最終話
「三上さん、ここは満塁にしてにでも打たせるわけにはいきません。敬遠しましょう」
「そんなことしたら、大量失点につながるだろ。まだ七回なんだぞ。ここで本塁打を打たれて三点差になっても、まだ攻撃は二回ある。満塁にして繋がれてさらに大量失点したら試合終るぞ」
マウンドで話し合う西条投手の三上と二年生捕手。
亮太郎不在の影響が改めて出ていた。
どちらも弱気の意見交換。
結局解決策を出せずに、審判に促されて二年生捕手は守備位置に戻った。
一試合で三回使える伝令も既に使っており、直接的な支持もベンチからは送れない。
二年生捕手は何度も監督の安藤の顔を見て、支持を貰おうとしていた。
安藤も歯痒い思いで、勝負か、敬遠か選択しなければならなかった。
こういう場面ではどちらを選択しても結果論。
一番はグランドに出ている選手たちが強い気持ちで決断を下すこと。
安藤が支持しても、プレイするのは選手達。
敬遠策をとったとしても、今のバッテリーの気持ちではその後抑えることはできないであろう。
勝負しても、中途半端になり、結果として大量失点につながるであろう。
なので敢えて指示は与えなかった。
中々、投球を始めない投手に審判が早く投球するように促す。
この試合いちばんの盛り上がりを見せる三坂東のスタンドはそんな様子の三上を見て更にボルテージが上がる。
すると、そんな盛り上がりの中にかすかに声が聞こえてきた。
「つ…きだ!…きに…な!…かは…と…つ…てくる!」
三上がかすかに声が聞こえる方に顔を向けると、そこには亮太郎の姿があった。
何かを必死に叫んでいる。
――あの光景何か覚えがあるな。
櫻と同じように網に張り付いて亮太郎は声を張り上げていた。
すると意識するとはっきり聞こえてきた。
この大歓声のないか聞こえるわけがないのに。
「つよきだ!よわきになるな!けっかはあとからついてくる!」
すると、大人二人がかりで羽交い絞めにして傍らに置いてあった車いすに座らせようとしている。
それでも叫ぶことをやめない亮太郎である。
「大事なのは気持ちだ!策は結果でしかないんだよ!強気で下した策ならどういう策でも結果は出る!」
さすがに力尽きたのか観念して車いすに座った。
何か強い口調で怒られているようであった。
「やめろよ。恥ずかしい。俺の相棒なんだから信じてろよ」
三上は表情を一変させると、二年生捕手に敬遠策をとるよう指示を出した。
「亮太郎の言う通りだ。この夏エースとして監督が信頼して使ってくれているのに、何弱気になってるんだ。経験がない捕手が弱気になるのは当たり前だ。俺まで弱気になってどうする。経験の薄い捕手に強気になれなんてのは不可能だ。その捕手の策に乗ってやろうじゃねえか。亮太郎の代わりじゃねえ。今日はあいつが相棒だ」
三上がきわどいながらも四球を出すと、三上がジェスチャーで捕手に気持ちだと胸を叩いた。
捕手も大きく頷き、六番打者に相対した。
なんと、三球直球勝負。
見事に空振り三振を取った。
ベンチに帰ると三上は捕手の肩を組みながら「どんな配球だよ。怖いもの知らずにも程があるだろ」と頭を叩いた。
「でも敬遠気味の四球の時、直球が今日で一番じゃないかってぐらい良かったんで。正直変化球はもう使い物になってませんでしたから」
「てめえこの野郎!」
じゃれ合う二人に、ベンチに戻った選手たちは皆笑いあっていた。
「この雰囲気で一気に試合決めるぞ!」
安藤の掛け声に選手たちの返事の声にも勢いが戻って来た。
そして九回の表、遂に三坂東の二番手投手を捉えた。
一死から四球で出た走者が盗塁し、二塁に進んだ後、打者が意表を突くセーフティーバント。
転がした打球を投手が捕るも、既に打者は一塁を駆け抜けていた。
一死一塁三塁。
場面は若干違うものの、次の一点が試合を決めかねないこの場面。
打者は三坂東の攻撃時と同様、四番打者と五番打者の違いはあるが本塁打を放っている四番打者。
西条バッテリーと同様の究極の選択を三坂東も強いられていた。
三坂東が下した決断は勝負。
三坂東バッテリーの表情、捕手のサインを出すときの仕草。
何かを察した安藤はジェスチャーで打者に支持を送る。
――初球を叩け。
打者は頷くと、西条スタンドの歓声を背に大きく構えた。
投手がセットポジションから放った球は、外の中途半端な甘い球。
力も心なしかなかった。
フルスイングしたバットは力のない球を完ぺきにとらえ、バックスクリーンを直撃する三点本塁打となった。
西条バッテリーも迷ったまま投球していたらと思うと。
三上は喜びを爆発させながらも、亮太郎に感謝していた。
そしてついに、その時は訪れた。
櫻はその瞬間をテレビで観ていた。
櫻の半狂乱はしばらく収まらず、結局興奮のし過ぎで貧血を起こし、気を失うまで泣き続けた。
試合の終盤に差し掛かる所で目が覚めた櫻は、まだ重い身体ながらも意識をしっかりと持って試合を観戦していた。
アナウンサーの声が熱を帯びる。
『この死闘にも終止符がうたれようとしております。八対五。誰がこの打撃戦を予想したでしょうか。好投手同士の決勝戦。戦前ではロースコアでの投手戦が予想されましたが、三坂東は思わぬ形で投手交代。それに火が付いたのか三坂東打線が爆発。しかし、何とか粘って西条高校エース三上が一四〇球を越える球数でここまで漕ぎつけました。情報によりますと、本来座る予定であった正捕手が体調不良で出場不可。二年生捕手が必死に三上をリード。その気持ちに応えるかのような七回の大ピンチでの三球直球勝負は試合の流れを一気に西条に呼び込みました。そして試合は最終回二死で走者なし。カウントはツーストライクワンボール。最後の決め球は七回の大ピンチを凌いだ直球で締めるのでしょうか』
アナウンサーの実況で櫻も自然とドキドキ感が増す。
そして、三上が振りかぶり投球した。
アナウンサーの予想通り七回の大ピンチを凌いだ直球であった。
バットに当てるも勢いのある球は真上に上がった。
捕手が捕球態勢に入ると、三坂東スタンドからは大きなため息、一方西条スタンドは大きな歓声が上がった。
そして、捕手が球をがっちりと掴んだ。
『西条高校県大会を制し甲子園出場を決めましたー!』
捕手は球を握りしめたまま投手の三上に抱き着いた。
その二人を中心に西条の選手たちが集まり抱き合った。
お祭り騒ぎの西条スタンドで亮太郎は静かに天を見上げていた。
「なあ蓮、とうとうやったぞ。お前も一緒に甲子園に連れて行くからな。本当はあの最後のフライを取れたら良かったけど、きっとこうまでして俺に伝えたかったんだよな。もう俺は迷わない。なあ蓮、これから俺と一緒に最高の人生を送ろうな」
亮太郎の目からは一筋のしずくが落ちた。
そのしずくはこの暑さの中、すぐに天にいる蓮に駆け寄るように蒸発していった。




