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東方凛理観  作者: のんの
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24/25

第九話 太陽の畑と向日葵  中

 幻想郷。

 以前霧雨さんに見せてもらったあの光景は今でも脳裏に焼き付いている。

 幻想郷というこの地が息衝いている様、それを直に感じさせるあの燦然と輝く光景は、いくつになっても忘れることはないだろう。


 そんな幻想郷内を歩くというのは、今まで博麗神社と紅魔館、この二つから自身の足で外に出たことのない自分にとっては、十分に興奮できるものであった。

 レミリアさんの霧の範囲を逃れ、目の前に日本の原風景、自然が広がっていく光景に、俺は興奮を隠せなかった。

 案内役のメイドについて行きながら、まるで田舎から上京してきた若者のように、キョロキョロと周りを見渡したものである。


 しかしながら、そんな興奮も時間の経過と慣れによって自然に収まっていく。

 そうなると、興奮によって気にならなかったものが次第に気になり始める。


 一度それに気が付くともう駄目で、それは時間の経過とともに大きな割合を占めていくことになる。

 今現在、俺の頭の中は“それ”で埋めつくされていた。

 紅魔館を出た時の興奮なんてもはや微塵もなく、ただただ無言で歩き続けるのみだ。


 果たして、それ、とは一体なんなのか。俺を苦しめるその正体。

 それは―――


「うぇ……、暑い」


 そう、これである。

 紅魔館は霧と謎の冷気によって快温であるが、もちろん外はそうではない。


 ただ今、夏、真昼、快晴、太陽ガンガン、なのである。

 ここが見渡す限りの草原だということもあってか、太陽光を遮るものがない。このままでは熱中症で倒れてしまいそうだ。


「ね、ねぇ、あとどれくらいで着くの?」


 霧の範囲から出て、日中を歩き続けるのはただ単純につらい。せめて時間でも分かればと、俺は二人に尋ねる。

 すると目の前の二人は、汗をかきながらも平然とした顔で答えた。


「え~、わっかんないなぁ」

「普段は飛ぶからね」

「……あぁそうかい」


 くそ、お前らは余裕だな。

 これが都会っ子と幻想郷っ子の違いなのか。

 いや、ただ単に種族が違うから、ということなのかもしれない。俺は人間なのだし。


「……」


 何気なしに憎き太陽を見上げる。

 もう少し休んじゃくれませんかね、太陽さん。

 諦めのこもった気持ちで空を見つめる。すると、一瞬だけ、視界を過るものがあった。


「あん?」


 しかしそれは一瞬のことで、その正体を掴むには至らなかった。


 ……気のせいか?

 

 俺は思わず立ち止まってしまい、それに気付いた二人の妖精メイドは少し前で止まる。

 急に空を見上げたまま立ち止まった俺を、妖精メイドの一人が不思議そうに尋ねた。


「どうしたの?」

「あぁ、いや……」


 なんでもない、そう告げようとすると、一枚の黒い羽根がひらひらと俺の手元に落ちてきた。

 丁度手の平に落ちてきた羽根を難なく掴む。


「カラスの羽根?」


 鳥なんぞに興味のない俺は、羽根で鳥の種が分かるはずもなかったが、真っ黒なその羽根はカラスのもののように思えた。

 しかし、なんでこんなところに……。


 羽根の根元を持ってクルクル回す。

 カラスなんて飛んでたっけな。周りを見渡しても、カラスはおろか、鳥の姿すら見えない。

 肩を竦める。まぁ、どうでもいっか。

 なんでもないよ。俺はそう告げて歩き出そうとした。


 すると突然、強烈な風が俺達を襲った。

 あまりにも急で強力な風に、俺は体勢を崩し、妖精メイドの一人は地面に倒される。


「な、なんだ!?」

「ぎゃ、ギャー!」

「なんぞ!? なんぞこれ!?」


 突然の強風に俺は身を屈め、妖精メイドは頭を押さえてうずくまる。

 その際、思わず羽根を手放してしまう。

 俺の手を離れた羽根は強烈な風にさらわれる。その羽根は俺から数m飛ばされたところで急に向きを変え、俺達の周りを回るように上昇していき、彼方へと消えていった。


「ッ」


 ……た、竜巻かこれ! 幻想郷ではこんな突発的に竜巻が起こるのかっ!


