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私はそちら側には立てない

「ん?」


 岩井さんがこちらを見る。


「どうして……どうして、マルティナまで殺すんですか?」


「どうしてって……」岩井さんは少し考えるような顔をした「必要だからだよ」



「……必要?」



「ああ。クローディアが新しい時代を作るためには、旧テヌールを象徴するマルティナが最後に死ぬ必要があるんだ」


「そんな……」


「それに、マルティナが可愛がっていた反乱軍のエースがクローディアと結ばれることで、彼女の意思が次の世代に受け継がれる。綺麗な構造だろ?」


「綺麗……?」思わず聞き返していた「それが……綺麗なんですか?」



 岩井さんは黙った。私は自分の胸元を握りしめていた。


「マルティナは……そんな物語のために生きていたんじゃない」


震える声で私は言った。



「いや、まあ、キャラクターとしては――」



「違う!」


 思わず声を荒らげた。周囲が静まり返る。


「マルティナは、父親を失っても……一人になっても……それでも国を取り戻そうとしてた。綺麗な髪を……切り落としていた」


「早乙女さん?」


 江藤さんが心配そうに私の両肩を掴む。


「あ、ちょっと彼女酔ってるみたいで……」


 岩井さんは顔をしかめて、それから隣の人に訊ねた。


「俺、いまマルティナが髪を切る話ってしたっけ?」


「え? ……いや」


「彼女は、クローディアを託してくれたんです」


 言葉が止まらない。


「私に……あの子を育ててって」


 目の奥が熱くなる。


「十五年間ですよ」


 私は岩井さんを強い目で睨んだ


「十五年間、あの子は戦ってたんです」


「早乙女さん? ……君は?」


「それを……それを、誰かとくっつけるための前振りみたいに言わないでください!」



 岩井さんは困ったように笑った。


「いや、早乙女さん。あくまでシナリオ上の話だから。というか、何でまだ話してないことまで……」


 私はそのまま、座敷を降りて靴を履く。


「ど、どこへ行くの!?」


「……帰るんです」


「え、本当にどうしちゃったの?」


 つま先を叩き、靴を履き終えると私は振り返らないまま、吐き捨てるように言った。


「……もう、私、あなたたちの側には立てません」



 夜の街に出る。秋葉原のビル街。頭上には無数の看板とネオン。


 行き交う人の波と車の音。店から漏れる雑多な音楽。


 私はしばらく、その場に立ち尽くした。こんなごみごみした世界で、私は生きてきた。


 嫌いじゃなかった。むしろ、居心地のいい世界だと思っていた。


 好きなゲームをして。好きな仕事をして。時々、友達と会って、それなりに楽しく生きていた。


 それが私の世界だった。


 ――でも今は違う。



 目を閉じると浮かんでくるのは、あの山の中の小さな家。


 窓から差し込む朝の光。庭に並んだ野菜。赤い髪を揺らしながら笑うクローディア。その笑顔を見つめる私。


 そして――。


 マリアベル。 


 マルティナ。


 みんなの笑顔を思い出す。


 戻らないと。今度こそ、どんなことをしてでもみんなを助ける。そう誓ったんだ。


 そう思った瞬間だった。


「……っ」


 視界がぐらりと揺れた。


「なに……これ……」


 足に力が入らない。私はその場にしゃがみ込んだ。


「早乙女さん!」


 背後から、同僚の声が聞こえる。追いかけてきてくれたのだろう。


「ちょっと、大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってくる足音。それでもなぜか、その声が、足音が少しずつ遠くなっていく。


 秋葉原の雑踏、車の音、人の声……全部、遠ざかっていく。


 私は、確信した。


 戻れる、あの世界に。

 

 ――今度こそ本当に、私の最後のやり直しが始まった。


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