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業火に焼かれながら

レヴナス・ソラール邸は、すでに炎に包まれていた。

 屋敷の周囲には、略奪を続ける領民やザンカスト兵が群がっている。


 私たちはそれを離れたところで傍観している中立的な群衆に紛れてその様子を見つめていた。


 マリー……無事なの? 私は燃え盛る屋敷の窓を見つめる。


「まだレヴナス夫人は見つからないのか!?」


「いえ、まだです!」


 その声に、私は息を呑んだ。


「……マリー」


 見つかっていない。それはまだ希望があるということだ。


 けれど、屋敷を覆う炎はあまりにも激しい。誰も中へ入ろうとはしなかった。


「この火じゃ、中にいたって助からん」


「焼け跡から遺体を探せばいい。屋敷から出てくる奴がいたら逃がすな」


 その言葉を聞いた瞬間、私はマルティナから借りた私兵の外套を頭から被った。


「行きます」


「お嬢様!?」


「マリーを助けます」


 以前、何度も訪れた屋敷だ。内部の構造も、二階にある彼女の部屋も知っている。


「サナルトゥス、行ける?」


「もちろんです」


「……私もお供します」


 三人で、炎の隙間を縫うようにして屋敷へ飛び込んだ。


 息を吸うだけで喉が焼ける。そして焦げ臭い。炎を避けながら階段を上り、廊下を進む。


 何度も足を止めそうになった。それでも、私は前へ進んだ。やがて、見覚えのある扉が現れた。


「ここです」


 二階の奥。マリーの部屋だ。


「マリー!」


 扉に手をかける。が、真鍮のドアノブは既に触れないくらいの高温になっていて、私は思わず手を離した。


「あっつつ!」



「下がってくださいオフィーリア様、ドアを破ります!」


「二人でやろう!」


 サナルトゥスともう一人の私兵が肩をぶつける。


「せーの!」


 何度も力を込める。途中、サナルトゥスが咳き込み中断される。


「大丈夫か?」


「ああ、もう一度だ!」


 四度目の体当たりでようやく扉が大きな音を立てて開いた。


「マリー!」


 二人を押しのけるようにして部屋に駆け込んだ。しかし、その黒煙にむせかえる。すでに室内も炎に侵されていた。柱が一部崩れ去り、立派なベッドの天蓋やシャンデリアは地面に落ちてその破片があたりに散らばっていた。



 その中央にマリーの姿があった。


「……オフィーリア?」


「マリー!?」


 彼女は壁にもたれかかっていた。


 顔には血が流れ、衣服は焼け焦げている。立ち上がることさえできないほどの怪我を負っていた。


 それでもその腕には、小さな赤ん坊が抱かれていた。


「クローディア……もう……大丈夫よ」


 赤ん坊は泣き叫んでいる。マリアベルは、そんな我が子を、煙を吸わせないようにハンカチを口に覆いながら必死に抱きしめていた。


「マリー……」


「どうして……来たの?」


「マリーを助けに来たのよ……当然じゃない」


「……オフィーリア……」マリアベルが、かすかに笑った「でも、こんなところまで……来ちゃ駄目でしょう?」


「だって……」涙が溢れた「あなたを置いていけない」


「……オフィーリア、お願いがあるの……」


「何?」


「この子を……」


 そこで言葉が途切れる。マリーの目から、初めて涙がこぼれた。


「クローディアを……お願い」


「……え?」


「この子だけは……生きてほしい」


「ダメよ」


 私は首を振った。


「一緒に行きましょう。みんなで逃げればいい!」


「無理なの……」


「そんなこと……!」


「私は、もう動けない」


「でも……!」


 マリーは静かに首を振った。私は目を伏せる。


 ……気づいていた。見ないふりをしていただけだ。彼女の背がもたれかかっている壁から、おびただしい量の血が滴っている。


 我が子を守るために負った傷なのか、それはわからない。ただ、あの血の量を見ればわかる――彼女はもう助からない。


「オフィーリア……」


 その声は、いつもの彼女と同じだった。


「あなたなら、この子を守ってくれる」


「……私には無理よ」


 私は溢れる涙を何度も拭う。そんな私を見て、マリアベルは笑った。


「あなたにしか、頼めないの」


 私は何も言えなかった。炎がさらに部屋へ入り込んでくる。天井の木材が軋んだ。


「時間がありません!」


 サナルトゥスの声が響く。


「オフィーリア……」マリアベルがクローディアを差し出した「この子を……お願い」


「マリー……」


「ありがとう」


 私は震える腕で、クローディアを受け取った。


 小さな身体。温かな体温。母譲りの美しい赤髪は皮肉なほど炎の色に煌めいていた。私は泣きじゃくる彼女を抱きしめる。


「絶対に……絶対に守るよ」


 涙で視界が滲んだ。


「うん」


 マリアベルは穏やかに微笑んだ。


「オフィーリアなら、大丈夫」


「マリー……!」


「また……会いましょう」


 それが、彼女の最後の言葉だった。


 轟音が響いた。


「危ない!」


 天井が崩れ落ちてくる。


 マルティナから預かった私兵が、私の前へ飛び出した。


「お嬢様!」


 大量の瓦礫と炎が、彼の姿を覆い隠した。


「いやぁぁぁっ!」


「走ってください!」


 瓦礫の向こうに戻ろうとする私の腕をサナルトゥスが掴んだ。


「でも、マリーが! あの人が!」


「……もう間に合いません!」



「マリー!」


 屋敷が大きく揺れる。私は覚悟を決めてクローディアを抱きしめた。


「……行きましょう!」


 サナルトゥスに引かれ、私は走った。やがて入ってきた裏口へ辿り着いた。


 しかし――。


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