⑥天才VS天才
日曜日。
午前九時五十五分。
琥珀はリビングのフローリングを、まるでケージに入れられた熊のようにぐるぐると歩き回っていた。
心臓が肋骨の裏側をマッハでぶっ叩いている。額から嫌な汗がじわりと滲み、スリッパを履く足元がおぼつかない。
「落ち着いて、琥珀ちゃん。そんなに歩き回ったら床がすり減っちゃうよ?」
ソファで優雅に朝のコーヒーを味わっている璃子が、他人事のようにくすくすと笑う。その白衣の裾が揺れるたびに、琥珀のイライラは最高潮に達した。
「落ち着いてられるか! 無理! 絶対に無理!!」
「まだ約束の時間まで五分あるよ?」
「あと五分しかないんだよ! タイムリミット寸前なんだよ!」
琥珀は頭を抱え、自分の豊かな(元男子としては複雑極まりない)黒髪をかきむしった。
「そもそも、なんでアイツが家に来るんだよ……。普通、ちょっと怪しいって思ったくらいでクラスメイトの家まで直談判しに突撃してくるか?」
「来ないね。普通はね」
「だろ!?」
「でも、結乃ちゃんは普通じゃないから。規格外の天才少女だし」
「……は?」
琥珀は髪をかきむしっていた手をピタリと止めた。間抜けな声を出し、璃子の顔を二度見する。
「てん……さい? アイツが?」
「あれ、言ってなかったっけ? 彼女、中学の時に数理科学の国際大会で最年少で金メダル獲って、今は大学レベルの論文を趣味で読み解いてるような、本物の天才だよ」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
琥珀の叫び声がリビングに響き渡る。
ただの「ちょっと勘が鋭くてクールな美少女のクラスメイト」だと思っていた。それだけでも十分エンカウントしたくない相手なのに、中身は世界レベルの論理的思考を持った怪物だったなんて、聞いていない。
「待て待て待て! おかしいだろ! だったらなんでアイツ、あんな超普通の、なんならちょっと偏差値低めのうちの高校にいるんだよ!? もっと進学校とか、それこそ海外の飛び級とか行くべきだろ!」
あまりの矛盾に混乱する琥珀に、璃子はコーヒーを一口すすると、少しだけ真面目な顔をして言った。
「そこは彼女なりの『論理』みたいだよ。あまりに周囲の人間と脳のスペックが違いすぎて、天才が集まる環境に行っても、結局は自分の研究の道具や実績としてしか見られないのが鬱陶しかったんだって。だから、一番『普通の人間のサンプル』が偏りなく集まっていて、自分の研究を邪魔されない、実家から一番近い普通の高校を選んだらしいよ」
「人間をサンプル呼ばわりかよ……! でも、そんなヤバすぎる奴を、俺の部屋(元・男部屋)があるこの家に呼んだのかよ!? 終わった……完全に秒で身元がバレる……!」
璃子はローテーブルにカップを置くと、悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「そんなに怯えなくても大丈夫。何が起きても⸻私がいがでしょ?」
「お前が世界で一番信用できねぇんだよ!!」
「ひどいなぁ。私みたいな普通の、ちょっと調べ物が好きなだけの凡人を捕まえて」
「自分で自分を凡人って言うな! ど公の世界に、暇つぶしで世界最高峰の論文を書いて海外の教授たちを驚かせる凡人がいるんだよ!」
「あはは、あれはただの趣味だよ、趣味。ただの落書きみたいなものさ」
璃子はあっけらかんと笑う。自分を本気で凡人だと言い張りながら、さらりと次元の違う頭脳を見せつける。この姉のこういう底知れないところが、琥珀にとってはマッドサイエンティストにしか見えなくて一番恐ろしかった。そこに、もう一人の「本物の天才」が加わろうとしているのだ。
その瞬間、まるで二人の会話を両断するように、静まり返った室内に鋭い電子音が響き渡った。
⸻ピンポーン。
心臓が跳ね上がる。二人の動きがピタリと止まった。
「来たぁぁぁ……」
琥珀は膝の力が完全に抜け、まるで魂を抜かれた人形のようにソファへ崩れ落ちた。終わりの始まりだ。
「はーい、行ってくるね」
璃子は何事もないように立ち上がり、楽しげな足取りで玄関へ向かう。
⸻
ドアが開く音がして、静かな話し声が聞こえる。やがてリビングに入ってきたのは、学校の制服姿ではなく、私服に身を包んだ結乃だった。
