第九話 太陽の畑と向日葵 上
幻想郷探偵団団員データ
団員NO.6
イエローなのかー
(ルーミア)
種族:妖怪
ルーミアの特徴的な口調を考慮して考えられたコードネーム。初めはルーミアが金髪なので『ゴールドなのかー』だったが、チルノがルーミアだけカッコいいのはズルイと文句を言ったためイエローに変更された。基本的に良い子。
「凛。凛、起きなさい。……。凛」
誰かに身体を揺さぶられるのを感じた。
あれ、俺はいつの間に寝たんだろう?
寝ぼけてほとんど頭が回らない。頭がぐるぐるする。
そんな状態のまま、体を揺さぶってきた何者かに目を向ける。
「もぁ? ……いじゃよいさん?」
「そうよ、凛。起きなさい」
そこには腰に手を当てた十六夜さんが立っていた。
十六夜さんは仏頂面のまま懐中時計を取り出し、俺の目の前に突き出す。
視界がうまく定まらない中、その懐中時計で時間を確認する。
「……うぇ。も、もうちょっと、ねしゃしぇて……」
トランプでのゲームが気に入ったレミリアさん達(特に豚のしっぽがお気に入りだった)に付き合わされ、寝るのが随分と遅くなってしまったのだ。
いつ寝たのかも覚えていないくらい疲れていたのだから、もう少し寝かせて欲しい。
一緒に深夜まで付き合っていた十六夜さんは俺の気持ちを汲んでくれたのか、溜息を吐いて頷いた。
「……全く。わかったわ。また起こしに来るわね」
「ありがとうごじゃいま……しゅ」
「りーん! 朝だよーーーーー!! にんげーんはーおきーるん、だー!!」
「ごぶぅッ!!」
は、腹に衝撃が……。
肺の空気を一気に持っていかれた俺は何事かと目を覚ます。すると、フランが俺に馬乗りになっていた。
にこやかな笑みを浮かべるフランは上機嫌。
「ふ、フラン……!」
しかしながら、安眠をこんな形で妨害されて怒りが湧かない筈はなく、一瞬で頭に血が上る。
いつもは癒しを与えてくれるフランの笑顔も今では火に油。俺は感情に任せて怒鳴り散らそうとした。
すると、フランが大声を張り上げた。
「あーさーだーよー!! おーきーてー!」
ジャクソン顔負けの高音を張り上げるフラン。
声の波に合わせて空気がびりびり震える。
ぐぐ……み、耳が!
や、やめろ! ビブラートをかけるんじゃない!
「おい! や……!」
「や?」
やめろと叱ろうとしたところで、俺はギリギリ踏みとどまった。
こういう子は怒鳴っちゃうと危ない。癇癪を起こしてしまうかもしれない。
数回深呼吸をした後に、フランの頭に手を乗せる。
「もう起きたから……やめような?」
「うむ! わかった!」
明るく頷いたフランに思わず溜息が出る。
なんでこう、朝っぱらからこんな大変な思いをせにゃあかんのだ。
* * *
「それで、フランのモーニングコールはどうだったかしら?」
レミリアさんは紅茶を嗜みながら笑みを浮かべた。
ここは初めに訪れたレミリアさんの執務室だ。
「最悪ですよ」
「みたいね。顔に出てるわ」
レミリアさんは愉快そうに、くつくつと笑った。
フランは俺を起こした後、お姉様が呼んでたよ、そう伝え上機嫌に部屋を出て行った。どうやらレミリアさんが敢えてフランを指名したらしい。
全く、意地の悪いことで。
「あれ、そういえば咲夜さんはどうしたんですか?」
今更ながら、十六夜さんの不在に気付き尋ねる。いつもレミリアさんの隣にいるイメージだったが……。
レミリアさんは、どうでもよさそうに手を振った。
「フランの相手をしているわ。……まあ、そんなことはどうでもいいのよ(ほんとにどうでもよかったみたいだ)。
あなたを呼んだのはプレゼントを考えてほしいからなの」
「プレゼント、ですか?」
唐突な話題に首を傾げる。
プレゼントとは、一体何のプレゼントだろうか。
何か祝い事かな。心当たりを探ってみるも、ここにまだ来て三日目の自分が分かるはずもなく、素直に続きを伺う。
「そう。あなたやあのおちびちゃん達はね、フランにとっては初めての普通の遊び相手、友達なの(普通のって。普通じゃない遊び相手でもいるのだろうか)。だからそのお祝いとしてプレゼントを用意したいのよ」
「はぁ……」
友達が出来たお祝いにプレゼントとは。金持ちってのは色々大袈裟だ。
溜息を飲み込んで話を続ける。
