第四話 友達の条件 下
* * *
「うわ、霧が……」
十六夜さんに置いて行かれた後、廊下を飛んでる妖精メイド(妖怪かって聞いたら怒られた)に道を尋ねて庭へ辿り付いた俺は、顔をしかめた。
相変わらず霧が紅魔館一帯を覆い隠しており、やはり気味が悪い。それに、そこまで深い霧というわけでもないが、日の光を十二分に遮っている。
これじゃせっかくいい天気なのに勿体ない。
「十六夜さん、いるんだろうな……」
溜息が出る。
さっきの事があったからだろう。十六夜さんと顔を合わせるのがすごくつらい。あの時の十六夜さんの顔が忘れられない。
それに、俺にありがとうと言った時の表情や首を傾げる動作など、あんなのを狙ってやっていたんだから……。
「女ってこえーよなー」
あれで十六夜さんに少しでもそういう感情を抱いてしまったのだから、やっぱりぞっとする。
それに俺を騙そうとした理由も分からないし……。
「りーん! こっちだよー!」
その声に顔を上げると、少し離れた場所でフランがレジャーシートらしきものの上に座って手を振っているのがわかる。その隣にはスカーレット(まるでピクニックだな)。
そして、十六夜さん……。
俺は沈んだ気分を悟られないようにフラン達に駆け寄る。
三人に駆け寄った俺は、出来るだけ十六夜さんの方を見ないようにして、フランに話しかけた。
「なにしてたの?」
俺が尋ねるとフランはあの何者をも癒してしまうような、明るい笑顔で答える。
「凛が教えてくれたじゃんけんをやってたんだ! 咲夜もお姉様も強いのよ!
お姉様なんてさっきから一度も負けてないんだから!」
興奮したようにスカーレットを指すフランはとても楽しそうで、その様子にこっちまで楽しくなってしまう。
「へぇ、そりゃすごい。
じゃあレミリアさん、今度は俺とじゃんけんしません?」
俺も腰を下ろしながらスカーレットに勝負を持ちかける。
一回も負けないってのは気になるな。じゃんけんでイカサマってのはあまり聞いたことがないが……。
「……。いいわよ」
少し間を置いて答えたスカーレットがこちらに向き直る。
うわっ……。外に出て実感したけど、こいつら異様に肌白いな。
「じゃあ、いきますよ」
『じゃんけんぽん』
出された手はスカーレットがグーで俺がパー。
あ、勝っちゃったよ。
それを見たフランがすっごくはしゃいだ。
「すごーい! お姉様に勝っちゃった! 凛強いね!」
「まぁね、俺にかかればこんなもんよ」
「……もう一回よ」
自分の手を見ながら言うスカーレットに苦笑いしてしまう。
負けず嫌いだな、このお嬢様は。
その後もスカーレットとじゃんけんをしたんだが、まぁ言うてじゃんけんの勝敗なんて時の運。勝ったり負けたりの繰り返しだ。
それを見ていたフランもじゃんけんをやりたくなったのか、四人でやろうと言い出し、今では四人でじゃんけんをやっている。
「お姉様すごいね! また勝っちゃった!」
「……えぇ、そうね」
楽しそうにしているフランだけど、スカーレットは少しげんなりしているようにも見える。
その気持ちは凄く分かる。だって、さっきからずっとじゃんけんしかしてないのだ。これは飽きる。すごい勢いで飽きる。
俺も顔には出さないものの、いや、顔には出せず笑顔でやらないといけないから、すっごくキツイ。
それから何回かじゃんけんをやった後、フランが急に立ち上がった。
「よし! 私咲夜と修行してくる! あとで勝負だよ! いこっ咲夜!」
「い、妹様……!」
フランはいきなりそう言ったかと思うと、十六夜さんの手を引き連れて行く。
十六夜さん、ご愁傷様です。手を合わせる。
俺とスカーレットの二人は、フランが向こうに行ったことに安堵の溜息を吐いた。
「笑顔を維持するのも、なかなかつらいものね」
「レミリアさん、最後の方は死んだ魚みたいな顔してましたよ」
「……それはそれよ」
どれがどうなのだろうか。
「……」
「……」
それからしばらく沈黙する。
フランと遊んで疲れたからか、この静かな空間がとっても心地いい。
少し離れたところからフランの、じゃんけんぽん! という元気のいい声が聞こえてくる。
メイド長は大変ッスな。
「ところで凛。あなたに聞きたいことがあるのだけれど」
霧で霞んだ空を見上げていると、不意にスカーレットが尋ねる。
そうか、吸血鬼だから霧のあるところに住んでるのか。
「なんですか、レミリアさん」
「あなた、人間かしら?」
ドキリとする。
……こいつも俺を人外だと言うつもりなのか?
