2周目の世界が終わるまで
マリーは無事、コンクールへの出場を果たした。当然、結果は変わらなかった。
彼女は予選で落選したが、その後に訪れる出会いもまた、変わらなかった。
マリアベルはレヴナスと出会い、やがて二人は惹かれ合っていった。
マルティナは、あの日からしばらく私を警戒していた。というより、怖がっていた。ある日、ばったり出くわしたときは、あからさまに進路を変えて逃げられてしまった。
当然だと思う。
いきなり泣き出したかと思えば熊のように威嚇してきた相手を、すぐに信用できるほうがおかしい。
それでも時間が経つにつれ、私たちは少しずつ元の距離へと戻っていった。
「ごきげんよう、オフィーリア様」
「ごきげんよう、マルティナ様」
以前と変わらない、よそよそしい挨拶。そして、腹の探り合い。皮肉を交えた会話。
……それでもこの少女と、私はいつか無二の親友となる。
それを知っている私だけが、時々どうしようもなく嬉しくなって、そして寂しくなってしまう。
でも、そんな小さな変化以外は――何も変わらなかった。
グライアス王国との戦争も、ゲームのシナリオ通りに終わった。
私はすぐに行動を始めた。まず、軍の兵士がどれだけいるのかを独自に調べた。
各地に配置された兵士の数、武器や食糧の備蓄、貴族たちが抱えている私兵の規模。
有事の際、どれだけの兵を動かせるのか。
一周目の私は、そんなこと考えたことすらなかった。
でも、今は違う。何もしなければ私はこの国が滅びることを知っている。
だからこそ――。
「お父様」
私は父、グラント・クレール大将軍の執務室に赴き、何度も訴えた。
「軍の拡充が必要です!」
「オフィーリア……。今は戦争が終わったばかりだ。兵や領民も疲弊しているこの状況で、そんなことはできん。貴族層も黙ってはいない」
「それでもです。今のうちに備えておかなければ、ただ従属しているだけのアルフォンスやザンカストが、もし反旗を翻したら……」
「オフィーリア、心配しすぎだ。アルフォンスもザンカストもリースも、危険を冒してまで平和を乱すようなことはしない」
「ですが……!」
何度進言しても、父は首を縦に振らなかった。当然だった。
現状を言えば、今のテヌールに差し迫った戦争など存在しない。
国境は平穏で、グライアスとの戦争も終わった。
何より――。
「レヴナス伯爵とマリアベル嬢の婚礼が決まったそうだぞ!」
「めでたいわ! 国を挙げてお祝いをしましょう!」
「リース侯国から一級品の魚を仕入れよう」
いつしか王都も、屋敷も、みんな祝賀ムードに包まれていた。
誰もが二人の未来を祝っていた。
そんな中、私だけがその未来の先にあるものを知っている。
それでも――私は結局何もできなかった。
そして、運命のあの日が来た。
領民たちの暴動。
それに乗じるように現れたザンカスト侯国の兵士たち。
町は炎に包まれ、人々は逃げ惑い、そして命を奪われた。
何度見ても、悪夢のような光景だった。
「お嬢様……!」
そして、決まっていた未来をなぞるように、屋敷の地下へ向かった私を待っていたのは、血に塗れたカタリナだった。
サナルトゥスを連れ、可能な限り急いで地下室の抜け道に駆けつけたのに……。
「カタリナ……!」
私は彼女を抱き起こした。もう助からないことは分かっていた。
「……申し訳ありません、私……私……」
「喋らないで!」
「お嬢様を……」
「カタリナ……ごめん……ごめんね……」
カタリナは血だらけの手で私の手を握った。そしてそのまま瞳を伏せ、二度と開くことはなかった。
……こんなはずじゃなかった。私は知っていた。全部知っていたはずなのに。
なのに――また、何もできなかった。
そして、ジオバンニ王国へ向かうマルティナから私兵を一人借り、目指したレヴナスの屋敷の奥で私はマリーと再会した。
いや、再会した、という言葉さえ正しくない。
私はもう一度、彼女を失った。
「オフィーリア……」
血に濡れたマリーが、弱々しく笑う。その腕には、小さな赤ん坊が抱かれていた。
「この子を……お願い……」
「嫌……」
私は首を振った。
「マリー……嫌よ……」
「この子だけは……」
「今度こそ……今度こそ、助けるって……」
声が震える。
「私、助けたかったのに……考えたのに……何もできなくて……」
悔しいくらいに、何も変わらなかぅた。
……どうして。どうして変わらない。変えられられない?
私は未来を知っていた。
兵士の数も。反乱が始まる時期も。国が滅びることも。全て知っていたはずなのに――。
「ごめんなさい……」私はクローディアを抱きしめた「ごめんなさい、マリー……」
マリーは何も言わなかった。ただ、穏やかに微笑んだまま、息を引き取った。
腕の中で、クローディアが泣いている。
その声を聞きながら、私は必死に考えた。この子を連れて逃げればいい。どこか安全な場所へ。
この国を捨ててしまえば、そうすれば、この子だけは――。
……違う。
そんな場所は、どこにもない。少なくとも、今の私には作れない。きっと私はこの後ザンカストの兵に殺されるだろう。
カタリナを救えなかった。マリアベルも救えなかった。
軍備を整えようとしても、何も変えられなかった。
知っていたはずなのに。
この先に何が起こるのか、知っていたはずなのに。私は結局、何も守れなかった。
ならば、この子を守るためには、逃げるだけでは駄目なのだ。
この子が生きていける未来そのものを、変えなければならない。
「……クローディア」泣きじゃくる小さな身体を、そっと抱きしめる。「ごめんなさい……」
何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。
ただ、悔しかった。
何もできなかった自分が。
知っていたのに、変えられなかった自分が。
そして――。
もし、もう一度だけ機会があるのなら。
私は、胸元の青いペンダントを握りしめた。
「……次こそ」
涙で滲む視界の向こうで、ペンダントが淡く輝く。
「オフィーリア様っ!」マルティナが付けてくれた私兵が叫ぶ「逃げてください! 崩れます!」
私はペンダントを力強く握りしめた。
「次こそ、あなたを守れる世界を作るから……!」
クローディアを抱いたまま、私は強く目を閉じた。
白い光が、すべてを覆っていく。
そして私は、また――世界を終わらせた。




