95.訓練、始まる
訓練所へ到着すると、四つの部隊はそれぞれ別の区画へと移動していく。
ガエンは第一隊を率いて、広大な格闘演習場へ足を踏み入れた。
砂が敷き詰められた地面。
周囲には木製の訓練人形や丸太、巨大な岩が並び、純粋な近接戦闘を鍛えるための場所となっている。
第一隊の兵士達は整然と並び、ガエンの前で直立不動となった。
その人数、およそ五十名。
いずれも前衛を任される精鋭であり、体格にも自信のある者ばかりだった。
ガエンは腕を組みながら、兵士達をゆっくりと見渡す。
(……目は悪くねぇ。)
戦う者特有の鋭い眼差し。
恐怖よりも期待が勝っている。
だが。
(実際どれくらいやれるかは、見てみねぇとな。)
ガエンは一歩前へ出ると、豪快に笑った。
「よし。」
兵士達の視線が一斉に集まる。
「訓練なんてのはよ、相手の実力が分かってからじゃねぇと始められねぇ。」
誰も口を挟まない。
「だからまずは、お前らの実力を見せてもらう。」
兵士達は真剣な表情で耳を傾ける。
ガエンは首を鳴らしながら、軽く肩を回した。
ゴキッ、ゴキッ。
その音だけで数人の兵士が思わず唾を飲み込む。
そしてガエンは、あまりにも当然のように言い放った。
「とりあえず」
ニヤリと牙を見せて笑う。
「全員でかかって来い。」
その一言に、第一隊の空気が一瞬で凍り付いた。
「……え?」
「ぜ、全員でですか?」
「五十対一を……?」
兵士達がざわつき始める。
訓練を見守っていたレムルスも思わず目を丸くした。
(最初から全員……!?)
普通なら数人ずつ力量を見る。
それが常識だった。
だがガエンは首を傾げる。
「なんだ?遠慮してんのか?」
一人の兵士がおそるおそる前へ出た。
「い、いえ……その……さすがに五十人で一人を相手にするのは……。」
するとガエンは腹を抱えて豪快に笑った。
「ガハハハハ!!」
その笑い声が訓練場中に響く。
「勘違いすんな。」
ガエンは兵士達を順番に指差した。
「俺は手加減するつもりはある。でもな。」
笑みを消し、真っ直ぐ兵士達を見る。
「お前らは手加減すんな。俺を倒すつもりで来い。」
その声には、圧倒的な自信があった。
「武器も使え。連携も使え。囲め。倒れた仲間は気にするな。勝つ方法を考えて、本気で俺に挑め。」
兵士達は互いに顔を見合わせる。
やがて第一隊隊長が一歩前へ出て拳を胸に当てた。
「……承知しました。」
隊長は振り返り、大きく叫ぶ。
「第一隊!」
「はっ!」
「これは実戦訓練である! 相手が一人だからと油断するな!」
「全力で挑め!」
「応ッ!!」
先ほどまで戸惑っていた兵士達の目が変わる。
一人、また一人と武器を構え、ガエンを半円状に包囲していく。
槍兵が前列。剣士が左右。斧兵が後方。
さらに盾兵が隙を埋めるように位置取った。
その見事な布陣を見て、ガエンは満足そうに頷いた。
「いい隊形だ。まずはそこからだよな。」
そして両腕をぶらりと下げ、ゆっくりと構える。
「さあ来い。お前らの全部を見せてみろ。」
第一隊隊長は大きく息を吸い込む。
「第一隊!」
兵士達の視線が一点に集まる。
「突撃ッ!!」
「おおおおおおおおッ!!」
五十名の兵士が一斉に地を蹴った。
ドドドドドドドドドッ!!
大地が震え、槍兵が先頭を駆ける。
その後ろから剣士が左右へ展開し、斧兵が一気に間合いを詰める。
一人を相手にするとは思えない、実戦さながらの連携。
観戦していたレムルスは腕を組み、小さく頷いた。
(良い判断だ。正面だけではなく左右からも圧力をかけ、逃げ場を塞ぐ。これが第一隊の持ち味……。)
だがガエンは動かない。
迫り来る兵士達を前にしても、その場に堂々と立ち尽くしていた。
「……。」
そして兵士達があと数歩という距離まで迫った瞬間。
「まずは視界を奪う。」
ボゴォォォン!!
