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再帰還

 意識がうっすらと覚醒してきて、閉じた瞼の向こう側に光を感じる。


 その時、どこかで聞き覚えのある声がした。


「……早乙女さん?」


 私はゆっくりと目を開けた。


 眩しい。


 どこか懐かしいお店の内装。騒がしい話し声。グラスの触れ合う音。料理の匂い。


 そして、目の前に置かれている飲み放題のメニュー。


「……え?」


 隣では、デバッグチームの同僚が不思議そうに私を見ていた。


「大丈夫ですか? また眠りかけてましたよ?」


「……江藤さん……だよね?」


「え?」その人は少し驚いたような顔をした「そうだけど、急になんで確認したんですか?」


「あ……うん」


 私にとっては懐かしい顔だった。でも、向こうはそうではない。


 私はまたここに戻ってきていた。ゲーム制作会社の仲間たちと『千年を綴る五線譜』について話し合っていた行きつけの居酒屋へ。


 私は頭を振った。


「お酒、やめてお水貰いますか?」


「大丈夫……」


 きっと酔っているんだろう。そんな感じで江藤さんは言った。私はまだグラスに十分に残っているカシスオレンジを手に取った。


 それは甘くて、どこか懐かしい味だった。昔は、いつもこれを飲んでいた。私はそれを一気に飲み干して、そしてむせる。


「ちょ、ちょっと早乙女さん! 一気は危ないですよ!」


「……私、行かないと……」


「行く? 行くってどこへですか?」


 私は辺りを見回す。何人かの仲間が不思議そうに、或いは心配そうに私の方を見ていた。


 みんな昨日あったばかりのようで、でもすごく久しぶりに会ったような感覚だった。


「ほら、お水ですよ。酔っ払っちゃいましたか?」


 別の誰かがグラスいっぱいの水を持ってきてくれた。私は促されるままにグラスを手に取る。そして、グラスに反射する自分の顔を見た。


 一瞬、これが私の、早乙女千佳の顔であることを思い出すのに数秒かかった。


 私は嬉しいのか、悲しいのかわからなかった。ただ、じっと自分の顔を眺めていた。


「ええっ!? マルティナがですか!?」


 聞き馴染んだ名前に、肩がビクッと跳ね上がった。グラスを持つ手に水が掛かる。私は声のする方に顔を向けた。


「ああ、そうさ」


 男性スタッフの驚きの声に、満足げに頷いたのはシナリオライターの岩井さんだった。


「マルティナまで殺しちゃうんですか!?」


 その言葉に、心臓を冷たい手で掴まれたような息苦しさを覚えた。


「まぁ、そうだな」


「……マルティナですよね?」


 何人かが岩井さんの方を見る。岩井さんは、楽しそうにグラスを揺らしていた。


「もちろん」


 そして、嬉しそうにアルコールを煽る。


「マルティナも死ぬ」


「ちょっ……ええ?」


「それはさすがに……」


 小さなどよめきが起これば起こるほど、岩井さんは、むしろ楽しそうだった。


「でもな、そこからがいいんだよ」


 私は息をするのも忘れていた。


「オフィーリアに育てられたマリアベルの娘――クローディアがな」


 岩井さんは、まるでとっておきの秘密を披露するように身を乗り出す。


「ライバルだったマルティナが、息子のように育てた反乱軍のエースとくっつくんだよ!」


「……は?」


「エモいだろ?」


 岩井さんが笑った。周囲から、なんとも言えない声が上がる。


「たしかに……展開としては熱いけど」


「親世代の因縁が、次の世代で繋がるってことですよね」


「でも、マルティナまで殺すのはなぁ……」


「分かる。そこまでやる必要ある?」


 いくつもの声が飛び交っている。私は何も言えなかった。

 グラスを持つ右手が震えて止まらず、左手でそれを押さえつける。



 十五年前だ。父親を失った彼女は髪を切った。自分の名前すら捨てようとしていた。


 そして、テヌールを再興すると言った。私にクローディアを託して……。

 私が十五年間、クローディアを育て心の傷を少しずつ癒していったその間、マルティナはずっと戦っていた。


 仲間を集めて、失われた国を取り戻すために。


 私が知らない場所で。



 そして――流れ矢に撃たれて命を落とした。


 何故、彼女が死ななくてはならなかった? エモいから? そんな理由で彼女は……。


「ちょっと待ってください……」


  思わず立ち上がっていた。店内の会話が止まった。



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