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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領軍事国家、バルファード

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99.兵士、再生させる

ガエンは綺麗になった区画を一度眺め、それからまだ荒れたままの場所を指差した。


「あそこだ。」


兵士達も視線を向ける。

そこには背丈ほどある雑草が群生し、大小様々な石が転がり、太い木の根が地面を這っていた。

午前中に片付けた場所よりも、さらに手強そうな区画だった。

兵士達はごくりと息を飲む。

しかし今度は、誰一人として弱音を吐かなかった。


「やりましょう!」

「午前中より早く終わらせます!」

「絶対にこの畑を蘇らせましょう!」


ガエンはその言葉を聞いて、満足そうにニヤリと笑う。


「いい顔になったじゃねぇか。」


拳を握りしめ、高く掲げる。


「午前中は”教わる”訓練だった。」


兵士達は真剣な表情で耳を傾ける。


「だが午後は違う。」


ガエンは兵士達一人ひとりを見渡した。


「お前ら自身で考えて動け。仲間と声を掛け合い、工夫しろ。俺は困った時だけ手を貸す。」


兵士達の表情が引き締まる。


「できるな!」


「「「はいっ!!」」」


力強い返事が響いた瞬間、兵士達は一斉に駆け出した。


「まずは雑草班、こっちだ!」

「石は三人じゃなく五人で行こう!」

「根の流れを先に探せ!」


午前中にガエンから教わったことを自然と口にしながら、それぞれが仲間へ指示を飛ばしていく。

ガエンは腕を組み、その様子を見て満足そうに笑った。


「そうだ……それでいい。」


もう兵士達は、ただ命令を待つだけではなかった。

兵士達は互いに声を掛け合いながら、それぞれの持ち場で懸命に作業を続けた。


「こっちはもう少しで終わる!」

「石を運ぶぞ! 三人、手を貸してくれ!」

「木の根が深い! 周りから掘って引き抜こう!」


自然と役割分担ができ、あちこちから威勢のいい声が飛び交う。


「せーのっ!!」


掛け声とともに巨大な石が持ち上がり、ゴロゴロと畑の外へ運び出される。

一方では、太い木の根に苦戦していた兵士達がいた。


「駄目です! びくともしません!」


そこへ別の班の兵士が駆け寄る。


「手伝う! 一緒にやるぞ!」


六人が力を合わせ、土を掘り、根を揺らし続ける。


「もう一回だ!」

「せーのっ!!」


バキバキッ――。


乾いた音とともに根が地面から引き抜かれた。


「やったぁ!!」


歓声が上がる。

その声を聞いた周囲の兵士達も笑顔になり、自然と拍手が起こった。


「よし、その調子だ!」

「次はあっちを片付けよう!」


誰かが困れば、すぐに仲間が駆けつける。

誰かが成功すれば、皆で喜ぶ。

いつしか畑には、作業の音だけではなく笑い声まで響くようになっていた。

腕を組んで見守っていたガエンは、小さく頷く。


「最初はバラバラだった連中が、ちゃんと一つの部隊になってやがる。」


その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。

やがて西の空が赤く染まり始める。

夕陽が畑全体を黄金色に照らし、兵士達の額を流れる汗をきらりと光らせた。

ガエンはゆっくりと辺りを見渡す。

朝は雑草と石だらけだった畑は、見違えるほど姿を変えていた。

もちろん、まだすべてではない。

それでも、畑全体のおよそ五分の一は綺麗に整地され、畑としての形がはっきりと見えるまでになっていた。

兵士達もその光景を見て、思わず息をのむ。


「……俺達が、ここまでやったんだ。」

「朝は終わる気がしなかったのにな。」

「まだ先は長いけど……なんか、できそうな気がします!」


ガエンは大きく頷くと、パンッと手を叩いた。


「今日はここまでだ!」


兵士達が一斉にガエンへ向き直る。


「初日にしちゃ上出来だ。」


その一言に、兵士達の顔がぱっと明るくなる。

ガエンはニッと笑いながら親指で城の方角を指した。


「飯食って、風呂入って、ゆっくり休め。」


兵士達は満面の笑みを浮かべる。


「「「はいっ!!」」」


「明日も同じように身体は動かねぇぞ。筋肉痛で泣く奴もいるだろう。」


兵士達の間から苦笑いが漏れる。


「でも、それは今日ちゃんと頑張った証拠だ。」


ガエンは夕焼けに染まる畑を見つめながら、静かに言った。


「また明日、この続きをやるぞ。」


「「「はいっ!!」」」


力強い返事が、夕暮れの畑にいつまでも響き渡った。


それから四日。

兵士達は朝日とともに畑へ集まり、日が暮れるまで土と向き合い続けた。

雑草を抜き、石を運び、根を引き抜く。

最初は悲鳴を上げていた身体も、少しずつ慣れ始めていた。


「こっち終わりました!」

「次は向こうを手伝います!」

「大きい石があります! 三班、応援お願いします!」


今ではガエンが指示を出す前に、兵士達だけで作業が進んでいく。

農家の人達も、その成長ぶりに目を丸くしていた。


「本当に兵士さん達かい?」

「最初の日とは別人みたいだねぇ。」

「動きに無駄がなくなった。」


そして四日目の夕方。

最後に残っていた大きな切り株が、兵士達の力で引き抜かれる。


「せぇぇぇのっ!!」


ズズズズッ……!