ガエンは右拳を勢いよく地面へ叩きつけた。
轟音と共に大地が砕け、衝撃で大量の砂が巻き上がる。
ゴォォォォォッ!!
まるで砂嵐のように土煙が訓練場一帯を包み込んだ。
「なっ!?」
「見えない!」
「砂だ!」
兵士達は思わず腕で顔を庇い、足を止める。
隊列がわずかに乱れたその一瞬。
ガエンの口元がわずかに吊り上がる。
「戦場で止まるな。」
次の瞬間。
ドンッ!!
ガエンは砂煙の中から一歩踏み込むと、目の前にいた数人へ向けて拳を突き出した。
その拳は誰にも触れていない。
しかし。
ズガァァァァァン!!
拳から放たれた凄まじい拳圧が空気そのものを叩き潰し、目に見えぬ衝撃波となって兵士達へ襲いかかる。
「ぐぁっ!?」
「うわぁぁぁ!!」
「なんだ、この衝撃は!」
ドゴォン! ドゴォン!
最前列にいた兵士達がまとめて吹き飛ばされ、何メートルも後方へ転がった。
盾兵は盾ごと弾き飛ばされ、槍兵は槍を手放しながら宙を舞う。
訓練場の端まで転がった兵士達は何とか受け身を取り、すぐに立ち上がる。
致命傷ではない。
だが、その衝撃は全員の想像を遥かに超えていた。
「……当たって、ない。」
一人の兵士が震える声で呟く。
「拳が……届いてすらいないのに……。」
砂煙が少しずつ晴れていく。
その中心には、最初とほとんど変わらぬ姿勢で立つガエンの姿があった。
拳を軽く振りながら、呆れたようにため息をつく。
「止まった時点で負けだ。」
その一言は静かだった。
だが、第一隊の全員の胸に深く突き刺さる。
レムルスも思わず目を見開いていた。
(地面を砕いて視界を奪い、敵が迷った一瞬を逃さず拳圧だけで前衛を排除した……。力任せではない。実戦経験に裏打ちされた戦い方だ。)
ガエンは吹き飛ばされた兵士達が再び立ち上がったのを確認すると、満足そうに頷いた。
「いいぞ。その程度じゃ折れねぇ根性は嫌いじゃねぇ。」
そして再びゆっくりと両拳を構え、豪快に笑う。
「まだ終わりじゃねぇぞ! 立て! 戦場じゃ今の一撃で終わってる! だからこそ、ここで何度でも立ち上がれ! 俺がお前らを、本物の前衛に鍛え上げてやる!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、第二部隊。
ダグラスは大鎌を肩に担いだまま静かに兵士達一人一人の顔を見渡した。
第二部隊。
ここに集められたのは、剣士を中心とした技術重視の兵士達である。
誰もが緊張した面持ちで、大鎌を担ぐ死神を見つめていた。
しばらく互いに無言の時間が流れる。
やがてダグラスは肩に担いでいた大鎌をゆっくりと下ろした。
ガシャン。
重厚な金属音を響かせ、大鎌を訓練場の隅へ置く。
その行動に兵士達がざわつく。
「……え?」
「武器を置いた?」
「どういうつもりだ……?」
ダグラスは淡々とした口調で告げた。
「お前達は剣技と技術を学びたいと言っていたな。」
兵士達は無言で頷く。
「なら、まず見せてもらう。」
そう言うと、ダグラスは両腕を自然に下ろし、何の構えも取らずに立った。
「俺は攻撃をしない。」
その一言に兵士達の目が大きく見開かれる。
「……え?」
「防ぐことと避けることだけで相手をする。」
ダグラスは表情一つ変えず続けた。
「だから俺に一撃でも当ててみろ。」
訓練場が静まり返る。
兵士達は互いに顔を見合わせた。
「攻撃して……こない?」
「本気か?」
「いや、罠じゃないのか……?」
レムルスは遠くからその様子を見ながら、静かに目を細める。
(なるほど……。技術を見るには最も分かりやすい方法か。)
ダグラスは兵士達の戸惑いなど気にも留めず、静かに言った。
「遠慮は不要だ。全力で来い。俺に触れることができた者から、技を教える。」
その言葉を聞いた瞬間、兵士達の表情が変わる。
「なら……!」
