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⑩修学旅行!(前半)

制服の襟元、表情の作り方、声のトーン。璃子が入ってきても、琥珀は一切動揺せず、鏡の中の自分と対話する。 「ねぇ、璃子。私、前の経験で分かったことがあるの」 「なに?」 「一晩やり過ごせたなら、三日間もやり過ごせる。結局、私が私を信じきれるかどうかなんだよね」 琥珀は迷いのない瞳で、鏡の中の自分を射抜いた。

夜。琥珀は「しおり」を手に取り、最後のページまで目を通した。 かつては恐怖の対象だった「京都」が、今は自分を試すための最高のステージに見える。 (……逃げ道を探すんじゃない。攻略話を組み立てるんだ) もし沙耶が近づいてきても、もし結乃が罠を仕掛けてきても、すべてを「東雲琥珀」としての魅力に変えてみせる。 琥珀はしおりを閉じ、ベッドに腰を下ろした。高鳴る鼓動は、恐怖からではなく、挑戦への期待によるものだ。 窓の外を見上げると、夜空が静かに輝いていた。 修学旅行まで、あと五日。 琥珀は静かに目を閉じた。


⸻


そして――迎えた修学旅行当日。 学校へ着くと、グラウンドにはすでに多くの生徒が集まっていた。キャリーケースを引く音、楽しそうな笑い声、先生たちの指示が入り混じり、普段の朝とはまるで違う賑やかな空気が広がっている。 「琥珀ちゃーん!!」 遠くから沙耶の声が響いたかと思うと、自分のキャリーケースの車輪が小石につまづいて沙耶は盛大にすっ転んだ。 「いてっ!?」 「おい大丈夫かよ!」 琥珀が慌てて駆け寄ると、沙耶は鼻をこすりながら痛みに涙目になりつつ、なぜか片手で力強くガッツポーズを作った。 「見て見て琥珀ちゃん! レインボーラメに光るキャリーケースだよ! これでもう迷子にならない!」 「修学旅行でそんな職質確定みたいなもの買うなよ!」 呆れ返る琥珀の横で、結乃が冷たい風のようにスルスルと歩いてきて、沙耶の真後ろにピタッと立った。 「……沙耶。昨日、夜中の二時に『キャリーケースが光った』って動画をグループ『コサユ』に五連続で送りつけてきた犯人。」 「ひゃっ!? 結乃ちゃん、いつの間に背後に……っ!」 「ご、ごめん……だって嬉しくて……」 沙耶が耳を真っ赤にして縮こまると、グラウンドのスピーカーから学年主任の気だるげな声が響いた。 「えー、修学旅行の引率な。寝顔とか変顔とか高画質で激写して廊下に貼るから、みんなせいぜい気をつけるように。解散」 「「「誰だあの危険な教師はーー!?」」」 絶叫とともに、生徒たちの間にどよめきと冷や汗が走るのだった。

やがてクラスごとにバスへと乗り込むことになり、車内は一気に賑やかな雰囲気に包まれた。 席は窓側が沙耶、通路側が琥珀。その後ろに結乃が座る布陣だ。 「出発進行ー!」 バスが高速道路へと滑り出すと、沙耶は待ってましたとばかりにリュックから巨大な紙袋を引っ張り出した。 「さあ、お菓子パーティーの始まりだよ! これ三日間の主食ね!」 「お前な、バスの中でそんな爆買いお菓子食うな!」 すると後ろの席から、結乃が静かに手を伸ばし、沙耶のお菓子袋からチョコレートをスッと抜き取った。 「沙耶。カロリー過多。代わりにこれを食べなさい。」 結乃が差し出したのは、地味な干し芋だった。 「なんで修学旅行のバスで干し芋なんだよ!」 「ミネラル補給。女子高生の嗜み。」 さらに、クラスメイトの男子たちも巻き込んで「古今東西ゲームしようぜー」という流れになり、お題は「最近買ったお気に入りのゲーム」に決まった。 順調に回ってきて、なぜか琥珀の番になった瞬間、脳内のオタク知識が勝手に暴発した。 「えっと……ギャルゲの最新作!」 「「「……は?」」」 車内が一瞬にして静まり返る。琥珀の背筋を一気に凍てつくような悪寒が駆け抜けた。 (――やってしまった……っ!!) (よく考えたら高校生どころか俺いま女子の体だし、そもそも女の子がそんな大声で最新のギャルゲータイトル叫ぶかぁーー!! しかもこれ男子全員に聞かれたぞ……! ここでオタク趣味がクラス全体に知れ渡ったら、男としてのプライドが死ぬどころか、「中身男じゃね?」って変な疑いを持たれたらガチで詰む……っ!! 人生オワタ……!!) 冷や汗が滝のように流れ、心臓がバクバクと耳元でうるさく鳴り響く。 「い、いや違う! 違うんだ! スマホのパズルゲームの新作って言おうとしたんだ!」 「待てよ琥珀ちゃん、今ハッキリ『ギャルゲの最新作』って言わなかったか?」 沙耶が目を丸くし、結乃が後ろからスッと冷たい視線を刺してくる。 その声を聞きつけ、通路側のオタク男子たちがワラワラと群がってきた。 「おい東雲、マジかよ! どのヒロイン推しなんだよ!」 「まじかよ俺は断然ヒロインAルートだわ!」 「いやいや絶対Bルートのツンデレが至高だろ!」 「待てよ、最新作ってことはあの感動のエンディングまでやったのか!?」 (ぐわっ、囲まれた……! 近い、近いよお前ら! 男どもの熱気がダイレクトに伝わってきて頭が真っ白になりそう……! ここで下手に語ったら絶対にボロが出る、やばい、助けてくれ……っ!) 恐怖と焦りで呼吸が浅くなり、琥珀は半泣きになりながら彼らの腕をギュッと掴んですがるように縮こまった。 「ちょっ、お前ら! 琥珀ちゃんが怖がってるでしょ、離れなさいよ!」 沙耶がバッと立ち上がって間に割り込み、バシッと男子たちを突き飛ばす。 「あ、ご、悪りぃ……つい興奮して……」 「悪気はなかったんだって……ほら、離れるから……」 男子たちが気まずそうに自分の席へ戻っていくのを見送りながら、琥珀は席でぐったりと崩れ落ちた。 「はぁっ……はぁっ……命が縮んだ……マジで死ぬかと思った……」 脂汗を拭いながら心底ホッとしていると、沙耶が首をかしげた。 「それにしても……ギャルゲってそもそも何?」 結乃がスッと身を乗り出した。 「男性向け恋愛ゲーム。」 「説明短っ!」

