98.畑、再生する
翌日、畑には第一部隊の兵士達が鍬や鎌などを持ち整列していた。
兵士達の前に立つガエンは兵士達を見回すとため息をついた。
「……お前ら。」
兵士達が一斉に背筋を伸ばす。
「誰がそんなもん持ってこいって言った?」
「え……?」
兵士達は互いに顔を見合わせる。
「畑仕事ですから当然かと……。」
一人の兵士がおずおずと答えると、ガエンは頭を掻きながら豪快に笑った。
「はっ! そんなもんいらん!」
そう言うと兵士達の前まで歩き、地面をドンッと踏み鳴らす。
「鍬や鎌なんかいらん! 全部素手でやる!」
「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」
畑中に兵士達の悲鳴にも似た声が響いた。
「す、素手ですか!?」
「石だらけですよ!?」
「雑草も木の根もあります!」
「だからどうした。」
ガエンは腕を組み、不敵に笑う。
「お前らは兵士だろ? 鍬を振るうために鍛えるんじゃねぇ。自分の身体を鍛えるために畑を使うんだ。」
兵士達は呆然とガエンを見つめる。
ガエンは荒れ果てた畑を指差した。
背丈ほどに伸びた雑草。無数の石。硬く締まった土。絡みついた木の根。
「見ろ。この畑は長年放置されてる。こんなもん道具に頼ってたら時間がかかる。」
兵士達は「いや、普通は道具を使った方が……」と心の中で思ったが、誰も口には出さなかった。
「素手で草を抜く! 石をどける! 根を引き抜く! 土を砕く!」
ガエンは拳を握り締める。
「腕力、握力、体幹、足腰、全部鍛えられる。一石何鳥にもなる訓練だ。」
兵士達は乾いた笑みを浮かべる。
(いや、それ訓練というより拷問では……。)
そんな空気など気にもせず、ガエンはニヤリと笑った。
「一週間。」
兵士達が顔を上げる。
「一週間でこの畑を使えるようにする。」
「「「一週間!?」」」
「無理です!」
「この広さですよ!?」
「普通なら一か月以上は……!」
するとガエンは地面へ拳を軽く振り下ろした。
ドゴォッ!!
拳が触れた瞬間、固く締まっていた土が一気に砕け、周囲数メートルがふかふかの土へと変わる。
兵士達は思わず息を呑んだ。
「お、おぉ……。」
ガエンは立ち上がると笑った。
「俺一人なら今日中に終わる。」
兵士達は絶句する。
「だが、それじゃ意味がねぇ。」
ガエンは兵士達一人一人の目を真っ直ぐ見た。
「やるのはお前らだ。俺は手本を見せる。やり方も教える。だが最後に畑を生き返らせるのは、お前ら自身の力だ。」
その言葉に、先ほどまで弱音を吐いていた兵士達の表情が少しずつ引き締まっていく。
ガエンは豪快に笑い、拳を突き上げた。
「よし! まずは全員、道具を端に置け!」
兵士達は名残惜しそうに鍬や鎌を見つめた後、観念したように一斉に道具を畑の端へ運び始める。
ガエンは満足そうに頷くと、荒れ果てた畑へ足を踏み入れた。
「さあ野郎ども! 今日から一週間、この畑が俺達の訓練場だ! 気合い入れていくぞぉ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
不安を抱えながらも、第一部隊の兵士達は拳を握り締め、荒れ果てた畑へと一歩踏み出した。
兵士達は一斉に雑草へ飛びついた。
「ぬおおおおっ!」
勢いよく引き抜こうとするが、長年放置された雑草は地中深くまで根を張っている。
「びくともしません!」
「腰がっ……!」
「手が痛いぃぃ!」
あちこちから悲鳴が上がる。
ガエンは腕を組んだまま、その様子を見ていた。
「力任せに引っ張るな!」
兵士達が一斉に振り向く。
「根元を掴め! 身体を反らすんじゃねぇ! 足で地面を踏み締めて、腰で持ち上げろ!」
「は、はい!」
教えられた通りに姿勢を変える。
ググググ……
ブチィッ!