「俺は――」
「いえ、愚問だったわね。私達吸血鬼が人間を見極められないわけないわ。
つまらない質問しちゃったわね」
「い、いや……」
勝手に自己完結したスカーレットに釈然としない思いを抱いていると、向こうからフラン達が帰ってきているのが見えた。
それを見たスカーレットは立ち上がり伸びをする。
……出来ればもう一度八雲さんの伸びを拝みたいもんだ。
「さぁ、フランの修行の成果見てあげるわよ」
「ですね」
俺も腰を上げ、十六夜さんの手を引きながら笑顔で帰ってきたフランを迎えた。
* * *
「ここがあなたの部屋よ」
「……あ、赤い」
十六夜さんの案内を受けて入った部屋に思わず絶句する。
ベッドは大きい上にふかふかそうで部屋も広い。まるで高級ホテルの一室のよう。
そんな部屋を使えること自体はとても嬉しいのだが、ただ、とても赤い。
紅魔館の外観と中の色から、もしやと思っていたけど、ここまで真っ赤だとは……。
「それで凛。この後だけど」
「……あ、はい。えっと、晩ごはん出来るまで待機、ですよね」
「そうね」
あの後しばらく修業を終えたフランとじゃんけんをしていたのだが、恐らくスカーレットはじゃんけんを続けることに耐え切れなくなってしまったのだろう。
まだ日が沈むまでそれなりに時間があるというのに、そろそろ夕飯の時間だからと、スカーレットは遊びをお開きにした。
それで俺は十六夜さんにこれから使うことになる部屋まで案内してもらったわけだが、憐れスカーレットはまだまだ遊びたいと言うフランに付き合わされている。
それを断れずに付き合ってやるスカーレットは姉バカというかなんというか……。
「じゃあ、夕飯が出来たら呼びに行くわ。
あぁ、あと、着替えはクローゼットの中よ」
それだけ伝えて十六夜さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「はぁ……」
十六夜さんが出ていき,深い息を吐く。
やっぱり十六夜さんと二人きりは気が重くなる。
ベッドに倒れこむ。
「ふかふか、だぁ~」
そういえば、着替えの場所を言うってことは着替えろってことなのかな。
それから執事のような服に着替えた後、色々と暇を潰していると、ドアがノックされた。
……十六夜さんだろう。
心なしか重くなった身体を起こしてドアまで向かい、開ける。
「夕飯の準備ができたから迎えに来たわ」
俺の想像通りそこには十六夜さんが立っていて、相変わらずの無表情。
こんな表情を見ていると、作り物だとわかっていてもあの時の笑顔を見たくなる。
「わかりました」
俺の返事を聞くな否や背を向けて歩き出す十六夜さんに慌ててついて行く。
距離は……つかず離れず、だ(人間関係はかなり離れているけれど)。
思えば、紅魔館ではどこで食事を取るのだろう。大きな食堂でもあるのだろうか。
「咲夜さん、ご飯はどこで食べるんですか?」
めげないな。
我ながら、あれだけ冷たくされておいて話しかけられる度胸はなかなかのものだと思う。
「食堂よ」
食堂、食堂か。この館はなんでも大きいのだからさぞその食堂も大きい事だろう。
その大きな食堂を想像して若干ワクワクしながら十六夜さんについて行くと、スカーレットの部屋ほどではないが、なかなか派手な装飾がされている扉にたどり着く。
うん、結構期待できそうだ。
入室の旨を伝えて中に入っていく十六夜さんに続いて、俺も食堂に足を踏み入れる。
そして―――
「凛遅いよ!」