大地を揺らしながら切り株が抜けると、その場にいた兵士達は思わず拳を突き上げた。


「やったぁぁぁ!!」

「終わったー!!」

「全部綺麗になったぞ!!」


荒れ果てていた畑は、見渡す限り平らな土地へと生まれ変わっていた。

農家の人達は目に涙を浮かべながら、その光景を見つめる。


「……信じられない。」

「何年も諦めていた畑なのに……。」


ガエンは腕を組みながら畑全体を見回す。


「……予定より少し早ぇな。」


兵士達が嬉しそうに振り向く。


「ガエンさん! 終わりました!」


ガエンは満足そうに頷いた。


「よくやった。」


その一言だけだった。

だが兵士達には、それだけで十分だった。

皆が誇らしげに胸を張る。

ガエンは足元の土を軽く踏みしめると、兵士達へ向き直った。


「だが、これで終わりじゃねぇ。」


兵士達の表情が引き締まる。


「畑は整地して終わりじゃない。」


ガエンは地面を指差した。


「ここからが本番だ。」


兵士達は首を傾げる。


「本番……ですか?」


「ああ。」


ガエンはニヤリと笑った。


「次は土作りだ。」


◇◇◇◇◇


翌朝。

整地された畑に兵士達が整列していた。

目の前には、白い石灰の袋や堆肥、肥料が山のように積まれている。

兵士達は不思議そうな顔をした。


「これを使うんですか?」


「ああ。」


ガエンは袋を軽々と持ち上げる。


「いい作物は、いい土から育つ。」


そう言うと、土を一掴み手に取った。


「土にも体力がある。」


兵士達は真剣に耳を傾ける。


「長い間放っておかれた土は疲れてる。だからまず石灰を撒いて土を元気にしてやる。」


一人の兵士が手を挙げた。


「石灰はどう撒けばいいんですか?」


ガエンは袋へ豪快に手を突っ込む。


「こうだ。」


掴んだ石灰を空高く放り投げる。

白い粉が風に乗って、ふわりと均等に広がっていく。

兵士達から感嘆の声が漏れた。


「おぉ……!」


「一か所に固めて落とすな。」


ガエンは歩きながら次々と石灰を撒いていく。


「腕を大きく振る。雪を降らせるみてぇな気持ちで撒け。」


兵士達も袋へ手を入れ、真似を始める。

最初は一か所へ山のように落ちてしまう。


「あっ!」


「固まっちゃいました!」


ガエンは笑う。


「最初はそんなもんだ。もっと力を抜け。」


何度も繰り返すうちに、少しずつ均等に撒けるようになっていった。

石灰を撒き終えると、ガエンは今度は堆肥の山へ向かう。


「次はこいつだ。」


堆肥を両手いっぱいに掴み、そのまま土へ広げる。


「これが土の飯だ。」


兵士達は笑った。


「土にも飯があるんですね。」


「あるとも。」


ガエンは大きく頷く。


「腹が減ったままじゃ人も動けねぇ。土も同じだ。」


続いて肥料も手に取る。


「こいつは作物が育つ力になる。」


兵士達は堆肥と肥料を順番に撒き始めた。

もちろん、鍬もスコップも使わない。

すべて素手だった。


「えぇぇ!?」


初めて見る農家の人達が思わず声を上げる。


「本当に手だけでやるのかい!?」


ガエンは笑いながら答えた。


「手で土を触れば、乾き具合も柔らかさも石の残りも全部わかる。」


兵士達も頷く。


「確かに……。」

「昨日まで気づかなかった感触があります。」

「この土、場所によって全然違います!」


ガエンは満足そうに笑った。


「それだ。」


そして土の上へしゃがみ込む。


「最後は混ぜる。」


両手を土へ差し込み、豪快に返していく。


ザクッ。


ザクッ。


堆肥と肥料、石灰を土全体へ混ぜ込みながら空気を含ませていく。


