想いの力
「クローディアは元気でしたか」
「ええ。希望に満ちた瞳をしておられました」
「よかった」
「彼女は人を惹きつける力を持っておられます。人に恵まれ、大きなことを成されるお方です」
「……」
恐らく、クローディアはこの後、テヌール再興を誰かと成し得るのかも知れない。その為の『続編』としての構想があるのだ。きっと彼女はいくつかの苦難を乗り越えて、そして幸せを掴めるのだろう。
そこまで考えてからふとある思いが過った。
「……でも」
「はい?」
「どうして、クアンターム様は私のところへ?」
クアンタームは答えなかった。ただ、私の顔を静かに見つめている。
「……あの石は、まだお持ちでいらっしゃいますね?」
クアンタームにそう言われて、私はしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと席を立つ。
「……少し、お待ちください」
私は寝室へ向かい、タンスの一番上の引き出しを開けた。
奥にしまっていた小さな箱を取り出す。
蓋を開ける。
その中には、ペンダント。中央に大きな亀裂が走っていた青い石が埋め込まれている。
私は箱のままそれを持ち出し、クアンタームの前に置いた。
「これです」
クアンタームは石を見つめた。
「……なるほど」
「三回のやり直しの時に石が黒ずみ、四回目の時に割れてしまったんです」
私は椅子に腰を下ろした。
「そのとき、私はマリアベルが処刑される直前に、この石を使いました。いつものように、やり直そうと思ったんです。……でも、ダメでした」
あのときの恐怖が、今になって蘇る。
何度も繰り返してきた。願えば、また戻れる。そう信じていた。信じていたからこそ、戻れなかったと悟った瞬間、私は初めて本当の意味で、自分がこの世界に取り残されたことを知った。
「戻れなくなったのは石が壊れたから。恐らく、そう思っておられるでしょう」
クアンタームは言った。
「……違うんですか?」
「ええ」
クアンタームは、静かに私の目を見た。
「本質は、そこにはございません」
「……どういうことですか?」
「オフィーリア様。今一度、その石を撫でてみてください」
「これを……?」
「はい」
私は言われるまま、ペンダントを手に取った。
それから私は人差し指で、走っている亀裂をゆっくりとなぞった。
その瞬間、石の奥から何かが瞬いた。
「……え?」
青白い光だった。しかし、それはほんの僅かなものだった。かつて私が何度も見た、あの眩い光とは比べものにならない。
でも確かに、石は光っていた。
「え……どうして……?」
私は思わず石を両手で包み込んだ。
「割れているのに……」
「ええ」
クアンタームは穏やかに答えた。
「石はまだ死んではおりません」
「じゃあ……どうして私は、戻れなかったんですか?」
クアンタームは少しだけ間を置いた。
「やり直しに、本当に必要なものは石ではないからです」
「……え?」
「強い意志にございます」
私は言葉を失った。
「石は貴女様の意志を、この世界の時間へと繋ぐためのもの。ですが、その力を引き出すには、貴女様自身が『戻る』ことを強く望まなければなりません」
「……私自身が」
「はい」
クアンタームは石を見つめた。
「貴女様は、何度も時間をやり直されましたね」
「……はい」
「一度目は、どうでしたか?」
「……よく、覚えていません。あのときは、ただ必死でした」
マリアベルを助けたいと思った。この世界で、何も知らないまま死んでいった彼女を。
「二度目は?」
「……次こそ、と思いました」
「三度目は?」
「……それでも、駄目だったから」
クアンタームは頷いた。
「そして、四度目」
私は目を伏せる。
「四度目には……もう、失敗しても、また戻ればいいと思っていました」
自分の口から出た言葉に胸が痛んだ。
しかし老占い師は責めることなく、ただ静かに石を見つめていた。
「それが、貴女様の力を弱めたのです」
「……」
「やり直せることに、慣れてしまった」
その言葉が、かえしのきいた棘のように胸に突き刺さった。
「最初は死ぬことが怖かったはずです。失敗すれば、すべてが終わると思っていた。だからこそ、もう一度生きたい、もう一度だけやり直したいと、強く願った」
クアンタームの声は穏やかだった。
「けれど、やり直しを繰り返すうちに、貴女様の心のどこかに生まれてしまったのですね。……またやり直せばいい、と」
私は何も言えなかった。全てが彼女の言う通りだった。
「その僅かな心の緩みが、時間を戻すために必要な力を弱めていったのでしょう」
クアンタームは続ける。
「だから、四度目のとき、石は耐えきれずに亀裂を生じさせた。ですが、石そのものが力を失ったわけではありません」
「じゃあ……」
「貴女様自身が、もう一度やり直すだけの強い意志を取り戻すまで、時間が必要だったのです」
私は、手の中の石を見つめた。
「……それが」
「十五年にございます」
背筋に悪寒が走った。
「十五年……」
「はい」
クアンタームは静かに頷いた。
「貴女様は十五年もの間、一度も時間を戻さずに生きられました」
私はクローディアのことを思い出した。
初めて立った日や、歩き出した日。
熱を出した夜。
初めて文字を書いた日。
そして、学校へ行きたいと言いだした去年のこと。
馬車の窓から顔を出して、「お母さん」と呼んでくれた声。
「幼子にとっての一年と、大人になった者が感じる一年では、その長さが違って感じられるでしょう?」
「……はい」
「時間とは、そういうものです」
クアンタームは微笑んだ。
「貴女様がこれから再びやり直しを重ねれば、そのために必要となる時間は、きっと長くなっていくでしょう」
「どれくらい……?」
「分かりません」
あっさりとした答えだった。
「五度目のやり直しに十五年を要したのであれば、その次は三十年かもしれません。あるいは、それ以上かもしれない」
「……三十年」
「ええ」
私は息を呑んだ。
「もしかしたら、次にやり直すために必要となる時間が、人間の寿命を超えることも……あるやもしれません」
そう言って、クアンタームは懐から何かを取り出した。小さな青い石が埋めこまれたペンダント。
私が今持っているものとよく似ている。
ただ、それには傷が一つもない。似て非なるものだった。
クアンタームはそれを、静かに机の上へ置いた。そして向かいに座る私に差し向ける。
「恐らく、これが最後のやり直しになるやもしれません」
私はその石を見つめた。




