その4 一年前~恋色手前の空白期間~(前編)
★永遠福音コンフェッティーナ!
第二話『大馬鹿はいつも、ヒーローのとなりに』
その4 一年前~恋色手前の空白期間~(前編)
teller:ダムバニー=ストレイキラー
◆
――これは、一年前の出来事。
一年前に、起きた事件。
一年前の、物語。
そして俺に一年前訪れた出会いと――生まれた、決意。
◆
「はぁ……」
俺――ダムバニー=ストレイキラー16歳は、未来が見えない感覚を味わっていた。
生まれ育った街、リングアベルの外れ。
俺はずっとこの街で育ったはずなのに、こんなところは知らなかった。
あてもなく歩いて歩いて――俺は、訪れたことのない場所でただただ立ち尽くして途方に暮れていた。
去年までは、俺にも学校という居場所があった。
家では頼りない父が街では名医だなんて好評だったから、なんというか、流れのようなものに身を任せてしまって。
俺には全く向いてない、医学を学ぶ学校なんかに在籍してしまった。
しかも三年もだ。
結構長い時間を、自分には場違いなところで過ごしてしまった。
どちらかと言うと明るい性格だったこともあって、学校での友達はそこそこ居た。それはまあ、楽しかった。
でも俺はやっぱり医学となるとどうも駄目で、成績は散々で。
これまた情けないことに熱意も向上心もなくて、どんどん落ちぶれていって。
医者として優秀な父親や祖父の名前を周りに出される度に、曖昧に苦笑いするのもしんどくて。
――極め付けに、初恋の女の子にフラれた。
学校の同級生で、そりゃ当然医者志望のお嬢さん。
ついでに俺の母親の知り合いの娘さん。所謂幼馴染で、昔から仲の良い女友達でもあった。
……ただ、まあ、俺の方はずっと好きだった。友達以上に。
物心ついた時からずっとずっと、恋をしていた。
だからその恋心は、もはや俺の一部どころか半身みたいなものだった。アイデンティティ、ってやつだった。
その子はとても明るい女の子だった。
お喋り好きな子だったから、その子と話すといつも会話が盛り上がった。
一緒にいると凄く楽しかった。
ハツラツとしてるかと思えば、のほほんと大らかなところもあって……と言うかちょっぴり抜けてておっちょこちょいで、でもそこがまた可愛くて。
なのに行動力は人一倍あって、困っている人は放っておけない、たまに向こう見ずだけど優しい女の子だった。
表情豊かで、特に笑顔が可愛くて。
ふわふわした長い髪が陽の光に当たると宝石みたいにきらきら綺麗に煌めいて、でも。
その子の存在がまず、太陽みたいだった。
そんな素敵な女の子だった。
そんな子に、俺はずっと恋をしていた。
恋をしている間は、この心臓が弾んで高鳴っている間は、照れと嬉しさで顔が熱い時だけは、ずっと心に巣食っていた家族へのコンプレックスも息苦しさも、何もかも忘れられた。
日々の中で感じる悩み事も、苦しい気持ちも、ぜんぶぜんぶ恋のせいにできた。
そうやって恋にうつつを抜かしていた学生時代、街でたまにカイジンを見かけた。
カイジンは何も変わっていなかった。
相も変わらず、ヒーローとして生きていた。
正義の味方で在り続け――やっぱり、何かを失敗する度に街の人になじられていた。
ヒーローのくせに、まるで罪人みたいな扱いを受けていた。
13~15歳の俺は正直そんなカイジンを見かける度、『よくやるよなあ』なんて冷めたことを思っていた。
『ヒーロー』の肩書きに惹かれて勝手に興味を持って姿を見に行った幼年期とは違って、カイジンが偶然視界に入れば俺はすぐに目を逸らして、他人事だとスルーして、数秒後には別のことで頭がいっぱいになっていた。
祖父の友人なんて、俺にとっては他人だろ。
なんてぼんやり自分に言い聞かせて、自分を正当化していた。
その頃の俺にとって、ヒーローなんて悪い意味で遠い存在だった。
子どものうちに卒業するべきものだと思ってた。
かっこ悪いとすら思っていた。
冷めた振りをしていたんだ。
それが大人になることだと思っていたんだ。
本当は、ただ大人ぶってただけなのに。
何となくの何となくで生き続けた学生時代。
劣等生の烙印を押されながらも、別にいいやなんて事態を甘く見て、軽く見て、ただのうのうと毎日を過ごしてた。
好きな女の子とはずっと仲が良かったから、それならぜんぶ問題ない気がしていた。
根拠も何もないくせに、その子と俺はずっと一緒だと思っていた。
幼馴染の立場に甘えてただけなのに、15歳のある日、俺は欲が出てしまって、先に進みたいと願ってしまって。
