第四話 友達の条件 中
俺はこの暗くなってしまった空気を何とかするため、努めて明るい声で言った。
「だ、大丈夫だって。俺が色んな遊び知ってるからさ。
……えっと、ここに来る時チルノって奴に教えてもらった遊びがあるんだけど、それやろう!」
な! と呼びかけると、フランちゃんは少しうな垂れながらも頷いてくれた。
俺はそのことに、ほっと息を吐きながらチルノ達とやった遊びについて説明を始める。
「まずはね、じゃんけんで先攻と後攻を――」
「じゃんけんって何?」
フランちゃんは首を傾げる。
「……え?」
なん…だと…。
俺は顔に張り付けた笑顔をそのままに、フランちゃんに尋ねる。
「え……と、じゃんけん知らない?」
「うん知らない」
頷くフランちゃんに戦慄する。
“弾幕ごっこ以外知らないもん”その言葉に偽りなし。
じゃんけんも知らないとなると、この子他の子どもと遊んだことない……?
えっと、どうしよ。そんな子と会った事ないし……。
「じゃんけん知らない私っておかしい?」
フランちゃんは俺の反応を見て、少し泣きそうになっている。
ま、マズイ。これで癇癪を起こされでもしたら今までの努力が水の泡だ。
俺は出来るだけフランをちゃんを刺激しないように、優しい口調で話しかける。
「あ、あぁ~そっか~。それは仕方ないよ。仕方ない。全然おかしくないよ、うん全然。
だって、じゃんけんなんてマイナーな遊び知ってるわけないか。いやそうだよね。ごめんごめん。弾幕ごっこの方が全然スプラッシュしてるよ。いやほんと」
スプラッシュとはなんだろうか……。
フォローに必死で意味不明な単語が飛び出してしまった。
「そっか……」
意味不明な言葉にも関わらず、俺の想いは通じたようで、フランちゃんは安心した面持ちになる。
いや、マズイな。この子と接するときは地雷に気を付けなければ。
冷や汗を垂らしながらも、笑顔を崩さずに続ける。
「じゃあ、じゃんけんを教えようか。じゃんけんには、グーチョキパーっていうのがあるんだ」
「ぐーちょきぱー?」
「そう」
俺はフランちゃんの地雷原を意識しつつも、じゃんけんを教えていった――――。
『じゃんけんぽん! あっちむいてほい!』
「やった! 私の勝ちだよ! 凛!」
フランは勝ったことに喜び、元気よく飛び跳ねる。
「……い、いや、すごいなフラン」
この俺があっちむいてほいで一勝も出来ないだと……。
信じられない面持でフランを見ると、フランは嬉しそうに笑った。
「凛が弱いんだよ。だって指差すのと反対向くだけだよ?」
得意げな顔で指を左右に振るフラン。
……あの指がいけないんだあの指が。
俺がいかに速く、首を痛めてしまうくらいに速く首振ろうとも、あの指はこっちの動きについてくる。
逆にこっちがじゃんけんで勝ったとしても、この子は俺の指の動きを完全に捉えてくるのだ。
あまりにも勝てなさすぎて、フェイントを入れると言う暴挙にも打って出たが、全く通用しなかった。
やはり吸血鬼という種族であるために、運動神経もかなり高いのだろうか。
「もう無理! フラン強すぎ! 今度は別の遊びにしよ!」
ベッドにバタンと倒れながら言うと、フランはすぐに頷いた。
「いいよ! えへへ、誰かと一緒に遊ぶって弾幕ごっこじゃなくても楽しいんだね!」
とても楽しそうな笑顔をこちらに向けるフラン。
初めて会った時の、あのフランとは似ても似つかない、素敵な笑顔だ。
……気付けば、この子に対する警戒がかなり薄れている。
一緒に遊んでみてわかったのだ。フランは普通に良い子だ。魔法や身体能力など、人間とは違うけれども、良い子だ。
それならば、果たしてあの時見た狂気は一体なんだったのだろうか……。
俺はあの時の記憶を追い払うように頭を振った。
あんなモノは思い出したくない。
フランへ視線を向ける。
「あっちむいてほい!」
先程のあっちむいてほいがよっぽど楽しかったのだろう。
フランは一人で、あっちむいてほい! そう言いながら腕を左右上下にブンブンと振っている。
腕が風を切る音が怖いんですけど……。
「さて、何をしようか……ん?」
次にどんな遊びをしようかと考えながら部屋を見回していると、部屋の端に野球のグローブとボールが落ちているのを発見する。
俺はそれに歩み寄り、拾い上げた。
「グローブとボール? 何でこんなところに……」
幻想郷では野球が存在するのだろうか。ボロボロのグローブだが、具合を見てみると使えないこともないようだ。
グローブの調子を確認していると、腕を振り回すのやめたフランがこっちを向いた。
「何やってるの?」
「ん、あぁ。これは?」