一人の剣士が剣を構える。
それを合図に、周囲の兵士達も次々と武器を構え始めた。
「いくぞ!」
「囲め!」
「逃がすな!」
第二部隊は一斉に散開し、四方八方からダグラスを包囲する。
しかし当の本人は、腕を下ろしたまま微動だにしない。
静かに目を閉じ、小さく呟く。
「技術とは、力で勝つことではない。」
そしてゆっくりと目を開いた。
「相手を見極め、生き残ることだ。」
「行くぞぉぉぉっ!」
先頭の剣士が鋭く踏み込み、袈裟斬りを放つ。
ヒュンッ。
その刃は確かにダグラスを捉えたはずだった。
しかし。
スッ。
ダグラスは半歩、身体を横へ流しただけ。
剣先は衣服をかすめることすらなく空を切る。
「なっ……!」
驚く間もなく、背後から二人目、三人目が同時に斬りかかる。
左右から挟み込むような連携。
だがダグラスは振り返りもしない。
身体をわずかに傾け、足を半歩引き、肩を沈める。
それだけ。
三本の剣は互いに交差し、空を裂くだけで終わる。
「嘘だろ……!」
「見えてるのか!?」
兵士達は攻撃の手を緩めない。
前から、横から、背後から。
突き、斬撃、連続攻撃。
あらゆる角度から刃が迫る。
だがダグラスは一切反撃しない。
最小限。
本当に最小限の動きだけで。
首を数センチ傾ける。
足を半歩ずらす。
身体をわずかに回す。
ただ、それだけ。
それだけで全ての攻撃が空を切っていく。
まるで兵士達の剣が、自ら外れているかのようだった。
「くそっ!」
「当たれぇぇぇ!」
「囲みを狭めろ!」
兵士達は何度も陣形を変える。
挟撃。時間差攻撃。囮を使った連携。
あらゆる技を試す。
しかし結果は変わらない。
ダグラスはまるで未来でも見えているかのように、攻撃が来る前からそこにいなかった。
レムルスは腕を組み、その光景を静かに見つめる。
(違う……見えているのではない、視線、肩の動き、足の向き、重心移動……攻撃の起こりを読んでいるのか。)
軍師王であるレムルスだからこそ分かる。
兵士達が剣を振る前。
そのわずかな予備動作だけで、ダグラスは次の一手を見抜いていた。
やがて十分ほどが過ぎた頃。
「はぁ……はぁ……!」
最初に一人の兵士が膝をつく。
息は荒く、腕は震えていた。
「もう……無理だ……。」
その姿を見た別の兵士も剣を地面に突き立てる。
「くっ……全然……当たらねぇ……。」
さらに一人、また一人と次々に体力を使い果たした兵士達が、その場に座り込んでいく。
訓練場には荒い呼吸だけが響いていた。
それでもダグラスだけは、戦いが始まる前と何一つ変わらない姿勢で立っている。
呼吸一つ乱れていない。
汗一滴すら流れていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第三部隊、魔法兵が集まる部隊。
男女問わず魔法や魔力操作を向上させたい兵士達は.....
何故か椅子とテーブルを出して座っていた。
そして彼らの目線の先ではラーシャが鼻歌混じりにハーブティーを淹れている。
湯気と共に、爽やかな香りが訓練場へゆっくりと広がっていく。
「……はい、どうぞ。」
ラーシャは優雅な所作で一人一人の前にティーカップを置いていく。
「え……?」
魔法兵達は互いに顔を見合わせた。
「訓練……ですよね?」
「魔法の実技じゃ……?」
ラーシャは穏やかに微笑む。
「ええ、もちろん訓練です。」
そう言って最後の一杯を自分の前に置くと、椅子へ静かに腰掛けた。
カチャリ。
上品な音を立てながらカップを持ち上げ、一口。
「……ふぅ。」
満足そうに目を細める。
そのあまりにも優雅な姿に、兵士達は完全に固まってしまう。
「の、飲んでる……。」
「訓練場でお茶会?」
「何が始まるんだ……?」
遠くから様子を見ていたレムルスも思わず瞬きをした。
(……まさか、本当に茶会なのか?)
