ボスとの戦い
『貴様たちが俺たちの巣に侵入してきたのか』
聞き覚えのない声が聞こえる。
兎は、俺たちを睨みつけるように見ていた。
声の主は、あの兎みたいだった。
『いったい何しにここに来た』
「仲間を助けに来たの」
兎の質問に答えたのは、紫園だった。
答えを聞いた兎は暫く黙っていたが、やがて大きな声で笑い出した。
『なるほどな。仲間というのは、あそこにいる小娘のことか』
兎は、前足を使って美羽を指した。
『悪いが、あの娘は諦めてもらおうか』
「何でですか。なぜ、私たちがあきらめなくてはならないんですか」
反発するように美沙紀が聞き返す。
兎は、冷静に美沙紀の質問に答えた。
『この小娘は私たちと同じ兎であり、メスだ。子孫繁栄を考えた時、私たちの群れにメスがいないことに気付いた。そこで、私たちの群れが以前から目につけていた人間界から来た同族のあの小娘を私たちの繁殖用に捕えようと考えたのだ』
俺は、兎の主張を聞いて引っかかる部分があった。
「ほんとにそれだけなのかよ」
『それだけ、とはいったい何のことだ?』
本気でとぼけているのか、それともワザとなのか、俺には分からなかった。
しかし、俺は今の言葉を聞いて癇に障った。
「ほんとに繁殖だけの理由でさらったのかよ!だったら、あんな触手で動きを封じる必要なんかないはずだろ!それに、触手から小さな管がみたいなのが美羽に皮膚に刺さってた。あれは何なんだよ!」
「ちょっと、落ち着いてください。海斗さん」
美沙紀の声を聞いて、我に返った。
俺、少し熱くなりすぎてたか。
兎は、至極冷静に俺に向かって言ってきた。
『そうか、貴様はあれを見てしまったのか。だったら、ここから生きては返すわけにはいかないな!!』
兎は、俺たちに向かって殴りかかってきた。
俺と美沙紀は右に、寧子と紫園は左にそれぞれ避けた。
兎が殴った地面は、握り拳の形に陥没していた。
「マジかよ。あんなの食らったら、怪我じゃ済まないぞ」
「というか、普通に考えて死ぬですよ」
美沙紀からジト目で言われる。
そんなの見ればわかることだけど、まあいいか。
そんなことをしているうちに、兎は俺と美沙紀に向けて殴ってくる。
しかし、判断が一歩遅れて避ける時間がない。
俺は、右腕をすぐに狼の腕にして兎の拳をパンチで抑える。
「海斗さん!?」
「美沙紀、逃げろ!」
「でも、それだと海斗さんが……」
「いいから早く!」
「わ、わかったです……」
美沙紀は、泣きそうになりながら拳の当たらないところに逃げる。
『ふん、諦めるか、少年』
「誰が諦めるって言ったんだ?」
俺は、右手に力をさらに込めて、兎を吹き飛ばす。
その隙に、俺はその場から逃れる。
「海人さん、大丈夫ですか」
「ああ、特に怪我とかはしてない」
「よかったです」
美沙紀は安心したみたいで、胸を撫で下ろす。
少し、無理をし過ぎたかな。
そんなことをしているうちに、兎は立ち上がっていた。
『なるほど、私を吹き飛ばして攻撃を避けるか。面白い手を打ってくるな、少年』
「褒めてくれて感謝するよ、くそウサギ」
『だが、今度はそうはいかんぞ!!』
兎は、もう一度俺たちを殴りにかかる。
俺と美沙紀は、左右に攻撃をかわす。
この状態だとまともに話しができないと思い、俺は美沙紀に意識を送る。
(美沙紀、こいつを吹き飛ばすことができないか)
(とりあえず、やるだけやってみるです)
美沙紀は、身体にモモンガの皮を生やしてウサギの正面に立つ。
「いくです。風起こし(ウイング・ブロー)!!」
腕を大きく振って、兎に強風をお見舞いする。
これ以上ないってほどに砂埃が舞い、俺も強風に吹き飛ばされそうになる。
吹き飛ばされそうになるのを何とか堪えて、俺は美沙紀のところに行く。
「吹き飛ばせたか」
「わからないです。でも、手ごたえは……」
美沙紀が言いかけていたところで、砂埃から兎の眼が赤く光る。
そして、砂埃をまとめて吹き飛ばす。
「な、吹き飛ばされて……ない!?」
『なかなかの攻撃だったぞ、モモンガの娘。しかし、それでは私は吹き飛ばせないぞ!!』
兎が小さな口を限界まで開けると、赤い小さな玉が現れる。
赤い玉が少しずつ大きくなってくる。
口から咆哮を出そうとしているのか。
兎は、口に貯めこんだ光を一気に咆哮として放出する。
俺と美沙紀は、もう一度左右にかわす。
救いだったのは、咆哮が単発だったことだ。
俺たちがさっきまで立っていたところは、地面がめり込んでいた。
「本気で生きて帰らせないつもりなのか。だったら……!」
俺は、両腕に力を注ぎ込んで狼の腕に変化させる。
「俺を殺すつもりなんだから、俺も殺すつもりでやってやるさ」
『面白い。やってみるがよい!』
兎は、口を開けて咆哮を出す態勢に入る。
俺は瞬時に兎の背後を取って、兎の首元を殴る。
しかし、殴った瞬間、兎の首に腕が呑み込まれた。
まるで、ゴムに手を突っ込んだような感触が俺の腕に伝わる。
そのまま、俺は後ろに吹き飛ばされる。
勢いよく飛ばされたわけではなかったので、地面に着地できる。
