三度目は上手くやる
三度目の人生。
私は、もう同じことを繰り返すつもりはなかった。
二度目の人生で、戦争が終わってから軍の拡充を訴えても遅すぎることは分かった。
父、グラントは動かない。貴族たちも動かない。
戦争が終わったばかりの国で、さらに兵を増やそうとする私の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
ならば。
もっと前から、準備しておけばいい。
三度目の私は、ゲームのシナリオ外の立ち回りを改めることにした。
マリアベルとレヴナスが出会う重要な場面には、これまでと同じように立ち会う。
マリアベルが悩めば背中を押す。
彼女が演奏するべき場面では、誰よりも近くで見守る。
レヴナスとの距離が縮まっていくことも邪魔しない。
それは、もう私にとって難しいことではなかった。
何度も見た場面なのだから。台詞も、場所も、その後に起こる出来事も知っている。
だからこそ、その合間に時間を作った。
舞踏会に、晩餐会。貴族同士のサロン。軍人たちが集まる場――。
王都に出向いた際には、できる限り多くの人と話をした。
最初は、私を警戒する者もいた。当然である。
グラント・クレール大将軍の娘である私が、突然軍事や財政について尋ねれば、不審に思われる。
だから、私は時間をかけた。エンディングまでまだ、時間はある。相手の家族の話を聞き、領地の話を聞き、戦争中の苦労を聞く。
軍人には軍人の話を。文官には文官の話を。商人には商人の話を。
私は時に、何も知らない令嬢の顔をして笑った。知っている未来を変えるために、知らないふりをする。
それは思っていたよりもずっと疲れることだった。
しかし三度目のループとなれば、私はずいぶん上手く立ち回れるようになっていた。
マリアベルの物語を壊さない。けれどその物語の外側で私は、その先の未来を作っていく。
少しずつ、徐々に人脈を広げていく。
やがて、長かったグライアス王国との戦争が終わった。
物語も終わりに近づいていた。
マリアベルとレヴナスは終戦後間もなくして婚姻を結んだ。
以前の私なら、ここでようやく安心していたのだろう。
でも、ここからだ。ここから先に待っているものこそ、私が二度も失敗した未来なのだ。
私の本当の戦いの始まりだった。
これまで築いてきた人脈を使った。
軍人たちに話を聞き、必要な兵力を算出する。各侯国が保有する兵力を調べる。武器や食糧の備蓄。兵站。徴募に必要な費用。貴族たちが抱える私兵。
それらを一つずつ積み上げ、私は一つの計画書にまとめた。
戦争をするためではない。戦争をしないための軍隊を作る。
アルフォンスも、ザンカストも、リースも迂闊に手が出せないくらいの強国を維持する必要があった。
今度こそ、このテヌール国を――マリアベルの人生を……。
「軍の拡充を進めるべきです」
父の執務室。
私は、用意した資料を机の上へ並べた。グラントは黙ってそれを眺めていた。
向かいには、マルティナの父、宰相ラバン・グラウビュンデンもいる。
二人とも、しばらく何も言わなかった。やがて、父であるグラントが静かに口を開いた。
「オフィーリア」
「はい」
「これは、お前が考えたのか?」
「そうです」
「……よく調べたな」
珍しく褒められた。それでもその声に肯定の色はなかった。
「だが、無理だ」
「なぜですか!」
「兵を増やせば、それだけ金が必要になる。武器も食糧も必要だ。兵士には給金を払い、その家族の生活も考えなければならん」
「そんなことは、分かっています」
「分かっていて、その発想か?」
父の声が一段と低くなる。
「私は、戦場で何人もの兵士を見てきた。数字だけでは、軍は動かん」
言葉が詰まった。視界の隅でラバンが資料を一枚めくる。彼は鼻の下で立派に伸びた髭を一摘みする。
「ふむ……君の計画には、確かに理屈がある」
「では――」
「しかし、理屈だけでは国は動かせない」
それは実に淡々とした声だった。
「この計画を実行につき、誰がその費用を負担する?」
「それは国庫から――」
「その国庫を支えるのは誰だ?」
「……」
「領民だ。そして貴族だ」
ラバンは資料を机へ戻し、天を仰ぐ。
「戦争が終わったばかりだ。民も貴族も、ようやく手に入れた平穏を手放したくはない」
「でも、また戦争が起こったら――」
「起こらない可能性もある」
その言葉に、胸の奥が痛んだ。
「可能性のために、今の生活を犠牲にすることはできない」
「可能性ではありません!」私は思わず、声を強めていた。「アルフォンス侯国とザンカスト侯国は、この二年のうちにテヌールへ侵攻します」




