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第14話

夏も近くなりうだる暑さの中、熱気あふれる掛け声が西条高校に響いていた。


「大会はもう近いぞ。後悔しないように振れよ」


「はいっ!」


西条高校名物の真夏の素振り千本。


技術的なことはもちろんあるが、大会が近くなりメンバー争いでの緊張感、大会が嫌でも近くなるプレッシャー。


そういったものに打ち勝つために、チーム全体でつらいことをやり、より一層チームワークを深める狙いである。


練習後、ミーティング中に週末の練習試合相手の詳細が監督である安藤から発表された。


「元々予定していた三重坂高校との試合に慶明高校も加わることになった」


選手たちからどよめきのような声が漏れた。


それもそのはず、大事な大会前に県予選のベスト八に入ることもままならない高校が相手になるということに選手たちは驚きを隠せないのだ。


一番驚いていたのは他でもない亮太郎だ。


開いた口が塞がらないというのはこのことをいうのかというような表情をしている。


「驚くのも無理はない。しかし、大会初戦や二回戦となると慶明高校クラスの高校が相手となってくる。隙なく一試合を戦い抜くというのも難しいものだ。心してかかるように」


監督の安藤の意図は亮太郎にも理解できる。


しかし、よりによって慶明とは。


この大事な時期にきっと何かあると思い、帰宅前にあの監督室を訪ねて問うた。


「失礼なのは承知の上ですが、過去に大会前の大事な時期に慶明高校クラスの高校と試合したことは聞いたことがありません。もしかして蓮が絡んでいるのですか」


安藤は少し意外そうな顔をして亮太郎に返した。


「彼のことも何も彼が野球部に入部したからお前にも良い機会かと思って試合を組んだんだ。彼から聞いてないのか」


亮太郎にはぐうの音も出なかった。




「おい、どういうことだよ」


亮太郎は夜遅い時間だということを承知していても、居ても立っても居られず、蓮の家を訪ねた。


眠そうな顔をこすりながら玄関先で蓮は亮太郎に話した。


「やっぱり隠し通せなかったな。本当は試合当日に驚かせようとしたんだけどな。バラしたの櫻か」


「監督だよ。ってか櫻は知ってたんだな」


「もちろん。櫻からお願いされたんだ。お願いっていうほどのものじゃないかもしれないけど、二人が試合している所がやっぱり観たいって」


亮太郎は頬をかきながら言った。


「それだけの理由でか。俺があんなに誘っでも駄目だったのに。彼女の力ってすげえな」


「だから亮太郎に飯田市ことが出来なくってな」


「そんなことはもういいさ。蓮がまた野球をすることが一番だからな」


すると亮太郎は腕を組んでうなった。


「でもよ、うちと試合しても結果は見えてると思うけどな」


「そんなことは俺も分かってるよ。でも、亮太郎には打たれたくないな」


「言っとけ」


その試合が思わぬ展開になろうとはこの二人にはこの時知る由もなかった。




試合当日、前日の雨でグラウンドはぬかるんでいるが、県内トップクラスの西条高校だけにグランド整備で試合を行うのに最適な環境になっていた。


選手たちの快活な掛け声と、撃った時の甲高い音が響き渡っていた。


そんな中、試合は終盤の八回を迎えていた。


大会が近くなってきており、優勝候補の西条高校の練習試合だけあって、記者が多く詰めかけていた。


しかし、その記者達が目を奪われたのは西条高校の選手達ではなく、その西条高校の打撃陣が手も足も出ない投球をしている蓮であった。


「これで三振十五個目だぞ」


「こんな投手が何で慶明に」


記者たちが驚くのも無理はない。


何とここまでの経過は両チームともに無得点。


戦前の予想通り慶明の打撃陣は西条高校のエースを前に僅かに一安打。


慶明高校相手にエースを登板させた安藤の采配にも周囲は驚いたが、終盤になってくるとその采配が何ら不思議ではなく思えてきた。


亮太郎とはいうと、五番ファーストで先発出場していたが、ここまで三打数無安打。


蓮に完ぺきに抑えられていた。


亮太郎はこれまでの蓮の投球結果以前に蓮の急速に驚いていた。


亮太郎が蓮の本気で投げる球を見たのは中学生時代が最後だ。


蓮自身も対人に本気で投げるのはそれ以来であろう。


その当時から中学生離れした球速であったが、今の蓮の球速はアップしたどころか、西条高校のエースよりも明らかに速い。


ネット裏で控え選手がスピードガンにて球速を図っているが、試合開始一投目でスピードガンにも表れていた。


『151キロ』


複数球団のプロのスカウトが動かなければおかしい球速だ。


そして球速だけでなく、制球力も西条高校のエースに匹敵するほどで、変化球の切れは球速同様、その西条高校のエースを遙に越えていた。


明らかに全国トップレベルの投手であった。


八回の表の西条高校の攻撃前に安藤は選手たちを呼び、鼓舞するかのように話した。


「相手投手に度肝を抜かれているようだが、甲子園を目指すようなチームの精神力とは思えんな。もしかしたら大学生レベルの投手かもしれんし、下手したらプロ野球のドラフト上位指名されるような投手かもしれん。だが、甲子園という場所はそういう選手ばかりだろ。毎年ドラフト上位指名で高校生がプロの門を叩いている。そしてその選手以外にも卒業したら全国クラスの大学に入部する選手がいる高校ばかりだぞ。だけど、今日の相手はどうだ。こんなこと言ってはいけないのかもしれないが、投手以外は県予選のベスト4すら経験していない選手だ。守備は鍛えられているようだが、甲子園は遙にレベルが高いぞ。そしてあの投手も最近まで野球部に所属せずに自主トレしかしていない。よく考えろ。メンタルで負けるな」


