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永遠福音コンフェッティーナ!  作者: ハリエンジュ
第一話『灰塵に帰す・後日談』
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その3 恋の音、命の音

★永遠福音コンフェッティーナ! 

第一話『灰塵(かいじん)()す・後日談』

その3 恋の音、命の音


teller(語り手):カイジン=グリズリー





 正義の味方、『グリズリー事務所』。


 そういう名目で、いつでも街の住民の相談を受け付けるべく開放している自分の事務所は、いつも閑散としている。


 バニーが言うにはマーケティング不足、というやつらしい。

 『正義の味方』という概念が漠然としていて、何を相談していいものかわからない、敷居が高い、などなど今まで幾度も注意されてきた。

 が、改善案を上手く自分で出せず、結局は自ら街をパトロールしてトラブルに苦しむ人々を、悩み困り果てる人々を探すしかなかった。


 それからこれもパトロールの一環、なのだが。


 大量の風船を抱え、そのうち一つを小さな子どもに差し出す。

 しかし子どもは自分を見るなり怯えたようにくしゃりと顔を歪め、母親の名前を呼びながら走り去ってしまった。


 ーーパトロールの一環で、自分は副業をしている。

 クマの着ぐるみを着た状態での風船配りのバイトだ。

 時間に余裕がある時に事務所のチラシ配りもすればいいのではないかとバニーには提案されたが、この副業を始めて以来、風船をその日の規定量配れた試しがない。


 サイボーグの身体を持つ自分は食事も睡眠も必要とせず、普段の生活では金銭に頓着する場面は少ない。

 だが、戦時中からの愛機『コンフェッティーナ』の維持費、自身の機械の身体のメンテナンスなど定期的に莫大な費用が必要となる節目があるので、その為には金銭をこつこつと稼いだ方が身の為、とのことだ。