 俺は二人の妖精メイドが飛ばされないように抱き寄せ、身を屈める。

 それからしばらく、俺達を中心とした竜巻は渦を巻いていたが、やがて収まった。


 ――そして、空から黒い羽根を生やした女の子が降りてきた。


「やーやーやー! 外来人と思しき輩が妖精使い魔引き連れて!

……珍しいわねっと」


 地面に着地したそいつは、手に持つカメラでカシャと俺らを写した。


「良いスクープになるかもね」


 空から降りてきたそいつはそう呟いて、にひっと笑った。


 親方! 空から女の子が!

 思わずそう叫びたくなるのを我慢して、軽く身構える。


 こ、こいつ絶対妖怪だよな。一体どうしよう。お、襲ってきたら、逃げられるかな?

 いやでも、こいつ飛べるみたいだし、走って逃げるのには無理があるかも。でも、戦うっていったって……。


 弱腰な考えが頭を支配する。どうやって逃げよう、そんな思考でいっぱいだ。

 そんな折、ふと、二人の妖精メイドが目に映った。

 二人とも、怯えた目で空から現れた女の子を見ている。


 その姿が、妹に重なった。


「……」


 俺は立ち上がった。そして、二人を庇うように前へ出る。


 強く一歩を踏み出す。第一印象は大切だ。舐められてはいけない。

 少し強い風が俺の横を通り過ぎる。

 俺は背筋を伸ばし、キッとそいつを見る。そして、強気な態度で口を開く。


「あ、あの……」


 強気なのは態度だけだった。


「んん? 何?」


 俺と歳が同じか少し上くらいだろうか。この羽根女はカチャカチャとフィルムを巻きながら、おざなりに答えた。

 よ、良かった。一応話は聞いてくれるみたい。

 それだけで安堵した俺は、溜息を漏らす。そして、質問を続けた。


「えっと、あ、あなたは一体……」

「ちょっと待ってね」


 俺の質問にそう答えたこの人はフィルムを巻き続ける。

 ふと気が付くと、あの背中に生えていた大きな羽根が消えていた。……どういう原理だろう。


 しばらくしてフィルムを巻き終えると、この人はビシッと敬礼して言った。


「どうも! 清く正しい射命丸です!」

「は、はぁ……」


 十六夜、博麗に匹敵する珍しい名字だ。

 頭を振る。そんなことは今はどうでもいい。今はこの状況をどうするかだ。

 笑顔を浮かべている射命丸さんを見るに、危険な感じはあんまりしないんだけど……。


 幻想郷に疎い俺一人では判断力に欠ける。

 そう思い、俺は妖精メイドの意見でも伺おうかと、振り返った。

 しかし――


「あ、あれ……?」


 気付くと、二人の姿はどこにもない。

 このまっさらな草原、そこのどこにも見当たらず。風のみが寂しく通り過ぎていく。

 

 ど、どこ行った……?

 俺が周りを見回しながら二人を探していると、いつの間にか隣にいた射命丸さんが口を開いた。


「あの二匹ならとうの昔に逃げたわよ? ほら、あっち」

「うわ……って、え?」


 綺麗に尻尾巻いてね、とある方向を差しながら、うんうんと頷く射命丸さん。

 その方向を見るに、確かに上空に浮かぶ妖精メイドが見えた。それが次第に離れていっているのが分かる。何故かバタバタと激しくもがきながら遠く離れていく。

 あぁ、空か。なるほど、それは盲点だった―――じゃなくて!