ラーシャはそんな視線など気にも留めず、ゆっくりと口を開く。
「皆さん。」
兵士達は一斉に背筋を伸ばす。
「まずは飲んでください。」
「え?」
「これはわたくしが調合したハーブティーです。」
兵士の一人がおそるおそる口に運ぶ。
「……!」
目を見開いた。
「美味い……。」
別の兵士も飲む。
「甘すぎず、苦すぎず……。」
「身体が温まる……。」
「なんだこれ……疲れが軽くなる気がする。」
ラーシャは微笑んだ。
「リラックス効果と、魔力の巡りを整える数種類の薬草を調合しています。」
兵士達は驚きながら再びカップを見る。
「魔力の……巡り?」
ラーシャは頷く。
「魔法とは、焦れば乱れます。」
静かな声が訓練場に響く。
「怒りも、恐怖も、焦燥も、魔力を濁らせます。」
彼女はカップを静かに置いた。
「ですが、心が静かであればあるほど、魔力は素直に流れてくれるのです。」
兵士達は自然と耳を傾けていた。
「皆さんは魔法を撃つことばかり考えています。」
ラーシャは自分の胸へそっと手を当てる。
「けれど、本当に鍛えるべきは魔力ではありません。」
「……心?」
一人の兵士が呟く。
ラーシャは優しく微笑んだ。
「その通りです。」
彼女は兵士達を見渡す。
「魔法使い同士の戦いでは、一瞬の動揺が命取りになります。魔力切れよりも先に、心が折れる方が多いのです。」
誰も言葉を発さない。
「ですから最初の訓練は、心を整えること。」
ラーシャはもう一度ティーカップを持ち上げる。
「お茶を飲みながら呼吸を整え、自分の魔力が身体をどう流れているかを感じてください。」
兵士達は半信半疑ながら目を閉じる。
温かな香り。
静かな呼吸。
身体の内側を流れる魔力へ意識を向ける。
すると。
「……あ。」
一人の兵士が目を開いた。
「いつもより……魔力が流れやすい。」
「俺もだ。」
「詠唱しなくても、魔力が指先まで自然に集まる……。」
驚きの声が次々と上がる。
ラーシャは満足そうに微笑み、もう一口ハーブティーを味わった。
その様子を見ていたレムルスは思わず感嘆する。
(なるほど……。ダグラスは技術を、ガエンは力を叩き込み、ラーシャは精神と魔力の土台を育てる。三人とも教え方はまるで違う……だが、目指しているものは同じか。)
訓練場には、剣戟の音でも爆発音でもない。
カップを置く小さな音と、穏やかな湯気だけが静かに漂っていた。
ラーシャは兵士達の反応を見ながら、くすりと小さく笑った。
「皆さん、勘違いしてはいけませんよ。」
その柔らかな声に、兵士達は自然と顔を上げる。
「心を整えることと、感情をなくすことは違います。」
ラーシャは窓から差し込む光へ目を向けるように、少し遠くを見つめた。
「恐怖を感じることも、怒りを覚えることも、生きていれば当然あります。」
静かにカップを指先でなぞる。
「わたくしも、まぁ……恐怖や怒りの感情をうまくコントロールはできませんけれど。」
そう言って肩をすくめるように微笑み、
「ふふっ。」
と、上品に笑った。
その言葉に兵士達は目を丸くする。
「ラーシャ様でも……?」
「そんなことがあるんですか?」
ラーシャは素直に頷いた。
「もちろんです。わたくしも大切な仲間が傷つけば怒りますし、失いたくないと思えば恐ろしくもなります。」
その表情は穏やかだったが、その言葉には確かな実感が込められていた。
「感情は消すものではありません。」
彼女は胸へ手を当てる。
「受け入れるものです。怒っているのだと気づく。怖がっているのだと認める。そうすれば、その感情に振り回されることは少なくなります。」
兵士達は静かに聞き入っていた。
ラーシャは続ける。
「感情を押さえ込もうとすると、魔力まで一緒に乱れてしまいます。ですが、一度立ち止まり、自分を見つめ直せば.....」
彼女はそっと指先へ魔力を集めた。
淡い翠色の光が、まるで木漏れ日のように静かに揺らめく。
「魔力は、また穏やかな流れを取り戻してくれます。」
兵士達はその美しい魔力の輝きに息を呑んだ。
「戦場では冷静になれ、とよく言われます。」
ラーシャは苦笑する。
