台本にないこと
コンクール会場へ向かう城下町の大通りは、昼前だというのに多くの人で賑わっていた。
道の両脇には露店が並び、色とりどりの果物や焼き菓子、装飾品などが所狭しと並べられている。
ゲームの中ではあくまで平面的な背景画だったのに、完璧な街として目の前に広がっている。
「わあ……見て、オフィーリア。あのお菓子、おいしそう!」
「もう、マリーったら。今日はコンクールなんですから、寄り道している暇なんてありませんわよ」
「でも、ちょっとだけなら……」
「駄目です」
「ええー……」
マリアベルが頬を膨らませる。
そんな彼女を見て、私は役割を忘れて思わず笑った。
「ふふっ」
「もう、どうして笑うの、オフィーリア?」
「ごめんなさい。でも、マリーがあまりにもいつも通りだから」
「……いつも通りって?」
「な、なんでもありませんわ」
危なっ。思わず口が滑りそうになった。
私にとっては、転生初めての一日だけど、マリーにとっては何度も繰り返してきた日常の続きなのだ。
こうして一緒に歩くことも。他愛のない話をすることも。
きっと、オフィーリアにとってもそれは当たり前だった。
そんなことを考えながら歩いていると――。
「……おや」どこからともなく、しわがれた声が聞こえてきた。「そこのお嬢さん……」
「え? お嬢さんって私のこと?」
マリーが足を止める。
声のしたほうを見ると、路地の脇に小さな露店があった。そこに、一人の老婆が座っている。深くフードを被っているため、顔はほとんど見えない。
机の上には、いくつかの古びた石やカードのようなものが並べられており、その真ん中に水晶玉が鎮座していた。
占い師。
私は、その姿を見た瞬間に思い出した。
「……あ」
そうだ。こんなイベントあった。
ゲーム序盤。マリアベルが音楽コンクールへ向かう途中、城下町で一人の占い師と出会う。
そして――。
「お嬢さん」老婆がマリーへ声をかける。
「あなたには……数奇な運命が待ち受けていますね」
「私に……ですか?」
マリーが目を丸くする。老婆は小さく笑った。
「ええ。いくつもの道が、あなたを待っています」
その言葉に、私は内心で頷いた。ゲームではここからマリアベルの恋愛について、それとなく示唆される。
誰と出会うのか。どんな選択をするのか。その選択によって、彼女の未来は大きく枝分かれしていく。
もちろん、占い師の言葉はプレイヤーに向けた演出だ。
――少なくとも、ゲームでは。
「宜しければ……占って差し上げましょう」
「え? いいんですか?」
「ええ。今日は特別に、ただで」
「それなら……」
マリーが嬉しそうに頷いた。私はその横で、わざとらしくため息をついた。
「マリー。時間に遅れますわよ」
「ちょっとだけだから!」
「もう……マリーったら」
――台詞は全て台本通り。自分で言っておいて、少しおかしくなる。こんなところまで、ゲームと同じだ。
「それでは、こちらへ」
老婆に勧められ、マリーが向かい合いの椅子に腰掛ける。貴族の娘が座るにはあまりにも粗末だけど、彼女はそんなことを気にしない。それがこの子のいいところの一つだ。
「オフィーリア、バイオリンをお願いしてもいい?」
「ええ。もちろんよ」
私はマリーからバイオリンケースを受け取った。それは思ったより軽かった。生まれて初めてバイオリンなんて手に取ったからそれが普通なのかも知れない。それ以上に、その中に入っているものが、この美しい赤髪の少女にとってどれほど大切なのかは知っている。
私はそれを大事に抱えながら、マリーの背に立つ。
「……ふむ」
「どうですか?」
「あなたの道は、一つではありませんな……」
老婆の声が低く響く。
「人との出会いによって、大きく形を変えていくでしょう」
「出会い……?」
「ええ」老婆は一枚のカードを指でなぞった。「あなたを導く者」
そしてもう一枚。
「あなたと共に歩む者」
さらに一枚。
「そして――」
老婆が、ほんの少しだけ顔を上げる。
「あなた自身が、選ばねばならぬ道」
「…………」
マリアベルは真剣な顔で聞いている。