「土は呼吸する。」


兵士達も次々と土へ手を差し込んだ。

冷たい土の感触。柔らかな場所。固い場所。湿った場所。その違いを、指先ではっきりと感じ取る。


「面白い……。」

「土にもこんな違いがあるなんて。」

「まるで生き物みたいだ。」


ガエンは豪快に笑った。


「そうだ。畑は生きてる。」


その言葉に、兵士達は今まで以上に丁寧に土を返し始めた。

戦う力だけではなく、命を育てる力もまた、彼らの手の中で少しずつ育ち始めていた。


さらに翌日。

朝靄がまだ畑を包む頃、第一部隊の兵士達は昨日までに土作りを終えた畑へ集まっていた。

何日もかけて整地し、石灰や堆肥、肥料を混ぜ込んだ土は、以前の荒れ果てた姿が嘘のように柔らかくなっている。

ガエンは満足そうに畑を見渡すと、大きく頷いた。


「よし。今日は畝(うね)を作る。」


兵士達は首を傾げた。


「畝……ですか?」


「ああ。作物を植える土のベッドみてぇなもんだ。」


ガエンは畑の中央へ歩くと、兵士達へ振り返る。


「なんで畝を作るか分かる奴いるか?」


一人の兵士がおずおずと手を挙げた。


「えっと……見た目を綺麗にするためでしょうか?」


ガエンは腕を組み、ニヤッと笑った。


「違う。」


別の兵士が答える。


「植えやすくするため?」


「半分正解だ。」


ガエンは土を一握り掴む。


「雨が降った時、水が溜まると根っこが腐る。だから水が流れるよう高くする。空気も入りやすくなるし、根も伸びる。手入れもしやすい。」


兵士達は「なるほど……」と感心したように頷く。


「つまり畝は、作物が元気に育つ家みてぇなもんだ。」


ガエンは地面へしゃがみ込むと、素手で土を集め始めた。


ザッ、ザッ、ザッ……


驚くほど綺麗に一直線の土が盛り上がっていく。

兵士達は思わず目を丸くした。


「速い!」

「しかも真っ直ぐだ!」

「見てるだけで気持ちいい……」


あっという間に立派な畝が一本完成した。

ガエンは軽く叩いて形を整える。


「高すぎても駄目。低すぎても駄目。均一にな。」


兵士達は一斉に返事をした。


「はい!」


「じゃあやってみろ。」


全員が畑へ散らばり、素手で土を寄せ始める。


しかし。


「うわっ!」


土を寄せすぎて山になった。


「崩れた!」


横から押しすぎて畝が波打つ。


「曲がったぁ!」


気付けば蛇のようにぐねぐね曲がった畝が出来上がる。

それを見た兵士達は顔を見合わせ、思わず吹き出した。


「何だこれ!」

「畝じゃなくて大蛇だ!」


畑には笑い声が響く。

ガエンは豪快に笑う。


「最初から上手く出来る奴なんざいねぇ!」


兵士達は笑いながら再び土を寄せる。

ガエンは一人ひとりを見て回り、声を掛けていく。


「もっと腰を使え!」


「左右均等だ!」


「力任せじゃなく土の流れを見ろ!」


「手のひらで優しく形を整えろ!」


兵士達は何度もやり直しながら、少しずつ真っ直ぐな畝を作れるようになっていく。

農家の人達も様子を見に来ていた。


「……すごい。」

「最初はどうなるかと思ったけど、もう立派な畝になってる。」

「飲み込みが早いな。」


兵士達はその言葉を聞くと嬉しそうに胸を張った。

ガエンは完成した畝を見回し、満足そうに腕を組む。


「いいか。戦場じゃ真っ直ぐ進む道が命を救うことがある。」


兵士達は真剣な表情になる。


「畑も同じだ。真っ直ぐ作るってのは、ただ綺麗に見せるためじゃねぇ。後の作業を楽にし、作物を守り、収穫を増やすためだ。一つ一つの丁寧な仕事が最後に大きな実りになって返ってくる。」


