第五話 飛べない人間はただの人間 中
* * *
「……なんか、出現率高くないですか?」
「あら? 何の事?」
十六夜さんはとぼけた様に首を傾げる。
地図を片手に、パチュリーさんの食器を厨房まで運んでいると、またもや十六夜さんと遭遇したのだ。
今日始まって間もないのに、遭遇はもう二度目。この広い紅魔館でだ。
……この人なんか企んでんじゃないか?
「あらあら、そんな目しても何も出ないわよ?」
「一体俺はどんな目してたんですか……」
肩を落とす俺を気にした様子もなく、十六夜さんはひらひらと手を振った。
「まぁそれはともかく、お嬢様がお呼びよ。それを伝えに来たの」
「レミリアさんが、ですか?」
「えぇそう。早く来いと。今お嬢様と妹様は庭にいるわ」
さっさと行けとばかりに俺に代わってカートを引き継ぐ十六夜さん。
……庭、庭か。地図を確認する。そこまで遠くはないようだ。
しかし、フランも朝早いのによく外で遊ぶ気になるな。ほんとに吸血鬼かよ。
「じゃあ俺はこれで」
十六夜さんに軽く会釈してから庭に向かおうとする。
すると、十六夜さんに声をかけられた。
「ちょっと待ちなさい。厨房だけど、あなたは行かない方がいいわ」
急な忠告に足を止める。
「え、どういうことですか?」
「さぁ、どういうことかしらね」
「……?」
言葉の真意を量り兼ねていると、十六夜さんは背を向けて厨房の方へ向かって行ってしまった。
「……」
十六夜さんってほんとによくわからない。言動が謎っていうかなんて言うか……。
俺は肩をすくめて、庭へ向かった。
庭に出ると、相変わらずの霧が視界を覆う。
俺は空を見上げる。
「これ、あいつら灰になるんじゃないか?」
どうやら今日は晴天らしく、霧がかった上からでも結構はっきりと太陽を確認できる。
まだ朝だが、これからだんだんと日が強くなってくることだろう。そろそろ屋内に戻った方がいいんじゃないだろうか。
「フラーーン! 来たよー!!」
フランに分かるように大声を出して手を振ってから、パラソルを差して庭の真ん中に座っているフラン達に駆け寄って行く。
フランはとても元気そうだが、レミリアさんは……なんかひどい。
それよりも――
「いらっしゃい凛! 咲夜! 凛の分のお菓子出してあげて!」
「畏まりました」
十六夜さん、あんたどうやって俺より早くここに着いたんですか。
「あぁ、いや、俺はいいですよ」
バスケットからお菓子を取り出そうとする十六夜さんを止める。
朝っぱらから甘いお菓子なんて食ってられない。
「それよりも、太陽昇ってますけど大丈夫なんですか?」
腰を下ろしながらレミリアさんに問いかける。
もし大丈夫じゃないのにこんな所で余裕ぶっこいてるんならただのバカ。パラソルも差してあるしもちろん問題はないのだろうが、やはり気にはなる。
レミリアさんは疲れた顔で、あぁ、と軽く手を振った。
「吸血鬼ってのはね、太陽に“直接”当たるってのが不味いのよ。
ここにパラソルあるし、この日陰から出ても太陽光は霧で遮られてるしね」
「……なるほど」
俺はレミリアさんの言葉に頷いた。
しかしそこで、はて、と首を傾げる。
でも、それならば、あれじゃないだろうか。
太陽光は地球の大気圏で塵とか色んなものに遮られてるから、結局この霧もいらないんじゃないだろうか。
その疑問を口にすると、レミリアさんは面倒くさそうに続けた。
「要はね、気持ちの持ちようなのよ。
あんたそんな事言ってるけど、晴れの時に外に出て霧がなかったら『太陽に直接当たってる』って認識するでしょ。でも、霧があったら“直接”当たってるとは思わない。それでいいのよ。
分かるかしら?