「に、逃げた……?」

「そそ、こんな感じにきゅきゅ~っと!」


 愉快そうに指をクルクル回す射命丸さん。

 どんな感じなのかはわからなかったが、取り敢えず取り残されたというのだけは理解した。


「マジかよ……」


 肩を落とす。頼りないとは思っていたが、まさか逃げるとは……。

 恩を売るつもりはないが、庇ってやってそれでは、何だか気落ちする。


 帰ったらレミリアさんにお灸を据えてもらおう。

 俺はそれで一応溜飲を下げて、射命丸さんへと視線を戻した。


「それで、あなたは……?」


 未だ名字しか知らず、謎に溢れる射命丸さんへ先ほどと同じ質問をする。

 質問を受けて、射命丸さんは思い出したように手をぱちと合わせて言った。


「あぁ、これは失敬。私は幻想郷で新聞記者をやっている射命丸文と申します」


 はい、と差し出された手におずおずと握手する。

 とてもいい笑顔を浮かべている射命丸さんだが、なんだか胡散臭い。


「璃咲、凛です。外来人です」

「あぁ、やっぱり」


 射命丸さんは頷いて、話を切り出した。


「さて、早速だけど、取材してもいいかしら?」

「あぁ……取材、ですか」


 思わず、はいと答えそうになった自分を慌てて引き止める。

 あの二人が逃げてしまって、今の自分にはあてがない。

 道案内がいるからと地図も持ってきていないため、太陽の畑への生き方はおろか帰り道も分からない。


 一応危険人物じゃないみたいだし、ここは取材に応じる代わりに道案内を頼んでみよう。


「あの、自分今太陽の畑っていうところに向かっているんです。あの二人が案内役だったんですけど……」


 俺は妖精メイドの二人が逃げて行った方向へ視線を向ける。

 すると、俺の言いたいことを理解したのだろう。射命丸さんは快活に頷いた。


「えぇ、良いわよ。取材に応じてもらう代わりに太陽の畑に案内しましょう」


 射命丸さんの返答を受けて、俺は心の中でガッツポーズをした。






    *   *   *






「――なるほどなるほど。それで凛さんは紅魔館に居候することになったと」


 ふむふむ、小まめにメモをとる射命丸さん。

 どうやら射命丸さんは『文々。新聞』というのを発行しているらしく、取材のため幻想郷各地を駆け回っているらしい。

 取材がてら、その時の話をたくさん聞かせてもらった。しかも射命丸さんは風を操れるようで、常に涼しい風を送ってもらい、中々に快適で楽しい道中であった。


 あの竜巻も射命丸さんが起こしたらしく、その理由を尋ねると「ちょっと脅かしたかったんですよ」良い笑顔でそう答えた。

 子どもか。


「……」


 隣りの射命丸さんを見ると、まだメモを取っている。

 その間はちょっと手持無沙汰で、俺は射命丸さんに先ほど渡された新聞に目を通した。


 すると、新聞の見出しで目が留まるものがあった。



『博麗大結界存亡の危機。幻想郷を狙った攻撃か』

 第1□△季○月×日未明、博麗大結界と幻と実体の境界における霊圧濃度が突如にして消滅限界にまで薄まるという怪現象が生じた。博麗の巫女と妖怪の賢者の一人八雲紫の尽力により最悪の事態は免れたが、この二つの結界は幻想郷が存在するための要であり、それが薄まった事よる影響は各地に出ている。何故これらが消滅寸前にまで追い詰められたのか。原因は未だはっきりしておらず、幻想郷を狙った何者かの陰謀ではないかと―――』



