# 第七話「言えない秘密」
# 第七話「言えない秘密」
六月。
雨。
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窓を叩く雨音を聞きながら、
悠人はパソコンに向かっていた。
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カタカタ。
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キーボードの音が部屋に響く。
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以前の自分なら信じられない。
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仕事から帰宅して。
晩ご飯を食べて。
小説を書く。
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そんな日々が、
もう一か月近く続いていた。
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そして。
その中心には、
いつも美月がいた。
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「今日はどこまで書けました?」
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「三千文字」
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「すごいですね」
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「褒めすぎだろ」
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「褒めます」
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そんなやり取り。
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それだけで。
また明日も書こうと思えた。
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気づけば。
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悠人は、
美月からの連絡を待つようになっていた。
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朝。
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スマホを見る。
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昼。
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屋上へ向かう。
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夜。
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メッセージを送る。
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それが当たり前になっていた。
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ある日の昼休み。
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「美月」
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「はい?」
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「今度どこか行かないか?」
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言った瞬間。
悠人の心臓が跳ねた。
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自分でも驚いた。
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でも。
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言いたかった。
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もっと知りたかった。
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彼女のことを。
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美月は少し目を丸くする。
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そして。
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嬉しそうに笑った。
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「行きたいです」
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その笑顔を見た瞬間。
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悠人の胸は熱くなった。
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だが。
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次の瞬間。
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彼女の顔色が変わる。
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ふらり。
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体が揺れた。
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「美月!」
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悠人は慌てて支える。
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彼女の体は驚くほど軽かった。
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「大丈夫です……」
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「全然大丈夫じゃないだろ」
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顔色は真っ白だった。
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額には汗。
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呼吸も少し荒い。
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「病院行ったのか?」
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沈黙。
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美月は目を逸らした。
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その反応だけで、
悠人には分かった。
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何か隠している。
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大事なことを。
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「美月」
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「……」
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「何があった?」
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彼女は答えない。
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ただ。
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少しだけ笑った。
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「今は秘密です」
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「そんなの……」
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納得できるはずがない。
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だが。
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美月は話そうとしなかった。
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そして。
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帰り際。
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小さな声で言った。
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「もし」
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「もし私がいなくなっても」
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「小説だけは続けてくださいね」
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悠人は固まる。
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「何言ってるんだよ」
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「たとえ話です」
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笑う。
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でも。
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その笑顔は。
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どこか泣きそうだった。
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その夜。
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悠人は眠れなかった。
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美月の言葉が頭から離れない。
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『私がいなくなっても』
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なぜ。
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そんなことを言ったのか。
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何を隠しているのか。
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そして。
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初めて気づく。
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「俺……」
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天井を見上げる。
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静かな部屋。
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胸の奥だけが騒がしい。
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「好きになったんだな」
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その言葉は。
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雨音の中に溶けていった。
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同じ頃。
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病院。
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診察室。
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医師が静かに告げる。
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「春川さん」
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「進行が早くなっています」
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「残された時間は……」
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その先の言葉を、
美月は最後まで聞かなかった。
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分かっていたから。
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ずっと前から。
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分かっていたから。
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診察室を出た後。
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彼女はスマホを開く。
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待ち受け画面。
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そこには。
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屋上で笑う悠人の後ろ姿。
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美月は涙をこらえながら微笑んだ。
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「もう少しだけ」
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「もう少しだけでいいから」
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「あなたが前を向く姿を見ていたいんです」
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そして、
誰にも言えない秘密が、
少しずつ二人の未来を変え始めていた――。
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### 次回
## 第八話「伝えたい言葉」
初めて気づいた恋心。
だが美月は秘密を抱えたまま距離を取ろうとする。
悠人は彼女を追いかけるのか。
それとも見送るのか。
雨の季節の中、
二人の関係が大きく動き出す――。