 これは昔はビリーの、今ではバニーの受け売りだ。

 確かに万全な身体と万全な機体の方が、より正義を遂行しやすい。任務の成功率が上がる。


 コンフェッティーナの整備や自分のメンテナンスは、現在バニーの担当だ。

 自らの武器を創造、整備する辺り、彼の機械弄りに関する知識と技術は並外れている。

 バニー本人もそういった作業が性に合っているらしい。


 しかし、諸々の事情を抱えている身だと言うのに、今日もなかなか風船配りが上手くいかない。

 風船の束を抱えたまま立ち尽くしていると、聴き慣れた声がかけられた。


「……カイジン、こわいこわい。雰囲気がこわい。妙な圧がある。そりゃちびっ子逃げちゃうって」


「……バニーか」


「喋るとさらに怖いって……着ぐるみのイメージもっと大事にしろって。お前、声渋いんだからさ……」


 呆れた様子で自分に背後から声をかけてきたのは、自分の若き相棒・ダムバニーことバニー。

 自分に風船配りの仕事がある日は大体このくらいの時間、1030前後に合流しがちだ。我々は。


「……しかし、着ぐるみを着ているのに圧があるのか? 自分の顔が怖いと頻繁に言うのはバニーだろう。こうして頭部を覆っても防げないのか?」


「カイジン、ガタイ良いしでっかいから着ぐるみ程度じゃ圧が誤魔化せないっていうか……というかほんと良く、サイズ合う着ぐるみあったな……」


 物珍しげに自分の着ぐるみ姿をまじまじと見つつ、バニーは自分から風船の束を自然な動作で受け取った。

 バニーは通り過ぎる子どもたちへとにこやかな笑顔を浮かべ、あくまで自然体で風船を配り、あっという間に風船をさばいていく。

 子どもたちはバニーから風船を貰う度に満面の笑みを浮かべ、『ありがとう』とバニーにお礼を言って、嬉しそうに走り去って行った。


 バニーは対人コミュニケーション能力にとても長けていて、とても子どもに好かれやすい。

 子どもたちの態度も表情も、自分相手の時とはまるで違う。

 自分の稼動年数を考えたら自分にとってはバニーも相当な子どもなのだろうがーー心を学ぶ段階にある未熟な自分が、バニーの前で偉ぶって大人を名乗る理由はなかった。


 自分たちは、あくまで相棒。

 本来の世代は違うのだろうが、対等で、同じ志を、正義を掲げる者同士。



 子どもたちと笑い合い言葉を交わし合うバニーを見つめていたら、バニーが苦い顔をする。


「……そんなに見んなよ。カイジンだって動物とか、鳩とかには好かれる方じゃん」


「鳩……」


 そういえば先程から、足元に鳩が擦り寄っている。

 道に撒かれた餌を食べる途中で自分に気づいたらしい。

 何故か自分は昔から鳩に好かれやすい。

 まあ、平和の象徴という説もあるから悪いことではないのだろう。

 自分が鳩に纏わりつかれていると、バニーがいつの間にか風船を全て配り終えていた。


「よし、風船配り終わりっと! じゃ、いつも通り依頼探しに行こうぜ、カイジン! こういうのは自分たちから動かなきゃ。それに俺ら、街での知名度自体はあるしーー」


 ふっと、突然にバニーが言葉を止めた。

 彼の視線は一点に集中しており、数秒も経たないうちにバニーは視線の先に歩みを進めた。


 バニーの視線の先には、一人の少女。

 黒みがかったセミロングの茶髪の右側を白いリボンで結い、装飾が控えめなロングスカートの上からエプロンを着用した14歳程度の小柄な少女。

 彼女は市場で買い込んだらしい食材が入った、重量のありそうな袋を抱えてよたよたと歩いていた。


 彼女の小さな身体がふらついたその時、バニーは流れるように彼女の背中を支え、自分から風船を受け取った時以上に丁寧かつ慎重な仕草で、彼女が持っていた袋を自らの片手に奪い去ってみせた。