生まれて初めて好きになった女の子に、生まれて初めて告白をした。
で、生まれて初めてフラれて、生まれて初めての失恋をした。
『わたしたち、友達でしょ?』
そう言って、その子は困ったように笑って。
『ごめんなさい』とか『嫌だ』とか、はっきりした拒絶じゃなくて、『友達だよね?』という懇願が透けて見える表情と言葉が、友達相手だからこそ見せる彼女の優しい雰囲気が、これ以上ないほどの玉砕を証明していた。
彼女の言葉に自分がなんて応えたのかは、あまり覚えてない。
笑いたくもないのに笑っていた気がする。
色々誤魔化して曖昧にして、いつもより遠い距離感で彼女と笑い合って、そのまま帰って、気付いたら自分の部屋のベッドでぼけーっと寝転んでいた。
不貞寝して逃避しても、何も変わらない。
俺はその日、確かに失恋した。
縋り続けたアイデンティティを失ってしまったんだ。
思春期の怖いところは、失恋しただけで世界の終わりみたいな気持ちになることなんだと、俺はその時初めて知った。
それまでの俺にとっては世界の全てとも言えた恋の相手から見れば、俺なんて所詮友達止まりだった。
そのショックは、絶望は、俺の自己評価やらなんやらをそれはそれはズタズタにした。
初めての絶望は、俺を悪い方へ悪い方へと誘い込んでしまった。
成績はふるわないままで、俺は学校を卒業じゃなくて中退した。
学費を出してくれた両親への申し訳なさと、これからの生き方を探したいという思いから、とりあえずはお金を稼ごうとギリギリ15歳のうちからジャンク屋もどきの仕事を始めてみたはいいけど――こんな若造の初めての仕事なんて、まだまだ色々な失敗や幸先悪いことだらけで。
で、まあ、冒頭に戻る。
ダムバニー=ストレイキラー、16歳。
何もかもが上手くいかなくて、あまりに未来が見えなくて。
気分転換の散歩のつもりが、気付けばこんな街外れまで来てしまった。
何度目かわからない溜息を吐き出す。
ああくそ、かっこ悪い。
俺はいつも逃げてばかりだ。
家族から逃げて、夢を持つことも最初から諦めて。
初恋が叶わなかったくらいで何もかもから逃げて、せっかく築いた学友たちとの友情も疎遠で全部だめにしようとしていて。
今日も、誰にも会いたくなくてこんな街外れまで逃げて。
医者になる道を諦めた時点で、何かに負けた気はしていた。
誇り高い敗北ではなかったことくらいわかる。
負けっぱなしのこの人生、今後挽回できるかもわからない。
本当に、未来が見えない。
情けない。
これじゃ名前の通り、大馬鹿者だ。
「……ん……?」
――そんな、過去一番のどん底の中で。
俺は、君に出会った。
何気なく顔を上げたら、視界の端っこに奇妙なものが見えた。
積み重なった箱の山が、動いている……?
……いや、誰かが荷物を運んでいるんだ。自分の背丈よりずっと高く積み重ねてしまった荷物を。
危なっかしいな……と、どこかヒヤヒヤした気持ちで見守っていたら、案の定その誰かはバランスを崩して――。
「……っ、危ない!!」
咄嗟に身体が動いていた。
その誰かが躓いたのは段差で、よろけたその人の身体が傾いた先には、いやに尖った形の石ころがあって――。
荷物が散らばる音が、やけに辺りに大きく響いた。
だけど。
「……あの……大丈夫、かい……?」
「……ぇ…………、っっ!! っ、ぅ、ぁ……ありがとう……ござ、います……」
『誰か』には、怪我は無かったと思う。
飛び出した俺が滑り込むように乱入したから、『誰か』は俺の腕の中にすっぽり収まるように抱きかかえられていて。
俺は尻餅をついたような体勢のまま、『誰か』と抱き合うような気まずい体勢のまま、ついつい『誰か』と見つめ合ってしまった。
その『誰か』はとても小柄で顔立ちもあどけなかったから、確実に俺よりは年下の女の子で。
背中をまるごと隠してしまいそうなくらいに長いサラサラの茶髪が、きれいで。
なんだか瞳が眩しいものを見てるみたいにきらきらしていて、そのくせ視線がたまに逸らされて、頬がもう真っ赤で。
何より。
――何より目線が合った時、俺を、恋してるような目で見ていた。
彼女から滲み出る憧れは、色々自己評価がボロボロだったり、『友達止まり』という言葉自体がトラウマになりそうな時期の俺には、結構な衝撃だった。
――それが、俺とターニャ=ベルモンドとの出会いだった。
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