第17話
優勝候補対決を制した西条高校はその後は勢いに乗り、一度のリードも許さない盤石な試合運びで決勝まで上り詰めた。
決勝の相手は大会前の評判通り三坂東が上がって来た。
しかし、三坂東の試合結果は春の大会に比べて大きい変化があった。
全ての試合で乱打戦を演じてきたのだ。
三坂東は常々堅い守備でその歴史を築いてきた。
昨年、西条が敗れた三坂東も、プロに進むことになった好投手を中心に守り勝つ野球で甲子園で躍動した。
しかし、この大会に限っては、準決勝も含めて全て二桁得点。
しかし、無失点の試合はなく、二桁失点の試合もあり三坂東のイメージが大きく変わっていた。
このことはもちろん西条高校監督の安藤を始め、選手たちも知っていることで、準決勝後二日後の決勝に向けて何度も三坂東の映像を観て対策を練った。
そんな中、亮太郎は調整がメインの練習なので終わる時間が早く帰路についていた。
からっと晴れて、河川敷ではジョギング日和で数多くのランナーたちが気持ちよさそうに汗を流していた。
すると河川敷にいつもの姿の蓮と櫻を発見した。
芝生に座り楽しそうに談笑している二人を遠巻きに見た亮太郎は、気を使って声をかけるのをためらった。
おそらく初戦の試合前日と同様、亮太郎の家に蓮の家族共々押しかけてくることだろうと思い、見つからないように家に帰った。
しかし、その後亮太郎はその決断を悔いることになるとはこの時知る由もなかった。
雨が横殴りに窓を打ち付けている。
窓の外から誰かが呼んでいるのを亮太郎に気付かせるかのように、これでもかと打ち付ける。
先ほどまでの晴天が嘘かのようである。
亮太郎はその時、自分の部屋でストレッチをしていた。
明日の大一番、三坂東の各選手のデータを頭で復唱しながら身体を休めていた。
その時、不意に亮太郎のスマホが着信を告げた。
LINEならば短い呼び出し音に違いなく、いつまでも続く呼び出し音に亮太郎の胸はざわめく。
それもそのはず、時代と言ってしまってはそれまでだが、友人との連絡はもっぱらLINE頼み。
昔のように電話をするのは急用があるときのみで、学生の亮太郎に急用の電話をかけてくるのは、外出中の両親のみである。
しかし、今は亮太郎も両親も在宅中で、急用の電話をかけてくる心当たりはない。
心当たりがないから急用なのだが、どういうわけかこの電話に出たらとんでもないことが起こる予感がして、胸のざわめきが収まらない。
意を決して着信相手を見た亮太郎はさらに胸をうちつけられた。
櫻からであった。
櫻なら尚更、LINEで連絡すればよく電話をする理由が見当たらない。
亮太郎が電話に出ると櫻は取り乱した様子で開口一番言い放った。
「どうしよう、蓮君が流された!」
亮太郎は何のことか予想もつかず、櫻に説明を求めた。
「小さい子が流され…助けた時に足…落ちた」
涙ながらに言う櫻は所々聞きづらかったが、どうやら小さい子が流され、それを助けた蓮が足を滑らせて川に落ちたということのようだ。
しかし、亮太郎が通りかかったときの川は穏やかで、流されるというイメージがつかなかった。
運動神経の良い蓮のことだから、どこかで自力で這い上がりそうなものだが、それほどまでに急なのか。
それとも重いケガをしているのか。
とにかく現場に向かおうと、着の身着のまま部屋を飛び出すと、驚いた様子の両親に「蓮が川に流された」とだけ言って家を飛び出した。
傘もささずに走り続ける亮太郎。
明日の試合のことなど忘れてただひたすら走り続けた。
雨は思ったより強く、風も台風並みに強い。
そもそも蓮と櫻はこんなになるまでなんで河川敷を離れなかったのか。
急に天候が悪化して雨宿りでもしていたのだろうか。
考えても仕方がなく、ただただ亮太郎は走り続けた。
息をも絶え絶えに河川敷に着いた亮太郎はその様相に驚愕した。
川が今にも氾濫しそうなほど荒れており、雨も頭の上からバケツでかけられたような量になっている。
焦る気持ちを制して川の流れに沿うように櫻の姿を探して歩き回ったら、今にも倒れそうに走っている櫻の姿があった。
