そしてプロローグへ…
四周目の世界――。
このままでは駄目なのだと思った。
綺麗事や正攻法だけでこの狂った世界を変えることなんて、到底不可能なのだから。
だから私は、これまで固く封印していた最大の禁じ手に打って出た。
――マリーに、すべての真実を打ち明けたのだ。
私が本当のオフィーリア・クレールではないこと。
異なる世界から落ちてきた、早乙女千佳という異邦の人間であること。
そして……これからこのテヌール侯国を襲う、血と絶望の滅びの未来を。
まだ十五歳だったマリーは、驚きながらも私の話に真剣に耳を傾けてくれた。
私の言葉を理解できる範囲で、一つ一つ確かめるように聞きながら、それでも疑うことなく、すべてを信じてくれた。
「突然言われてびっくりしたけど……オフィーリア、ううん、千佳? あなたが嘘を言っているようにはどうしても思えない」
私の本当の名前を呼んで微笑む彼女を見て、私は改めてマリーという存在への愛おしさと、時空を超えた固い絆を痛感していた。
それからというもの、私はマリーを常に自分の傍らに置いた。
一人で孤独に背負うのではなく、二人でこの世界の仕組みを一から学び、あらゆる可能性を探るために。
政治の裏工作。軍の配置。貴族たちの権力闘争。テヌール侯国の歪んだ歴史。
これまでの周回で私が見落とし、聞き流していた情報を、二人で一つずつ丁寧に拾い集めていった。
マリーが隣にいて、私の本当の名前を知って微笑んでくれている。
ただそれだけのことが、崩れそうだった私の心をどれほど強く支えてくれたか分からない。
――しかし、ただ一つだけ。
私はあえて、彼女に伝えていない未来があった。
それは、彼女がやがてレヴナス・ソラールと結ばれるという運命のこと。
マリーの命が助かり、生き延びてくれるのなら……最悪、レヴナスと出会わなくてもいい。彼と結ばれなくてもいい。
本気でそう思っていた。
でも――不可避の運命は、残酷なまでに美しかった。
二人はまるで引き寄せ合う磁石のように出会い、瞬く間に恋に落ちた。
歴史の修正力をあざ笑うかのように二人は惹かれ合い、やがて祝福の中で婚姻を結び――マリーは愛しい命、クローディアをその身に宿したのだ。
そして――。
*
「最後に、何か言い残しておきたいことはあるか?」
私はゆっくりと顔を上げた。
広場を見渡す。王都の民、兵士、貴族、領民、そして――処刑台に立たされたマリーの姿を。
「一つだけ、お願いがあります」
「何だ」
「あそこにいる方に、私的な遺言を残したいのです」
兵士が眉をひそめる。
「あの女か?」
「はい」
マリーは私を指した。
――なぜ? どうして、私を見つけられたの?
これだけ人がいるのに。 顔も隠しているのに。
それとも、この子が彼女を引きつけたのだろうか。私は顔がのぞかないようにしっかりとおくるみに巻いた赤ん坊を、クローディア顔を見つめた。
「知り合いか?」
「……ええ」
マリアベルは少しだけ微笑む。
「昔、お世話になった方です」
それ以上は言わなかった。
兵士は怪訝そうに私を眺めた。
粗末な外套。深く被ったフード。腕に抱いた赤ん坊をまさか、大将軍の娘、オフィーリア・クレールだとは思わないだろう。
「……そこの。近くまで来い。赤ん坊は預けろ」
私は息を飲み込んだ。下手に声を上げれば自分の正体がバレてしまう。そうなれば私も、この処刑台に吊るし上げられるだろう。
「いいか、こちらの指示に従え。妙な真似をすれば、すぐに取り押さえる」
私は慎重に頷いてみせる。
本当は彼女の目の前にクローディアを連れていきたかった。しかしこの子を危険に晒すことはできない。彼女の赤毛はあまりに目立ちすぎる。
「すみません……この子を」
私は隣にいた、市民に扮した使用人にクローディアを預けた。
そして、人混みをかき分けるようにして、処刑台へ近づいていく。
あと数歩というところで兵士に止められた。マリーとの距離は、ほんの三メートルほど。それ以上は近づけない。
「……マリー」
私は彼女を見上げながら小さく呟いた。久しぶりに見た彼女はかなり痩せてしまっていて、長く美しかった赤い髪は無残に切り落とされていた。
そんな、彼女を見るのが辛かった。
それでもマリーの目に涙はなかった。すぐそこに迫った死に怯えてもいなかった。
ただ、いつものように、あの何度も心を救われた優しい笑顔がそこにあった。
「元気そうでよかった」
「マリー……私……私っ!」
「ありがとう」
頬がこけ、唇も荒れているのに、なんて美しく微笑むのだろう。私は言葉を失った。
「……え?」
「最期まで、私のために頑張ってくれて……」
胸が締めつけられた。
違う。違うの……。
心の中で、何度も繰り返す。
――私はあなたを救えなかった。
あなたを救うために、四回もやり直した。
政治も。
軍も。
人間関係も。
全部変えた。
そして四回目には――あなたに全部話した。
自分が、この世界の人間ではないこと。
この世界の未来を知っていること。
何度も同じ人生を繰り返していること。
全部、あなたに打ち明けた。
そして、私はあなたを利用してしまった。
だから――あなたを救えなかった。
「ごめ……ごめん、なさい……」
言葉にならない謝罪とともに、涙が頬を伝った。
「大丈夫……」
「え?」
「オフィーリアなら……」
一度、言葉を止める。そして、ほんの少しだけ首を横に振った。
「ううん」
マリーのまっすぐな瞳が、暗いフードの奥にある私の目を真っ直ぐ見た。
「――千佳なら、絶対にこの国を救えるから」
その時、重々しい鐘の音が王都に響き渡った。
「時間だ! 刑を執行する! 離れろ!」
静寂が破られ、観衆が再び騒ぎ出す。
「マリー! マリーーーっ!」
抵抗虚しく私は二人の兵士に押し返される。強引に引き離された私は力なくその場に立ち尽くす。
処刑台の前に跪かされるマリアベル。彼女は全てを受け入れたかのように穏やかな顔で瞳を伏せた。台の窪みに首を収めると、大柄な執行人が高らかに斧を振り上げた。
「なんで……どうして……マリー……っ」
今度こそ変えられると思ってた。この負の連鎖を二人なら超えられると信じていたのに。
彼女の最期を見届ける勇気はなかった。
私は首に下げたネックレスの青い石をきつく握りしめる。
そして強く誓った。
――次こそは、きっとあなたを助けるから!
パキッ――。
そこで、私の意識は途絶える――はずだった。
指先に嫌な感触が伝わった。握りしめたペンダントをゆっくりと開いた。
青い石に、一本の亀裂が走っていた。