美沙紀が俺のところに近づく。
「海斗さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな。だけど、あいつの首、ゴムみたいに柔らかかったぞ」
今も俺の腕に感触が残っている。
あんな皮膚を持つあいつにどうやって勝てって言うんだよ。
「私も加勢するよ!!」
俺が思考している時、唐突に聞きなれた声が響く。
顔を上げると、紫園が日本刀を持って兎に突っ込んでいた。
「いくよ、村正!毒の雨(ポイズン・シャワー)!」
鋭い刃先を天井に差し出す。
すると、そこから紫色の玉が現れ、そこから紫色の雨が降る。
『ぐぅ……毒か。だが、こんなもの……!』
「え……、きゃああ!!」
兎は、紫園を叩いて毒の雨を失くす。
叩かれた紫園は、地面に向かって落ちていく。
「紫園!!」
俺は、叫びながら紫園が落ちてくるところに走っていく。
しかし、紫園の落ちるスピードが速く、走っても先に紫園が地面に落ちるのが速いと感じた。
俺は、紫園が落ちる地面に向かって飛び込む。
「ぐへぇ……」
俺は、紫園を受け止めたものの腕の中でなく、背中で受け止めた。
なんとなくあばらを折ったような気がした。
「海斗君、大丈夫!?」
「おう、なんとかな。それよりも紫園も怪我はないか」
「私も大丈夫だよ」
笑顔でガッツポーズをする紫園。
その様子じゃ、大丈夫そうだ。
「それよりもそろそろどいてくれないか?」
「そうだね」
紫園は俺の上から降りる。
俺も立ち上がって、兎を見る。
兎は立っているものの、顔色は悪く、足元もふらついている。
毒の効果はあるようだ。
「それじゃあ、一気に畳みかけるか」
俺は右腕にさらに力を注ぐ。
毛が逆立ってきて、まるで威嚇しているような感じになる。
「私も準備オッケーだよ。いつでも行けるよ」
紫園は日本刀を両腕で持ち、構えの態勢を取る。
気のせいだと思うが、髪が少し逆立っていて見えないオーラが見える気がする。
「玲奈と美沙紀は離れててくれ!」
「玲奈さん、私たちは美羽さんに被害がないように守るですよ」
「わかったよ」
玲奈と美沙紀は美羽のところに行く。
俺は、二人が美羽のところに行くのを確認してから兎を見る。
『ぐぅぅ……』
「そろそろ諦めて美羽を返してくれないか?」
『それは……できない……相談だな……』
立つのも話すのもやっとの状態にも関わらず、兎は聞く耳も持たない。
これは何をしても無駄と俺は悟る。
「そうか。それじゃあ、ここでお前を殺すまでだ!!」
俺は地面を蹴って、兎の真上に飛び移る。
天井に足をついて、兎に突っ込む態勢に入る。
『バカか……俺の真上に行くとは……自殺行為だ!』
兎は、俺のいる上に顔を向け、口を開けて咆哮を放とうとする。
どこにも逃げ道は、ない。
普通だったら、このまま咆哮を食らって死ぬだけだ。
でも、俺は一人で戦っているわけじゃない。
「私を放置とは、いい度胸だね!」
紫園が日本刀の柄の部分で兎の頬を殴る。
殴られた兎は、顔を横に向けた。
俺は天井を蹴って、紫園が柄で殴った頬を殴る。
兎は、バランスを崩して倒れこむ。
しかし、兎は顔をすぐに上に向けると、口に貯めていた咆哮を俺に向けて放出する。
俺が落ちる前に咆哮が俺の目の前に近づく。
「海斗君!」
「ウミ君!」
「海斗さん!」
三人の叫び声が洞窟内に響く。
俺は、咆哮を腕で受け止め、腕を天井に向けて振り上げる。
咆哮の軌道は、俺の一振りで天井へと変わる。
咆哮が天井に到達し、天井を破壊する。
咆哮で破壊された天井から石や砂などが落ちてくる。
俺は少し大きめな石を払いながら、地面に着地する。
立ち上がった時、俺は足元がふらついて倒れそうになる。
紫園が俺に近づいて支えてくれる。
「大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫だ。でも、なんだろ。頭がボーっとするというか、集中ができないというか」
俺は、破壊された天井を見上げる。
天井は、丸く穴が開いていて空が見える。
外は夜みたいで、丸い月がこちらを覗いていた。
俺は、月をジッと見続けていた。
すると、俺の身体が急に熱くなる。
「ぐぅぅ……あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え、ど、どうしたの!?」
叫び出した俺を見て、驚きと戸惑いを見せる紫園。
俺は、その場でうずくまる。
身体が溶けてしまうんじゃないかと思うほど、体温が急上昇している気がする。
汗も身体中にできて、顎から汗が滴る。
時間が経つうちに力の制御ができなくなる。
「紫園、俺から離れろ……!」
「え、でも……」
「いいから離れてくれ……。じゃないと、巻き込むかもしれないぞ……」
紫園が何かを言っている。
しかし、意識が遠のいて何を言っているのかわからない。
視界がぼやける。
身体に力が入らない。
そして、俺はここから先の記憶がなくなった。