未だに完治していない足を引きずりながら歩くように走る櫻。
その光景に一刻も許さない状況だということを再認識した亮太郎は、再び走り出した。
櫻に近づくと、雨の轟音の中に必死に蓮の名を叫ぶ櫻の声が聞こえてきた。
櫻の先を見ても蓮の姿はなく、どこまで流されているのか、もはや予想もできない。
このままでは櫻の身も危ないと判断した亮太郎は泣き叫ぶ櫻を抱きかかえるようにして、安全な場所に連れて行った。
亮太郎は自分でも驚くほど冷静で、泣き叫ぶ櫻を尻目に警察に連絡すると、自分の両親、そして蓮の両親に連絡し、少しでも人を集めようとした。
櫻はもう我を忘れて、目を話したら川に飛び込みかねないので、亮太郎は蓮を探しに行きたい気持ちを必死に抑えて、櫻を落ち着かせることに専念した。
数分後豪雨にも負けない、サイレンの音とともに、警察車両と消防車が到着した。
それと同時に亮太郎と蓮の父親が駆け付け、櫻を家に帰した。
蓮の父親によると母親が櫻と同様に混乱してしまって、鳴き続けていたので、亮太郎の母親に来てもらっているということであった。
もうここまで来たら亮太郎は何もすることが出来ず、亮太郎の父親は櫻を連れて行ったので蓮の父親と二人で、もどかしくもじっくり祈りながら待っていた。
普段、神頼み等あまりしない亮太郎であったが、もはやその神頼みしかできることがなかった。
明日の決勝などもう亮太郎の頭にはなかった。
本当なら櫻のように自分も川に飛び込みたい気持ちで一杯であった。
櫻の混乱ぶりに兄である自覚からか、冷静になれたのかもしれなかった。
数時間後、日が変わろうかというところで、捜索は一時中断となった。
もはやこの雨と暗さで捜索は不可能と判断されたようだ。
要するに、近くにいる可能性はなく、かなりの距離流され、捜索範囲を広げる必要があるということだ。
この知らせにさすがの蓮の父親も警察、レスキュー班に食って掛かるように捜索の継続を訴えたが、蓮の父親も心のどこかで、この状況での捜索は不可能ということが分かっているのか、最終的には了承して、後ろ髪を引かれる思いで、帰路に着いた。
蓮の家に皆いるようなので、亮太郎も蓮の家に向かうことになった。
帰り道は蓮の父親も同様に、一言も口をきけずに、警察から渡された傘も開くことが出来ずに、トボトボと歩き続けた。
家の玄関を開けるやいなや、蓮と亮太郎の母親、そして櫻が駆け寄ってきたが、蓮の父親と亮太郎がそろって頭を横に振ると蓮の母親は床に突っ伏して泣き崩れた。
亮太郎の母親も今度は手を差し伸べることが出来ずに、顔を覆った。
櫻は泣くこともできず、そのまま固まってしまっていた。
魂が抜けてしまったかのように、呼吸もしているかどうかも分からないほどであった。
電話の音の後、亮太郎の父親は今で誰かと話しているのか、深刻な声が聞こえていた。
そうかと思ったら、何かが割れたような音と共に、亮太郎も聞いたことのない父親の声が聞こえた。
言葉にならない呻き声だ。
そうかと思ったら泣き声に変わった。
蓮の父親が異変を感じ、居間に向かおうとしたところで丁度亮太郎の父親が出てきた。
亮太郎の父親は顔を涙でくしゃくしゃにして、電話を持った手はだらんと下がっていた。
すると、声にならないような声でいった。
「蓮が見つかった」
亮太郎の父親の様子から、見つかったという知らせがどういうことを表しているか皆察したようで、今までなんとか理性を保っていた蓮の父親までもがその場で座り込んで頭を抱え込んでしまった。
暫く皆動けなかったが、蓮の父親がまず先に冷静さを取り戻し、警察に連絡し詳細を聞いた。
蓮は数キロ流されており、隣町で川の氾濫に備えて消防署の隊員たちが中心となって土嚢を積み上げている際に、川の端で倒れた気に下敷きになっている人影を発見したようであった。
自力で川から逃れた後に、倒れた木の下敷きになったのか、流れ着いて時にすでに息を引き取っていたのかは、いま調査中のようであったが、そう時間がかからず判明するだろうとのことであった。
はっきりしているのは、蓮の命はもうこの世には無いということであった。




