# 第三話「あなたの夢は何ですか?」
# 第三話「あなたの夢は何ですか?」
昼休み。
会社の屋上。
春の風が吹いていた。
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悠人はまた屋上へ来ていた。
理由は一つ。
あの女性に、もう一度会いたかったからだ。
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「来ると思っていました」
声がした。
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振り向く。
そこにはやはり彼女がいた。
文庫本を片手に持ち、
穏やかな笑顔を浮かべている。
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「こんにちは」
「こんにちは」
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不思議だった。
名前も知らない。
どこで働いているのかも知らない。
それなのに、
彼女と話すと心が少し軽くなる。
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「今日はため息が少ないですね」
「そんなに分かります?」
「分かります」
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彼女は笑った。
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悠人も少しだけ笑う。
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沈黙。
だが嫌な沈黙ではない。
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しばらくして、
彼女が口を開いた。
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「悠人さん」
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「はい」
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「あなたの夢は何ですか?」
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その言葉に、
悠人は固まった。
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夢。
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最後にその言葉を考えたのは、
いつだっただろう。
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高校生の頃。
大学生の頃。
二十代の頃。
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その頃は確かにあった。
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「小説家になりたい」
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人に笑われたこともある。
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「そんなので食っていけるわけないだろ」
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親にも言われた。
友人にも言われた。
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気づけば就職して。
働いて。
疲れて。
夢なんて考えなくなった。
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「……昔はありました」
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「どんな夢ですか?」
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悠人は少し恥ずかしそうに答える。
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「小説家です」
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彼女は驚かなかった。
笑いもしなかった。
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ただ、
優しく頷いた。
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「素敵ですね」
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その一言が、
胸に響いた。
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何年ぶりだろう。
夢を否定されなかったのは。
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「もう無理ですよ」
悠人は苦笑する。
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「三十五歳ですし」
「才能もないですし」
「何も書いてませんし」
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言い訳はいくらでも出てくる。
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でも彼女は首を傾げた。
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「それ、本当に無理な理由ですか?」
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「え?」
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「三十五歳だから?」
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悠人は言葉に詰まる。
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「じゃあ四十歳なら?」
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「……」
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「五十歳なら?」
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「……」
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彼女は笑った。
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「たぶん悠人さんは、何歳になっても同じ理由を探しますよ」
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胸が痛かった。
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図星だったからだ。
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本当は年齢じゃない。
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失敗するのが怖い。
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才能がないと証明されるのが怖い。
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夢を追って、
何も残らなかったら怖い。
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だから。
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夢を諦めたことにしていた。
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「怖いんですね」
彼女が静かに言った。
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悠人は小さく頷く。
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「はい」
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その返事に、
彼女は少し嬉しそうだった。
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「よかった」
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「え?」
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「やっと本音が聞けました」
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風が吹く。
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彼女は立ち上がった。
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そして、
屋上のフェンス越しに空を見上げる。
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「夢を叶える人と叶えられない人の違いって、才能じゃないと思うんです」
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「じゃあ何ですか?」
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彼女は振り返った。
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その瞳は真っ直ぐだった。
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「諦めるまで続けたかどうかです」
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その言葉は、
まるで悠人の心の奥に落ちていった。
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諦めるまで。
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続けたかどうか。
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そうだ。
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自分は挑戦して失敗したわけじゃない。
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途中でやめただけだ。
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「……一つだけ」
悠人は聞いた。
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「何ですか?」
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「どうして、そんなに俺のことを応援してくれるんですか?」
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彼女は少しだけ驚いた顔をした。
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そして、
どこか寂しそうに笑う。
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「それは――」
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彼女が何かを言いかけた、その時。
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昼休み終了のチャイムが鳴った。
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「あ」
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彼女は時計を見る。
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「続きはまた今度ですね」
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そう言って歩き出す。
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「待って!」
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悠人は思わず呼び止めた。
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「名前を教えてください」
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彼女は足を止める。
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そして振り返り、
柔らかく微笑んだ。
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「春川美月です」
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初めて知った彼女の名前。
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そして悠人はまだ知らない。
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春川美月が、
自分の人生にとってどれほど大切な存在になるのかを――。
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### 次回
## 第四話「書いてみませんか?」
美月から渡された一冊のノート。
「まずは一ページだけでいいんです」
止まっていた夢が、再び動き出す。
だがその夜、
悠人は思いもよらない現実に直面する――。