「なら、何が欲しいかフランに聞いてみたらどうですか?」
それが一番早いだろう。
しかし、レミリアさんは首を振った。
「馬鹿ね。フランには内緒。だからあなたを呼んだんじゃない」
「なるほど……」
俺が頷いてから、少しばかりの沈黙が部屋を包む。
「じゃあ、聞きたいんですけど、いつもはどんなプレゼントを上げてるんですか? 誕生日とか」
せっかくプレゼントを用意するんだ。前のプレゼントと被った、とかはなるべく避けたい。
そう質問すると、レミリアさんは少し考えるように口元に手を当てた。
「……人形とかおもちゃとか、そんなものかしら」
「あぁ」
そういえば、フランの部屋にはそういった類のものがたくさんあったような気がする。
その大概が無残な姿をさらしていたが……。
恐らく、そのことも含めてレミリアさんは俺に頼みたいのだろう。
人形やおもちゃはだめか。
頭を巡らせる。
「花……、花とかどうですか?
結構定番かもしれないですけど、綺麗な花ならフランも喜んでくれると思います」
フランの部屋に花はなかったはず。あの部屋に花が加わったら、部屋の雰囲気だって明るくなるんじゃないだろうか。
それに花は人形やおもちゃと違って、遊ぶものではないから誤って壊すこともないだろう。
俺の提案を聞いて、レミリアさんはすぐに頷いた。
「花ねぇ。あぁ、いいわね。
問題はどこで手に入れるかだけど、そこらで売られているようなのは嫌よ?」
言い出したからには何かあてがあるんだろう? そう言わんばかりにこちらを見るレミリアさん。
俺は幻想郷に対するなけなしの記憶を弄った。
「あ、えっと。それなら、良い場所知って……ます」
夏の花と言えば向日葵だ。
何の話題だったか、昨日リグルが「夏は向日葵が咲きまくる太陽の畑っていう場所がある」そう言っていた。
ちょっとあれだけど、そこの一番立派なのを拝借させてもらうとしよう。
大丈夫です。
そう言うと、レミリアさんは頷いた。
「そう、わかった。なら、私はパーティーの準備をするわね」
「はい……え?」
レミリアさんが当たり前のように口にした言葉に、思わず聞き返してしまう。
ぱ、パーティー? 友達が出来ただけで……?
急に困惑した様子を見せた俺に対して、レミリアさんは首を傾げた。
「? どうした?」
「あ、いえ、なんでも……」
「そう?」
俺は慌てて手を振る。
レミリアさんは探るようにこちらを見ていたが、どうでもよくなったのか紅茶に手を付けた。
……。
もしかして、あれだろうか。吸血鬼ってのは友達が出来ただけでパーティーなんてする種族なんだろうか。
ま、まぁ、種族が違うんだ。人間の俺が理解出来ない風習があったって当たり前。
つまりはそれとどう付き合っていくかって事だな。
考えてみれば良い事じゃないか、友達が出来たのを祝うなんて。
ちょっと大袈裟な気もしない事もないけど、きっとあれだ。
吸血鬼は友達が少ない種族なんだ。
だから友達が出来た事を盛大に祝う。たぶん吸血鬼にとっては一大イベントなんだろう。
そんな友達が少ない吸け――
「ちょっと、急に黙ってどうしたのよ?」
「……あ、あぁ、いえ。パーティーの準備はレミリアさんが、花の準備は俺がやればいいんですよね?」
少し考え事に夢中になりすぎたみたい。慌てて返事をする。
俺の返答を聞いて、レミリアさんは目を細めた。
「さっきからそう言ってるでしょ。変な凛ね。
……それよりも、今失礼な事考えてなかった?」
「いえいえ、そんな」
俺は首を横に振った。
吸血鬼は友達が少ないんだなって思ってただけだよ。
* * *
「っと、ん~……」
昨日入れなかったお風呂に入った後、俺は自室のベットに寝転がりながら、幻想郷の地理を記した本を読んでいた。
太陽の畑について調べるためだ。
場所も分からないような所にいきなり行くわけにはいかない。
俺はまず自室に戻って太陽の畑について調べることにしたのだ。
目次を元にパラパラと本をめくり、太陽の畑について書かれているページを開く。
『妖怪の山とは反対側の奥地にある草原。夏になると向日葵が辺り一面に咲き誇る。主に現れる妖怪として風見幽香などが挙げられる』
ページにはこの一文と簡単な地理が記されていた。その下はもう別の場所の紹介に移っている。
……こ、これだけ?