「それ? その変なのはお姉様が拾ってきてくれたんだけど……」
肩を傾げるフラン。
なるほど、使い方がわからなかったってわけね。
……よし。
「じゃあキャッチボールしようぜ!」
「きゃっちぼーる?」
フランは頭にはてなを浮かべた。
この反応を見るに、やはり野球は幻想郷ではメジャーではないらしい(フランが知らないだけと言う可能性もあり得るが)。
「ああ! まずは外に行かないと。行こうフラン!」
俺はキャッチボールをしようと外へ出ようとする。しかし――
「……? どうしたんだ? フラン」
フランがついて来ない。フランは俯いたままその場から動かない。
「えと、もしかして、キャッチボール嫌いだった?」
このフランの急激なテンションの下がり具合に驚いてしまう。
……もしかしてまた地雷踏んだ? 戦々恐々としていると、フランは静かに首を横に振る。
「ううん。そのきゃっちぼーるって遊びは楽しそうだよ。
でも私、お外出ちゃいけないの。この前、たくさん壊しちゃって、お姉様にお外出るなって……」
「……」
“たくさん壊した”か。
この部屋の壊された人形やぬいぐるみ、それと今まで過ごした時間でわかったことがある。
この子はまだ自身の力を上手く制御できていない。
だから、些細なことですぐに周りの物を壊してしまうんだろう(聡明な皆様ならすでにお気付きだと思うが、俺はこの時フランとキャッチボールをやる事がいかに危険かまるで理解していなかった)。
俺はフランの前にしゃがみ込み、頭を撫でてやる。
「ならあれ、スカ―……レミリアさんのとこに行こう。それで、外に出る許可をもらおう。ね?」
宥める様にフランを説得しようとするが、フランは再び首を横に振った。
「無理だよ、だって……。無理だよ……」
一体何が無理なのか、いまいち要領を得ないな。
子ども特有の固定概念に溜息が漏れそうになるが、我慢する。
「おいおい、早々に諦めんなよ。
ある人は言いました。“諦めたらそこで試合終了だ”ってな。
ほら、レミリアさんのとこ、一緒に行こ。俺もレミリアさんに言ってやるから」
「……」
しかしフランは俯いたまま、何も言わない。
仕方ないな、この子は。
今度はしっかりと溜息を吐いて、言ってあげた。
「……友達、だろ?」
「え?」
フランは呆けた顔を上げた。
俺は何だか気恥ずかしくて、頭を掻く。
「その、だからさ、レミリアさん説得して、一緒に外で遊ぼう」
「……うん。うん! わかった!」
俺の言葉を聞いたフランはしばらく呆けていたが、すぐに満面の笑顔になり、元気良く頷いてくれた。
フランが元気になってくれたの良いけれど、あんなギザッタらしい事を言ったのだと考えると、ものすごく恥ずかしい。
「じゃあ、道案内頼むよ」
「うん、行こう!」
フランに手を引っ張られながら部屋を出る。
部屋を出る時に一瞬だけ迷う素振りを見せたフランだが、何かを掃うように頭を振り、力強く部屋の外への一歩を踏み出した。
* * *
まずノックをする。これは入室するときの基本だ。
フランの時は忘れてたけど、二度も同じミスをする俺じゃない。
それに今度はフランと違って、なんかそれなりに雰囲気のあるスカーレット。やっぱそういったマナーを大切にしないと怒られるんじゃないだろうか。
『入っていいわよ』
ドア越しにスカーレットのくぐもった声が聞こえると、フランの息をのむ音が聞こえた。
緊張してるのかカチコチに固まってるし、大丈夫かなこいつ……。
「失礼します」
フランとともに部屋に入ると、ちょうどスカーレットが紅茶を飲んでいるところだった。十六夜さんはその後ろに控えていて、何故か俺は睨まれる。
あれ、もしかしなくても俺、嫌われてる……?
スカーレットは俺とフランを見て、少し意外そうに目を丸めた。
「あら、生きてたのね。フランもいるじゃない」
そう言ってスカーレットは紅茶に口をつけた。
……聞いた? 聞きましたか皆様。
“生きてたのね”だってさ。こいつ俺がフランに殺される事前提でここに住むことOKしたってことだ。
絶対後で復讐してやるからみとけよ。
「それで、どうしたのかしら?」
スカーレットは俺たちの事などあまり興味なさげにカップの紅茶を見つめている。
まぁいい。ここからが勝負だ。
どうスカーレットを説得してフランを外に出せるか。少し頑固そうなスカーレットだけど、フランのためにも頑張らないと。
それに一回外に出すって約束したんだから、ここで説得できないと格好がつかないし。
俺はスカーレットの紅い目をしっかりと見据える。
「フランと外で遊びたいので、一緒に外に行ってもいいですか?」
「あぁ、いいわよ」
……。
……あ、あれ?