「ですが、恐怖の中で急に冷静になれる人など、そうはいません。だからこそ、普段から心を整える習慣を身につけるのです。お茶を淹れる。深く呼吸をする。空を眺める。好きな音楽を聴く。方法は何でも構いません。」
ラーシャは優雅に微笑む。
「自分の心を落ち着かせる術を、一つでも持っている魔法使いは強いのですよ。」
その一言は、派手な魔法の講義よりも深く兵士達の胸へ染み渡っていった。
レムルスも腕を組み、静かに頷く。
(精神論ではない……。心を整える技術そのものを教えているのか。)
魔法兵達は再びカップを手に取る。
今度はただ飲むためではない。
湯気の温かさを感じ、香りを味わい、自分の呼吸に意識を向けるために。
静かな訓練場には、誰一人として焦る者はいなかった。そこには確かに、魔法の才能だけでは決して得られない「強さ」の芽が、少しずつ育ち始めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第四部隊。
若手兵士や将来の小隊長候補の兵士たち。
勇者マイトは彼らを見てニカっと笑った。
「よし! 鬼ごっこしよう!」
兵士達は一斉に固まる。
「……は?」
「鬼ごっこ、ですか?」
「訓練じゃなくて?」
マイトは満面の笑みで親指を立てた。
「立派な訓練だよ! まずは俺が鬼! みんな逃げろー!」
言うや否や、兵士達は慌てて散り散りに駆け出した。
「うわっ! 本当に始まった!」
「待て待て待てぇぇ!」
訓練場中に笑い声と足音が響く。
しかし。
「はい、一人目!」
マイトは一瞬で兵士の肩を軽く叩く。
「えっ!? 速っ!」
「二人目!」
「後ろ!? いつ回り込んだ!?」
「三人目!」
「見えなかったぞ!」
風のように駆け、壁を蹴り、障害物を飛び越え、兵士達の死角へ次々と現れる。
誰も逃げ切れない。
開始から一分も経たないうちに
「はい、全員捕まえた!」
最後の兵士の肩をぽんっと叩いたマイトは、額の汗をぬぐいながら首を傾げた。
「なんだよー。これじゃつまんない。」
兵士達は地面へ座り込み、肩で息をする。
「つ、強すぎる……。」
「勇者って鬼ごっこまで強いのかよ……。」
「遊びじゃないじゃないですか……。」
マイトは腕を組んで真剣に考え込む。
「じゃあ次!」
ぱっと顔を上げる。
「だるまさんが転んだ!」
「えぇっ!?」
その声も虚しく、遊びは始まった。
「だーるまさんがー……転んだ!」
兵士達は慎重に歩を進める。
「……。」
振り返る。
だがそこには誰もいない。
「え?」
次の瞬間。
「はい、タッチ!」
「いつ後ろに!?」
「えへへ、フェイント!」
結局、全員が捕まり終了。
「うーん、これもダメかぁ。」
今度は両手を叩いた。
「じゃあ缶蹴り!」
「缶なんてありません!」
「じゃあ石でいいや!」
「代用するんですか!?」
それでも始まる。
兵士達は隠れ、息を潜める。
しかしマイトは木の上、屋根の影、荷車の裏まで笑顔で見つけていく。
「いたー!」
「何で分かるんですか!」
「気配!」
「それ訓練で使う能力ですよね!?」
さらに。
「次はかくれんぼ!」
「増えてる!」
「腕相撲大会!」
「綱引き!」
「リレー!」
「障害物競走!」
思いつくまま遊びを提案しては全力で参加し、そのたびに兵士達を圧倒していく。
気が付けば、訓練場には最初の緊張感はどこにもなかった。
「くそー! もう一回!」
「今度こそ捕まらないぞ!」
「勇者様! 次は俺と勝負してください!」
笑い声が絶えず響く。
遠くからその様子を眺めていたレムルスは思わず目を細めた。
「……なるほど。」
ガエンは力を鍛える。
ダグラスは技を磨く。
ラーシャは心を育てる。
そしてマイトは。
「遊びの中で、人を育てるのか。」
兵士達は気付いていない。
鬼ごっこでは周囲を見る力を。
かくれんぼでは気配を消す技術を。
だるまさんが転んだでは、一瞬で止まる体の制御を。
リレーでは仲間を信じることを。
遊びだと思って夢中になっているうちに、自然と戦場で必要な能力を身につけ始めていたのだった。




