第五話 飛べない人間はただの人間 上
・新しい魔法元素の可能性
第1□△季○月×日の出来事として、幻想郷の名立たる妖怪や神などは口をそろえてこう言うだろう。『博麗大結界が破られた』と。しかし、我々魔法使いは違う。幻想郷の結界が大打撃を受けたせいかもしれない、私達が未だかつて見たことのない系統の魔法元素を示唆する『物体』が現れたのだ。
―――――――――パチュリー・ノーレッジ著『■■■■(特殊な魔法言語のため明記不可)』より―――――
「凛、起きなさい」
誰かに身体を揺さぶられる。
……。
「……凛」
もう一度。
もうしばらく目を閉じていたかったが、そうもいかず目をうっすらと開く。
「……十六夜さん? ……うぃッス」
寝ぼけ眼でベットの横を見ると、十六夜さんが少し不機嫌そうに立っている(この人は大抵不機嫌そうだが)。
朝か……眠い。
「あなた、お風呂は?」
「……あぁ」
どうやら寝過ごしてしまったみたい。
幻想郷という新しい土地に来て、自分でも思った以上に疲れていたのだろうか。
寝返りを打つ。
……まだ起きたくない。
「着替えと紅魔館の地図(地図って……)ここに置いとくから、早く行ってきなさい。6時に食堂よ」
十六夜さんが部屋を出ていった後、何気なしにドアをじっと見つめる。
鍵締めたと思ったんだけど、どうやって……あ、ドアノブのところ切り取られてる。
なるほど、そうやって――
「って、おい!」
* * *
「あら、そんなに睨むことないじゃない」
「いや、ドアノブ切り取ることないじゃないですか。
ってかどうやったんですか」
ただいま十六夜さんと一緒に食堂に向かっているところ。
浴場から出て自室に戻っている途中で偶然十六夜さんと会い、どうせならそのまま食堂に、ということになったのだ。
正直、あまりこの人と行動を共にしたくないのだが……。
「タネ無しの手品よ。それに、生意気にも鍵を掛けてるあなたが悪いの」
「そう……ですか」
「そう」
隣を歩く十六夜さんは少し饒舌で、心なしか機嫌が良いようだ。
俺が風呂に入っている間に何か良い事でもあったのだろうか。
「それで、早めに食堂に着いて俺は何をするんですか?」
「それくらい自分で考えなさい」
「はぁ……」
どうやら機嫌が良くても俺に対する冷遇は変わらないらしい。
それからは特に話すこともなく黙々と進み、食堂まで辿り着いた。十六夜さんが開ける気配がないので、俺が扉に手をかける。
十六夜さんが言っていた時間まであと20分くらいあるから、フラン達はまだだろう。いるのは妖精メイドくらい――っと、二人ともいるじゃないか。
「おはよう咲夜! 凛!」
元気にあいさつをしたフランへ俺もそれなりに元気よく返す。朝に元気がいいのは良い事だ(吸血鬼かどうかは別として)。
「おは、よう……二人とも……」
聞こえてきた声にフランからスカーレットへ視線を移す。
そのスカーレットの様子に言葉を失う。昨日までのカリスマはどこへやら。辛うじて姿勢良く椅子に座っているが、今にも倒れそう。顔には隈も出てる。
なんか満身創痍なんだけど。朝っぱらからすごい勢いで満身創痍なんですけど。
俺は自分の席に腰かけながらスカーレットに尋ねた。
「え……と、レミリアさん。一体何が……」
スカーレットは油の切れた機械の様にぎこちなく顔を向ける。
こいつ今日中にでも死ぬんじゃないか?
「な、なにも……ないわよ? ただ……」
「ただ?」
俺が聞き返すと、スカーレットは今にも消え入りそうな声で答えた。
「フランと、遊んでただけよ。一晩中……」
「あぁ……」
その後の朝食はとても静かなものだった。
スカーレットは基本食事中に話さないし(今は話せる状態でもないし)、俺はそんなスカーレットが気の毒で話も振れない。
それにご飯をこぼすこと以外結構マナーの良いフランは話題を持ちかけない限りしゃべり出すことはない。
そんなこんなで、紅魔館初の朝食は静かに終了した。
帰る方法についてはまたスカーレットに余裕が出来てからでもいいだろう。
「そういえば凛……昨日の事だけど……」
俺が腰を上げようとすると、さっきまでしょぼしょぼと朝食を口に運んでいたスカーレットが唐突に話を持ち出した。
「レミリアさん、無理しなくてもその話はまた今度でいいですよ」
何もこんなボロボロのスカーレットから話を聞く必要もないだろう。
その話は次の機会にでも。そうやって俺は話を流そうとしたが、それでは紅魔館の主としてプライドが許さないのか、スカーレットは続ける。
「無理?