まず初めにフランに文句を言われる。
俺は十六夜さんが来てからすぐにここに向かったんだが……。
「あぁ、ごめんごめん」
まぁ、そんなことでいちいち噛みついていても大人げない。
俺は周りを見回しながら食堂の真ん中に置かれた大きな長方形のテーブルに足を運ぶ。
思ったほどじゃ……ないな。
いや、実際この食堂は広い。広いんだが、某魔法学校に出てくるようなとてつもなく広い食堂を想像していたからか、そこまで感動することはなかった。
「あら、着替えたのね。なかなか似合うじゃない。そこに腰かけて頂戴」
テーブルの一番奥。偉そうな位置に座っているスカーレットがこっちを見て言う。
……少しやつれている様にも見えるのは気のせいだろうか。
「あ、はい、ありがとうございます」
スカーレットが指したフランの対面の椅子に腰かける。
するとスカーレットが合図し、控えていた十六夜さんと妖精メイドさん達が豪華な料理を並べだした。
「あ、どうも」
俺の前に料理を置いてくれた妖精メイドさんは何も言わずに元の配置に戻っていく。
……スカーレットとフランはともかく、なんだか俺はここに場違いな気がしてきた。
「さぁ、いただきましょう」
そう言って手を合わせるスカーレットにハッとする。
場違いかどうかはともかく、せっかく作ってくれたんだから美味しく食べないと。
……それより、“手を合わせる”ってそこだけ和式かよ。
「……」
「……」
「……」
食堂には、カチャカチャとただ食器が擦れる音のみが響く。
毎晩こんなのなのかな。すごく静かな晩ごはんだ。
妖精メイドさん達は皆出ていき、この場にいるのは俺とフラン、スカーレット、その後ろに控えている十六夜さんのみだ。
誰も話さない。
スカーレットはともかく、あんなに元気いっぱいなフランが何も言わないのは意外だ。
なんか話題でも切り出そう。こんな静かな食卓は嫌だ。
「フラン、お前ご飯こぼしてるぞ」
それも結構、ぼろぼろ。話題として出すには丁度いい。
それに実際、かなり酷い。
フランの皿の周りは結構汚れてるし、服も……(どれくらいひどいかは想像にお任せするが、一言だけ言わせてもらうと、フランに白い服着せたら次に日にはすごいカラフルになっていることだろうな)。
こいつには前掛けがいるんじゃないか?
「あ、ほんとだ」
ほんとに気付かなかったようで、服を見て、よごれちゃった、とかわいらしく言うフラン。
「まだまだ子どもだな、フランは」
軽くからかってやると、フランはムッとした顔をして言った。
「違うもん! 私もうすぐ500歳だもん!」
え? ……あぁ、子どもの設定か。
「はいはいすごいね~」
そうやって軽く流そうとすると、フランはさらにムキになりスカーレットに同意を求めた。
「ほんとなの! ねぇ! お姉様!」
何か考えていたのだろうか、少しボーとしていたスカーレットは、フランの言葉を聞いて我に返ったかのように、そうね、と頷いた。
「ほら~」
スカーレットの言葉に満足したのかフランはこっちに向き直り、ドヤ顔を決める。
「いや、でもその外見で500歳は……なぁ?」
吸血鬼については、にんにくが苦手とか太陽がマジヤバいとか、一般的に知られているものしか知らないため、一概に否定もできないが……。
そのピチピチお肌で500歳はないだろう。
「とにかくほんとなのよ!」
「そ、そうか……」
「そうなの!」
フランの勢いに押されてしまう。
な、なんか初めと比べてかなり押しが強くなったな。こいつ内弁慶なのか?