一本の巨大な雑草が根ごと抜けた。
「や、やった!」
兵士は思わず声を上げる。
「その感覚だ!」
ガエンが親指を立てる。
「腕だけでやるから疲れる! 全身を使え!」
兵士達は再び雑草へ向かっていく。
一方では、大人の胴体ほどある石に苦戦する兵士達がいた。
「動きません!」
三人がかりでも持ち上がらない。
ガエンは近寄ると石を軽く蹴った。
「持ち上げようとするな。」
「え?」
「転がせ。」
そう言って石の下へ指を差し込む。
「少しだけ浮かせて隙間を作れ。そこへ指を入れて重心をずらす。」
兵士達が試してみる。
ゴロン。
「う、動いた!」
「そのまま転がせ!」
ゴロゴロゴロ……
石は思った以上に軽く転がっていった。
「おおっ!」
兵士達の顔が明るくなる。
さらに別の場所では、木の根と格闘していた兵士達が汗だくになっていた。
「切れません!」
「当たり前だ!」
ガエンが笑う。
「根は敵じゃねぇ! どっちへ伸びてるか見ろ!」
兵士達は首を傾げる。
ガエンは地面を指差した。
「土を少し掘って流れを見ろ。全部引き抜こうとするな。根の通り道を探して、一番弱いところを狙え。」
兵士達は土を掘り始める。
「あっ!」
一本の太い根が姿を現した。
その先をたどる。
「ここだ!」
数人で力を合わせる。
「せーの!」
ブチブチブチッ!
長い根が一気に抜けた。
「抜けたぁぁ!」
歓声が上がる。
ガエンは満足そうに頷いた。
「そうだ! 考えて動け! 力だけじゃねぇ!」
時間が経つにつれ、兵士達の動きは目に見えて変わっていく。
最初は一本抜くのにも苦労していた雑草が、今では次々と抜かれていく。
重い石も、一人ではなく周囲と声を掛け合いながら効率よく運ばれていく。
「右だ!」
「そこ持て!」
「せーの!」
息もぴったり合い始めていた。
汗まみれ、泥まみれになりながらも、誰一人として弱音は吐かない。
ガエンは豪快に笑った。
「いいぞ! その調子だ!」
兵士達はさらに勢いづく。
「もっと腰を落とせ!呼吸を合わせろ!焦るな! 一歩ずつ確実に進め!」
ガエンの檄が畑中へ響き渡る。
その声に応えるように、兵士達は力強く返事をした。
「「「はいっ!!」」」
昼を過ぎる頃には、荒れ放題だった畑の一角が見違えるほど綺麗になっていた。
兵士達は息を切らしながら、その景色を見つめる。
「俺達だけで……。」
「ここまでできた……。」
誰かがぽつりと呟く。
ガエンは腕を組み、満足そうに頷いた。
「最初より動きがずっと良くなったな。」
兵士達は照れくさそうに笑う。
「少しだけ……コツが分かってきました。」
「身体全体を使うと、こんなに違うんですね。」
「仲間と合わせると、重い石も動かせました。」
ガエンはニカッと笑い、綺麗になり始めた畑を見渡した。
「その通りだ。」
少しだけ真剣な表情になる。
「畑はな。」
兵士達は静かに耳を傾ける。
ガエンは足元の土を優しく踏みしめた。
「畑は裏切らねぇ。」
兵士達は目を丸くする。
「手を掛けた分だけ応えてくれる。サボれば荒れる。真面目に向き合えば、ちゃんと実りを返してくれる。」
ガエンは兵士達を見渡し、力強く笑った。
「鍛えた身体も同じだ。毎日積み重ねた努力は絶対に裏切らねぇ。だから今日流した汗も、明日のお前らを必ず強くする。」
その言葉に、兵士達は泥だらけの顔を見合わせ、力強く頷いた。
「「「はいっ!!」」」
その返事は、朝とは比べものにならないほど力強く、畑いっぱいに響き渡った。
その力強い返事が響いた直後だった。
「ガエンさん!」
畑の向こうから、明るい声が聞こえてきた。
兵士達が振り向くと、近くの農家の人々が何人もこちらへ歩いてくる。
