海斗の持つ異能
今回は美沙紀視点で話しが進みます。
何が起きているのか、私にはわからない。
わかっていることは、海斗さんが急に苦しみだしたことだけだった。
紫園さんが私と寧子さんのいる美羽さんの近くまで来る。
海斗さんは放置したまま。
「紫園さん、海斗さんも連れてこないのですか!?」
「俺から離れろって言われたんだよ」
「だからって、あそこに置いてきたら殺されちゃうじゃないですか!」
「それは心配ないと思う」
紫園さんは、海斗さんが倒れているところを見る。
私も海斗さんに目を移すと、海斗さんの身体が青白く光っていた。
すると、ゆっくりとではあったが、立ち上がっている。
足元は、相変わらずふらつかせていた。
しかし、私はすぐに海斗さんがおかしいことに気付いた。
「ミサちゃん、まさかだけどウミ君……」
「信じたくないですけど、そうかもしれないです」
どうやら寧子さんも気付いていたみたいだ。
流石、幼馴染と言えるだけはある。
「え、二人とも、海斗君に何が起きてるのかわかったの?」
一方の紫園さんは、何が起きているかわからないみたいだ。
それも仕方ないと思う。
私も言葉だけなら知っているが、実際に見るのは初めてだからだ。
「あれは、細胞変異(セル・バリエーション)です」
「せる……?細胞?」
「実際には、細胞を変化させてるわけじゃないんだよ。危険を感じた時に、自分でも感じたことのない力が身体から一気に放出させて身体を生き物の身体に変化させるものだよ」
「流石、寧子さんですね。知識に至っては、トップクラスですね」
「そこだけ褒められても、正直嬉しくないんだけど……」
嬉しいのか、困っているのかわからない微妙な顔をする寧子さん。
どうしてここまでの知識があって、それを実践で生かせないのだろう。
私がそう考えていると、紫園さんが割って入ってくる。
「でも、それって危険じゃないの?さらに獣化を進めることになるとか」
「わからないです。過去に学園でこのような現象が起きたことがなかったので」
はっきりと事実だけを言う。
それを聞いた紫園さんは、黙ってしまった。
海斗さんをもう一度見る。
全身が毛で覆われて、腰も曲がっていて、顔も鼻先が長くなっている。
完璧に狼になっていた。
「ぐぅぅぅ…………ぐぅあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
狼になった海斗さんが天井から見える空に向かって吠えている。
私は、その行動に何か違和感を感じた。
「紫園さん、海斗さんが苦しむ前に何か見ていたですか?」
「えっと……確か空を見てたよ」
「その時に月とか見えなかったですか」
「見えたよ。満月とまではいかないけど、ほぼ満月に近い月が」
やはり、そうだった。
海斗さんが苦しみ出した理由、細胞変異が起こった理由が今の答えでわかった。
「狼男、ですか」
「狼……男……」
紫園さんが驚いた顔で私が言ったことを復唱する。
驚くのも無理はない。
伝承でしか聞いたことがないものが、自分たちの目の前で起きているのだ。
『狼……か。だが、それがどうした!!』
兎が海斗さんを殴りにかかる。
毒を受けたのにも関わらず、まだ俊敏に動けるところは流石は兎だと思った。
しかし、それを上回るスピードで、海斗さんは兎の背後に立つ。
「……これだけか」
『なんだと!?』
「お前の力はこれだけかっつんてんだよ!!!」
海斗さんが叫ぶと、兎の腹に突如大きな穴があく。
周辺に血と肉が飛び散る。
『ぐあああぁぁぁぁぁ!!く……この力は……』
「ははははははは!!!最高だ!!もっと苦しめ!もっと足掻け!俺に悲痛の叫びをもっと聞かせろ、くそ兎いいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
これまで聞いたことのないような叫び声をあげる海斗さん。
声を聞いた私は、あまりの恐怖に膝をつきそうになる。
横をチラリと見ると、寧子さんが尻もちをついて座り込んでいた。
紫園さんは、変わり果てた海斗さんをただボーっと見ていた。
「ねえ……ホントに……ウミ君……だよね?そうなんだよね!?」
涙目で私に確認を取る寧子さん。
私はどう返事すればいいかわからず、下を向いて俯いてしまう。
私もあれが海斗さんだとはとても思えなくなってきた。
あの生き物は、本当に海斗さんなのだろうか。
「おらおらおらおら!!まだまだ声が出るはずだろ!!俺にもっと悲痛の叫びを聞かせろやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一方的に殴ったり蹴ったりする海斗さん。
兎はぐったりとしていた。
すでに死んでいるのだろうか。
「こいつ、もしかしなくても死んでんのか?」
海斗さんが兎の顔面を蹴った瞬間、兎の身体がバラバラに粉砕した。
血と肉の雨が私たちに降り注ぐ。
後ろからは、何かが剥がれる音がした。
振り向くと、触手が枯れ始めて美羽さんの体重を支えられなくなっていた。
私は美羽さんのところに行き、触手から離して救出する。
「なんだよ……。もう遊びはお終いかよ。つまんねー」