安藤の言葉に選手たちの表情は気を引き締めたような表情に変わり、八回の攻撃に移った。


捕手の四番打者が先頭打者である。


気を強く持っても中々蓮の球に振り負けてしまう。


二ストライクと追い込まれて打者は直球に振り遅れまいとスイングの始動を早くした。


しかし、蓮の球は遅球であるチェンジアップ。


体勢を崩しながら何とかバットに当てようとしたが当たらず三振。


そしてそのまま崩れ落ちようとし、右手を着いた。


鈍い音とともに、うずくまる打者。


ただ事ではないと、打者の元に駆け寄った安藤はその手を見た瞬間、顔をゆがめ打者を背負ってベンチ裏に連れて行った。


安藤の慌てぶりに両チームの選手たちがざわめきあっていると、安藤が亮太郎の名を呼び指示を出した。


「次の回から捕手だ。三上と打ち合せしておけ」


三上というのは先ほどから投げている西条のエース投手だ。


一瞬にして膠着する亮太郎。


亮太郎が捕手をするのは障害が判明する約一年前の試合以来だ。


その後、後続が倒れ慶明の攻撃に移った。


その慶明の先頭打者はこの試合七番に入った蓮。


蓮は亮太郎に目もくれずバッターズボックスに入る。


亮太郎は緊張しながらも蓮の中学生時代の苦手コースなどを頭に入れ配球しようと考えていた。


そして一球目にこの試合あまり投げていなかったシンカーから入った。


配球を読んで打撃をする蓮にとって頭にない球は初球から振ってこないだろうという考えだ。


真ん中を要求し、三上がボールを投げた瞬間、亮太郎の視界にバットが出てきた。


――セーフティーバントだ。


通常送りバントでは、最初から構えてランナーを進めるのが主な狙いだが、セーフティーバントはボールが来るギリギリまでバッティングの構えから急にバントをする。


そうすることで内野手のスタートをギリギリまで遅らせ内野安打を狙うプレーだ。


予想だにしていなかった蓮のプレーに亮太郎はバントの打球処理を考え、中途半端に腰を浮かせながら捕球しようとした。


捕手の目線からすると打者がバントを空振りすると、投手が投じたボールの軌道にギリギリまでバットがあるため、非常に捕りにくい。


そして蓮はあろうことか、ボールとバットが当たるか当たらないかというところで急にバットを引いたのだ。


走者が一塁や二塁にいた場合に、盗塁を助ける意味でワンストライクを犠牲にしてすることはある。


しかし、フェアとはいえないこのプレーはラフプレーを徹底的に禁じる高校野球では滅多に見ないプレーである。


そして現に、亮太郎のミットの下にボールは当たり、腰を浮かせていた股の下をボールは通過していった。


本来なら蓮に対して怒りを覚えるものだが、亮太郎にはそれ以前にボールを後ろに逸らしてしまったことに対する結果に心臓が激しく波打つ。


明らかに今までかいていた汗とは別の種類の汗が滲み出てくる。


次の投球のサインが出せない。


すると蓮が投手を見ながら言った。


「早くサイン出せよ。ろくにボールも取れないキャッチャー」


これにはさすがに頭にきた亮太郎が言い返す。


「取れなかったのは蓮があんなプレーするからだろ」


「人のせいにするのかよ」


「試合に勝つためだったらラフプレーでもなんでも良いのかよ」


「あんなのラフプレーじゃないだろ」


「何言ってんだお前」


「ランナーもいないのに一度後ろに逸らしただけで動揺しまくるのが分かってるんだから、得点するためにやったことだ。普通にやって打てる投手じゃないんでな」


これには言い返すことができない亮太郎は次のサインを出す。


そして投手が投げた二球目。


蓮は再び同じプレー。


次は何とか捕球した亮太郎であったが我慢が出来ずに蓮に怒鳴った。


「蓮、お前いい加減にしろよ。投手のボールを打ってこその得点だろ」


「何度も言わせるなよ。こんなに脆い捕手がいるんだから、捕手を潰したほうが早いだろ」


何も言えずに蓮を睨む亮太郎。


さすがに主審が二人をきつくたしなめようと間に入ろうとしたとき、今度は蓮が怒鳴った。


「いい加減にしろよ。何だよさっきっから。次の一点が試合を決めるのは分かるだろ。なのにランナーも出てないときに後ろに逸らしたぐらいでビービー喚めくなよ」


「喚めいてるのは誰のせいだよ」


「お前自身のせいだろ。投手が持ってるものを最大限に引き出すのが自分の役割だって昔言ってたじゃんか。今のお前は何だよ。投手のことなんか頭に一ミリも入ってないじゃんか」


亮太郎は睨みつけることしかできないでいた。


「事故の事がプレイバックしてしまうのは分かる。じゃあその後に動揺する隙を与えないぐらい相棒の投手のことを考えろよ。そして、勝つことに集中しろよ」


亮太郎の目からは涙があふれていた。


「今日俺だって何回もワンバン投げたさ。百球以上投げるのに一球も投げミスをしないなんてプロでも不可能だろ。だから、そのたびに俺は亮太郎との対戦のことを考えたんだよ。もうやめようぜ。グジグジ考えるの。野球のことで頭を一杯にしよう」