情報量が少ないな。ちょっと不安。
いや、もしかしたら、向日葵以外には何もなくて、基本的に安全な場所だということなのだろうか。
妖怪の山という、いかにもな場所の反対側と書いてあるし、妖怪はこの風見幽香くらいしか出ないのかもしれない。
それならば、と俺は横に置いてあるボロイ妖怪図鑑を手に取った。
こいつだけ調べてしまえばもう不安要素はないじゃないか。
「か、か……風見……あれ」
黄ばんで、今にも本からほろりと抜け出てしまいそうなページをめくっていく。
どうやらこの妖怪図鑑は五十音順に妖怪を載せていないようだ。
それに気付き、初めから一枚ずつページをめくる。
「……と」
風見幽香。筆で書かれた達筆な文字を見てページを止める。
浮世絵のような絵柄で書かれた人物像の隣に風見幽香の説明が書いてある。
それにしても、この本は随分古いな。そんな昔からある本に載っているこの人は、生きているのだろうか。
太陽の畑に行っても会えないかもしれないな。
そんなことを思いながら説明に目を通す。
『季節の花が大好きで、花を求め季節と共に幻想郷を巡っている』
「ふ~ん、花好きかぁ」
花が好きだという文を見て、同じく花が好きな妹を思い出す。好きな花はパンジーだったか。
花言葉は……覚えてないな。昔説明を受けたんだが、興味がないことはどうもね。
『花を操る力を持つとされる。しかし、自然に育つ花が好きらしく、その力を使う場面を見たものは少ない』
なるほど、結構好印象だ。自然の花を愛でるなんて、とても良い人チックじゃないか。
妹との共通点もあって、この人に対する良い印象は固まっていく。
『強力な力を持つ古参妖怪の一人。他の長く生きている古参妖怪と同様に自主的に人間を襲う事は少ないとされる。
しかし、花を――』
「うしっ、これくらい分かれば十分だろ」
あまり本を読むのが好きじゃない俺は、重要と思われる情報を手に入れたところでパタンと本を閉じた。
* * *
「じゃあ、行ってきますね」
「はいはい、パーティは8時からよ? 遅れないようにね」
気を付けます。レミリアさんにそう返事をしてから、紅魔館の裏口からこっそりと出発する。
もしフランに見つかると、ついて行くと言いかねない。フランにはあくまで内緒なのだ。
「じゃあ、案内お願いするよ」
「任せろ!」
「がってん!」
案内兼護衛役につけられた二人の妖精メイドは元気良く頷いた。
この二人は太陽の畑出身らしく、レミリアさんが都合が良いと護衛につけたのだ。
しかし、二人とも幼い。紅魔館に働いている妖精メイドの中でも小さく、ともすればチルノ達よりも年齢が低いのではないだろうか。
まぁ、何が言いたいかというと。
頼りない。すごく頼りない。
「ほら、こっちだよ!」
「うん」
溜息を吐きたくなるのを堪えて、俺は二人について行った。




