第12話:可用性(アベイラビリティ)99.9%の村
分散型ネットワーク(メッシュネットワーク)への移行から一週間。
ナノハ村の生活インフラは、かつてないほどの「安定期」に入っていた。
「……稼働率、九十九・九九パーセント。よし、SLA(サービス品質保証)の基準内だな」
サトウは村の広場にあるベンチで、コンソール(石板)のダッシュボードを眺めていた。
かつてのように中央の中継石が激しく火花を散らすことはない。
村の各所に配置された小さな魔石たちが、呼吸を合わせるように淡い光を明滅させ、負荷を分担し合っている。
「サトウさん、お疲れ様です! 井戸のポンプ、最近すごく静かですね。水が途切れることもなくなったって、洗濯場のおばさんたちが感動してました」
リーナが、焼き立てのパンを持ってやってきた。
サトウの「報酬」は、最近ではもっぱらこうした現物支給だ。
「……それは良かった。以前は一つの石に無理をさせてましたからね。今は複数のルートで魔力を流して、負荷を分散させてるんです。一箇所が壊れても、コンマ数秒で予備のルートに切り替わる。……まあ、いわゆる『死なないシステム』ですよ」
サトウがパンを齧っていると、案の定、不機嫌そうな顔をしたバザル村長とギルが通りかかった。
「おい、サトウ! 貴様、本当に仕事をしているのか!」
バザルが杖を突き出し、サトウの鼻先で振る。
「……見ての通り、モニタリング中ですよ。何か不具合でも?」
「不具合だらけだ! 昨日の夜、わしの屋敷の明かりが、一瞬だけ……ほんの一瞬だけ瞬いただろう! ギルも見たと言っておる!」
「ええ、確かに見ましたよ! ほんの一瞬、瞬きするくらいの時間ですがね。父上の大切な読書時間が妨げられたんだ、どう責任を取る!」
サトウは無表情にコンソールのログを遡った。
「……ああ、昨夜の二十二時十二分ですね。北側の境界で魔狼が結界に衝突して、第一ユニットが一時的に過負荷になった。……でも、〇・一秒以内に隣の予備ユニットが肩代わりして、給電を復旧させてます。ログにも『復旧済み』と出てますよ」
「〇・一秒だろうがなんだろうが、瞬いたのは事実だ! 完璧だと言い張るなら、瞬き一つさせないのがプロだろうが!」
サトウは、深いため息を飲み込んだ。
「可用性」という概念のないユーザーへの説明。
前世でもよくあった。
九十九・九パーセントの安定稼働を維持するためにどれほどの血を吐くような設計をしたかなど、彼らには関係ない。
彼らにとっての「百点」は、永遠に一ミリの揺らぎもないことなのだ。
「……村長。〇・一秒の瞬きを許さないためには、今の十倍の魔石と、さらに複雑な制御系が必要です。予算……いえ、村の備蓄魔石を全部出せますか?」
「な、何を馬鹿な……! そんなにあるわけなかろう!」
「なら、今の『瞬きで済んでいる』現状に感謝してください。以前の構成なら、昨日の衝撃で村中の魔導具がショートして、今頃また暗闇の中でしたよ」
「ぐ、ぬぬ……口の減らない奴め……」
バザルが苦々しく顔を歪める。
サトウの正論は、常に彼らの「感情論」を論理の壁で跳ね返してしまう。
「……まあいい。それよりサトウ、近々、隣の領地から視察団が来る。その時までに、もっと『守っている感』のある、派手なエフェクトを結界に追加しておけ。いいな!」
また始まった。
「機能に関係ない、見た目だけのUI変更」の要求だ。
「……検討しておきます(やりませんけど)」
サトウは冷めたコーヒーを啜り、去っていく親子の背中を見送った。
安定稼働が続くと、人はその恩恵を忘れ、余計な「飾り」を欲しがるようになる。
「……リーナさん。視察団が来る前に、セキュリティの『アクセス制限』を強化しておいた方が良さそうだ。……変な奴らが、余計なパッチを持ち込まないようにな」
サトウの目は、既に「村の内部」だけでなく、外から近づく不穏な「トラフィック」に向けられていた。