私は、海斗さんの方を向く。
すると、海斗さんと目が合ってしまった。
「人間の女……か。動物を相手にするよりも遙かに面白い、か。ふふふふ……」
不吉な笑いをしながら、私のところに近づいてくる海斗さん。
距離が縮んでくるたびに、背筋が冷たく感じる。
本能が告げてくる。
これは、出雲海斗じゃない。出雲海斗のふりをした獣だ、と。
「海斗君、目を覚ましてよ!」
紫園さんが海斗さんであろう狼に叫ぶ。
海斗さんは、紫園さんの方を向く。
しかし、その眼差しは、まるで躾のなっていない家畜を見るような感じがした。
海斗さんが紫園さんの方に向くと、目に見えない速さで紫園さんとの距離を一気に縮める。
紫園さんは、その場で膝をついてしまう。
一歩遅く、着ていた服が真ん中で破ける。
「後で相手をしてやるからそこで待ってろ」
紫園さんは、何も言い返せなくなり、俯いてしまった。
海斗さんは私の方に向きかえると、再び私に向かって歩き始めた。
私はその場から離れようとしたが、恐怖のあまり足が動かない。
私の隣では、寧子が脚を震わせて立つことすらできないような状態になっていた。
正面に顔を向けると、いつの間にか海斗さんが私の近くにまで来ていた。
「ほう、近くで見ると可愛い顔をしているじゃないか」
海斗さんが私の顎を持ち上げて、言ってくる。
しかし、その言葉を言われても全く嬉しくなかった。
「何をする気ですか」
私はすごい剣幕で海斗さんを睨む。
しかし、睨まれているにも関わらず、海斗さんは大笑いをする。
「いいぞ、その睨んだ時の顔もいいぞ、少女」
さらに顔を近づけてくる海斗さん。
ふと、私はあることに気が付いた。
今、私のことを『少女』と言ったような。
そう考えていると、いつの間にか私は地面の上に寝かせられていた。
その上に海斗さんが乗ってくる。
「俺を楽しませてくれよ、少女」
「やれるものならやってみてくださいですよ」
私に言われてムカついたのか、私の服を掴むと迷いなく破った。
死ぬほど恥ずかしかったが、叫べば彼の思い通りになるので叫ばなかった。
それを見た海斗さんは、なるほどとでも言いたげに私のことを見てきた。
「この程度じゃ叫ばないか。ますます面白くなりそうだ」
そう言って、私の腹を指で這う。
くすぐったかったが、叫んだり、声を出さないようにした。
「これでも声を出さないか。だったらこれならどうだ」
今度は、這わせた手を胸の上に移動させる。
どうやら、私の胸を触って声を出そうとしているみたいだった。
海斗さんはゆっくりと手を降ろしていく。
覚悟はしていたものの、いざとなったら怖さが少しずつ込みあがってきた。
周りの友人たちも動けない状態になっている。
このまま襲われるだけなのだろうか。
空を見ると、月がきれいに映っていた。
しかし、すぐに雲で隠れてしまう。
私は、覚悟を決めて目を瞑る。
しかし、私の胸に触れるような動きがない。
私は、目を開ける。
そこには、喉元を押さえてもがき苦しんでいる海斗さんの姿があった。
「ぐぅあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!く、苦しっ……!」
手足をバタつかせて苦しんでいる海斗さん。
姿も狼の姿を保てなくなったようで、毛が引っ込み始めて、顔も元の人の顔になっていく。
私はチャンスと見て、苦しんでいる海斗さんの前にやってくる。
「ほんの少しだけ寝てもらうです」
私は海斗さんの後頭部を軽く叩いた。
海斗さんは力尽きて倒れる。
寝たことで力が抜けて、元の海斗さんの姿に戻る。
「これで大丈夫だと思うです」
「ウミ君、死んでないよね?」
「大丈夫ですよ。寝てもらってるだけです」
寧子さんが脚を震わせたままこちらへ歩いてくる。
まるで生まれたての小鹿を見ているような感覚になる。
「寧子さん、大丈夫ですか」
「うん、私に怪我はないんだけどね。ただ、その……ね」
チラリと後ろを見る寧子さん。
視線を追って行くと、さっきまで寧子さんが座っていた場所だけが湿っていた。
それを見てすぐに彼女が恥ずかしがっている理由がわかった。
「これは流石に秘密にする必要があるようですね」
「うん。なんか、ごめんね」
「気にしないでください。実際、あれを見て恐怖しない人はいないと思いますよ」
私は、紫園さんの方に顔を向ける。
紫園さんは未だに放心状態で座り込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「うん、まあ、ね」
曖昧に答えてくる。
まだ頭の中が混乱しているようだった。
「とりあえず、先生たちに報告をするです」
私は水野先生に意識を送って、目的の達成報告と救助隊の要請を言った。
連絡してから五分もしないうちに救助隊が現れ、私たちは保護された。
そのうち海斗さんと美羽さんが医務室、紫園さんが精神室へとそれぞれ移送された。
私と寧子さんは、他の皆と一緒に学園に戻った。
しかし、学園に戻ったその日の夜は、海斗さんが起こした細胞変化が気になってしまい、なかなか寝付けられなかった。




