多機能(フル機能)を謳っているが、実際には使わない無駄なプロセスがバックグラウンドで走り回り、肝心の動作が重い。まさに「技術負債」の塊だ。
「いいか、サトウ。貴公が構築した『独自のコード』は、たとえ今は動いていても、王国の管理外だ。それはパッチの当たっていない古いOS(魔法系)と同じで、国家的な脆弱性になり得るのだ。我々は、それを『標準化』しに来た」
標準化。
エンジニアが最も恐れる言葉の一つだ。
全体のレベルを合わせるという名目で、突出した性能を削り取り、凡庸で重厚なシステムへとダウングレードさせる。
「……村長。これを入れたら、村の井戸のポンプや街灯に回す魔力、半分以下になりますよ。それでもいいんですか?」
「う、うぐ……。だが、騎士団の命令に背くわけには……」
バザルは、サトウの警告と騎士団の権威の板挟みになり、結局「長いもの」に巻かれることを選んだ。
「……わかった。エルザ殿、導入をお願いします。サトウ、お前は……その、騎士団の方々の『お手伝い』をしろ!」
「……お手伝い、ですか。わかりました」
サトウは冷めた目で、騎士団の工兵たちが「最新鋭」と称する重厚で鈍重な魔導機材を村のメインノードに接続するのを見つめた。
「……本番環境への、無理やりなレガシーパッチ適用開始か。……リーナさん。念のために、今のシステムの『フルバックアップ』を取っておいてください。……たぶん、一時間以内に『サービスダウン』しますから」
サトウの予言めいた呟きとともに、村の空気が、王立の「重苦しい魔力」に塗り替えられ始めた。