兵士達は力強く頷いた。


「はい!!」


その返事は畑いっぱいに響き渡り、第一部隊の兵士達は汗を流しながら、一本、また一本と美しい畝を作り上げていった。


陽が傾き始める頃、夕日に照らされた畑には何本もの真っ直ぐな畝が規則正しく並んでいた。

最初は蛇のように曲がっていた畝も、今では見違えるほど美しい。

兵士達は泥だらけの両手を見つめながら、肩で息をしていた。


「……終わった。」


誰かがぽつりと呟く。

その声を聞いたガエンは、ゆっくりと畑全体を見渡した。

整地された土。石一つ残っていない畑。土作りを終え、均一に盛り上がる畝。

ほんの六日前まで、雑草と岩だらけだった場所とは思えない光景だった。

ガエンは満足そうに大きく頷く。


「……よし。」


その一言で兵士達の視線が集まる。

ガエンは腕を組み、いつもの豪快な笑みを浮かべた。


「畑の再生は終わりだ。」


その瞬間、


「やったぁぁぁぁ!!」

「終わったぁぁぁ!!」

「できたぞー!!」


兵士達は一斉に歓声を上げた。

飛び跳ねる者。隣の仲間と抱き合う者。思わずその場へ座り込み、大の字になる者。

六日間、泥にまみれ、汗を流し続けた努力が報われた瞬間だった。

ガエンは笑いながら兵士達を見回す。


「七日かかると思ってたが、お前ら予想より一日早く終わらせやがった。」


兵士達は嬉しそうに笑う。


「ガエンさんのおかげです!」

「みんなで頑張った結果です!」

「途中から土を触るのが楽しくなりました!」


ガエンは豪快に笑い、兵士達の頭を順番に軽く叩いていく。


「違ぇな。」


兵士達は首を傾げた。


「俺は教えただけだ。」


ガエンは完成した畑へ視線を向ける。


「ここまで変えたのは、お前ら自身の手だ。」


その言葉に、兵士達は誇らしそうに畑を見つめた。

そこへ農家の人達がゆっくりと歩いてくる。

畑を見た瞬間、誰もが息を呑んだ。


「……信じられない。」

「本当に、あの荒れ地だった場所なのか……。」

「夢でも見てるみたいだ。」


年配の農家の男性は畝へそっと手を添え、柔らかな土を握り締める。


「こんな立派な畑にしてくれて……本当にありがとう。」


隣にいた女性も目を潤ませながら頭を下げた。


「今年はまた野菜が育てられる……。」


兵士達は照れくさそうに笑いながら頭を掻いた。

ガエンは農家の人達へ向かって軽く手を上げる。


「後は頼んだぜ。」


農家達は力強く頷いた。


「任せてくれ!」

「大切に育てる!」

「絶対に無駄にはしない!」


ガエンは満足そうに笑う。


「畑は使ってこそ意味がある。」


兵士達へ振り返ると、大きな声で言った。


「お前ら!」


「はい!!」


「畑仕事はここまでだ!」


兵士達は少しだけ名残惜しそうな顔をした。


「明日からは、また訓練所に集合だ!」


一瞬静まり返る。

そして次の瞬間。


「ですよねぇぇぇ!!」

「終わったと思ったのに!」

「やっぱり訓練かぁ!」


兵士達は頭を抱えながら笑い出した。

ガエンも腹を抱えて豪快に笑う。


「何言ってやがる! 畑が終わっただけだ! 俺の訓練はまだまだこれからだぞ!」


「うわぁぁぁぁ!!」

「勘弁してください!」

「でも負けません!」


悲鳴と笑い声が夕暮れの畑に響き渡る。

ガエンはそんな兵士達を見て、どこか嬉しそうに目を細めた。

戦う力だけではない。

土に触れ、人を支え、命を育てることを知った六日間。

第一部隊の兵士達は、この短い期間で確かな成長を遂げていた。

夕焼けに染まる畑を背に、兵士達は農家の人々へ手を振りながら帰路につく。

その背中は、六日前よりも少しだけ大きく、そして頼もしく見えていた。

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