私達妖怪や悪魔なんて幻想の生き物はね、曖昧な概念の上に成り立ってるんだからね」
「はぁ、なるほど」
少し説明に熱が篭ったのだろうか、レミリアさんは吸血鬼の弱点について説明を続ける。
「他にも吸血鬼には弱点があるけど、そういった意味じゃ流水も同じ。
吸血鬼は流水が苦手って言われてるけど、厳密にはそうじゃないわ。流水が苦手なんじゃなくて、川を渡れないだけ。
川ってのは境界を意味してるからね。だから渡ることができないだけで、お風呂みたいなため水は余裕よ余裕。むしろお風呂大好きだし」
そこでレミリアさんの話に疑問を持ったのか、フランが首を傾げる。
「えー、でも私お風呂苦手だよ?」
「そうね、フランはお風呂苦手ね」
レミリアさんはフランの頭を撫でてやる。
フランは話について行けず頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「まぁ、吸血鬼の弱点なんかは大体わかりました。
それよりも、今から何をするんですか?」
俺は興味のない話題がこれ以上広がらないよう、別の話題を口にした。
昼間ならともかく、朝に庭で集まって一体何をするのか。そっちの方が全然気になるところだ。
するとフランは、待ってました、と言わんばかりに十六夜さんに指示を出した。
「それはね! 咲夜、あれ出して!」
「畏まりました」
一体何を出すのかと十六夜さんを見ると、十六夜さんは持っていたバックからボールと二つのグローブを取り出した。
「うん? グローブとボール?」
これは、フランの部屋にあったものだろうか。
十六夜さんからそれらを受け取ったフランは元気よく答える。
「そう! これでね、凛が昨日言ってた……えっと、きゃっちぼーるってのを皆でやりたい!」
「あぁ」
キャッチボールか。
さっき朝ご飯食べた後だし、ちょっと運動するのもいいだろう。
立ち上がってグローブとボールをフランから受け取る。
この4人でキャッチボール……ん。
グローブ足りないな。俺は素手で良いとして、あと一人どうするか……。
「どうしたの? 早くきゃっちぼーるやろっ」
レミリアさん達も立ち上がり、準備万端といった様子だ。
「うん……えと、そうだな。ちょっと違ったキャッチボールをやろう」
「ちょっと違う?」
フランが首を傾げる。
あぁ、そういえばフランは元のキャッチボール知らないから、ちょっと違うって言ってもわかんないか。
「んんと、俺が子どもの頃に友達とやってたやつなんだけど、ボールを誰かが投げて先に取った人の勝ちってルールの簡単な遊びだよ」
ボールを軽く投げ上げて、ポンとキャッチする。
「へぇ! 面白そう! 誰が投げるの?」
「そりゃお前、じゃんけんで勝った人だよ。じゃんけんはな、どんな遊びにも使える万能の遊びなんだ」
「おぉー! じゃんけんすごい!」
フランは嬉しそうに手をパチパチと叩いた。
「じゃあ細かいルール―――つっても簡単だけど―――を説明するよ」
この遊びをすることにちょっと懐かしさを感じながらフラン達に説明をしていく。
ルールは簡単。
じゃんけんで勝った人がボール上に投げて、落ちてくるまでに誰かが取ったら取った人の勝ち。誰も取れなかったら、投げた人の勝ち。
投げた人は他の人がボールを取るのを邪魔してもいい。
子どもでもできる、簡単なルールだ。楽しく遊ぶコツは、ガチになりすぎないこと。
「わかったかー? じゃあ、じゃんけんするぞ~」
フランがルールを飲み込めたのを確認してから、4人でじゃんけんをする。
何回かあいこを繰り返した結果、最終的に勝ったのはフラン。
「じゃあフラン、ボールを上に投げて」
「うん!」
フランは元気よく返事をして、ボールを持つ。
こういう子供の、新しい遊びに対するワクワクした表情ってなんだか微笑ましい気分になるな。
フランはボールを構えて、皆を見渡して言う。
「じゃあいくよ~。……えい!」
フランの可愛らしい掛け声と共にボールは、ゴヴッ! と音をたてて……え?