「……」


 俺は新聞を静かに閉じた。


 ……まじかよ。


 自分のやってしまったことがここまで大きくなっているのかと頭を抱えそうになる。

 俺は結構かなりヤバいことをやらかしてしまっていたようだ。

 ま、まぁ、あの温厚な八雲さんが、殺す、なんて言葉を使うくらいだから、そのレベルは推して測れる。


 メモを取る射命丸さんを見る。

 自分がやったことは黙っておこう……。


「ところで凛さん。太陽の畑へは何の用で?」

「……え、あぁ」

「? どうしたので?」


 思わず目を逸らしてしまった俺に対して、射命丸さんは首を傾げた。

 なんでもないです。追及されないように俺は話を進めた。


「友達のプレゼントに花を摘みに行くんですよ。出来れば向日葵がいいかなって思ってます」


 俺の言葉を聞いて、射命丸さんは石のようにピシっと固まった。

 しかしそれも一瞬で、何事もなかったかのように話し出す。


「あぁ、なるほど。プレゼントに花とは結構な事ですね」


 うんうんと一人頷く射命丸さんは、取材道具をさっと片づける。


「じゃあ、取材も終わったから私はこれで。太陽の畑はこの丘を越えてすぐよ」

「あ、はい。ありがとうございます。新聞出来たら見せてくださいね」

「そうね。じゃっ」


 笑顔で返事をした射命丸さんは背を向け、バサッと黒い翼を広げる。

 そして、振り上げた翼を一気に振り落とす!


「うわっ!」


 その際に生じた風圧に思わず目を瞑る。

 目を開けたころには、射命丸さんは遥か彼方の黒い点。

 

「……はや」


 妖怪ってあんな速度で飛べるんだ。妖怪に生まれたら車いらずだ。

 もしかして、霧雨さんに乗せてもらった時もあんな速度で飛んでいたのだろうか。


「……」


 落ちたら即死だったな。

 次からは、霧雨運送の利用は絶対に避けることにしよう。


 そんな決意を胸に、射命丸さんが指した方へ視線を向ける。小高い丘になっているからか、その先は見えない。

 あの人はまっすぐ行ってすぐだと言っていたけれど……。

 丘を少し登って、立ち止まる。


 急に一人になって、ちょっとだけ心細くなった。後ろを振り返るが、妖精メイドが帰ってきている様子はない。

 溜息が漏れる。

 思えば、ここ(幻想郷)に来てから、一人で外にいるのは初めてだ。霧雨さんに置いて行かれた時もすぐにチルノに会ったし。

 心細いのはそのせいなのかな。

 我ながら情けない。頭を横に振りながら、歩みを進める。

 そうして丘を越える。

 すると――


 視界が一気に開け、目の前に黄色が広がった。


 その丘から見下ろした先には、辺り一面に向日葵が広がっていたのだ。

 見渡す限り、視界いっぱいに向日葵が咲き誇っている。

 目の前の光景全てが向日葵色。目に映るもの全てが向日葵だ。


 向日葵達は、それぞれが思い思いの方を向いて花を咲かせている。

 風が吹くと、明るい太陽色の波が一面に広がっていく。


「うわぁ……」


 これはすごい。太陽の畑とはよく言ったものだ。

 トンネルを抜けると、とあるが、これは丘を越えると、だ。


「すげぇ。……すっげぇ!」


 さっきまでの憂鬱な気分なんて一気に吹っ飛んだ。

 好奇心に身を任せ、丘を駆け下り、向日葵達に駆け寄っていく。

 自分と同じかそれ以上の高さの向日葵たちが並んでいるさまは、中々に壮観だ。


「いっぱい咲いてんな! ほんと」


 向日葵の目の前まで来た俺は、そのひとつを撫でる。

 このくそ暑い太陽の光を浴びて、力一杯花を開かせている。


 誰か通るのだろう(風見幽香さんだろうか)、道が出来ている。

 向日葵達を見ながら、俺はその道に入っていく。


 太陽の畑に入ると、視界が向日葵で塞がる。まるで向日葵でできた迷路に迷い込んだかのようだ。

 その中を当てもなく進んでいく。


「は~」


 両手を頭の後ろで組んで、きょろきょろと見回しながら進む。

 しかし、あれだ。これだけあると、どれでもいい気がしてきた。みんな立派に咲いてるし。

 ちょっと選別してから持って帰ろうかな、なんて思っていたけど、もうそこらにあるのを持って帰ってもいいのではないだろうか。

 どの向日葵も大きくて元気が良さそうというのもあるし、第一、実物を目にしてわかった。

 自分じゃどの向日葵が綺麗とか、見分け付かないわ。


 あれでいいか、と目についた向日葵に歩み寄る。一応、ちゃんと花が咲いているかを確認して、頷く。OKだ。

 さて、じゃあこれを持って帰って――。

 ……ん?