「大丈夫かい、ターニャ? 怪我はない?」


「あ……ば、バニーさん……」


 バニーに声をかけられて、バニーと目が合って、バニーに触れられていることを確認して、少女の頬は熱暴走を疑うくらい赤く染まった。

 少女に語りかけるバニーの声色は、何故かいつもより穏やかに聴こえる。

 彼女にしか聞かせない音の、声。


 少女の名前は、ターニャ=ベルモンド。

 以前この街で起きた、とある事件をきっかけに自分たちと知り合った少女でーーバニーが『恋心』というものを抱く相手だ。


「君に怪我がなくて良かったよ。いつも言ってるだろ? 力仕事なら俺がいつでも助けになるから買い物の時くらい読んでくれてもいいのに」


「え、で、でも、そんな……バニーさんもお忙しいでしょうし……」


「でも今の俺は、君に会いにここに来たんだけどな」


 柔らかな笑みを浮かべ、荷物をターニャ嬢の代わりに持ったまま、ターニャ嬢を支えつつ安全に立たせてやるバニー。

 バニーの言葉と一連の仕草にますます頬を赤らめしどろもどろになるターニャ嬢。

 その頃自分の周りには、空から一羽、また一羽と懐く鳩が増えていた。


「カフェまで荷物、俺が持つよ。代わりに店に着くまで俺の話し相手になってくれたら嬉しいな」


 バニーの言葉を聞いて、自分はぼんやりと思い出す。

 ターニャ嬢は若くして、一人で街外れにて喫茶店を営んでおり、バニーは度々ターニャ嬢目当てに足を運んでいるらしい。

 自分には飲食の文化が無いので縁のない場所だが。

 ターニャ嬢がバニーの言葉を聞くなり、澄んだ目を潤ませて、頬を未だに染めたままバニーを見つめる。

 自分の肩にまた一羽、鳩が止まった。


「……王子様みたい……」


「え……お、俺がかい……? それは、その……光栄だな……」


「ぇ、あ、ご……ごめんなさい、私……っ、変なことを……! ば、バニーさんがあんまり素敵だったから……」


「……ありがとう。でも、俺からすればターニャはお姫様なんかよりずっと素敵で愛くるしいんだけどな……」


「ば、バニーさん……」


「ターニャ……」


「バニー、バニー。鳩がさっきから一斉に自分の身体をつついてくる。自分に痛覚はないがこれでは恐らく着ぐるみに欠陥が」


「ほんとごめんカイジン、今混ざんないで。今めちゃくちゃいいとこだから介入しないで。混ざるにしても台詞もう少し考えて」


 ターニャ嬢を相手にしていた時の柔和さとはまた別の淡泊な色が乗った言葉を早口でそう言うと、バニーはがっくりと肩を落とした。

 バニーが自分に近づいて、軽く肩を払うと少し身体の重みが軽くなる。

 鳩が減ったらしい。

 重い荷物を片手に、随分と器用な相棒だ。

 ターニャ嬢は自分を見て、何やら狼狽えていた。


「あ、わ……か、カイジンさん……こんにちは……す、すみません、私、バニーさんに失礼なことを……」


「……? 何も失礼ではないだろう。現にバニーの心拍数が上昇しているのが聴こえる。原因は喜びの感情だろう」


「筒抜けに体内状況バラさないでカイジン。たまに変な機能使って俺の状態確認すんのやめて。特に今はやめて」


「そうか、すまない。気をつける」


「いや本当に、マジで、気をつけてくれ」


 真顔で、一つ一つはっきりと言い聞かせるような発音で自分にそう注意した後、バニーはターニャ嬢の元に笑顔で駆け寄り、喫茶店までの道を歩いて行った。

 今後の予定を考えて自分も同行したが、所々鳩や猫に纏わりつかれバニーに救助されたので、バニーの顔色に少し疲労が浮かんでいた。

 もっともバニーはターニャ嬢の前ではそんな疲れた顔を一度たりとも見せなかったが。

 そしてターニャ嬢の方はそんなバニーを、どこかーー強烈な憧憬、のような眼差しで見つめていた気がした。


 感情を知っている、心を知っている二人だと思った。

 自分は恋を知らないから、二人の感情を正確には理解できない。

 バニーはビリーの孫にあたるが、正確にはビリーの養子の息子だ。

 だからビリーとて伴侶はおらず、その手の恋や愛の感情の機微について詳しく教えてはくれなかった。


 だが並んで歩くバニーとターニャ嬢の、お互いがお互いを見る優しい瞳を、視線を後ろから見る限り。

 それはきっと、当人同士にとっては尊い感情なのだろう。

 心臓を――命を大きく揺り動かす音を、鳴らす程の。





 ターニャ嬢と仲睦まじく語らいながら喫茶店までターニャ嬢の荷物を運んで、ターニャ嬢と手を振って一旦別れたあと、バニーは。

 ばし、と自分の背中を無遠慮に力強く叩いた。


「かっっわい…………ターニャ、今日も可愛かったな……あの子はどうしてあんなに可憐なんだ……」


 ばし、ばし、と背中を叩く回数が増える。次第にその間隔が短くなる。


「カイジンも聞いただろ? 俺のこと王子様みたいだって!! うわ、照れる……ターニャ、そっか、俺のことそんな風に思ってくれてるのか……かっこつけておいて良かった……」


「格好つけているのか」


「つけてる。めちゃくちゃかっこつけてるし気取ってる。こっちは真剣だからな。ガンガンにターニャと恋愛する気満々だから気を引くのに必死なんだ」


「そうか。わかったから自分の背中をそんなに叩くな。部品が軋む」


 ーーなお、バニーとターニャ嬢は、まだ恋仲というわけではないらしく。

 恋は当人同士の間では尊い感情なのだろうが。

 いつもと違って明らかにバニーの情緒が不安定になっていたり、人の心身を狂わせる原因の感情なのかもしれない、と最近は思いつつある。


 この改造された聴覚に、自分の意思と関係なく流れ込んでくるバニーの心臓の音は、ばくばくとグロテスクなほどに大きく、それも狂ったように、その命の音を掻き鳴らし続けていた。



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