シンプルな黒いパーカーに飾らない、ストリート感のある格好。それなのに、圧倒的な素材の良さと、どこか冷徹なオーラのせいで、まるでファッションの天才に見えてきた。
(……こいつが、世界レベルの天才……。ただの『普通の人間観察』のつもりで、俺っていう最大のエラーデータを見つけやがったんだ……)
さっきの璃子の言葉のせいで、琥珀には結乃の背後に得体の知れない複雑な数式がオーラのように渦巻いているように見えて、さらに威圧感を覚えていた。
「いらっしゃい。どうぞ、入って」
結乃は静かに頷き、リビングへと足を踏み入れる。
「お邪魔します」
その涼しげな瞳が、ソファで縮こまっている琥珀を捉えた。
⸻視線が交差する。
気まずい。気まずすぎる。結乃の目が「私は全てを見抜いている」と言いたげに細められた気がして、琥珀は心の中で(誰でもいいから助けてくれ!)と絶叫した。
そんな琥珀の内心を知ってか知らずか、璃子が湯気の立つお茶をテーブルに置きながら、お気楽な調子で口を開く。
「そんなに緊張しなくていいよ、結乃ちゃん。ここ学校じゃないし。あとさ、敬語もいらないよ。私はただの琥珀ちゃんの姉だから⸻気楽に『璃子』って呼んでよ」
結乃は少しだけ眉をひそめ、思考を巡らせるように視線を落とした。
「……でも、初対面」
「だから? 敬語だと距離を感じちゃうんだ。私はもっと君と仲良くなりたいな。タメ口でいこう?」
一瞬の静寂。結乃は璃子の真意を探るようにじっと見つめ、やがて小さく首を縦に振った。
「……分かった。璃子。うん、その方が私も話しやすい」
張り詰めていたリビングの空気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。璃子はお茶を一口飲むと、猫のように目を細めて悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、さっそく女の子同士のぶっちゃけトークってことで、一つだけ聞いていい? なんでそんなに琥珀ちゃんのこと気になるの? まだ知り合って一週間くらいでしょ?」
結乃の視線が、再び琥珀へとスライドする。その瞳の奥には、冷徹なまでの探究心が宿っていた。
「……違和感。彼女の挙動、発言、状態、そのすべてが非論理的。私の脳が、それを解き明かせと命令してる。だから知りたい」
璃子はわざとらしく首をかしげた。
「もしかしてさ、それって、好きだから、とか?」
「ぶっっ!!」
琥珀は盛大にお茶を吹き出しそうになり、激しくむせた。ゲホゲホと咳き込みながら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、何言ってんだよ、お前は! 馬鹿か!?」
だが、結乃はそんな琥珀の反応など意に介さず、1ミリも表情を変えずに淡々と答えた。
「違う」
「即答なんだ。ちょっとくらい照れてもいいのに」
「違う」
「残念」
「違う」
「はいはい、三回言わなくても分かったよ。本当に頑なだなぁ」
璃子は笑いながら肩をすくめた。
すると、結乃は自分の足元に置いていた鞄へ手を伸ばし、中から手のひらサイズの、重厚な黒いプラスチックケースを取り出してテーブルに置いた。
「今日は、これを使う」
「……何それ? 嫌な予感しかしないんだけど」
琥珀が顔を引き攣らせる。
結乃の細い指先がケースのロックを解除すると、中から現れたのは、小さな銀色の機械だった。腕時計のような外見だが、液晶画面には3本の鮮やかなゲージが表示されている。
「私が作った。人の反応を見る装置。ルールは簡単。お互いに質問を出し合って、相手を『揺さぶる』ゲーム」
「揺さぶる?」
「この画面には【心拍数】【発汗】【脳波】の3つのゲージがある。質問に答える時、動揺してどれか1つでもゲージが振り切れて『レッドゾーン』に入ったら、即アウト。相手に1ポイントが入る。もちろん、嘘をついたり答えられなくてもアウト。先に5ポイント取った方の勝ち」
結乃が淡々とその恐ろしいゲームを説明するにつれ、琥珀の顔からみるみると血の気が引いていった。
(嘘だろ……。デスゲームかよ! これ、普通の高校生が趣味で作るレベルの物じゃねぇって……! さすが世界レベルの天才、やることが論理的かつエグすぎる!!)