……無理なんてしてないわ。私は至って普通よ普通」
そこで余裕の表情を見せようとしたのだろう。スカーレットはニヤリとする。
おお、持ち直した。やるな、スカーレット。
「それで、帰る方法についてだけど、ここには図書館があるの」
「図書館?」
俺は学校にあるような図書館を想像する。
……なるほど、帰る方法はそこで探せ、と。あまり期待できないな……。
自分のモチベーションが下がったのを顔に出してしまったのだろうか、スカーレットはワインに手を付けながら言う(朝っぱらから酒なんて飲んでんじゃねーよ)。
「あら、そんなにがっかりしないで頂戴。ここの図書館は大きいわよ?」
「あ、えっと、がっかりなんて……」
図書館についてどうこうじゃないくて、本で調べるのが面倒そうだったから……なんて慌てて弁明する。
しかしそんな事はどうでもよかったのかスカーレットは話を続けた。
「まぁいいわ。
それでね、その図書館には私の友人が住んでるの(図書館に住んでるって……)。パチュリー・ノーレッジ。
今日の機嫌は……まぁ悪くはないでしょうから、邪険に扱われる程度で済むわよ」
「はぁ……」
機嫌が悪くなくて邪険に扱われる、ってどんだけ人当たりの悪い奴なんだ。
陰湿そうなイメージを抱いてしまい、さらにテンションが下がっていく。
「とにかく、霊夢が言った“心当たり”ってのは間違いなく図書館の事だから、後の事はパチェに聞いて頂戴。
案内は――」
「私! 私がやる!」
話に入るタイミングを窺っていたのか、さっきまで黙ってご飯をこぼして(食べて)いたフランが手を勢いよく挙げる。
……急に動くからフランの汚れを拭いてやっている十六夜さんが大変そうだ。
「あら、フラン案内したいの?」
スカーレットが意外そうにフランを見る。普段はあまりこういった役目はやりたがらないのだろうか。
「うん! やりたい!」
元気に返事をするフランにスカーレットは少し嬉しそうに顔を綻ばせた。
こういった態度やボロボロになるまで遊んであげるのを見ていると、スカーレットがどんだけシスコンなのかわかってくる。
「わかったわ。咲夜に頼もうと思っていたけれど。フラン、お願いね」
「うん!」
そう言うとピョンと立ち上がり、羽をパタパタと揺らしながら出口の方へ向かうフラン。
「ほら凛! はやくいこっ!」
「はいはい。
……それじゃ、失礼します。レミリアさん、咲夜さん」
それからもう扉を開けて出て行ってしまっているフランを追っかけようとすると、十六夜さんに呼び止められる。
十六夜さんはどこから持ってきたのかカートを引いている。
「お嬢様が図書館に行くついでにこれも、と。パチュリー様の朝食よ」
「あ、はい、わかりました」
パチュリー様、と十六夜さんが言うからには、そのパチュリーさんは紅魔館ではスカーレットと同程度の位なんだろう。
言葉遣いに気をつけなきゃな、とカートを引き継いだところで先に一人で行っていたフランが戻ってくる。
「凛遅いよ~!」
「はいはい、今行きますよっと」
* * *
「こっちだよ! 凛早く!」
「ちょっ、フラン……はぁ…速いっ……はぁっはぁ」
先を行くフランがこちらを急かす。フランがめっちゃ速くて、追いつくのに精いっぱい。
ってかあいつ飛んでるもん。反則じゃん。
それにカートを押しながらだから、慎重に行かないといけない。それが結構キツいんだ。
「凛遅いよ~」
それ言われるの3度目だこのやろー。
「……はぁはぁ。
もうちょっとゆっくり行こう、な?」
膝に手をつきながら言うと、フランは急かすように羽をパタパタさせながら言った。
「だって早く行かないと遊ぶ時間がなくなっちゃう」
「そんなにレミリアさんと遊びたいなら、咲夜さんに任せれば良かっただろ?」
「違うの! みんなで遊ぶの!