ボールは空高くまで行き、次第に見えなくなった。
呆然とする俺を尻目に
「咲夜! 能力使っちゃダメよ!」
「承知しておりますっ」
十六夜さんとレミリアさんはボールと同様に空高く舞い上がっていく。
「よし! じゃあ私も行くよ!」
フランも飛んで行ってしまった。
……。
「……え?」
俺は渡しそびれたグローブを持って茫然とその場に立ち尽くす。
いや……え?
「……」
俺、飛べないんですけど。
それからどうすることも出来ずに空を見上げていると、空が一瞬だけピカッと光った。
「な、なに?」
霧のため良く見えず、目を凝らして上空にいるレミリアさん達を捉える。
その瞬間、空に大量の紅が撒き散らされた。
「な、なんだあれ……」
空中に突如展開した大量の紅。よく見ると、その紅は球のようにも見える。
……まさか、あれはフランが見せてくれたあの弾か?
だとしたら――
「あれが、弾幕ごっこか」
たくさんの弾が行き交う。空は紅一色に染まっており、霧でぼやけたその様子は幻想的に映る。
しばらくボーとその様子を眺めていると、今度は自分の真上で何かがキラッと光った。
今度はなんだろう。何だか花火を見るような気分で空を見上げる。
すると、空に色とりどりの弾が浮かび上がった。
「うわっ、めっちゃ綺麗」
色とりどりの球たちは空に幻想的な模様を作り上げる。その美しさに思わず見とれてしまう。
そして、浮かび上がった弾幕は徐々に落ちて……落ちて?
……あ、やべぇ。
慌てて逃げようとしたが足が縺れて尻餅をついてしまう。
それから避ける暇もなく、弾幕は轟音を立てて俺がいる場所に降り注いだ――。
「ゴホッゴホッ……うわっ、けむっ」
周りに土煙が立ち込める。それが煙たくて、ゲホゲホと咳をしてしまう。
咽ながら目の前の土埃を手で払っていると、不意に前方から声を掛けられた。
「大丈夫?」
その声に顔を上げると、目の前には見覚えのある……誰だったか。思い出せないが、緑のチャイナ服を身にまとった女性が手を差し伸べていた。
頭には星マークに龍と書かれた帽子を被っている。
「あ、あぁ、ありがとうございます」
その人の手を取り立ち上がる。
立ち上がると同時に少し風が吹き、土煙を攫っていく。次第に晴れていく視界に俺は思わず声を上げてしまった。
「……わぉ」
なんということでしょう。
匠(吸血鬼)の手によって先ほどまでの紅魔館の庭の雰囲気は一変しました。
綺麗に整備された芝はどこへやら、今は茶色の土がむき出しに。これで一層自然に溶け込める様相に早変わり。
あの平坦だった地面も今ではところどころ削り取られたように凸凹道へ。足腰を鍛えるのに十分な土地になったと言っていいでしょう。
少ない時間で解放感溢れる素晴らしいリフォームを試みる。これが匠(吸血鬼)の業なのです。
「……劇的なビフォーアフターだな、ホント」
「いやぁ、これでも前よりはマシなのよね~」
なはは、と笑いながら周りを見渡すチャイナの女性。
あっ、この笑顔で思い出した。この人ここの門番さんだ。
「前なんかは館が半壊しちゃって……。
図書館なんか振動で本棚がドミノ倒しに――っと、腕怪我してるわよ。大丈夫?」
門番さんに言われて見てみると、確かに右手の肘の部分が擦り切れていた。
だけど、服が破けていただけで怪我はない。
「あ、大丈夫です」
それよりも、服を傷つけてしまったことの方が気がかりだ。
十六夜さんに目をつけられたらなんて言われるか分かったもんじゃない。
「いや、ごめんごめん。弾は全部弾いたつもりだったんだけどね~」
門番さんは笑いながら謝った。
俺はその言葉に疑問を持ち、聞き返す。
「え、弾いた?」
「そ、こうやって」
手をパッパッと軽く振る門番さん。
いや、弾いたってどういう意味……
「あ……」
そこで自分がさっき陥っていた状況を思い出す。
そうか、俺に弾幕が迫って来てて、それを門番さんが……弾いた?