完全に終わった。自分の正体が「元男子」なんていう、この世のバグみたいな秘密が暴かれるカウントダウンが始まったのだ。
しかし、そんな琥珀の絶望を余所に、璃子はまるで最新のオモチャを見つけた子供のように目を輝かせ、その機械を手に取った。
「へぇ! 面白い! 精神の動揺を可視化して格闘ゲームのゲージみたいにしたんだ。これ、本当に一人で作ったの? すごい。天才。高校生でここまでシステムをエンタメに最適化できる子、初めて見たよ」
結乃は、自分の作品を完璧に理解し、核心的な技術を看破してきた璃子に対し、初めて予想外だというように驚きで目を丸くした。
「……私の設計思想が分かるの? ありがとう。でも、璃子だって、先週海外の有名な生体工学の論文誌に別名義で寄稿していた。あれを書ける高校生こそ、普通じゃない。本物の天才」
結乃の鋭い指摘に、璃子はあはは、と間の抜けた声をあげて頭を掻いた。
「だから、あれはただの趣味だって。私はあんな専門的なこと何も分かってない、ただのしがない凡人だよ?」
(だから世界最高峰の論文誌への寄稿を『趣味』で片付けるな!!)
琥珀は心の中で全力で机を叩いた。自分を凡人だと言い張りながら、サラッと規格外の頭脳を見せつける。この姉のこういう底知れないところが一番恐ろしい。
璃子は機械をそっとテーブルの真ん中へと戻す。
「それで? 今日はこれで私を尋問⸻じゃなくて、ゲームするのかな?」
結乃は、すっと姿勢を正し、璃子の目を真っ直ぐに見据えて首を横に振った。
「違う。これは勝負。私と璃子の、一対一の対決」
「いいよ。その勝負、受けちゃおうかな。で、負けた方のペナルティは?」
「勝った方の質問に、一つだけ。どんなことでも『必ず、真実を』答える」
リビングの空気が、一瞬で極限まで凍りついた。
琥珀は心臓が口から飛び出しそうだった。この勝負、結乃が勝てば、最後に確実に「琥珀の正体は何?」と聞かれる。そんなの、絶対にダメなやつだ。
「受けるの!?」
琥珀の悲痛な悲鳴が、日曜日のリビングに虚しく響き渡った。
⸻
勝負は、予想を遥かに超えて白熱、いや、熾烈を極めていた。
ゲーム感覚で可視化されたお互いの精神ゲージが、交互に繰り出される容赦のない質問の応酬によって、激しく上下に揺れ動く。
ルール説明の後、二人は互いの痛いところを突き合い、またたく間に点数を重ねていった。
例えば一往復だけでも――
璃子「結乃ちゃん、初恋は?」
ピッ。
機械が鋭く鳴り、結乃の心拍数ゲージが一気に跳ね上がる。
対して、結乃もすぐに冷徹な反撃に出る。
結乃「璃子。あなたが本名で論文を書かない理由は?」
ピッ。
今度は璃子の発汗ゲージが上昇する。
読者である琥珀には、二人の間で繰り広げられるそんな具体例の一つひとつが、まるで高次元の格闘ゲームのように見えていた。
天才同士の高度な読み合い、コンボの応酬。特に璃子は、自分を「凡人」と称しながらも、結乃の誘導尋問の罠をすべて事前に察知し、ゲージを1ミリも動かさずに笑顔で受け流していく時間帯もあった。その姿は、凡人どころか完全なる怪物だった。
