カタリナ・ルー②
四周目の世界にて】
「カタリナ……どうしてなの……訳を聞かせて」
私は震える声を抑えながら静かに問いかけた。巡る戦火の中、私とマリーはグラント家の屋敷でカタリナと対峙していた。
「どうして……どうしてわかったのですかお嬢様……」
カタリナは手にしたナイフをこちらに向けて壁を背にする。
マリーが一歩前に出る。
「カタリナはオフィーリアの家の人たちの動向は細やかに気を配っていたよね? でも、私の家の者たちには全くの無沈着だった……」
カタリナは目を見開く。
「では、見られていたのですね……私が茶葉店の倉庫番と度々会っていたところも全て……」
「あなたと、その倉庫番はアルフォンスの出身……」私は言った。「でも、何故? あなたはずっとグラント家に尽くしていてくれたじゃない!」
カタリナのナイフのその切っ先が小刻みに揺れる。
「……仕方、なかったんです」
「カタリナ……」
「仕方なかったんです……!」
カタリナは泣きそうな顔で俯いた。
「我が家は……もともと貧しくて。だからグラント家に奉公に来ました。でも、少しして弟が急な病に倒れて……治療費も必要になって……」
嗚咽を堪えるように、何度も息を吸う。
「返せなくなった借金の代わりに……その金貸しから、グラント家やテヌールの情報を流すように言われて……」
「そんな……」
マリーが、絞り出すように呟いた。カタリナは顔を上げる。
「最初は……少しだけだったんです。今日の軍の動きとか、誰がどこへ行ったとか……。それだけなら、大丈夫だと思っていました」
その瞳から、涙が零れた。
「でも……一度始めたら、もう戻れなくなって……」
「カタリナ、ナイフを置いて」
私は静かに呼びかけた。
「お嬢様……?」
「あなた一人のせいで、今、こんな状況になっているわけじゃない」私は一歩、彼女へ近づいた「あなたは脅されていた。家族を守るために、仕方なくやったのでしょう?」
「……」
私は右手を差し出した。
「ならもういい、罪を感じているのなら、今ここからやり直しなさい」
「オフィーリア……?」
マリーが驚いたように私を見る。けれど、すぐにその意味を理解したのだろう。彼女もカタリナへ向き直った。
「そうだよ、カタリナ。今はここから逃げよう」
「マリアベル……様……」
「戦争がどうなるかなんて、私たちには分からない。でも、生きてさえいれば……きっと、やり直せるよ」
私は頷いた。
「そうよ。生きてさえいれば、なんとかなる」
だから、お願いだから、そのナイフを捨てて。
私はそう願いながら、手を伸ばした。
「さぁ、カタリナ。こちらへ」
カタリナは、差し出された私の手を見つめた。しばらく、何も言わなかった。やがて、その唇が震える。
「……ダメ、です……」
「え?」
「お嬢様……もう、ダメなんです……」
カタリナの手が動いた。私たちに向けられていたナイフの刃が、ゆっくりと自分の首元へ向く。
「カタリナ!?」
私は息を呑んだ。
「やめて!」
マリーが叫ぶ。
「カタリナっ!」
私も駆け出した。
あと少し、手を伸ばせば届く。そう思った。
けれど――。
私の指先が彼女に届くよりも早く、カタリナの身体が大きく揺れた。
「……ごめんなさい……」
小さな声だった。
「本当に……ごめんなさい……お嬢様……」
そのまま、彼女の華奢な身体がゆっくりと壁を滑り落ちていく。
「カタリナぁぁっ!!」
私は崩れ落ちる彼女を強く抱きとめた。
けれど、その腕の中から急速に生きた温もりが抜けていく。
「嫌……」
私は涙で濡れた彼女の顔に必死に呼びかける。
「カタリナ、目を開けて……! お願い……!」
でもその身体が動くことは二度となかった。
「……オフィーリア」
背後でマリーの力ない声が聞こえる。
私は何も答えることができなかった。ただ、冷たくなっていくカタリナを腕の中に抱きしめ、声をあげて泣いていた。
***
「……カタリナには退職の手当として通常の三倍の金貨を持たせなさい」
「あの、お嬢様……本当に宜しかったのですが?」
執事が私と部屋の出入り口を交互に見ながら、恐る恐る訊ねてきた。
「何がかしら?」
「カタリナは、お嬢様の専属として就かせてもう三年になります。何があったか存じませんが、一時の感情で解雇なさるのでしたら……」
「一時の感情?」
私は執事を睨みつける。彼は蛇に睨まれた蛙のように身動き一つできずに固まってしまう。
「あなたもカタリナと同じような目に遭いたくなければ、発言には気をつけることね」
「は……」
そして、部屋を重い沈黙が支配する。一回りも二回りも年上の男女がみな、下を向き言葉を飲み込んでいる。みな、明らかに動揺しているようだった。この、いつも穏やかで柔和な性格の『オフィーリア』の変貌ぶりに。
「オフィーリア……?」
そんな張り詰めた空気を切り裂いたのは、遠慮がちに私を呼ぶ声だった。