軽っ! めっちゃ軽っ!
二つ返事で了承を得られたことに思わず動揺してしまう。
肩すかし感が半端ないんだけど……。スカーレットに閉じ込められていたんじゃなかったのか?
俺はフランに小声で話しかける。
「お、おい、フラン。普通にOKされたぞ」
「でもお姉様! 私、庭のものたくさん壊しちゃったからお外に出ちゃいけないってお姉様が……!」
……無視されちゃった。お兄さん悲しい。
フランの言葉を聞いて少し黙っていたスカーレットだが、しばらく経つと大きな溜息を吐いて口を開いた。
「フラン、私があの時なんて言ったか覚えてる?」
「……え? もうお外に出るなって……」
「やっぱりね」
そう言うとスカーレットは、頭を横に振りながら再び溜息を吐いた。
俺もフランも顔を見合わせた。二人とも状況が飲み込めない。
「私はね、あの時こう言ったの。
『後片付けをするから。フラン、あなたはもう部屋にいなさい』って。部屋から出るな、なんて一言も言っていないわよ。
あなたが障壁まで張って部屋に引き籠もっているから心配してたのに、まさかこんな勘違いだったなんてね……」
フランのことで頭を痛めていたのであろうか、スカーレットは少し呆れた様子を見せた。
状況が掴めずにオロオロしていたフランだが、その意味を把握すると、恐る恐るスカーレットに尋ねた。
「じ、じゃあ私……お外出てもいいの?」
するとスカーレットは気恥ずかしげに頬を掻き、フランに笑いかけた。
「当たり前よ。もうあの時のようにはしないわ。貴女は、私の最愛の妹なんだから」
「……ッ! お姉様!」
感極まり。フランはスカーレットに抱きつく。
「手間の掛かる妹ね、ほんと」
スカーレットは優しい笑みを浮かべながらフランの頭を撫でてやる。
この人に冷酷なイメージを持っていたけど、こんな柔らかい表情も出来るんだ。
吸血鬼でも、こういうところは人間と変わらないんだな。
……これに水を差すのもなんだし、もう少し待っとこう。
そう思ってそばのソファに腰を下ろすと、後ろから現れた十六夜さんがテーブルにカップを置き、紅茶を注いでくれた。
「ど、どうも……。ありがとうございます」
急に後ろから現れたため少し驚いたが、八雲さんのスキマでの登場に慣れていたためか、即座に対応できた(と言っても礼を述べただけだが)。
十六夜さんは先ほどまでカップを乗せていたであろうトレイを胸に抱え、口を開く。
「礼を言うのは私の方。あなたは引き籠もっていた妹様とお嬢様の仲を元に戻してくれた。
私には出来なかった。悔しいけどね。だから、あなたには感謝しているわ。
……ありがとう」
あまりこういう事を言うのには慣れていないのだろうか、ぎこちないながらも笑顔を見せる十六夜さん。
「あ、い、いや、そんな……」
いきなり礼を言ってきた十六夜さんになんて返していいのかわからなくなってしまう。
……いや、やべーだろこれ。さっきまで冷たかったのに、急にこれとか……。
ツンデレってレベルじゃねーぞ。
俺は自身の動揺を隠すように(隠せていないが)十六夜さんが注いでくれた紅茶を飲む。
焦っているからか、味がほとんどわからない。
「……?」
急にしどろもどろになった俺を疑問に思ったのか、十六夜さんは首を傾げた。
……それもいけないです、十六夜さん。あなた自分の容姿の破壊力くらいしっかり把握しといてくださいよ……。
十六夜さんの攻撃にヤられそうになっていると、スカーレットと話し終わったであろうフランが飛びついてきた。
「じゃあ凛! 遊びいこ!」
「……あ、あぁ! そうだな」
フランが戻ってきたことで、ようやく意識が通常運転を再開する。
俺はカップを置いて、十六夜さんを視界に入れないように立ち上がる。
……危なかった。フランが来なかったら完全に落とされてたわ。恐るべしメイド長。
俺が立ち上がるのを待っていたフランは、輝かしい笑顔で腕を振り上げた。
「ようし、Let's go!」
「あぁ、ちょっと待ったフラン」
「んん? どうしたの?」
無駄に良い発音で部屋を飛び出そうとしたフランを呼び止める。
「せっかく仲直りできたんだし。外で遊ぶの止めてレミリアさんと一緒に話でもしたらどう?」
一瞬、一瞬だけだけど、フランが遊びに行こうと言った時、スカーレットが寂しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