「四対四。次でラスト」
結乃が静かに、冷徹な声で告げた。テーブルの上のメモ帳には、殴り書きされたお互いの得点が、血痕のように刻まれている。
二人の真ん中に置かれた機械の液晶画面では、璃子の【発汗】ゲージも、結乃の【心拍数】ゲージも、あと数ミリでレッドゾーンに突入するという極限状態を示して激しく点滅していた。
「まさか、私のポーカーフェイスをここまで崩して、四点ももぎ取られるとはね」
璃子は額の汗を拭う素振りを見せながら、楽しそうに苦笑する。
「追加されたこのルールも好きだよ。君、本当に怪物だよ」
「まだ終わってない。次が私のターン」
結乃の瞳には、勝利への確信と、それ以上の純粋な好奇心がギラギラと燃え盛っていた。
一方で、二人の間で生殺しにされている凡人・琥珀は、すでに限界だった。精神的ストレスのせいで胃に特大の穴が空きそうだ。
(頼むから誰か、この化け物たちのデスゲームを止めてくれ……!)
「じゃあ、私からの最後の質問」
璃子が妖しく微笑み、結乃の瞳の奥を覗き込む。
「結乃。君は、負けるのが嫌い?」
結乃は、その拍子抜けするような質問に、ほんの一瞬だけ思考を巡らせた。そして、一切のプライドを排除した、澄んだ声で答える。
「……嫌い。負けるのは、自分の無知と無力を突きつけられることだから。でも、事実に嘘はつけない。私は負けを認める。それが、論理的であるということ」
結乃の目の前の画面。激しく上下していた【心拍数】と【脳波】のゲージが、完全に「迷いを捨てた」ことで、すうっと緑のセーフティゾーンへと戻っていった。完璧な精神コントロール。
璃子は満足そうに、深く微笑んだ。
「その答えで、私の負け。五点目は結乃ちゃんのものだ」
璃子が降伏を宣言し、結乃の勝利が確定した。これによって結乃の勝利条件は満たされた。しかし、まだ結乃の最後のターンが残されている。
「次。私の、最後の質問」
リビングのすべての音が消え去ったかのような、圧倒的な静寂。結乃の視線が、璃子を通り抜け、その背後にいる琥珀を完全にロックオンした。
「璃子、答えて。⸻琥珀は、何者?」
その瞬間。
琥珀の頭の中で、世界のすべてがパキンと音を立てて割れた。
(あ、終わった)
(完全に詰んだ)
(俺の人生、ここで強制終了だ)
(明日からどんな顔して学校行けばいいんだよ、もう無理だぁぁぁ……!!)
脳内を絶望の文字がパニック映画のスタッフロールのように駆け巡る。
だが、その嵐のような緊迫感の中で、璃子だけは、どこまでも凪のような静けさを保っていた。
彼女はゆっくりとお茶のカップを置くと、小さく、どこか切なげな息を吐く。
ピピッ、と機械が鳴る。璃子の【心拍数】ゲージが、ついに限界超えて真っ赤なレッドゾーンへと跳ね上がった。
「……私の負けだね。天才少女には敵わない。約束だもん、隠さないよ」
琥珀は目の前が真っ白になった。
(言うの!? マジで!? 嘘だろ璃子、お前俺の味方じゃなかったのかよ! やめてぇぇぇ!!)