咲夜遅いもん」
……あぁ、早くメシ持っていってみんなで遊ぼうってこと。
フランは少し不機嫌そうに頬を膨らませている。
あんまり子ども相手に情けない姿見せてらんないし、もちっと頑張るか。
「はいはい、わかったわかった。それで、大図書館にはあとどれくらいで着くの?」
「もう着くよ! ほら!」
「あ、ほんと?」
頑張ろうと思った矢先にこれだから、ちょっと肩透かし。それでも、着かないよりはましか。
フランについで角を曲がる。すると、そこには紅魔館の入り口並みの大きな扉が鎮座していた。
……ちょっと気が引けるな。
その荘厳な雰囲気の扉に思わず尻込みしてしまう。
「……。しゃーない、入るか」
このまま入り口でじっとしていても仕方ない。
カートを押しながら器用にでっかい扉を開け、中に入る。
「おじゃま、しま~す」
蝶番が古くなっているのだろう。大きな扉は重苦しい音を立てて開き、それと同時に埃が舞う。
う……かび臭いな。
ゆらゆらと漂う埃を手で払い顔を上げると、そこには――
「お、おぉ……!」
目の前に広がるのは本、本、本。
本棚が図書館の奥までズラッと並んでおり、それら全てに本が詰められている。
それにこの図書館、どれほど広いのだろうか。ここがうす暗い事もあってか、奥の方は全く確認できない。
それほど広い図書館に本が所狭しと並んでいる様は壮観の一言。
「まるで本のジャングルだ」
迷いなく歩みを進めるフランについて行きながら周りを見渡す。
……なんだか映画のセットに入り込んだみたい。不思議な気分になる。
そうやって周りを見ていると、フランに袖を引かれる。
「凛っ、あの人がパチュリーだよ!」
フランが指した方を見ると、特徴的な髪の色をした女の人が大きな机で本を読んでいた。
その机にはたくさんの本が積まれている。あれが図書館に住んでいる、というパチュリーさんなのだろう。
俺はさっさと頼まれ事を済ませようと、その人に近寄る。
「あのー、すみません。朝食持ってきました」
「……」
シカトか、おい。
ムッときたが、なんとか我慢してもう一度告げる。
「あの、朝食を持ってきました」
「……」
反応なし。
時折ペラとページをめくる音が妙に癇に障る。
いい加減ムカついたので、息を大きく吸い込み思いっきり大声で言ってやる。
「あのぉー! ちょーぅしょくを! おぉもちしたぁんですがぁー!?」
「うるさい」
「ごぶぅ」
腹に分厚い本を投げつけられる。
……こ、こいつマジケンカ売ってんの?
「凛、だめだよ。パチュリーはうるさいの嫌いなんだから」
蹲る俺に手を差し出してくれながら、フランはそう言う。
……え、俺が悪いの?
なんとも釈然としない思いで本を拾い立ち上がると、さっきまで無視を決め込んでいたパチュリーさんが、あら? と顔を上げた。やっと気づいたか。
今度はパチュリーさんを刺激しないように小さめの声で話しかける。
「あ、あの、朝食を――」
「フラン、久しぶりね。引き籠ってるって聞いてたけど」
あくまでも俺は無視ですね、わかります。
「うん、でもね、勘違いだったんだ!」
「……そう」
完全に空気扱いの俺を置いて、フランがパチュリーさんにスカーレットとの行き違いの話をし始めた。
パチュリーさんは本を読みながらも聞いてあげている(だと思いたい)。
それからしばらく、フランが話し終わるまで、ふて腐れた俺は本のジャングルを見回していた。
「――それでね、勘違いだってわかって仲直りできたの!」
「良かったわね」
「うん!」
嬉々として話したフランに対して、パチュリーさんは本を読む体勢を崩しはしなかった。
しかしフランが気にした様子を見せないことから、この人はいつもこうなんだろう。
少し態度が悪くはないだろうか。
まぁ、それはともかく、話が途切れたのだ。俺はその隙を逃さず、パチュリーさんに再度アタックを試みる。
「あの、朝ごはんをお持ちしました」
「……そう、そこに置いといて頂戴」
「あ、はい」
……なんだか、ご飯を持ってきただけなのにかなり疲れた。
妙な徒労感を味わいながらも、パチュリーさんに投げられた本を机に置き、適当に朝食を並べていく。
「これで、いいか」
机の本を端に寄せ、最後の食器を置く。
ったく、ごちゃごちゃしててまともに飯も置けない。
「凛っ、お仕事終わった?」
「ん」
俺が一息吐くとフランは、やった! と顔を輝かせた。
「じゃあ遊ぼう! お姉様達も待ってるよ!」
フランは目一杯両手を広げる。その表情はこれからの遊びを待ちきれない、といった感じ。
まぁ、姉の方はどっちかって言うと一休みしたいっていう感じなんだろうけど。