私は彼女たちの台詞を全て、聞き取られないような小さい声で重ねるように口にしていた。
ここまで全てシナリオ通りだ。この後、占い師はマリアベルに「これから多くの出会いが待っている」と告げる。
そして、彼女の運命が大きく動き始めることを示唆する。
ゲームとしては、これから始まる攻略対象との出会いをプレイヤーに予告するための、ちょっとした演出だ。
「ありがとう、おばあさま! 正直難しくてよくわからなかったけど、私、後悔のないよう毎日を生きますわ!」
「……あ」私の台詞だった「ほら、マリー遅れてしまいますよ」
「あ、うん! 行こう、オフィーリア!」
私はマリーにバイオリンを返す。そして、コンクール会場に向かおうとしたその時、占い師が改めて私たちを呼び止めた。
「お待ちくださいまし、そちらの高貴な御方」
「私……ですか?」
嫌な予感がした。老婆が静かに頷く。
「貴方様も……こちらへ」
「え?」
私とマリーは瞬きしながら互いを見合う。ここでオフィーリアが占い師に呼び止められるシーンなんてなかった。私が言うんだから間違いない。
私が躊躇っていると老婆は続ける。
「そちらの赤髪のお嬢さんは急いだほうがいい。運命の円環から外れてしまいます」
私はハッとなった。コンクールに行かないと彼女はレヴナスたちとの接点を失うかも知れない。
「……マリーは先にお行きになって。必ず後から追いつきますから」
バイオリンケースを差し出すとマリーは戸惑いながらもそれを受け取る。そして私の表情を察してか、素直に引き下がった。
「わかった。オフィーリア、待ってるからね」
「ええ……」
会場に向かって駆け出していくマリーの後ろ姿が角を曲がったところで見えなくなる。額に嫌な汗が滲んでいた。
ゲームの記憶を必死に探ってもこんなシーンは存在しなかった。
この占い師は、マリアベルの運命を占うだけのキャラクターだった。名前すらも、何も設定されていない。
しかもこのイベントの後、彼女は一切物語に関わらない。ただの装置のような存在だ。
占い師は水晶玉に手を伸ばしながら、私の目を見つめた。
「貴女様はこの世界の流れに、馴染んでおりませんな……」
「!?」
いきなり核心を突かれ動揺した。私は何かしらの裁きを受けるのか、などと色んな不安が押し寄せる。そんな不安を察してか老婆は小さく首を振る。
「貴女様の時間だけが、周囲と違って見えますな。さながら、時の迷い人のようだ」
「あなたは何か知っているの!?」
私は芝居など忘れて、必死に彼女に問いかける。
「いいえ。私に全ては見えておりませぬ。ただ、あなたが、『真実のあなた』ではないことはわかります……」
「あの……私はこことは違う世界の人間なんです! それが事故で多分……死んで、気づけばこの身体になっていたんです」
「なるほど……やはり……」
占い師は私の目をじっと覗き込んだが何も答えを示さなかった。代わりに懐に手を伸ばし、取り出したペンダントを私に差し出した。
「これは……?」
「私にできることは、これくらいです。旅人よ……」
「旅人……?」
「ええ、あなたと私は似ております。ですが、その根本はどうやら少し違うようです」
私は首を傾げる。
「言っている意味がわかりません」
「貴女様、そろそろ先ほどのお嬢様を追いかけませんと。あなたには役割があるはずでしょう」
「あ……」
そうだ。マリーを追いかけないと、あそこで私が彼女についていないと少々やっかいなことになるのだ。私はペンダントを受け取り立ち上がる。
「あの……また会えますか?」
しかし老婆は大きくゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、私の役割はここまでです。今生あなたにまみえることはありますまい……私の役割はここまでです」
「……お名前だけでも」
「クアンターム……でございます」
「……ありがとう、クアンターム」
私は頭を下げた。正直まだ聞きたいことはたくさんあった。それでも、マリーを思うとこれ以上の道草は食えなかった。
私は道行く人に道を訊ねながら、コンサート会場へと急ぎ足で向かった。