「……わかったよ。フランとレミリアさんは長生きだ」
別にこれ以上フランに異論を唱えたってメリットはないし、適当に認めておこう。
フランも俺が認めたことに納得したのか矛を収める。
全く、これで500歳なんて信じられない。もうちょっと落ち着きがないとな。
霊夢なんて俺より年下(たぶん)のくせに大分落ち着いて―――――あ。
そういえば、霊夢。霊夢で思い出した。
あいつが言っていた“帰る方法を探せる”ってのは……。
ようやくここに来た本題を思い出した俺はスカーレットに話を振る。
「あの、レミリアさん。聞きたいことがあるんですが」
「何かしら?」
スカーレットの紅い目がこちらを捉える。
なんだか、その目はいまいち慣れないな……。
「えっと、霊夢がここなら外へ帰る方法が見つかるかもって言ってたんです。
何か心当たりありませんか?」
俺がそう言うと、スカーレットは何かボソッと言った。
「……なるほど、八雲紫の力も通用しないか」
「え?」
「あぁ、いや、何でもないわ。帰る方法、ねぇ。……心当たりがあるわ」
「ホントですか!?」
スカーレットはニヤリとする。なんだか嬉しそう。
「ねぇ、どういうこと?」
今までの話についてこれていなかったフランが尋ねる。
さり気無く十六夜さんが頬についた汚れなどを拭きとってあげている。
「あぁ、いや、俺今迷子なんだ。だから家に帰る方法を探してるんだよ」
「そっか……。おうち見つかるといいね!」
「うん」
やっぱり子どもの無邪気な笑顔は癒される。
またご飯をこぼして十六夜さんの世話を受けているフランからスカーレットに視線を戻す。
「それで、その心当たりって何なんですか?」
俺が質問するとスカーレットはワイングラスを手に取り、ゆらゆらと揺らす。
そんなもったいぶってないでさっさと教えてほしんだけど……。
「そうね、明日の朝教えましょう。今日のパチェは何だかピリピリしてたから」
「パチェ、ですか?」
ピリピリしてた、と言うからにはその人が“心当たり”に関係ある人物なのだろう。
思わず聞き返してしまった俺にスカーレットは少し面倒くさそうな顔をした。
「あぁ、それも明日の朝、よ」
億劫そうに手をひらひらと振り、それから話は終わりだとばかりに黙々と食事を再開するスカーレット。
これ以上話すのもなんだし、そろそろこの豪華な料理を胃に収めてしまうとしよう。
* * *
「浴場の使用時間表?」
「そう」
夕飯を済ませ自室でくつろいでいた俺のもとを訪れた十六夜さんは、コピー紙のようなものを差し出した。
紙には19時から深夜2時まで、どの妖精メイドたちが浴場を使用するのかが示されている。その量からこの紅魔館にどれ程の妖精メイドが働いているのかが窺える。
「それでこの表がどうしたんですか?」
そう尋ねる俺に十六夜さんはこれ見よがしに溜息を吐いた。
「これ見て何か思う事ない?」
そう言われて、もう一度この表に目を通す。
「……えと、びっしり、ですね」
そう、この表の時間枠はどの時間帯も深夜2時まで完全に埋まっている。
そこで十六夜さんが少し演技がかった動作で何かを思い出したかのように言う。
「そういえば言い忘れていたけれど……。ここに住んでる男性はあなただけよ」
「え?」
十六夜さんはにっこりとする。
「まぁ、言いたいことは分かるわね?」
……。
「えっと、つまり……」
「お風呂に浸かりたいなら深夜の2時過ぎから、ってことね」
とても良い笑顔を俺に向ける十六夜さん。
「あ、あの、起床時間は……」
「5時よ」
……うわ、まじか。
俺に絶望的な情報を告げた十六夜さんは、じゃあ私はこれで、とどこか満足げに去っていく。
十六夜さんを見送って、鍵を掛ける。ベッドに腰掛けて辟易した気分で表を見直す。
つまり、2時から風呂に入って寝るんだったら、5時まで2時間半程しか寝れない、ということだ。それはちょっとキツイ。
「……あっそうだ」
それなら、今から2時まで寝てしまおう。そうすれば睡眠時間も十分に確保できるではないか。
我ながらなかなかの名案だと、ベッドにダイブする。ふかふかの感触に感動しながら、静かに目を閉じる。
やはりというか、疲れていたのだろう。そこから意識が沈んでいくまで、時間はかからなかった――。