絶叫を上げそうになる琥珀を視界の端に捉えながら、璃子は悲しいほど優しく、美しく笑った。
「琥珀ちゃんはね、元々⸻」
「もういい」
冷徹に、しかしどこか強い意志を孕んだ声が、璃子の言葉を遮った。
結乃だった。
璃子が意外な結末に、今日一番の驚きで目を丸くする。
「……聞かないの? 君がずっと求めていた、パズルの最後のピースだよ?」
結乃は静かに、しかし断固として首を横へ振った。
その瞳には、さっきまでの冷たい探究心ではなく、もっと人間らしい、不器用な感情が揺らめいている。
「知りたい。喉から手が出るほど、その答えが知りたい。……でも、それは違う。そんな、璃子との勝負の戦利品として無理やり剥ぎ取るような形で手に入れる答えじゃない」
琥珀はパニックを忘れて、呆然としたまま結乃の横顔を見つめていた。結乃の手が、少しだけ震えている。
「今日、この勝負で分かったことがある。琥珀には、世界を揺るがすような秘密がある。端から見て、さっきの璃子のゲージの上がり方は異常。自分を凡人だと言い切る貴方が、それほどまでに動揺して、命がけで守ろうとする秘密。……今の私には、それで十分」
璃子は驚きから、やがてふっと、心からの愛おしさを込めた笑みを浮かべた。
「結乃。君は、自分が思っている以上に⸻優しい子だね」
結乃は、その言葉に気まずそうに視線を彷徨わせ、首を横に振った。
「違う。優しさじゃない。……友達だから」
「⸻っ」
その一言に、琥珀の胸が激しくドクンと跳ね上がった。
友達。アイツが、自分のことを、ただの「観察対象」じゃなくて、「友達」だと言ってくれた。
「もし、その秘密をこんな形で知ってしまったら……今の、この歪だけど心地いい関係が壊れて、今まで通り話せなくなる気がした。私の計算が、そう告げている。……だから、今は聞かない」
リビングを、温かく、少し切ない沈黙が包み込む。璃子はただ、我が子の成長を見守る母親のような目で優しく微笑んでいた。
結乃は立ち上がり、鞄を肩に掛けた。
「今日は帰る」
それだけ言って玄関へ向かう。
琥珀は慌てて追いかける。
「お、おい!」
結乃はドアノブに手を掛けたまま、一度だけ振り返った。
「……ありがとう」
「え?」
「今日は、楽しかった」
ほんの少しだけ口元が緩む。
それは学校では一度も見せたことのない、小さな笑顔だった。
「また明日」
カチャリ。
ドアが閉まる。
静寂。
琥珀はしばらく玄関を見つめたまま動けなかった。
「……なんなんだよ、あいつ」
その声には、もう最初のような恐怖はなかった。
リビングから璃子が笑う。
「ふふっ。友達、できちゃったね」
「ち、違うし!」
「じゃあ何?」
「…………」
答えられない。
琥珀は照れ隠しに頭をかく。
その姿を見て、璃子は楽しそうに笑った。
⸻
玄関のドアが閉まり、今度こそ東雲家に完全な静寂が戻った。
数秒後。
「はぁぁぁぁぁぁ……!!! 助かったんだよ……!!!」
極限まで張り詰めていた緊張の糸がぶち切れ、琥珀はその場へズサァッと情けなく崩れ落ちた。フローリングの冷たさが、生き延びた実感を運んでくる。本当に、死の淵から生還した気分だった。
璃子はケラケラと笑いながら、冷めたコーヒーを飲み干す。
「ほら、だから言ったでしょ? 大丈夫だって。結乃ちゃんは、ちゃんと『心』を持った良い子だよ」
琥珀は床にべったりと突っ伏したまま、涙目で璃子を睨みつけて叫んだ。
「どこが大丈夫なんだよ!! 完全に死線踏み越えてただろ! 寿命が確実に十年は縮んだわ!!」
璃子は楽しそうに肩をすくめ、とびきりチャーミングに微笑む。
「おや、それは大変。じゃあ、私が作った特製のサプリで、またその分長く生きればいいじゃない。ただの凡人の知恵袋だけどね」
「お前の作った薬のせいでこうなってんだよ! どの口が凡人って言ってんだ、この天才マッドサイエンティストがぁぁぁ!!!」
琥珀の、魂の底からの全力のツッコミが、日曜日が終わろうとする静かな家に、いつまでも響き渡った。