「あの、弾幕って弾けるもんなんですか?」
「うん、その気になればね。
あ、でもルール違反だから普段はやっちゃいけないよ」
いや、できないよ。
「えっと、助けてくれたみたいで、その、ありがとうございます」
この人の人外じみた強さはともかく(というか人外なんじゃないだろうか)、お礼に頭を下げる。
気にしなくていいわよ、と少し照れくさそうにしてから門番さんは紅魔館の門の方を指して言った。
「じゃあまぁ、ここは危ないから話は向こうでしない?」
うん、それには全面的に同意する。
少し楽しそうに歩き出した門番さんの隣に並ぶ。
「いやー、お嬢様が人間を雇うなんてどんな人間なんだろう、って気になってたのよ。
なにせ咲夜さん以来だからね~」
「え、十六夜さん人間なんですか?」
空を飛んだ時点で俺の中じゃあの人は完全に人外なんだが……。
それに雰囲気もなんか、温かみがないって言うかなんて言うか、初めて会った時のレミリアさんやフランみたいに冷たいし。
俺がそう言うと、門番さんは愉快そうに笑った。
「わかるわかる。それに咲夜さん昔悪魔と間違われたことあった程だからね。
まぁ、それでも本当は良い人なのよ」
「はぁ……」
「あはは、あんまわかんないって顔してる」
もうちょっとここにいれば分かるわよ、門番さんは軽快に笑う。
よく笑う人だな。紅魔館は陰湿なところだと思ってたけど、こんな明るい人もいるんだ。
「さぁ、紅魔館自慢の大門に到着到着」
いやぁ長旅だったわね、と一分も歩いていないというのに何かを成し遂げたような顔をしている門番さん。
あの現場から2、300mくらいなんじゃないだろうか。
そう思い後ろを確認すると――。
「……うわぁ」
少し離れるとよくわかる庭の荒れ方。
結構ひどいな……。
空を見てみると、微かに人のようなものが飛んでいるのがわかり、弾幕をどんどん張っていっている。
「こっから良く見えるでしょ。だから吃驚したわよ、その真下に人間がいた時は」
門番さんは大げさに腕を振る。
それを見て俺を助けに来たのか。本当、命の恩人だな。
俺は門番さんに頭を下げる。
「えっと、その節はほんとに……あれ」
「ん、どうしたの?」
そういえば名前を聞いていなかった。
いまさら聞くのも何だか気恥ずかしくて、頭を掻きながらそれを誤魔化す様に尋ねる。
「あの、まだ名前を……」
そう言うと、門番さんは手をポンとした。
「あぁ! そうだったわね!
これは失敬失敬。私は紅美鈴。よろしくね」
「あ、はい。璃咲凛です。よろしくお願いします」
こちらが自己紹介を終えると、紅さんが握手を求めてきたのでそれに応じる。
うん、この人は十六夜さんやパチュリーさんよりずっと親しみやすい。
握手を終えると、紅さんが身を寄せて声を潜める様に尋ねてきた。
「それでさ、気になってたことがあるんだけど、どうやって妹様と仲良くなれたの?」
紅さんの言葉に首を傾げる。
どうやって? どうやって、とはどういう意味だろう。ただ一緒に遊んだだけなのだが。
「いや、普通に遊んだだけですけど……」
そう言うと、紅さんは少し難しそうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「あ~、そっかぁ。
いやぁ、時期が時期だけに色々と気になってたんだけど……そっかー、普通に、かぁ」
時期が時期だけに……?
なんだか困ったように笑う紅さんの言葉の真意が掴めずにいると、紅さんが急に門の外へと顔を向けた。
門から外に伸びる一本道。
紅さんは先ほどまでとは同一人物と思えないような鋭い眼光でその向こう側を見つめる。
「あ、あの……どうしたんですか?」
紅さんの急な変化に戸惑いつつもそう聞くと、紅さんは少し低い声で答えた。
「凛、ちょっと隠れててね。お客様よ」