すると、主審が亮太郎に「大丈夫か、変わるか」と問いながら安藤の方を見ると、安藤は首を振っていた。


交代させる気はないようだ。


高校野球の審判の場合、練習試合なら尚更、稀なことであるが選手の状態を見て続行不可能と判断したら、審判から交代を監督に進言、指導することがある。


しかし、亮太郎のことは安藤から試合前に聞いていた主審は良いきっかけになればと出場続行を許可した。


「絶対負けないからな」


覚悟を決めた表情になった亮太郎がキャッチャーマスクを被りなおすと蓮もその言葉にこたえるように鋭い眼光で相手投手を睨みつけながらバッターズボックスに構えた。


西条高校のエースである三上も亮太郎の覚悟を悟ったのかより一層気合の入った表情で一度大きくうなずいた。


今の蓮の二球のプレーで二ストライクになっていた蓮は、次の球を考えていた。


――一球外してくるのは間違いない。それがどこかだ。あの投手の球速からすると高目のボール球でつりたくなるだろうな。


蓮の読み通りボールは高めの直球。


予想していた蓮は難なく見逃せた。


勝負の次の球。


三上の決め球は縦に鋭く落ちるフォークボール。


しかし、この球はワンバウンドする確率が高い。


勝負球なら尚更、ストライクの高さからワンバウンドする高さに落とすのが定石。


捕手の亮太郎がこの球を要求するかどうか。


もし、亮太郎が覚悟を決めたならフォークボール。


まだ決めれていないなら直球だろうと考えた蓮は、直球を予想した。


もしフォークボールがきて三振しようがそれは亮太郎のメンタル勝ち。


それで良いと決めた蓮は直球一本に絞った。


三上が亮太郎のサインに頷くと、投球モーションに入った。


三上がボールを手から離す一瞬、蓮の頭にフォークボールだという確信に近い思いがよぎった。


体は直球に備えて振りに行こうとしている。


バットを止めることは難しそうだ。


打ちにいくことを咄嗟に決断した蓮はバットをアッパースイングの形になるようにバットのヘッド(先端)を真下に下げるように出した。


三上が投げた球はフォークボールの特徴である無回転に近い回転。


しかも絶妙な高さである。


蓮は届かないと右手を放し左手一本でボールを打ちにいった。


持ち前の運動能力による産まれる身体の回旋力でワンバウンドするかしないかの高さのボールを拾い上げるようにバットで捉えた。


打球は片手一本とは思えない速さで打ちあがり、見る見るうちにフェンスを越えて行った。


そこには涙を浮かべながら飛び跳ねて喜ぶ櫻の姿があった。


逆転のホームランであった。


そこで櫻が観戦に来ていることを知った蓮は苦笑いしながらも、チームメイトに向けてガッツポーズを決めた。


試合は最終回に西条が逆転をし、三対一で勝利した。


蓮が突如に乱れたかというとそうではなく、全然余力を残してかに見えた蓮は九回のマウンドに上がらなかったのである。


帰宅した亮太郎は家にバッグを置くやいなや蓮の家に駆け込んだ。


蓮の部屋にノックも無しに入り込んだ亮太郎は窓の外を眺めていた蓮に捲し立てた。


「おい、どういうことだよ。最終回のマウンドに上がらないなんて。人を挑発しといて逃げ出したのかよ」


「逃げ出したわけじゃないさ」


「じゃあなんなんだよ」


「お兄ちゃんのためだよ」


亮太郎は気付いていなかったが櫻もいたようだ。


蓮がいる窓際から反対側にある別途に腰かけていたようだ。


「俺のため?」


「蓮君はお兄ちゃんのキャッチャーをする姿がやっぱり見たいんだよ」


「だけど、蓮はよくマウンド上がれたよな」


「何でだろうな。亮太郎のためと思ったら無駄なことなんて忘れちまった」


「それにしたって」


蓮は何か言い淀むも意を決したかのように言った。