 “持って”、帰る?


「げ」


 そこで、とある問題点に気付いた俺は、呆然と立ち尽くす。


 ……まずい。

 どうやって持って帰るのか考えてなかった。


「……」


 ど、どうしよ。

 俺、手ぶらだし、こんなの素手じゃ持っていけない。

 一応、その太い茎を触ってみるけど、ダメだ、無理っぽい。


 こ、この際プレゼントは別の花にするか? いやでも、せっかくここまで来たんだし……。

 ってか、別の花なんて持って帰っても大丈夫かな。でもちゃんとしたのじゃないとレミリアさんに怒られるかも。レミリアさん怒ったら怖そうだし。やっぱなんとかして向日葵持って帰らないといけないのかな。

 だけど――


 なんて、情けない思考が頭の中を行ったり来たり。

 こ、この際……無理矢理引っこ抜くか?

 何だか妙な強迫観念に駆られた俺は、向日葵に目をやる。


「――でも、引き抜いたりしたらお前らかわいそうだよな」


 こんなに元気よく咲いてるんだし。黄色い花びらに手を添える。

 せっかくここまで育ったというのに、そういった行為は忍びない。やっぱそれは無理だ。

 俺は向日葵から手を離した。


 それからしばらく、俺はその場でうじうじと頭を悩ませていた。

 すると突然、後ろから声をかけられた。


「あら、人間がこんなところで何をやっているのかしら」

「え?」


 振り返るとそこには、綺麗な女の人が立っていた。日傘を差し、その赤い目でこちらを見る。

 突然の美人の登場に戸惑う。


「えっと、向日葵をとっていこうかと……」

「あら、そう」


 そう言うと、女の人は日傘を閉じてにっこりとした。


 緑色の髪にこの日傘。あの妖怪図鑑に書いてあった風見幽香の人物像と一致する。

 まさかと思い、俺はこの人に話しかけた。


「あ、あの、もしかして、風見幽香さんですか?」

「あら、私のこと知ってるのね」


 俺の質問に対し風見さんはにっこりとしたまま答えた。

 あぁ、良かった。風見さんの返答を聞いて、安堵に胸を撫で下ろした。

 この人は強い妖怪だというし、もしかしたらこの状況をどうにかしてくれるかもしれない。

 俺は風見さんに助けを請おうとした。


 その瞬間、風見さんが一歩、足を踏み出した。


 その一歩は軽い、本当にただの一歩。

 そのはずなのに、何故か、ドン、そういう重く、鈍い音が聞こえた気がした。


 そして、もう一歩。

 風見さんはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


 な、なんだ?

 無言で歩み寄ってくる風見さんに妙なものを感じ、思わず一歩後ずさる。

 ……何か、何か違和感がある。悪い予感がする。

 俺の長年(八雲さん曰く「十六、七年なんてちっぽけな歳月」)培った直観さんが言っている。


『この人、なんかヤバくね?』って。


「え、えっと、俺はこれで……」


 本能的に身の危険を感じた俺は、風見さんにお別れを告げようとする。

 風見さんはそんな俺の言葉を遮って、口を開いた。


「なら話が早いわ。私はね、花を摘む奴を摘みたくなる妖怪なの。どういうことか、わかるわね?」

「ど、どういうこ……わっ」


 もう一歩後ろに下がろうとして、俺は石ころに躓いてしまう。


 ――瞬間、凄まじい音を立てて、直前まで俺が立っていた場所が爆発した。

 俺はその爆風に数メートル吹っ飛び、ごろごろと転がる。


「どうして避けるのかしら?」


 土煙の中から風見さんがゆっくりと姿を現す。


「え、え……?」


 ……な、何? なになになにっ!? なにが起こったの!?