バスは最初の休憩所・海老名サービスエリアへと滑り込んだ。 車から降りると、広大なパーキングエリアは多くの観光客でごった返している。 「うわあ、すごい人! ねえ琥珀ちゃん、あそこの売店見て!」 沙耶が指さした先には、「特製メロンパン」の看板があった。 結乃がスマホの画面を凝視しながら冷静に告げる。 「……あのメロンパン、あと十分で売り切れる。」 「なんでそんなピンポイントのデータ持ってんだよ!」 結乃の目が怪しく光り、メロンパンの行列へと風のように走り去っていく。 (なんだこのカオスな移動教室は……! 頼むから大浴場の時間帯に何事も起きないでくれ……いや、それ以前に夜、あの二人と同じ部屋で着替える時とかガチで詰むぞ……!) 琥珀が額の冷や汗を拭うのだった。

そして、バスは一路古都・京都へと到着した。 目の前に広がる歴史ある街並みや神社のたたずまいに、生徒たちのテンションが一気に跳ね上がる。 「うわあ、本物の金閣寺だー!」 「すっげえ修学旅行感!」 「ねぇねぇ、あそこの売店でおみくじ引こうよ!」 沙耶に手を引っ張られ、琥珀たちは賑やかな境内へと足を踏み入れた。 「よし、せっかくだから今年の運勢占うぞー!」 沙耶が勢いよくおみくじの木箱を振って一本を引き抜く。結果は「末吉」。絶妙にリアクションに困る結果に沙耶が「うわ、微妙!」と頭を抱える横で、結乃は静かに紙を広げた。 「……大吉。行動指針に迷いなし、とのこと。」 「お前はいつだってブレないな!」 そんなやり取りを横目に、琥珀も恐る恐るおみくじを引いてみる。紙を開くと、そこには「吉」の文字と、『焦るな、心に偽りあり』という妙に意味深な一文が書かれていた。 (心に偽りありって……俺のことじゃねぇか!!) 冷や汗を流す琥珀に気づかず、沙耶はすでに「次はあの抹茶ソフト食べよ!」と次の目的地へ走り出している。

琥珀は歴史ある街並みを歩きながら、何度もホテルのことを考えていた。

(今日の夜……。)

(部屋での着替え。大浴場。全部乗り切らなきゃいけない。)

京都に着いたばかりだというのに、琥珀の本当の戦いは、まだ始まってすらいなかった。

――その時だった。

「今日の部屋、女子だけで恋バナするからねー!」

沙耶の一言に、琥珀の思考が止まる。

(……終わった。)

修学旅行一日目――。 本当の地獄は、まだ始まっていなかった。

琥珀「ここまで読んでくれてありがとうございました!」


璃子「……ねぇ、作者さん。」


作者「はい?」


璃子「第十話の前半は、結構良かったと思います。」


作者「本当ですか!?」


璃子「でも……。」


作者「えっ。」


璃子「後半はもっと面白くしてくださいね?」


作者「プレッシャーがすごい……。」


琥珀「ホテル編だし、期待してる人も多そうだよね。」


璃子「だから、手は抜いちゃダメですよ?」


作者「はい、頑張ります!」


琥珀「それでは、第十話後半もよろしくお願いします!」


作者 「8月9日後半となります。」

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