「安藤さんからはい言うなと言われてたけど、今日がラストチャンスだったらしいんだ。亮太郎がキャッチャーで最後の大会に出場するかどうか」


「そりゃあ監督からしたら俺に聞かれたくない話だな」


「高校野球をやってこなかった俺にも分かるけど、急にキャッチャーで大会に出場するのは元々キャッチャーでレギュラーをはっていた選手に申し訳なく思うからな」


「でもよ、俺がキャッチャーになったのは、ケガをしたからで」


「本当は最終回の一イニングだけの予定だって聞いてたぞ。巡り巡って俺が打席に入ることになる考えはなかったけどな」


「そもそも何だったんだよ。蓮のあのラフプレーに近いやつは」


「せっかくのチャンスだったのにピッチャーの得意玉であるフォークを要求しなかったからな。あれぐらいのピッチャーのコントロールだったらカウント球だとストライクを取りに行くからワンバウンドする可能性は低いけど、決め球に使うフォークは間違いなくワンバウンドさせるだろ。このままじゃ、安藤さんは亮太郎をキャッチャーで今後使いたいと思わないからな」


蓮の気持ちを知った亮太郎は言葉が出ず涙をこらえるので必死になっていた。


「でも亮太郎は決め球にフォークを要求した。試合に出た甲斐があったよ」


涙ながらに亮太郎は「打たれたけどな」と泣き笑いだ。


「ボールが来る寸前まで、亮太郎をストレートを要求すると思ってたんだよな。俺があれだけ挑発的なことをしてもすぐには精神的に乗り越えられないだろうってな。辛さは俺も身を持って体験してるし、けどなんでだろうな、身体はフォークを待ってたようなんだよな」


「待ってなくても待っててもあの高さをあの打ち方でホームランにされちゃ、こっちからしたら打つ手なしだよ」


「そうか?」


蓮と亮太郎はようやく微笑みあうと亮太郎は蓮が最終回のマウンドに上がらなかった訳を聞いた。


「亮太郎があの場面でフォークを要求したことで、安心したんだよな。あまり俺が出ても慶明野球部の選手達に申し訳ないからな」


「野球部に入ったんじゃないのか?」


「最後の大会前に入るかよ。もし大会に出場したら他の部員に申し訳なさすぎるさ。今回は最初で最後の高校野球だったんだよ」


「でも、もったいないじゃんか」


「なにも高校野球だけがすべてじゃない。大学に言ったら普通入試でどこかの大学に入って野球部に入るよ」


この言葉を聞いた亮太郎は表情をパッと明るくし「まじか!」と飛び跳ねんばかりの勢いで蓮の両肩をつかむと抱き着いた。


「それは嬉しい」


「やめろよ、気持ち悪い。亮太郎には頑張ってもらって、俺の目標になってもらうからな」


「何だよ目標って」


「そりゃあ、甲子園で活躍してプロかそうじゃなくても大学の強豪校に入って神宮大会の決勝で亮太郎に挑戦するさ」


すると黙って聞いてた櫻が苦笑いしながら「無理じゃない?」と言い続けた。


「さすがにプロなんて、春の大会なんて打てなさ過ぎて最後の方ベンチだったじゃん」


「う!」


亮太郎は心臓を撃たれたかのような仕草をすると「痛いとこ着くな」と櫻に苦笑いともつかない何とも言えない表情である。


「ったく櫻は夢がないよな、夢が。男同士の熱い話の腰を折るなよな」


「蓮君がそんなこと言うなんて。夢だって」


櫻はおどけたようにベットの上で寝転がり笑い続けた。


「このやろ」


蓮は櫻をくすぐりながらじゃれあった。


亮太郎はそんな二人を見て聞こえるか聞こえないかのような声量で言った。


「俺はお邪魔なようなので帰ります」


静かに帰路に就いた亮太郎は静かに闘志を燃やしていた。


この大会、キャッチャーで出場するかファーストで出場するかわからないけど、必ず甲子園に二人を連れて行く。


そしてこの先で蓮を待ち受けるのだと。

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