俺にも妹がいるから、なんだかその気持ちもわからなくはなかった。
俺の提案を聞いて、フランは少し思案した。
「え? うーん。
……あっ! そうだ! お姉様も一緒に外で遊ぼ!」
ナイスだフラン。フランが言わないのなら、俺がそう言うつもりだった。
「……全く、仕方ないわね」
そう言われて驚いた顔をしていたスカーレットだが、フッと笑ってから十六夜さんに外へ出る準備をするように指示した。
仕方ないって言ってるわりには嬉しそうじゃんこのやろー。
スカーレットの言葉を聞いてフランは、やった! と飛び跳ねた。
「決まりだ! お姉様! 行こう!」
「ちょっと、フラン……!」
十六夜さんが日傘を取り出す前に、フランはスカーレットの手を引いて連れて行ってしまう。
反射神経が凄かったフランは、やはりパワーも物凄いらしい。凄まじい勢いで廊下を走り去っていった。
……その際スカーレットが壁に激突したのは見なかったことにしよう。
「……」
「……」
そして、フランとスカーレットがいなくなった部屋。勿論残されたのは十六夜さんと俺。
さっきのことがあるからか、少しドキドキする。
「行っちゃいましたね。二人とも」
「そうね」
それだけ言って十六夜さんは日傘を持って部屋から出て行こうとする。
このまま一人この部屋に置いて行かれちゃたまらない。俺は慌てて十六夜さんについていく。
「あ、あの、二人はどこに……」
少し早足で追いつき尋ねると、十六夜さんは初めて紅魔館を案内してくれた時のような、平坦な声で言う。
「……恐らく庭ね」
やはり、敬語でないのとそうであるのは大分違う。声質が同じでも、随分柔らかく感じるもん。
冷たい感じの十六夜さんが敬語を使うと、なんかもう、あれ、絶対零度だ。
「すみません、ここに来た時も同じような質問しましたけど、何でまたタメ口に?」
敬語をやめてほしいとは思ってたけど、そうなるとそれはそれで理由が気になる。
すると、十六夜さんは静かに答える。
「あなたはもう場違いな客人ではないわ。この紅魔館の住人よ。だからね」
……ちょっと、感動してしまうじゃないですか。
「えっと、その……ありがとうございます十六夜さん」
頭を掻く。
いや、なんだかそういう事を面と向かって言われると気恥ずかしいな。
かなり冷たい印象を受けていたけれど、なんだかんだで十六夜さんは良い人なのかもしれない。
俺が早くも十六夜さんに心を開きかけていると、十六夜さんは少し頬を染めて言った。
「名字よりも、咲夜って呼んでくれた方が嬉しいわ」
少しそっぽを向きながら十六夜さんは言う。
……。
「いざ……いえ、咲夜さん。流石にそれは怪しいです。
何を企んでいるんですか?」
そう言うと十六夜さんは足を止めた。
隣を歩いていた俺は急には止まれず、数歩進む形となる。
なぜ急に止まったのだろう。訝しみながら振り返る。
――すると、まるで機械のような、酷く冷たい表情がそこにはあった。
精巧に作られた人形なのではないかと、そう思えるような、無機質な表情。
十六夜さんの、先ほどの人間味溢れた色は消え失せ、“そいつ”は非情な瞳でこちらを射抜く。
暗く静かな圧力に思わず息を呑む。
「あら、意外に聡いのね。油断したわ」
その場を包んでいた空気が一気に凍りつく。
十六夜さんに開きかけていた俺の心は、一瞬で心の奥底に仕舞い込まれた。
「あ、あの、十六夜さ」
「あら、咲夜でいいわよ」
ニコリと笑う十六夜さん。
その作り物の笑顔に今度は明確な恐怖を覚え、思わず後ずさりしてしまう。
「一応、聞いておきましょうか。なぜ演技だと気付いたの?」
ゴクリと生唾を飲み込む。
フランの狂気とはまた違った重圧。身体が裂けてしまうのではないかと思えるような鋭い重み。
「あ、会ったばかりの人にあんな反応をするのは明らかにおかしいですよ……」
「そうね。どうやらあなたを舐めてたみたい。次からは気を付けるわ」
十六夜さんは固まって動けない俺の横を通り過ぎていく。その際に十六夜さんはそっと言った。
「最後に、妹様はあなたに心を許しているわ。お嬢様も今回の件であなたを少し信用したみたい。
でもね、あなたが何をしたか知らないけど、私はそうはいかないわよ」
そのまま十六夜さんは廊下の向こうへ、スゥと消えていく。
……今度は十六夜さんの後を追う事は出来なかった。




