親友のため
「カタリナっ!?」
思わず駆け寄ろうとした私の腕を、私兵が掴んだ。
「お嬢様、いけません!」
「でも……カタリナが!」
「誰かいるのか!?」
その時、階段の上から男の声がした。間もなくして、二人の男が姿を現した。兵士ではない。おそらく、暴動に乗じて屋敷へ入り込んだ領民だ。
二人とも剣を手にしている。
そして私の姿を見つけると、顔を歪めて笑った。
「お前、オフィーリアか!?」
「捕まえろ! ザンカストに差し出せば、褒賞が貰えるぞ!」
身体が震えた。逃げなければ! そう思った瞬間。
「お嬢様!」私兵が私の前へ飛び出した「ここは私が!」
「でも――」
「すぐに逃げてください!」
剣を抜きながら、彼は叫んだ。
「逃げるって……!?」
「ジオバンニ王国を目指してください! まだ、あそこは安全なはずです!」
二人の男が怒号とともに階段を駆け下りてくる。それを遮るように私兵が一人で立ちはだかった。
「早く!」
私は唇を噛み締めた。
「ごめんなさい! ……あなた、名前は?」
「サナルトゥスです」
「あなたの名前……忘れませんわ」
それだけを残して、私は男たちの脇をすり抜け、階段を駆け上がる。
眩しい。光が強くなる。……外だ。閉ざされていたはずの扉が開かれている。
振り返ることはできなかった。背後から剣戟の音が聞こえる。
外に出ると、そこは屋敷から少し離れた裏の林だった。
「こんなところに繋がっていたの……」
振り返ると、燃え盛るクレール邸が見えた。そしてその奥に見えるのはレヴナス・ソラール邸。……マリアベルの住む屋敷だ。
「――オフィーリア!?」
聞き慣れた声に振り返る。
「……え?」
木々の向こうから、数人の兵を従えた女が姿を現す。
「マルティナ……?」
「オフィーリア!」
マルティナは黒紫の髪を振り乱しながら、驚いたように駆け寄ってきた。
「よかった……ご無事でしたのね!」
「あなたこそ……どうしてここに?」
「私の屋敷も襲われましたの。父の私兵が、どうにか私を逃がしてくれました」
マルティナは悔しさを滲ませながら言った。その顔色には焦りや恐怖といった感情も混じっていた。
遠くから誰かの怒号が聞こえた。
「マルティナ様! こちらへ向かってきています」
「相手にしてはいけません。行きますわよ」
マルティナが私の手を取った。
「オフィーリア、一緒に逃げましょう!」
「……待って」
「何ですの?」
「マリアベルは?」
マルティナの表情が強張った。
「……マリアベルさん?」
「彼女の屋敷へ。助けに行かなきゃ」
「何を言いますの!? 駄目ですわ!」
「マルティナ……でも……」
「今はどこも安全ではありません! ましてあちらにはレヴナス様もいらっしゃらないでしょう!?」
マルティナが私の強く握る。
「ここからなら、まだ行ける」
「オフィーリア!」
「マリーが心配なの」
私は彼女の手を振り払う。自分でも驚くほど、迷いのない声だった。
「お願い。私は、マリアベルのところへ行く」
マルティナは何かを言おうとした。が、やがて小さく息を吐いてかぶりを振った。
「……本当に、あなたは昔から頑固ですわね」
「ごめんなさい」
「謝るのは、生き延びてからにしてくださいまし!」
「マルティナ……ありがとう」
「オフィーリアお嬢様……」
屋敷の抜け道からサナルトゥスが現れた。さっきよりも返り血が色濃くなっているように見えた。
「サナルトゥス。よかった……無事だったのね。お願い、いまからマリーを助けに屋敷に行きたいの」
サナルトゥスは驚いた顔をしたが、神妙な面持ちで頷いた。
「わかりました」
「オフィーリア、彼一人では足りないわ。私からも一人私兵を付けます」
そう言って、彼女は自分の私兵一人に目配せする。
「それから、これもあなたが着ていきなさい。多少は目くらましになりますわ」
マルティナはフード付きの黒い外套を脱いで私によこした。
「ありがとう……マルティナはこれからどうするの?」
「まずはジオバンニ王国へ行きますわ。後のことは……私にもわかりません」
「そうよね……」
この状況。私にだってどうすればいいかなんてわからない。
それでもマルティナは、いつものように微笑んで力強く言った。
「また、生きて会いましょう」
「……ええ、必ず」
私は頷いた。そして、二人を引き連れてマリアベルの屋敷がある方角へ走り出した。




