救える命だけでも
一年早まったということを除けば、事態は私の知る未来をなぞるように進んでいった。
領民たちが、何者かに扇動されるようにして暴動を起こす。街のあちこちから悲鳴が上がる。兵たちが駆け回り、火の手が上がる。
こうなると、間もなく――ザンカスト侯国が、この混乱に乗じて城門を打ち破るだろう。
私は窓の外を見つめていた。もう、時間がない。
「せめて……マリーだけでも助けに行かなくては」
「お嬢様、なりません!」
「危険すぎます!」
使用人たちが口々に制止する。それでも私は首を横に振った。
「マリアベルのところへ行くわ」
「しかし……!」
「着替えを用意して」
有無を言わさぬように言い放つ。
「今すぐに」
執事も使用人たちも顔を見合わせる。
私の決意が揺るがないことを悟ったのか、やがて彼らは慌ただしく動き始めた。
そして私は、背後で事の成り行きを見守っていた銀髪の侍女を呼んだ。
「カタリナ」
「は、はい」
「あなたも来て」
「……私も、ですか?」
「ええ。あなたにもいて欲しい」
私は振り返ってカタリナを見た。これまでの人生で、何度も彼女を失った。
今度こそ、絶対に死なせたくない。
「……では、私も着替えてまいります」
カタリナは一礼すると、部屋を出ていった。私も急いで身支度を整える。
動きやすい服に着替え、必要最低限の荷物だけをまとめた。
そして、ふと思い出す。
「……そうだ」
私は執事のダースへ尋ねた。
「サナルトゥスという私兵はいる?」
「サナルトゥス、でございますか? いることにはいますが……」
彼には、これまでの人生で危ないところを助けてもらった。命令に対する忠実さ。そして、どんな状況でも主を守ろうとする姿勢。
彼には命を預けるだけの価値がある。
「彼を同行させるわ。すぐに呼んでちょうだい」
「しかし……。いえ、かしこまりました」
ほどなくして、扉が叩かれた。
「サナルトゥス、参上いたしました」
「入って」
扉が開く。見慣れた男が、私の前へ進み出た。
「お嬢様。お呼びでしょうか」
「ええ」
私は彼をまっすぐ見た。
「これから私と共に来てもらいます」
「……私が、ですか?」
サナルトゥスは俄に信じ難いといった顔をした。
「あなたには、私の護衛をお願いしたいの」
「お嬢様……」
サナルトゥスは驚いたように私を見つめた。
「私のような者を……認知してくださっていたとは」
「もちろんよ」
私は即答した。
「あなたの働きは、知っているわ」
その言葉に、彼は深く頭を下げた。
「……身に余る光栄にございます」そう言ってその場に跪く「ここに厄介になってから、まだ一週間ばかりの新兵ではありますが、この命に代えましても、貴女様をお守りいたします」
「え……い、一週間?」
「そ……そうですが?」
「あの……その……た、頼りにしているわ」
私は頷いた。いまこの状況が一年早まったことをすっかり忘れていた。彼に過去二度あったときのような貫禄が薄れ、少し初々しさが残るのはそういうことだったのか。
ともあれ、これならマリーのところまで辿り着ける。そう思った。
「……ところで、カタリナは? まだ戻っていないの?」
執事が首を傾げた。
「……少々遅いようでございますな。お召替えにしては」
「そうね……」
私は眉を寄せた。着替えると言って部屋を出てから、随分と時間が経っている。
「私、様子を見てくるわ」
私は廊下へ出た。そして、カタリナの部屋へ急いで向かい扉の前で立ち止まった。
「カタリナ?」
ノックをするが返事がない。
もう一度、ノックする。
「カタリナ、いるの?」
――静かだった。私は扉を見つめた。胸の奥からこみ上げる小さな不安。それは徐々に肥大していく。