年配の男性は大きな籠を抱え、女性達は包みや水筒を手にしていた。
「みんな、腹減ったろうと思ってな!」
「おにぎりをたくさん握ってきたよ!」
「唐揚げも揚げてきたから、遠慮なく食べておくれ!」
「お茶も冷やしてあるよ!」
兵士達の目が一斉に輝いた。
「お、おにぎりだ……!」
「唐揚げだぁ!」
「助かったぁ……!」
朝から動き続けていた兵士達のお腹が、ぐうぅぅぅっと一斉に鳴る。
その音に農家の人達が思わず笑い、兵士達は顔を真っ赤にした。
ガエンは豪快に笑う。
「はっはっは! いい腹の音だ!」
そして農家の人達へ向き直り、大きく頭を下げた。
「わざわざ持ってきてくれてありがとうな。」
「いやいや。」
年配の農家の男性は照れくさそうに笑う。
「お前さん達が、あんな荒れた畑をここまで綺麗にしてくれてるんだ。こっちがお礼を言いてぇくらいだ。」
別の女性も頷く。
「長いこと諦めてた畑だったからねぇ。本当に嬉しくて。」
ガエンはその言葉にニッと笑った。
「まだ始まったばかりだけどな。」
そして兵士達へ振り返る。
「よし。」
ニヤリと笑い、拳を腰に当てる。
「休憩にするか。」
「「「やったぁぁぁ!!」」」
兵士達は歓声を上げた。
さっきまで必死に雑草と格闘していた者達とは思えないほど、嬉しそうな笑顔だった。
ガエンは笑いながら手を振る。
「慌てんな! ちゃんと全員分あるだろうが!」
兵士達は「はい!」と返事をしながら整列し、順番におにぎりや唐揚げ、お茶を受け取っていく。
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
農家の人達も嬉しそうに頷いた。
木陰へ移動すると、兵士達は地面に腰を下ろす。
握りたてのおにぎりを一口。
「うまっ……!」
「塩が身体に染みる……!」
「この唐揚げ最高です!」
「あぁ、生き返る……。」
あちこちから感動の声が上がる。
普段食べる食事とは違う、汗を流した後だからこその格別な味だった。
ガエンも大きなおにぎりを頬張る。
「んぐ……うめぇ!」
唐揚げを豪快に口へ放り込み、お茶を一気に飲み干す。
「ぷはぁっ!」
その豪快な食べっぷりに、兵士達も思わず笑った。
「ガエンさん、本当に美味しそうに食べますね。」
「美味い飯は全力で食うもんだ!」
ガエンは笑いながら答える。
「全力で働いて、全力で食って、全力で休む。それも強くなるための訓練だ。」
「「「はい!」」」
兵士達は笑顔で返事をしながら、夢中でおにぎりを頬張った。
畑には穏やかな笑い声が響き、農家の人達もそんな兵士達の姿を温かい目で見守っていた。
荒れ果てていた畑には、少しずつ命が戻り始めていた。
そして同じように、兵士達の心にもまた、新たな活気が芽生え始めていた。
休憩を終えた兵士達は、食べ終えた包みを丁寧にまとめると立ち上がった。
ガエンもゆっくりと腰を上げ、大きく伸びをする。
「んーっ……よし。」
農家の人達の方へ向き直り、もう一度深く頭を下げた。
「本当に助かった。美味かった。」
兵士達も一斉に頭を下げる。
「「「ありがとうございました!」」」
その大きな声に、農家の人達は目を細めて笑った。
「また疲れたら持ってくるよ。」
「無理だけはするんじゃないよ。」
「水分もしっかり取るんだぞ。」
温かい言葉を残し、農家の人達は手を振りながら村の方へ戻っていく。
兵士達も大きく手を振った。
「ありがとうございましたー!」
その姿が見えなくなるまで見送ると、ガエンはパンパンと手を叩いた。
「よし! 腹も膨れたな!」
兵士達は姿勢を正す。
「午後の作業を始めるぞ!」
「「「はいっ!!」」」
さっきまでの疲れが嘘のように、力強い返事が畑へ響く。