 ば、爆発した! 爆発したぞ! しかも風見さんは爆心地! だ、大丈夫かこのひと!


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 俺は地面にへたり込んだまま、静かにこちらに歩み寄る風見さんに言葉を投げかける。

 近くまで来た風見さんは俺を見下ろす。


「……」

「……」


 こちらを見下ろす風見さんと風見さんを見上げる俺。風見さんは何も言わず俺を見、俺は何も言えず風見さんを見る。

 俺はその視線と沈黙に耐えられず、話題は何でもいいからと無理に口を開いた。


「あ、あの、怪我は、大丈夫、ですか……?」






≪風見幽香≫






「あ、あの、怪我は、大丈夫、ですか……?」


 この言葉を聞いて、私は止めを刺そうとしていた手をピタリと止めた。


 ……この期に及んで他人の心配とは大した――いやいや、そうじゃない。

 こいつは本当に乱暴な花泥棒か? そこだ。


 この太陽の畑に咲く向日葵は、その他と比べて非常に品質が良く、また里から距離もあり入手困難であることから、人間の里ではそれなりに高価で扱われる。

 滋養強壮に良いと漢方薬とされることもしばしば。


 それがあってか、この時期は太陽の畑を荒らしに来る輩が多いのだ。綺麗に咲き誇っている向日葵を無造作に引き抜き持ち帰る。そんな輩が。

 勿論私はそんな奴らを駆逐してきた。今季でもそれは変わらず。


 そして、この少年はどうだろうか。

 自身の危機に瀕して他人の心配をする。そんな人間が果たしてそういった醜い行動を取るのだろうか。

 私はそこを疑問に思ったのだ。


 そこで私は向日葵達を見た。

 私が現れるまでのこの人間の言動。私はそれをこの子達に尋ねることにした。






≪風見幽香 終≫







「……」


 しばらく何も言わなかった風見さんだが、急に向日葵たちの方へ視線を向けた。

 誰か来るのだろうか。

 そう思って同じ方向に目をやるも、何かが来る様子はない。


 それから少し経って、風見さんは再び視線をこちらに戻した。

 そして、行動の意図が読めず困惑している俺に対して、風見さんは手を差し出した。


「非礼を詫びるわ。あなた、花泥棒じゃなかったのね」

「……?」


 正直、意味が分からない。状況が読めない。

 いきなり地面が爆発したかと思うと、美人が手を差し伸べてきた。

 これは、つまり、役得というやつなのだろうか……。


 ま、まぁ、意味分かんないけど、差し出された手を取らないのは失礼だろう。

 風見さんの手を取って立ち上がる。


「ついてきて頂戴。話を伺いたいわ」

「は、はぁ……」


 背を向けて歩き出す風見さん。

 状況が飲み込めないままついて行く。


 体に付いた土を払いながら歩く。

 十六夜さんに見つかったら面倒だな。前に服を破いちゃった時ガミガミ小言言われたし……。

 隠蔽工作をどう図ろうかと考えながら、風見さんに質問をする。


「あ、あの、さっきの爆発は一体……?」


 俺の質問に対して、風見さんは少し考える素振りを見せてから、静かに答えた。


「……地雷よ」

「じ、地雷!?」


 そ、そんな恐ろしいものが……。まさかこの周りにも埋まっているのか?

 驚愕の事実を聞かされて戦々恐々とする俺に対して、風見さんは笑って答えた。


「嘘よ嘘。そんなものないわ。ほんとはね、こうやったのよ」


 そう言って少し離れる風見さん。

 そして、何もない場所に傘を振り下ろした。


 ドゴン! と轟音を立ててその場所が爆発する。


「ね?」


 風見さんは笑顔で土煙の中から姿を現す。


「……」


 いや、こっちのが怖いんですけど。

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