# 第六話「たった一人に届けばいい」 屋上。
# 第六話「たった一人に届けばいい」
屋上。
春の風が静かに吹いていた。
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悠人は何も言えなかった。
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ただ。
美月の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
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**「あなたの小説に救われました」**
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そんなこと。
考えたこともなかった。
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自分の小説なんて。
誰にも読まれなかった。
評価もされなかった。
賞も取れなかった。
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だから。
失敗だったと思っていた。
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なのに。
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「本当に……?」
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やっと出た言葉だった。
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「本当に俺の小説を?」
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美月は頷く。
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「今でも覚えています」
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「主人公の名前も」
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「最後の台詞も」
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そう言って、
彼女は静かに口を開いた。
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> 「大丈夫だ。
>
> 明日が来るなら、
>
> 人は何度でもやり直せる」
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悠人の目が見開かれる。
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十年前。
自分が書いた小説の最後の一文だった。
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誰にも覚えられていないと思っていた。
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自分ですら忘れかけていた言葉。
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それを。
目の前の女性は覚えていた。
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「……嘘だろ」
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声が震える。
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美月は首を横に振った。
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「嘘じゃありません」
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「私はあの日」
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「その言葉に救われました」
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沈黙。
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悠人は空を見上げた。
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涙がこぼれそうだった。
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十年間。
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ずっと思っていた。
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夢は叶わなかった。
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努力は無駄だった。
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書いても意味がなかった。
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でも。
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違った。
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たった一人だったかもしれない。
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それでも。
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届いていた。
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「俺……」
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悠人は呟く。
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「俺、勘違いしてたのかもな」
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「え?」
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「売れることばかり考えてた」
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「評価されることばかり考えてた」
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「でも本当は」
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言葉が続く。
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「誰か一人に届けば、それだけでも意味があったんだな」
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美月は優しく笑った。
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「はい」
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その一言が、
何より嬉しかった。
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その日から。
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悠人は毎日書いた。
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仕事から帰って。
少しずつ。
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一ページ。
二ページ。
三ページ。
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遅くてもいい。
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進めばいい。
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そんな気持ちだった。
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そして。
ある夜。
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ノートが一冊埋まった。
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最後のページ。
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悠人は静かに閉じる。
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「終わった……」
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たった数万文字。
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でも。
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十年間書けなかった物語。
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それを書き終えた。
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達成感が胸に広がる。
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その時だった。
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スマホが鳴る。
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美月からのメッセージ。
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『おめでとうございます』
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悠人は驚く。
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まだ報告していない。
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『なんで分かった?』
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すぐに返信が来た。
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『顔を見れば分かります』
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思わず笑った。
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『今見てないだろ』
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『見なくても分かります』
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そのやり取りが、
なぜか温かかった。
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だが。
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その夜。
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悠人は知らなかった。
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美月が、
一人で病院の待合室に座っていたことを。
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診察室の扉。
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呼ばれる名前。
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春川美月。
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彼女は静かに立ち上がる。
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そして小さく呟いた。
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「もう少しだけ……」
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「もう少しだけ時間をください」
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その表情は、
初めて見るほど切なかった――。
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### 次回
## 第七話「言えない秘密」
順調に動き出した悠人の人生。
しかし美月には誰にも話していない秘密があった。
なぜ彼女は悠人を応援するのか。
なぜ時折、悲しそうな顔をするのか。
二人の距離が近づくほど、
隠された真実もまた近づいていく――。