俺はそんなフランの誘いを、悪いけど、と断る。
「あぁ、いや、俺ここでちょっとすることあるんだ。ちょっと先に行っててくれる?」
することってのはもちろん帰る方法について、だ。
フランと遊ぶ事と帰る方法について、この二つの優先順位なんて言うまでもないだろう。
しかし、遊びたい盛りのフランはやはり渋る。
「え~、せっかくめーりんと5人で遊ぼうと思ったのに」
めーりん? 誰だろう。該当する人物が浮かばず、頭にハテナを浮かべる。
行こうよー。フランは袖を掴み軽く引っ張ってくる。
困ったな。このままじゃあれだし。
……仕方ない。
「あっ、そういえばレミリアさんがフランと早く遊びたいなー、って言ってたような気がする」
「えっ、ほんと!?」
フランの羽がピンと伸び、羽についている宝石の輝きが一気に増す(光るのな、それ)。
「あぁ、俺も後から行くからさ、今は早くレミリアさんのとこ行ってやり」
「うん! わかった!」
フランは元気よく頷いて、早く来てねー! と手を振りながら図書館を後にした。
……レミリアさん、すんません。
「さて、と」
レミリアさんに心の中で手を合わせてから、読書を再開しているパチュリーさんに向き直る。
さっさと用事を終わらせよう。
「あの、パチュリーさん。聞きたいことがあるんですが」
「……何?」
気怠そうに返事を返されて、少しほっとする。また無視されたらたまったもんじゃない。
それよか、朝ごはん食べないのかな、この人。
「俺、外来人なんです。それで、外の世界に帰る方法を知りませんか?」
「……」
そう質問するもパチュリーさんは静かにパラパラと本をめくるのみ。
無表情なので、何を考えているのかもわからない。ちゃんと話を聞いてくれているのだろうか……。
「……まずはどうやってここに来たか、それから聞かせてもらえるかしら」
「あ、わかりました」
どうやら聞いてくれてたみたい。
俺は安堵のため息をついてから、ここまで来るまでの経緯を説明し始めた。
「――それで霧雨さんっていう魔法使いに」
「ちょっと待って。あなた魔理沙に会ったの?」
読書を中断し、こっちを見るパチュリーさん。その思考の読めない瞳がこちらを射抜く。
……レミリアさんの、あの威圧的な眼も嫌だけど、この人の――なんて言ったらいいんだろう。何を考えているのか全く分からない、この妙な眼で見られるのもなんか嫌だ。
「えっと、はい。ここまで送ってもらいました。
パチュリーさんは霧雨さんの友達か何かですか?」
これはチャンスかもしれない。
もし友達だっていうなら、それをきっかけにもう少し話を盛り上げられるかも。
だが、そんな俺の期待に反してパチュリーさんは溜息をついて言った。
「友達? 冗談じゃないわ。あいつはここによく本を盗みに来るのよ。
あなたも付き合う相手には気をつけなさい。この幻想郷にはやっかいな輩がごまんといるわ」
盗まれた本の事でも思い出したのだろうか、少し不機嫌そうに言ってから読書を再開するパチュリーさん。
……どうやら触れてはいけない話題だったらしい。
「あ、はい。すみません……」
それから二人とも沈黙。
俺は話すこと話したから後はパチュリーさんの返答待ちなんだが……。
機嫌を悪くしたパチュリーさんは何も言わない。ただ本を読むのみ。
パチュリーさんは黙って本をめくり、俺は黙って突っ立ってるだけ。
「……」
「……」
き、気まずい。超気まずい……。痛い、沈黙が目と耳と頭に痛い……!
俺が苦痛にもだえ苦しんでいると、パチュリーさんが唐突に口を開いた。
「八雲紫のスキマを通れなくて、博麗大結界も開けない……か」
「え?」
急に口を開いたパチュリーさんを驚いて見る。
その視線は相変わらず本へと向いており、やはりというか、何を考えているのかわからない。
その呟きから少し経って、パチュリーさんはまた口を開く。
「残念だけど、私はそれ以外の方法で外に行く手段を知らないわ」
「そう……ですか」
こんな大きい図書館に住んでるこの人なら知ってるかも、そんな希望を絶たれた俺は肩を落とす。
しかしパチュリーさんは、でも、と付け加える様に言った。
「ここにはまだ私も読んだ事のない本もある。それになら帰る方法も書いてあるかもしれない。
あなたが魔理沙のように盗みをせず、しっかりと本を返すって約束するなら、ここを使わせてあげるわ」
「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます!」
頭を下げる俺に対して、パチュリーさんはピッと指を立てた。
「最後に一つ」
「?」
「図書館では静かに」




